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78 招かれざる客

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 エヴァレット伯爵邸に、招かれざる客がやって来たのは、アイザックと私の婚約が内定して直ぐの事だった。

 先触れも出さずにいきなり押し掛けて来たボルトン子爵親子。
 門を守る騎士は『旦那様もお嬢様も、約束の無いお客様とはお会いにならない』と言って、二人を追い返そうとしたのだが、彼等は聞く耳持たずにギャーギャー喚き始めた。
 邸の前で揉め事を起こすのは外聞が悪いので、不本意ながら話だけは聞く事にして、応接室へと案内した。


 お父様と私の向かい側には、ボルトン子爵とクレイグが並んで座っている。
 両家の間を隔てるテーブルには、お茶の一杯さえも用意されていない。
 壁際に控えているリーザも執事も全く動こうとしないのは、『お前等は客では無い』という無言の意思表示なのだが……。

 どうやらボルトン子爵親子は、お茶が出ない事にさえ気付かないくらいに焦っているらしい。

「どうなっているのですか!?」

 唾を撒き散らしそうな勢いで、お父様を問い詰めるボルトン子爵に、私はそっと眉を顰める。
 汚いから本当にやめて欲しい。

 昔のボルトン子爵は、ここまで無礼な人じゃなかったはずなのに……。
 今は何かに追い詰められているかの様に見える。
 やっぱりボルトン家の評判が落ちている事が関係しているのか、それとも他にも何かあるのか?

「どうもこうも、手紙に書いた通りですよ。
一度破談になったボルトン子爵家と再び縁を結ぶ事は有り得ません。
 それに娘には新しい婚約が内定しておりますので、もう関わらないで頂きたい」

 冷ややかな声で答えるお父様。
 その態度からは静かな怒りが感じられる。
 お父様が怒ってる所って、初めて見たかも。

「折角クリスティアン殿下が勧めて下さったお話なのに、それを無碍にすると言うのですか?」

「王子殿下といえども、我が娘の縁談を勝手に決められては困りますな」

「だが、クレイグとオフィーリア嬢は互いに想い合っているのですよっ!?
 それを引き裂くなんて……」

「フフッ」

 私が小さな笑い声を漏らすと、パッと全員の視線がこちらに集まった。

「あら、失礼。
 あまりにも馬鹿馬鹿しくて、つい」

「なっ……、ばっ……!?」

 怒りに歪んだ顔を真っ赤に染めたボルトン子爵に、私は嘲笑を向ける。

「だってそうでしょう?
 本人を目の前にして、そんな有り得ない作り話をなさるなんて」

「オフィーリア、意地を張るのもそこまで行くと、可愛くないぞ」

 困った奴だなとでも言いた気にゆるりと首を横に振るクレイグ。
 その余裕ぶった表情がマジで気持ち悪い。

「可愛くなくて結構ですよ。貴方に可愛いと思われても迷惑なので。
 もういい加減、自分が好かれているって妄想するの、やめてくれませんか?
 確かに婚約していた頃は良好な関係でしたけど、それは過去の話です。
 今の私には、他に愛する人がおりますので」

 幼な子にもわかる様に丁寧に説明すると、先程まで真っ赤だったボルトン子爵の顔色が少し青褪めた。

「聞いていた話と違うぞ、クレイグ。どういう事だ?
 これでは王子殿下からの援助が期待出来ないじゃないか。
 このままでは、我が家は───」

 息子の肩を掴んで問い質すボルトン子爵は、やっぱり切羽詰まっている様に見える。
 でも、そもそも何の権限も持たない第二王子に、ボルトン子爵家を援助する力があるとも思えないのだけど。

「いや、オフィーリアも今は冷静じゃないだけですよ。
 オフィーリア、良く考えた方が良い。
 筆頭公爵家の嫡男が、お前なんかに本気になる訳ないだろう?
 どうせ直ぐに捨てられるのだから……」

 失礼な! と、腹立たしく思ったその時、ノックも無く、いきなり応接室の扉が開いた。

「聞き捨てならないな。
 僕がオフィーリアを捨てるだって?
 そんな事、絶対に有り得ない」

 冷たく低い声でそう言ったのは、これ以上無い程に不機嫌な顔をしたアイザックだった。

「アイザック様? どうして?」

 思わず呟いた私に、彼は先程迄とは打って変わって優しく微笑んだ。

「ジョエルが知らせてくれた」

 成る程。ボルトン親子が押し掛けて来た時に、ジョエルが使用人達と何やらコソコソやっていたけど、アイザックを呼ぶ算段をしていたのか。

「娘の為に、態々いらして下さったのですか?
 ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 ボルトン子爵にはキリッと対応していたお父様の顔色が一気に悪くなる。
 また大量の胃薬が必要になりそうだ。

「お気遣いなく、義父上」

「まだ義父では……、いえ、もう良いです」

 訂正しかけたお父様だが、アイザックの有無を言わせない笑顔に諦めて口をつぐんだ。

「それに、迷惑なのはそこの親子でしょう?」

 アイザックは顎でクイッとクレイグ達を指し示す。
 冷ややかに睥睨された親子は、微かに肩を震わせた。

「美しい花に虫が寄って来るのは仕方の無い事だが、僕は心が狭くてね。
 最愛の彼女の周りに飛ぶ虫は、片っ端から潰したくなるんだよ。
 意味は、分かるね?」

「「……」」

 アイザックの問い掛けに、ボルトン親子はおどおどした様子で互いに顔を見合わせると、無言のまま小さく頷いた。

「オフィーリアとの再婚約の件は、クリスティアンに持ちかけられたと聞いた。
 だが、僕とオフィーリアの婚約は、ありがたい事にサディアス殿下も祝福してくださっている。
 勿論僕の家族も皆、オフィーリアが嫁いでくれるのを楽しみにしているんだ。
 君達は、王太子殿下と筆頭公爵家を敵に回す覚悟があるのかな?」

 今度はブンブンと大きく首を左右に振るボルトン親子。
 彼等の顔色は、アイザックが一言話す度にどんどん悪くなり、今では紙の様に真っ白だ。

「どうやらご納得頂けたみたいで良かったです。
 お話は以上でよろしいでしょうか?
 お帰りはあちらですよ」

 お父様に話を打ち切られたボルトン親子は重い腰を上げる。
 二人は失意の表情でトボトボと帰って行った。

 最後にチラリと私を振り返ったクレイグが、すがる様な眼差しを向けて来たが、当然無視してやった。

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