69 / 200
69 彼のいない日常
しおりを挟む
アイザックが王都を出てから、二十日が過ぎた。
少し前に、とある地域の小麦の不作をサディアス殿下への手紙に書いて意見箱へ投函したので、もしかしたらアイザックはその視察に同行しているのかもしれない。
こんなにも長くアイザックと会わないのは本当に久し振りだ。
告白された直後はアイザックと顔を合わせるのが気まずいとか、早く答えを出さなきゃって焦りばかりを感じていたのだが、いざ離れてみると、日を重ねる毎にどんどん淋しさが募って行った。
私の予想が当たっていれば、危険な任務ではないと思うけど、今はただ、彼の無事な姿を早く確認したくて仕方ない。
(もうコレって、そういう事よね?)
ベアトリスだって、難しく考えるなって言ってたし。
恋愛感情みたいな形の見えない曖昧な物を、理屈を捏ねて分析しようだなんて考えが、そもそも間違っていたのかもしれない。
「……………さま。
……お嬢様ってば。出来ましたよ?」
そう言えば、リーザに髪を結ってもらっている最中だった。
正面に視線を向けると、鏡越しに心配そうな侍女と目が合う。
どうやら、何度も呼ばれていたのに気付かなかったらしい。
「最近のお嬢様はボンヤリしてばかり。坊っちゃまも心配しておられました。
一体どうなさったのです?」
「何でもないわ。大丈夫よ」
「久し振りにマーク様とお出掛けなさるのを、楽しみにしていらしたのではないのですか?」
「そうね。折角だから、楽しまなきゃね」
そう。一週間程前から、珍しくマーク兄様がこちらの国へ来て、我が家に滞在しているのだ。
原料の新たな仕入れ先との商談のついでに、我が国の最新の流行を視察して帰るつもりらしい。
昨日迄で商談は終わったみたいで、明日の朝イチで隣国へ戻る予定。
予備日だった今日は休日になったので、学園が休みだった私に『王都の街を案内して欲しい』と頼んで来た。
商売のヒントを得る為、ご令嬢達の間で話題になっているお店を知りたいのだとか。
まあ、お支払いはお任せして良いらしいから、なかなか私のお財布事情では行けない、お高いカフェにでも案内してあげようかと思っている。
本当ならばジョエルも一緒に行くはずだったのだが、今朝になって微熱が出てしまい、残念ながらお留守番となった。
お出掛け自体を中止にしようかとも思ったのだが、『マーク兄様には今日しか時間がないのですから、僕の事は気にせず行って来て下さい』と本人が言うので、決行することにした。
髪を編み込みにしてもらった後は、いつもより少し丁寧に化粧を施され、リーザが選んでくれた服に袖を通す。
「今日は風が冷たいので、暖かいお洋服をご用意しました。
厚手のコートもお召しになった方が良いですわね。
屋内に入ったらコートは脱いで、体温調節をしっかりなさって下さい。
お嬢様までお風邪を引いたら大変ですから。
それから───」
アレやコレやと注意事項を並べられ、まるで子供に戻ってしまった様な気分になる。
その内『知らない人について行くな』とか、『落ちている物を食べちゃダメだ』とか言い出しそうだなと思って、微かな笑みを浮かべる。
「そうね、気を付けるわ」
過保護なリーザを安心させる為、素直に頷いておく事にした。
約束の時間より少しだけ早く階下に降りると、一足早く支度を終えたマーク兄様が既に待ってくれていた。
「お前、本当にフィーか?
いつもより大人っぽいし、心なしか美人に見えるぞ。
やっぱりリーザの化粧の腕は素晴らしいな」
酷いっっ!
化粧の効果なのは事実だけどさぁ……。
本当の事だからって、何でも口に出せば良いと思ったら大間違いじゃない?
「第一声がそれですか?
