【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

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67 失敗したかも《アイザック》

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「やっと告白しましたか。
 いやあ、本っっっ当に、長い道のりでしたねぇ。
 あぁ、でも返事を貰えていないなら、またここからが長いんですかね?」

「……」

 ニヤニヤと揶揄う気満々の顔をした侍従を、アイザックは無言でジロリと睨み付ける。



 入学式の日、額を見せる髪型をしていたオフィーリアを目にして、アイザックは強い焦燥感に駆られた。

 謎の化粧品による効果で、傷痕が完全に消えているみたいに見えたからだ。

 あの傷痕のせいでオフィーリアが軽んじられる事に、憤りと申し訳なさを感じていたはずなのに……。
 いざその傷が消えたら、彼女の良さに気付く男が増えるのではないかと焦ったのだ。

(これじゃあ、僕が毛嫌いしていたご令嬢達と同じじゃないか)

 自分の中に、身勝手で卑怯で醜い部分が存在するのだ気付いてしまい、アイザックは愕然とした。

 それと同時に、儘ならない恋心という物を初めて知った彼は、やっぱりオフィーリアを諦めるなんて出来ないのだと悟った。



 アイザックの懸念通り、オフィーリアに近寄る男子生徒は徐々に増え始めた。

 入学以来、オフィーリアに敵意を持つ令嬢達を処理するのに忙しかったアイザック。
 そのせいで彼女に好意を持つ男達の牽制が後手に回っていた感は否めない。
 まあ、最初から警戒対象だったクレイグ・ボルトンだけは、彼女に近付かせない様にブロックしていたけれど。


 Aクラス入りした事で、今やオフィーリアの賢さは注目されているのだ。

 普段は温厚で平和主義だが、大人しい令嬢だと勘違いして舐めてかかる連中には、倍返し以上の制裁を加える。
 穏やかさと苛烈さが絶妙なバランスで同居している彼女の性格は、高位貴族の妻や王族の妃としても通用する物だ。

 最近では、隣国の従兄と新商品を開発し、莫大な利益を生んだという話も広まり始めた。

 近年巻き起こっている、ご令嬢達の乗馬ブームの切っ掛けを作ったのもオフィーリアだと聞く。

 アイザックの母である公爵夫人のお気に入りで、ベアトリスやフレデリカとも仲が良い。

 婚約者がいない令息にとって、そんなオフィーリアは超優良物件なのだから、モテ始めるのも必然である。
 まあ、恋愛に関して察しの悪い彼女は、自分が口説かれている事に全く気付いていないみたいけど。


 クレイグ・ボルトンも、今までよりも積極的に復縁を願い始めた。
 幸い彼女は、今ではクレイグを蛇蝎の如く嫌っているみたいだが、そのせいでボルトン家はクリスティアンを巻き込んで強引な手段に出たらしい。
 いや、クリスティアンの方の策略なのか?

 どちらにせよ、彼女があんな男の手に落ちるなんて我慢ならない。
 もう手をこまねいて見ている訳には行かなかった。

 オフィーリアが異性として意識してくれるまで待つつもりだったが、彼女のあの鈍さでは、一生かかっても気付いてもらえないだろう。

 そう考えて、アイザックは彼女に想いを伝えたのだ。



 アイザックの決死の告白の直後、彼女は頬を真っ赤に染めて、一目散に逃げ出した。
 まあ、赤面した顔も可愛かったし、直ぐに良い返事をもらえるだなんて思っていなかったから、別に良いけど。

(アレは、僕を意識し始めてくれたって思っても良いのだろうか?
 まさか、嫌われてしまったって事はないと思いたいけれど……)

 一歩前進なのか、それとも後退なのか。
 判断がつかなくて、つい悪い方向にばかり考えそうになる。
 アイザックは小さく溜息を零した。





 翌日。オフィーリアは始業時間ギリギリに登校してきた。
 彼女が来るのを今か今かと待ち受けていたアイザックは、ガタッと音を立てて立ち上がる。

「オフィーリア、おはよう」

 声を掛ければ、彼女はピシリと固まった。

「お、おはよう、ございます?」

 ぎこちない笑みを顔に貼り付けて、何故か疑問形で挨拶を返したオフィーリア。
 明らかに今迄と様子が違う。

 やっぱり告白は時期尚早だったのだろうか?
 もう友達にさえ戻れないのかも……。

 アイザックの中で、再び負の感情が暴走し始める。

「その、昨日の話だけど……」

『返事は急がない』そう伝えようとすると、オフィーリアは突然頭を下げた。

「ごめんなさい」

「………………っっ!!」

「あっ、ち、違いますっっ!
 そういう意味じゃなくてっっ!!」

 凍り付いた顔で固まるアイザックを見て、対応を間違えた事を悟ったらしいオフィーリアは、ブンブンと両手を振りながら慌てて否定の言葉を連ねた。
 アイザックはホッと息を吐き出し、荒れ狂う心を隠しつつ、なんとか微笑みを浮かべる。

「良かった。
 どういう意味の、ごめん?」

「あの、ちょっと自分の気持ちを整理するのに、時間がかかってるっていうか……。
 まだ、答えが出せていなくて……、済みません。
 一週間くらい、待ってもらえませんか?」

 消え入りそうな声でそう言って、項垂れたオフィーリアの顔は真っ赤に染まっている。
 意識してくれているのは嬉しい。
 けど、やっぱり不安も大きい。

「良いよ。もっと長くても。
 今、僕も『返事は急がない』って言おうとしたんだ。
 オフィーリアにしたら、突然の話だったから驚いたんだろ?
 ゆっくり考えて」

 そう言いながら、いつもの癖でオフィーリアの頭に手を伸ばせば、その肩がピクッと小さく跳ねた。

(あ……)

 アイザックの手は彼女の頭を撫でずに、そのままゆっくりと降ろされた。

 物分かりの良いヤツぶって『ゆっくり考えて』などと言ったアイザックだが、その心中はかなり複雑である。

 結局、恋愛偏差値の低いアイザックは、この状況でいつもと同じ態度を取れるほど大人ではないのだ。
 オフィーリアの言葉一つ、表情一つで気持ちが乱高下してしまい、それに気付いたオフィーリアとの間に常に居た堪れない空気が流れる。

 これまでと違う関係を望んだのは、自分だ。
 その為には今のこの状況も必要なプロセスだって事は分かっている。

 でも、どうしても、焦燥感が拭い去れない。



「ジメジメしてるわね。まるでナメクジみたいよ。
 放って置いたら、その内に腐って液状化しそうだわ」

 机に突っ伏して萎れているアイザックを見下ろすベアトリスは、いつもと同じく辛辣だ。

「少しくらいは慰めてくれれば良いのに」

「嫌よ。面倒臭い。
 自分で待つって決めたんだったら、もっと泰然としておきなさいよ。カッコ悪いわね」

 筆頭公爵家嫡男であるアイザックを、こんなにぞんざいに扱う人物は珍しい。
 まあ、だからこそ信用している部分もあるのだが……。
 今はちょっとだけ彼女の正論が痛かった。

「待つのは最初から覚悟していたつもりなんだが……、死刑宣告を待っているみたいな気分なんだ」

「大袈裟ね。
 振られたくらいで死にはしないわよ」

「いや、死ぬ。
 僕はオフィーリアの体から発生する癒し成分を吸わないと生きて行けない。
 それなのに……もしも、このまま振られたら……」

「うわぁ……。もはや病の域ね。
 ってゆーか、いつの間にそんなに変態レベルがアップしたの?
 成分って何よ!? 怖っっ!!」

 かなりヤバめなアイザックの発言に、ベアトリスはドン引きした。

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