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76 娘さんをください
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『ずっと、そばに居て?』
そう言った次の瞬間、私の視界は厚い胸板に覆われた。
「わっ、ムグッ!? ちょ、アイザック?」
ギュウギュウと力任せに抱きしめられ、慌てて彼の腕をタップしたが、一向に拘束が緩む気配はない。
「……本当に?
今更冗談とか、無しだから」
絞り出す様に零されたか細い声が、僅かに震えている事に気付が付いた。
私は彼の腕から抜け出すのを諦め、その背中をそっと撫でる。
(……可愛い)
不思議な事にアイザックを好きなのだと認めてしまったら、彼の些細な言動や表情が、とても愛しく感じられる様になった。
それが嬉しくもあり、少し照れ臭くもある。
「本当よ。私は、貴方が好き」
自分の気持ちを確かめる様に、丁寧に言葉を紡ぐ。
それにアイザックが反応するよりも早く、「ズビビッッ!」と盛大に鼻を啜る音が響き渡った。
驚いた私とアイザックは、弾かれたみたいに音のした方向へと顔を向ける。
少し離れた場所で控えていたアイザックの侍従が、ボロボロと流れる大粒の涙を袖口で乱暴に拭っている。
「ア、アイザック様ぁ、良がっだっずねぇっ」
「……余韻にも浸らせてもらえないのか?」
大きな溜息をつきながら文句をつけるアイザックだが、その顔は言葉とは裏腹に、とても幸せそうに見えた。
「う゛ぅ……ずびばぜん。なんか感慨深くて……」
謝罪しながら尚も涙を流す侍従の肩を、一緒に待機してた護衛が、多分に呆れを含んだ笑顔でバシバシ叩く。
(アイザックは皆んなに大切に想われているのね)
そう思うと、温かな何かが私の胸に広がった。
「ふふっ」
「どうした? オフィーリア」
思わず笑みを零した私の顔を、アイザックが不思議そうに覗き込む。
「いや、なんか締まらないなぁって思って」
だけど、こんな雰囲気も私達らしくて良いのかもしれないと、私は益々笑みを深めた。
エヴァレット伯爵邸への帰路を、ガタゴトと揺れながら進む馬車の中。
私は安定感抜群の特等席に座らされている。
───そう。アイザックの膝の上である。
「大好きだよ、オフィーリア。
君が従兄殿と仲良くしているのを見て、気が狂いそうな程に心が乱れた。
当たり前みたいに愛称で呼んでるし。僕なんか、敬称を外すだけだってかなり渋られたのに」
アイザックは私の腰に腕を回してガッチリと固定しつつ、悲しそうに呟く。
「まあ、親戚ですし、生まれた時からの付き合いですし……」
返事をしながらも、アイザックの膝からの脱出を試みたのだが……。
残念ながら、どんなに身を捩ってみてもびくともしない。
「それも狡い。
僕の知らないオフィーリアを知ってるのかと思うと凄く悔しい。
しかも、その従兄殿が君に『彼に話さなきゃいけない事があるんじゃないか?』なんて言うもんだから、てっきり僕は振られるのだとばかり……」
「……無駄に心労を与えた事については謝りますが、従兄とはただのビジネスパートナーです。
そんな事より、取り敢えず降ろしてくれませんか?」
「ずっとそばに居てって、さっきオフィーリアも言ってくれただろ?」
「身体的な接触の話ではないんですよ。
ほら、早く降ろしてください」
「ダメ。無理。
暫く離れていたんだから、今の内にオフィーリアの成分を補給しとかないと」
成分!?
成分って何!?