そんなだから、いつまで経ってもマーク兄様には婚約者が出来ないのですよ!」
人差し指をズイッと兄様の胸元に突き付けて苦言を呈すると、兄様はハハッと笑った。
「ちょっとした冗談じゃないか。
それに、俺の場合は婚約者が出来ないんじゃなく、まだ作らないだけだ」
「あーそうですか。さぞかしおモテになるんでしょうね」
マーク兄様は爽やか系イケメンに見えるからご令嬢に人気がありそうだけど、残念ながらデリカシーが皆無なのだ。
多分、最初はモテるのに、いざ付き合ってみると何故か直ぐに振られるタイプ。
ジトッとした目で睨む私に、兄様は「ごめんごめん」と軽く謝った。
(よしっ。今日はバンバン奢らせてやろう)
胸の奥でひっそりと決意しながら、兄様のエスコートで馬車に乗り込んだ。
到着したのは、先月オープンしたばかりのカフェだ。
カフェといってもしっかりした食事も楽しめるお店で、そのメニューがとても珍しいと早くも話題になっているのだ。
噂では聞いていたが、私も訪問するのは初めてである。
普通のお店よりも分厚いメニューを開いてみると、料理名と共に使われている食材や効能などが詳しく明記されている。
そう、ここは前世でいうところの薬膳料理の様な物を出すお店なのだ。
「ハーブや薬草を料理に使ってるのか……。なかなか面白いな」
「兄様の領地の特産でもありますから、新たな事業のヒントになるかと思いまして」
「フィーは意外と有能だな」
「意外は余計です。
兄様はどれになさいますか?」
「俺は、これかな? 疲労回復の効果があるらしい」
マーク兄様が選んだのは、骨付きのチキンを煮込んだ料理。
参鶏湯みたいな物だろうか?
「では、私はこちらを……」
私は美肌効果のある料理を選んだ。
「フィーには、脂肪燃焼効果の方が良いんじゃないか?」
だーかーらーっっ!!
デリカシーがねぇんだってば!
「……フィー、顔が怖い」
「誰のせいですか?」
腹いせにデザートを三つも注文してやった。
全部一口ずつ食べて、残りは兄様に押し付けようと思う。
兄様の腹周りにも脂肪を蓄えてやるのだ。
少し前に、とある地域の小麦の不作をサディアス殿下への手紙に書いて意見箱へ投函したので、もしかしたらアイザックはその視察に同行しているのかもしれない。
こんなにも長くアイザックと会わないのは本当に久し振りだ。
告白された直後はアイザックと顔を合わせるのが気まずいとか、早く答えを出さなきゃって焦りばかりを感じていたのだが、いざ離れてみると、日を重ねる毎にどんどん淋しさが募って行った。
私の予想が当たっていれば、危険な任務ではないと思うけど、今はただ、彼の無事な姿を早く確認したくて仕方ない。
(もうコレって、そういう事よね?)
ベアトリスだって、難しく考えるなって言ってたし。
恋愛感情みたいな形の見えない曖昧な物を、理屈を捏ねて分析しようだなんて考えが、そもそも間違っていたのかもしれない。
「……………さま。
……お嬢様ってば。出来ましたよ?」
そう言えば、リーザに髪を結ってもらっている最中だった。
正面に視線を向けると、鏡越しに心配そうな侍女と目が合う。
どうやら、何度も呼ばれていたのに気付かなかったらしい。
「最近のお嬢様はボンヤリしてばかり。坊っちゃまも心配しておられました。
一体どうなさったのです?」
「何でもないわ。大丈夫よ」
「久し振りにマーク様とお出掛けなさるのを、楽しみにしていらしたのではないのですか?」
「そうね。折角だから、楽しまなきゃね」
そう。一週間程前から、珍しくマーク兄様がこちらの国へ来て、我が家に滞在しているのだ。
原料の新たな仕入れ先との商談のついでに、我が国の最新の流行を視察して帰るつもりらしい。
昨日迄で商談は終わったみたいで、明日の朝イチで隣国へ戻る予定。
予備日だった今日は休日になったので、学園が休みだった私に『王都の街を案内して欲しい』と頼んで来た。
商売のヒントを得る為、ご令嬢達の間で話題になっているお店を知りたいのだとか。
まあ、お支払いはお任せして良いらしいから、なかなか私のお財布事情では行けない、お高いカフェにでも案内してあげようかと思っている。
本当ならばジョエルも一緒に行くはずだったのだが、今朝になって微熱が出てしまい、残念ながらお留守番となった。
お出掛け自体を中止にしようかとも思ったのだが、『マーク兄様には今日しか時間がないのですから、僕の事は気にせず行って来て下さい』と本人が言うので、決行することにした。
髪を編み込みにしてもらった後は、いつもより少し丁寧に化粧を施され、リーザが選んでくれた服に袖を通す。
「今日は風が冷たいので、暖かいお洋服をご用意しました。
厚手のコートもお召しになった方が良いですわね。
屋内に入ったらコートは脱いで、体温調節をしっかりなさって下さい。
お嬢様までお風邪を引いたら大変ですから。
それから───」
アレやコレやと注意事項を並べられ、まるで子供に戻ってしまった様な気分になる。
その内『知らない人について行くな』とか、『落ちている物を食べちゃダメだ』とか言い出しそうだなと思って、微かな笑みを浮かべる。
「そうね、気を付けるわ」
過保護なリーザを安心させる為、素直に頷いておく事にした。
約束の時間より少しだけ早く階下に降りると、一足早く支度を終えたマーク兄様が既に待ってくれていた。
「お前、本当にフィーか?
