【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko

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65 優しさの意味

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「オフィーリア、やっぱり僕達、婚約しよう」

 アイザックは唐突に、私の肩をガシッと両手で掴んでそう言った。

(婚約……?)

 突然の提案に驚いたが、『もしかしたら……』と、その真意について思い当たる事があり、即座に頷いた。

「分かりました、喜んで」

 快諾した私を見て、ベアトリスが驚いた様に目を見開く。

「えっ? 本当にアイザックで良いの?」

「? ……え、ええ。
 だってアイザック様、面倒な婚約の打診に困っているのではないですか?
 先日、陛下に縁談を押し付けられそうだって仰ってましたし。
 私でお役に立てるのでしたら、喜んでお引き受けしますよ。婚約者役!」

「あ、ソッチね」

 頼ってもらえた事が嬉しくて、強い決意を込めて宣言したのだが、ベアトリスは何故か残念な物を見る様な眼差しを私に向ける。

「そうかなとは思ってたけど……。
やっぱり、全然伝わってなかったか……」

 アイザックは頭を抱えながら何かブツブツと呟いていたかと思えば、突如ガバッと顔を上げた。

「オフィーリア、僕は………」

 何かを言いかけたアイザックだったが、ニヨニヨと笑いながら私達を眺めているベアトリスに気が付くと、苦い顔をしてグッと言葉を飲み込んだ。
 そして、勢い良く立ち上がり、私の手首を少し強引に引っ張る。

「ちょっとそこまで付き合って」

「え? あ、はい」

 アイザックの背中を追いながら振り返ると、ベアトリスが「行ってらっしゃ~い」と小さく手を振った。



 連れて来られたのは屋上へ向かう階段の踊り場。
 滅多に人が通らない場所なので、逢い引きや告白、密談などに利用されていると噂に聞いた事がある。
 人目を憚る話なのだろうか?

 立ち止まって私の手首を離したアイザックは、胸の辺りを片手で押さえ、小さく息を吐き出してから口を開いた。

「……役じゃない」

「え?」

「婚約者役じゃなくて、一応、正式な求婚のつもりなんだけど?」

 冷ややかな笑みを浮かべたアイザックは、今迄見た中で一番機嫌が悪そうだ。

「え、だって、アイザックは初めての顔合わせの時に、私とは婚約しないって……」

「友達になってくれるなら、婚約者になるのは一旦諦めるって言っただけだよ。
 永遠に婚約しないなんて、一言も約束してない」

「一旦?」

「そう、一旦。だから今、改めて求婚している」

「あ、もしかしてボルトン家の件を聞きました?」

 自分のじゃなく、私の面倒な婚約を回避しようとしてくれているとか?

「君に知られると気を使わせると思って黙っていたんだが……。
 実は、少し前から第二王子が君の実家に圧力を掛けようとしていた。
 それに関しては情報を事前にキャッチしたから、サディアス殿下に協力して貰って簡単に阻止できたんだけど、第二王子の目的は不明だった。
 そこへジョエルから手紙が届いたんだ。
 第二王子が君と元婚約者に再婚約を結ばせようと画策してるってね」

 アイザックはいつの間にか、幼馴染であるはずのクリスティアンの名前すら呼ばなくなっていた。

 それにしても、圧力って……?

 あぁ、そう言えば……。
 領地の特産品であるジャム作りに欠かせない砂糖の仕入れ先が、急に価格を釣り上げたって、前にお父様が言ってたな。
 結局別の業者が見つかって事なきを得たみたいだけど、まさかクリスティアンの仕業だった?
 そしてそれをアイザックがコッソリ解決してくれたの?
 有り難いやら、申し訳ないやら。
 そして、あの王子は本当にろくでもない。


「もしかして婚約の話も私を守る為に……?」

「それもそうだけど、それだけじゃない」

「え~っと………、私と婚約して、アイザックにも何かメリットが?」

 首を傾げた私の両肩を、アイザックが再びガシッと掴む。

「メリットとかデメリットとかの話じゃない。
 僕はオフィーリアが好きなんだよ」

「………………スキ?」

 私の口から零れ落ちた独り言の様な呟きに、アイザックが真剣な顔で頷きを返す。

「私を?」

 再び呟けば、またしてもコクリと頷かれた。

 その瞬間、カッと燃える様に全身が熱くなる。
 アイザックはそんな私に困った様な微笑みを向けた。

「……ごめんね、僕はやっぱり、君と友達のままではいたくないし、他の男に攫われるなんて絶対に嫌なんだ。
 正直言えば、ボルトン家の打診を潰すだけなら、婚約までしなくても簡単だよ?
 でもそれじゃあ、他の奴がまた同じ様な行動を起こしかねないし、そうなると僕が困る。もの凄く、困るんだ」

「あの…………、済みません、あ、頭が混乱していて……」

「ああ。まあ、そうだろうね。
 オフィーリアは僕の事を全く意識していなかったから」

「だって、友達だからって……」

「まあ、ずっとそう言って誤魔化してたのは僕だけど、普通に考えて、友達の扱いじゃないよね?」

「……」

 そう言われてしまえば、これまでのアイザックの私に対する気遣いの意味合いがガラッと違って見える。
 ボディタッチも、ちょっとだけ多かったかもしれない。
 少し前までのアイザックは少年にしか見えなかったし、ベアトリスも私にベタベタ触りたがるタイプだったから、友達ならこれが普通なのかなって思ってたけど……。

 え? じゃあ、もしかして、ずっと……。

 心臓がドクドク鳴って、今にも爆発しそうだ。

 もう無理。限界!!

「し、し、し……」

「し?」

「し、失礼しますっっ!」

「え? あっ……、ちょ、オフィーリアッ!?!?」

 アイザックの呼び掛けを無視して、クルリと踵を返すと、全力ダッシュでその場を逃げ出した。



「嘘ぉ……」

 誰もいない裏庭に逃げてきた私は、熱くなった顔を両手で覆って校舎の外壁に寄り掛かり、ズルズルと地面にしゃがみ込む。

 どうして逃げてしまったの?
 そんな事したら、余計に気まずくなるだけなのに。

『オフィーリア』

 柔らかな声で私を呼ぶ時の、アイザックの笑顔が頭をよぎる。

 沢山の贈り物も、優しく温かな眼差しも、過保護なまでの気遣いも、手を繋いだお出掛けも、全部、全部……。

 ───友達だからじゃ、なかったとしたら?

 いいえ。
 本当は私だって気付いてのかもしれない。
 彼の言動が、友達の範囲を逸脱してるって事を。
 だけど気付かない振りをしていたのだ。

 だって、気付いてしまったら、答えを出さなきゃいけなくなるから───。

 自分の中の『狡さ』に気付いてしまい、何とも言えない気持ちになった。

 未だに熱が冷めない頬を、両手で包みながら空を見上げる。

「どうしよう。
 これから先、どんな顔でアイザックと話せば良いの?」

 木の枝で羽を休めていた小鳥が私の問いに答えるように「ピィ」と小さく囀り、雲一つ無い青空へと飛び立った。

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