なんか私、とんでもない人に愛を伝えてしまった気がする。
助けを求めて、向かい側の席に座るアイザックの侍従に縋る様な視線を向けたのだが……。
「諦めてください」
軽く目を閉じた侍従はユルユルと首を横に振り、救助要請をすげなく拒否した。
まだ微かに目元が赤くなっている彼にそう言われてしまうと、逆らう気力も無くし、私はガックリと項垂れる。
(あぁ……、もう、気を失ってしまいたい)
げんなりした表情の私の髪を丁寧に指で梳きながら、アイザックはクスリと愉し気に笑う。
「それにしても、アイザックはどうしてあの場にいらしたのですか?」
甘ったるい空気を少しでも変えたくて、気になっていた事を尋ねると、アイザックは気まずそうに頬を掻いた。
「暇潰しに書店にでも行こうかと思って王都の街に出たんだけど………………、
エヴァレット家の馬車が停まっているのを見付けて、馭者に話を聞いたら、オフィーリアが従兄殿と化粧品店や薬屋を回ってるって教えてくれたんだ。
それで、会えるかなと思ってちょっと探してみた」
(態々探してくれたのか)
アイザックの台詞の『…………』の部分に、大幅に省略されたアレコレがあったなんて知らず、気まずそうに見えたのは気のせいだったのだろうと、私は勝手に納得した。
「そうなんですね。
予定より早く会えて、嬉しいです」
私の言葉に、アイザックは少し泣きそうな顔でクシャッと笑った。
「好きだよ、オフィーリア。愛してる」
結局、私は目的地へ到着するまでの間、アイザックから重すぎる愛の言葉を何度も囁かれ、告白の答えを出すまでの間の恨み言をぶつけられ、そして謎の成分とやらを摂取されるハメになったのだった。
自邸に到着するまでの時間は、異常に長く感じられた。
妙に元気そうなアイザックの手を借りて、ほうほうの体で馬車を降りる。
「送ってくださり、ありがとうございました」
丁寧に頭を下げてお礼を述べ、エスコートの手を離そうとしたのだが、逆にギュッと力強く握られた。
「いや、帰らないよ?
折角来たんだから、ご両親に挨拶しなきゃ」
「は?」
「婚約の話も早急に進めないといけないしね。
ほら、ボルトン家のこともあるから」
爽やかな笑顔で何言い出すんだ? この人は。
前世の世界では、結婚前の報告で両親に『娘さんを僕にください!!』みたいな挨拶をするのが定番だったけど、この世界にそんな風習は無い。
いや、他国がどうなのかまでは知らないけど、少なくともこの国の貴族の婚姻は契約みたいな物だから、当主同士の話し合いや、手紙の遣り取りだけで決まる事が殆どだ。
私が呆然としている隙に、アイザックは浮かれた足取りで邸に入り、テキパキと私の家族との面会を取り付けた。
そして、応接間に集まった家族や使用人、そしてマーク兄様が見ている前で深々と頭を下げた彼は、「オフィーリアを僕にください!」をやらかしたのだ。
そう言った次の瞬間、私の視界は厚い胸板に覆われた。
「わっ、ムグッ!? ちょ、アイザック?」
ギュウギュウと力任せに抱きしめられ、慌てて彼の腕をタップしたが、一向に拘束が緩む気配はない。
「……本当に?
今更冗談とか、無しだから」
絞り出す様に零されたか細い声が、僅かに震えている事に気付が付いた。
私は彼の腕から抜け出すのを諦め、その背中をそっと撫でる。
(……可愛い)
不思議な事にアイザックを好きなのだと認めてしまったら、彼の些細な言動や表情が、とても愛しく感じられる様になった。
それが嬉しくもあり、少し照れ臭くもある。
「本当よ。私は、貴方が好き」
自分の気持ちを確かめる様に、丁寧に言葉を紡ぐ。
それにアイザックが反応するよりも早く、「ズビビッッ!」と盛大に鼻を啜る音が響き渡った。
驚いた私とアイザックは、弾かれたみたいに音のした方向へと顔を向ける。
少し離れた場所で控えていたアイザックの侍従が、ボロボロと流れる大粒の涙を袖口で乱暴に拭っている。
「ア、アイザック様ぁ、良がっだっずねぇっ」
「……余韻にも浸らせてもらえないのか?」
大きな溜息をつきながら文句をつけるアイザックだが、その顔は言葉とは裏腹に、とても幸せそうに見えた。
「う゛ぅ……ずびばぜん。なんか感慨深くて……」
謝罪しながら尚も涙を流す侍従の肩を、一緒に待機してた護衛が、多分に呆れを含んだ笑顔でバシバシ叩く。
(アイザックは皆んなに大切に想われているのね)
そう思うと、温かな何かが私の胸に広がった。
「ふふっ」
「どうした? オフィーリア」
思わず笑みを零した私の顔を、アイザックが不思議そうに覗き込む。