いつもより大人っぽいし、心なしか美人に見えるぞ。
やっぱりリーザの化粧の腕は素晴らしいな」
酷いっっ!
化粧の効果なのは事実だけどさぁ……。
本当の事だからって、何でも口に出せば良いと思ったら大間違いじゃない?
「第一声がそれですか?
そんなだから、いつまで経ってもマーク兄様には婚約者が出来ないのですよ!」
人差し指をズイッと兄様の胸元に突き付けて苦言を呈すると、兄様はハハッと笑った。
「ちょっとした冗談じゃないか。
それに、俺の場合は婚約者が出来ないんじゃなく、まだ作らないだけだ」
「あーそうですか。さぞかしおモテになるんでしょうね」
マーク兄様は爽やか系イケメンに見えるからご令嬢に人気がありそうだけど、残念ながらデリカシーが皆無なのだ。
多分、最初はモテるのに、いざ付き合ってみると何故か直ぐに振られるタイプ。
ジトッとした目で睨む私に、兄様は「ごめんごめん」と軽く謝った。
(よしっ。今日はバンバン奢らせてやろう)
胸の奥でひっそりと決意しながら、兄様のエスコートで馬車に乗り込んだ。
到着したのは、先月オープンしたばかりのカフェだ。
カフェといってもしっかりした食事も楽しめるお店で、そのメニューがとても珍しいと早くも話題になっているのだ。
噂では聞いていたが、私も訪問するのは初めてである。
普通のお店よりも分厚いメニューを開いてみると、料理名と共に使われている食材や効能などが詳しく明記されている。
そう、ここは前世でいうところの薬膳料理の様な物を出すお店なのだ。
「ハーブや薬草を料理に使ってるのか……。なかなか面白いな」
「兄様の領地の特産でもありますから、新たな事業のヒントになるかと思いまして」
「フィーは意外と有能だな」
「意外は余計です。
兄様はどれになさいますか?」
「俺は、これかな? 疲労回復の効果があるらしい」
マーク兄様が選んだのは、骨付きのチキンを煮込んだ料理。
参鶏湯みたいな物だろうか?
「では、私はこちらを……」
私は美肌効果のある料理を選んだ。
「フィーには、脂肪燃焼効果の方が良いんじゃないか?」
だーかーらーっっ!!
デリカシーがねぇんだってば!
「……フィー、顔が怖い」
「誰のせいですか?」
腹いせにデザートを三つも注文してやった。
全部一口ずつ食べて、残りは兄様に押し付けようと思う。
兄様の腹周りにも脂肪を蓄えてやるのだ。
2,098
お気に入りに追加
6,320
あなたにおすすめの小説

[完結]本当にバカね
シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。
この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。
貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。
入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。
私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。
【完結】恋は、終わったのです
楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。
今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。
『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』
身長を追い越してしまった時からだろうか。
それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。
あるいは――あの子に出会った時からだろうか。
――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。

ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。
ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。
しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。
もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが…
そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。
“側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ”
死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。
向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。
深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは…
※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。
他サイトでも同時投稿しています。
どうぞよろしくお願いしますm(__)m
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる