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72 早目の帰還《アイザック》
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王都を離れてから数日。
馬車での移動は続いていた。
常に執務に追われている王太子とその側近達は、移動中でも時間を無駄になど出来ない。
皆、馬車に揺られながらも書類の確認などに勤しんでいたのだが、その中に若干様子のおかしい者が一人───。
「オフィーリア……、会いたい。……オフィーリア……」
シオシオになりながら、呪文の様に同じ女の名ばかりを何度も呟くアイザック。
仕事だから仕方がないと覚悟していたにも拘らず、オフィーリアの側を離れたアイザックは日が経つ毎に憔悴していった。
そばに居ればぎこちないながらも話をしたり、遠くから姿を眺めたりする事くらいは出来ていたのに、今はそれさえも叶わないのだから。
アイザックのオフィーリア不足は、既に末期症状である。
そんな状態でも、どういう訳か仕事だけはテキパキと熟しているのだから不思議だ。
しかし、同じ馬車に乗っている者からすれば、ジメジメとした空気を撒き散らされるのは迷惑な事この上無い。
そしてついにサディアスがキレた。
「だああぁぁっ!! もう、鬱陶しい!
ウダウダ言うなよ!
早く帰りたいのはお前だけじゃないんだぞ。
私だって、王宮に愛する妃を残してきたんだからな。
最短で仕事を終わらせて、最短で帰るしかないだろう」
「最短……」
「分かったなら、早くその書類を片付けろ!」
今回の視察のスケジュールには、日程を動かせない様な予定は含まれていない。
寧ろ、農地の視察は天候に左右されるので、日程を入れ替ても支障がない様に組まれている。
という事は、天候に恵まれて、尚且つ仕事が早く進めば、その分予定を前倒しにする事も可能なのだ。
まあ、帰路の警備計画の見直しは、少々必要になるけれど。
そんな当たり前の事に今更ながら気付いたアイザックは、先程迄とは別人の様にキリッとした顔になる。
そして、人間離れした驚異的なスピードで黙々と書類を処理し始めた。
「アイツ、女で変わるタイプだったのか……」
意外なアイザックの姿を目にした別の側近は、呆れた顔でポツリと呟く。
彼は『どうか、オフィーリアとかいう娘が悪女ではありません様に』と胸の内で密かに祈った。
目の前に『早期帰宅』という名の人参をぶら下げられたアイザックは、その後も馬車馬の様にバリバリと働いた。
管理者達との会合の日程を組み直し、次々と話を纏めていく。
農地の見学については主要な場所以外はアイザックが受け持ち、サディアスと手分けして行う事で、時間を大幅に短縮した。
勿論、サディアスが現地を見なくても状況がしっかりと伝わる様に、詳細な報告書を作成するのも忘れない。
そんなアイザックの活躍(?)のお陰で、視察の日程はかなり前倒しで進み、何と予定より十日も早く、全ての仕事を終了したのだ。
警備の見直しを余儀なくされた護衛達は少し窶れているが、彼等とて早く家族に会いたい気持ちは共通していたので、皆一丸となって頑張ってくれた。
「そうか。やはりアイザックは追い詰められてから更なる力を発揮するタイプだったんだな。
よし、今後はもっと沢山の仕事を振ってやろうじゃないか」
最愛の妃の元へ早く帰れることになったサディアスは上機嫌に笑いながらも、迷惑極まりない言葉を投げかける。
「……仰っている意味がよく分かりません」
そんな横暴な主にゲンナリしつつ、アイザックは帰路に着いたのだった。
自邸へ帰ると、家族はアイザックの早過ぎる帰宅に驚きながらも無事を喜び、労ってくれた。
しかし、ここで漸くアイザックは、はたと気付いたのだ。
王都を出る際、オフィーリアに残した手紙に、『一ヶ月後に戻るので、その時に返事を』と書いていた事を。
(予定よりも早く帰ったりしたら、返事を急かす事になるのでは!?)
それは良くない。彼女を困らせるのは、アイザックにとって常に一番の懸念事項なのだ。
しかしながら、折角予定を早めたのに、直ぐ近くにいるオフィーリアに会う事が出来ない。
それはある意味、離れた場所にいるよりも辛い状況だった。
再び暗雲を背負うアイザック。
そんな彼を見ている内に、最初は帰宅を喜んでくれた公爵夫人とフレデリカも、徐々にうんざりとした顔になる。
「ジメジメウジウジ悩んでいる人がいると、邸全体が暗くなるじゃないの。
ちょっと気晴らしに、どこかへ出掛けていらっしゃいな」
二人にそう言われて、ポイッと追い出されてしまった。
(母と妹が冷たい……)
特に行きたい場所など無く、家族とオフィーリア以外には会いたい人もいない。
仕方がないので書店にでも入って適当に時間を潰そうと、取り敢えず街に出てみた。
そんな彼が、偶然目撃してしまったのが、あの衝撃的なシーンである。
オフィーリアを問い詰めたい衝動に駆られるが、未だに『友人』でしかないアイザックは、彼女に恨み言をぶつける権利など持っていない。
(何者なんだ? あの男)
チラリと見えた横顔は整っていて、如何にも女性に好かれそうな雰囲気だった。
頬を真っ赤に染めたオフィーリアが照れた様な笑顔をその男に向ける光景を思い出し、再び心臓がドクドクと嫌な音を立て始める。
(オフィーリアとあの男は、一体どんな関係なんだ?)
オフィーリアがアイザックの告白を保留にしておきながら他の男と付き合い始めるなんて思えないし、思いたくもない。
あの男の正体を知りたいなら、彼女自身に聞くのが一番手っ取り早いのは分かっている。
しかし、冷静に話を聞けるとも思えなかった。
(他に誰なら答えを知ってる?)
ジョエルならば、きっと男の正体を知っているだろうが、オフィーリア至上主義のシスコンが正しい情報を提供してくれるかは未知数だ。
迷った挙句にアイザックが向かった先は、アディンセル侯爵家だった。
馬車での移動は続いていた。
常に執務に追われている王太子とその側近達は、移動中でも時間を無駄になど出来ない。
皆、馬車に揺られながらも書類の確認などに勤しんでいたのだが、その中に若干様子のおかしい者が一人───。
「オフィーリア……、会いたい。……オフィーリア……」
シオシオになりながら、呪文の様に同じ女の名ばかりを何度も呟くアイザック。
仕事だから仕方がないと覚悟していたにも拘らず、オフィーリアの側を離れたアイザックは日が経つ毎に憔悴していった。
そばに居ればぎこちないながらも話をしたり、遠くから姿を眺めたりする事くらいは出来ていたのに、今はそれさえも叶わないのだから。
アイザックのオフィーリア不足は、既に末期症状である。
そんな状態でも、どういう訳か仕事だけはテキパキと熟しているのだから不思議だ。
しかし、同じ馬車に乗っている者からすれば、ジメジメとした空気を撒き散らされるのは迷惑な事この上無い。
そしてついにサディアスがキレた。
「だああぁぁっ!! もう、鬱陶しい!
ウダウダ言うなよ!
早く帰りたいのはお前だけじゃないんだぞ。
私だって、王宮に愛する妃を残してきたんだからな。
最短で仕事を終わらせて、最短で帰るしかないだろう」
「最短……」
「分かったなら、早くその書類を片付けろ!」
今回の視察のスケジュールには、日程を動かせない様な予定は含まれていない。
寧ろ、農地の視察は天候に左右されるので、日程を入れ替ても支障がない様に組まれている。
という事は、天候に恵まれて、尚且つ仕事が早く進めば、その分予定を前倒しにする事も可能なのだ。
まあ、帰路の警備計画の見直しは、少々必要になるけれど。
そんな当たり前の事に今更ながら気付いたアイザックは、先程迄とは別人の様にキリッとした顔になる。
そして、人間離れした驚異的なスピードで黙々と書類を処理し始めた。
「アイツ、女で変わるタイプだったのか……」
意外なアイザックの姿を目にした別の側近は、呆れた顔でポツリと呟く。
彼は『どうか、オフィーリアとかいう娘が悪女ではありません様に』と胸の内で密かに祈った。
目の前に『早期帰宅』という名の人参をぶら下げられたアイザックは、その後も馬車馬の様にバリバリと働いた。
管理者達との会合の日程を組み直し、次々と話を纏めていく。
農地の見学については主要な場所以外はアイザックが受け持ち、サディアスと手分けして行う事で、時間を大幅に短縮した。
勿論、サディアスが現地を見なくても状況がしっかりと伝わる様に、詳細な報告書を作成するのも忘れない。
そんなアイザックの活躍(?)のお陰で、視察の日程はかなり前倒しで進み、何と予定より十日も早く、全ての仕事を終了したのだ。
警備の見直しを余儀なくされた護衛達は少し窶れているが、彼等とて早く家族に会いたい気持ちは共通していたので、皆一丸となって頑張ってくれた。
「そうか。やはりアイザックは追い詰められてから更なる力を発揮するタイプだったんだな。
よし、今後はもっと沢山の仕事を振ってやろうじゃないか」
最愛の妃の元へ早く帰れることになったサディアスは上機嫌に笑いながらも、迷惑極まりない言葉を投げかける。
「……仰っている意味がよく分かりません」
そんな横暴な主にゲンナリしつつ、アイザックは帰路に着いたのだった。
自邸へ帰ると、家族はアイザックの早過ぎる帰宅に驚きながらも無事を喜び、労ってくれた。
しかし、ここで漸くアイザックは、はたと気付いたのだ。
王都を出る際、オフィーリアに残した手紙に、『一ヶ月後に戻るので、その時に返事を』と書いていた事を。
(予定よりも早く帰ったりしたら、返事を急かす事になるのでは!?)
それは良くない。彼女を困らせるのは、アイザックにとって常に一番の懸念事項なのだ。
しかしながら、折角予定を早めたのに、直ぐ近くにいるオフィーリアに会う事が出来ない。
それはある意味、離れた場所にいるよりも辛い状況だった。
再び暗雲を背負うアイザック。
そんな彼を見ている内に、最初は帰宅を喜んでくれた公爵夫人とフレデリカも、徐々にうんざりとした顔になる。
「ジメジメウジウジ悩んでいる人がいると、邸全体が暗くなるじゃないの。
ちょっと気晴らしに、どこかへ出掛けていらっしゃいな」
二人にそう言われて、ポイッと追い出されてしまった。
(母と妹が冷たい……)
特に行きたい場所など無く、家族とオフィーリア以外には会いたい人もいない。
仕方がないので書店にでも入って適当に時間を潰そうと、取り敢えず街に出てみた。
そんな彼が、偶然目撃してしまったのが、あの衝撃的なシーンである。
オフィーリアを問い詰めたい衝動に駆られるが、未だに『友人』でしかないアイザックは、彼女に恨み言をぶつける権利など持っていない。
(何者なんだ? あの男)
チラリと見えた横顔は整っていて、如何にも女性に好かれそうな雰囲気だった。
頬を真っ赤に染めたオフィーリアが照れた様な笑顔をその男に向ける光景を思い出し、再び心臓がドクドクと嫌な音を立て始める。
(オフィーリアとあの男は、一体どんな関係なんだ?)
オフィーリアがアイザックの告白を保留にしておきながら他の男と付き合い始めるなんて思えないし、思いたくもない。
あの男の正体を知りたいなら、彼女自身に聞くのが一番手っ取り早いのは分かっている。
しかし、冷静に話を聞けるとも思えなかった。
(他に誰なら答えを知ってる?)
ジョエルならば、きっと男の正体を知っているだろうが、オフィーリア至上主義のシスコンが正しい情報を提供してくれるかは未知数だ。
迷った挙句にアイザックが向かった先は、アディンセル侯爵家だった。
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