「いや、なんか締まらないなぁって思って」
だけど、こんな雰囲気も私達らしくて良いのかもしれないと、私は益々笑みを深めた。
エヴァレット伯爵邸への帰路を、ガタゴトと揺れながら進む馬車の中。
私は安定感抜群の特等席に座らされている。
───そう。アイザックの膝の上である。
「大好きだよ、オフィーリア。
君が従兄殿と仲良くしているのを見て、気が狂いそうな程に心が乱れた。
当たり前みたいに愛称で呼んでるし。僕なんか、敬称を外すだけだってかなり渋られたのに」
アイザックは私の腰に腕を回してガッチリと固定しつつ、悲しそうに呟く。
「まあ、親戚ですし、生まれた時からの付き合いですし……」
返事をしながらも、アイザックの膝からの脱出を試みたのだが……。
残念ながら、どんなに身を捩ってみてもびくともしない。
「それも狡い。
僕の知らないオフィーリアを知ってるのかと思うと凄く悔しい。
しかも、その従兄殿が君に『彼に話さなきゃいけない事があるんじゃないか?』なんて言うもんだから、てっきり僕は振られるのだとばかり……」
「……無駄に心労を与えた事については謝りますが、従兄とはただのビジネスパートナーです。
そんな事より、取り敢えず降ろしてくれませんか?」
「ずっとそばに居てって、さっきオフィーリアも言ってくれただろ?」
「身体的な接触の話ではないんですよ。
ほら、早く降ろしてください」
「ダメ。無理。
暫く離れていたんだから、今の内にオフィーリアの成分を補給しとかないと」
成分!?
成分って何!?
なんか私、とんでもない人に愛を伝えてしまった気がする。
助けを求めて、向かい側の席に座るアイザックの侍従に縋る様な視線を向けたのだが……。
「諦めてください」
軽く目を閉じた侍従はユルユルと首を横に振り、救助要請をすげなく拒否した。
まだ微かに目元が赤くなっている彼にそう言われてしまうと、逆らう気力も無くし、私はガックリと項垂れる。
(あぁ……、もう、気を失ってしまいたい)
げんなりした表情の私の髪を丁寧に指で梳きながら、アイザックはクスリと愉し気に笑う。
「それにしても、アイザックはどうしてあの場にいらしたのですか?」
甘ったるい空気を少しでも変えたくて、気になっていた事を尋ねると、アイザックは気まずそうに頬を掻いた。
「暇潰しに書店にでも行こうかと思って王都の街に出たんだけど………………、
エヴァレット家の馬車が停まっているのを見付けて、馭者に話を聞いたら、オフィーリアが従兄殿と化粧品店や薬屋を回ってるって教えてくれたんだ。
それで、会えるかなと思ってちょっと探してみた」
(態々探してくれたのか)
アイザックの台詞の『…………』の部分に、大幅に省略されたアレコレがあったなんて知らず、気まずそうに見えたのは気のせいだったのだろうと、私は勝手に納得した。
「そうなんですね。
予定より早く会えて、嬉しいです」
私の言葉に、アイザックは少し泣きそうな顔でクシャッと笑った。
「好きだよ、オフィーリア。愛してる」
結局、私は目的地へ到着するまでの間、アイザックから重すぎる愛の言葉を何度も囁かれ、告白の答えを出すまでの間の恨み言をぶつけられ、そして謎の成分とやらを摂取されるハメになったのだった。
自邸に到着するまでの時間は、異常に長く感じられた。
妙に元気そうなアイザックの手を借りて、ほうほうの体で馬車を降りる。
「送ってくださり、ありがとうございました」
丁寧に頭を下げてお礼を述べ、エスコートの手を離そうとしたのだが、逆にギュッと力強く握られた。
「いや、帰らないよ?
折角来たんだから、ご両親に挨拶しなきゃ」
「は?」
「婚約の話も早急に進めないといけないしね。
ほら、ボルトン家のこともあるから」
爽やかな笑顔で何言い出すんだ? この人は。
前世の世界では、結婚前の報告で両親に『娘さんを僕にください!!』みたいな挨拶をするのが定番だったけど、この世界にそんな風習は無い。
いや、他国がどうなのかまでは知らないけど、少なくともこの国の貴族の婚姻は契約みたいな物だから、当主同士の話し合いや、手紙の遣り取りだけで決まる事が殆どだ。
私が呆然としている隙に、アイザックは浮かれた足取りで邸に入り、テキパキと私の家族との面会を取り付けた。
そして、応接間に集まった家族や使用人、そしてマーク兄様が見ている前で深々と頭を下げた彼は、「オフィーリアを僕にください!」をやらかしたのだ。
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