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57 未遂では足りない
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私だってベアトリスを殴ろうとしたこの令嬢には腹を立てているし、私なりのやり方で潰してやるつもりでいるけどさぁ……。
流石に命まで奪おうとは思わないよ?
「だ、大丈夫ですよ。全然痛くないので」
「うん、分かった。
でも、そんな汚い物にいつまでも触れていると、オフィーリアの綺麗な手が穢れちゃうだろう?」
「ちょっと何言ってるか分からないんですが……」
「困ったなぁ。ほら、良い子だから、早くソレをこっちに……」
幼子を宥める様な顔をしたアイザックが、しつこく同じ要求を繰り返そうとしたその時、さっき飛び出して行った見物人が、タイミング良く警備の騎士を引っ張って戻って来てくれた。
「こ、これは……、一体どういう状況ですか?」
(天の助けっ!)
困惑した表情の騎士だが、その背には後光が差して見えた。
これ幸いと、簡単に事情を説明した上で、伯爵令嬢を押し付ける。
「いや、その女は僕が……」
「アイザック様っ!
そんな事は騎士に任せて、救護室に付き合ってくださいませ」
彼女の身柄を確保しようと、尚も手を伸ばすアイザック。その反対側の腕を引っ張り、必死で止める。
「うん……、まぁ、治療が優先か。
顔は覚えたから、後で処理すれば良いや」
(ん? 後で……、何するって?)
後半ちょっと物騒な事を口走っていた気もするが、なんとか納得してくれたアイザックにホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。
次の瞬間、私の体はフワリと宙に浮いた。
一拍遅れて、アイザックに抱き上げられたのだと理解する。
あまりに突然の出来事で、抵抗する暇さえなかった。
「え? ちょ、自分で歩けますっ!
どこも痛くないのですからっっ!!」
先程まで私達のトラブルを見物していた周囲の生徒達から、再び興味津々の視線が集まるのを感じ、頬がカッと熱くなった。
ヤダ、もう恥ずかしい。
お嫁に行けないかもしれない(元から行くつもりはなかったけど)。
「危ないから、暴れないで」
怒っているのだろうか?
私を窘めるアイザックの声は、いつもより少しだけ冷たい。
「いや、危ないからこそ降ろしてくださいよ。
ベアトリス様も、何とか仰って!」
「オフィーリア、諦めなさい」
助けを求める私に、ベアトリスは肩を竦めてそう言った。
救護室に到着すると、室内は無人だった。養護教諭は席を外しているらしい。
アイザックは患者用の丸椅子に私をソッと座らせた。
そして、悲しそうな顔をしたアイザック自ら、私の傷に消毒液を塗る。
いや、おかしい。
私は何故、筆頭公爵家の令息に手当てをされているのか?
「大丈夫ですってば」
「全然大丈夫じゃない。あの女……、どうしてくれようか……」
低く唸る様な声で呟くアイザック。
「アイザック様が手を出したりしたら、完全にオーバーキルですよ。
それに、実は一発目は態と打たれたんです」
「「は!?」」
ベアトリスとアイザックから、鋭い眼差しを向けられ、ピクッと小さく肩が跳ねた。
「どーゆー事なのかしら?」
余計な事を言ってしまったと若干後悔しながらも、冷気を放つベアトリスに詰め寄られて、仕方なく続きを話す事にした。
「えーっと……、本当は、最初の一発も手で受け止める事が可能だったんですよ。
でも、暴行未遂と暴行では、罪の重さが異なるでしょう?
あの手のご令嬢は多少の事では反省などしませんから、より重い罰を受けさせた方が良いかなぁと判断しまして……」
私は将来、市井でも生きられる様にと、護身術を学び続けているのだ。
流石に本職の騎士や冒険者には歯が立たないが、チンピラ程度の攻撃ならば防ぎつつ隙を見て逃げられる様に訓練を受けている。
本来ならば、ご令嬢のへなちょこビンタを防ぐ位は楽勝である。
「それで? 刑罰を重くする為に態と殴られたのか?」
アイザックは呆れ顔で深い溜息を吐く。
「ご、ごめんなさい。
…………でも、『深窓のご令嬢のビンタなんて痛くない』って、ベアトリス様も前に仰っていたじゃないですか。
本当に全然痛くなかったんですよ?
まぁ、傷が付いてしまったのは、ちょびっとだけ計算外でしたけど……」
ボソボソと苦し紛れの言い訳をしたら、頭を抱えた二人が再び重い溜息を吐き出した。
その後、ベアトリスには「助けてくれたのは感謝するけど、二度としないで!」と。
アイザックからは「もっと自分を大事にしろっ!」と、ありがたいお説教を頂いた。
更に、帰宅してからジョエルとリーザにもしこたま怒られてしまったのは、言うまでもない。
自分の事に無頓着過ぎたかな?
火あぶりに比べたら、多少の事はどうでも良いと思ってしまっていたのかもしれない。
でも、私が怪我をしたと知った時の、友人や家族の青褪めた顔や涙目を思い出すと、胸がギュッと痛くなる。
『自分を大事に』か。
……そうだよね。私だって、大切な人が自らの危険を顧みずに無謀な行動ばっかりしていたら悲しいもん。
後悔はしていないが、かなり反省はしている。
流石に命まで奪おうとは思わないよ?
「だ、大丈夫ですよ。全然痛くないので」
「うん、分かった。
でも、そんな汚い物にいつまでも触れていると、オフィーリアの綺麗な手が穢れちゃうだろう?」
「ちょっと何言ってるか分からないんですが……」
「困ったなぁ。ほら、良い子だから、早くソレをこっちに……」
幼子を宥める様な顔をしたアイザックが、しつこく同じ要求を繰り返そうとしたその時、さっき飛び出して行った見物人が、タイミング良く警備の騎士を引っ張って戻って来てくれた。
「こ、これは……、一体どういう状況ですか?」
(天の助けっ!)
困惑した表情の騎士だが、その背には後光が差して見えた。
これ幸いと、簡単に事情を説明した上で、伯爵令嬢を押し付ける。
「いや、その女は僕が……」
「アイザック様っ!
そんな事は騎士に任せて、救護室に付き合ってくださいませ」
彼女の身柄を確保しようと、尚も手を伸ばすアイザック。その反対側の腕を引っ張り、必死で止める。
「うん……、まぁ、治療が優先か。
顔は覚えたから、後で処理すれば良いや」
(ん? 後で……、何するって?)
後半ちょっと物騒な事を口走っていた気もするが、なんとか納得してくれたアイザックにホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。
次の瞬間、私の体はフワリと宙に浮いた。
一拍遅れて、アイザックに抱き上げられたのだと理解する。
あまりに突然の出来事で、抵抗する暇さえなかった。
「え? ちょ、自分で歩けますっ!
どこも痛くないのですからっっ!!」
先程まで私達のトラブルを見物していた周囲の生徒達から、再び興味津々の視線が集まるのを感じ、頬がカッと熱くなった。
ヤダ、もう恥ずかしい。
お嫁に行けないかもしれない(元から行くつもりはなかったけど)。
「危ないから、暴れないで」
怒っているのだろうか?
私を窘めるアイザックの声は、いつもより少しだけ冷たい。
「いや、危ないからこそ降ろしてくださいよ。
ベアトリス様も、何とか仰って!」
「オフィーリア、諦めなさい」
助けを求める私に、ベアトリスは肩を竦めてそう言った。
救護室に到着すると、室内は無人だった。養護教諭は席を外しているらしい。
アイザックは患者用の丸椅子に私をソッと座らせた。
そして、悲しそうな顔をしたアイザック自ら、私の傷に消毒液を塗る。
いや、おかしい。
私は何故、筆頭公爵家の令息に手当てをされているのか?
「大丈夫ですってば」
「全然大丈夫じゃない。あの女……、どうしてくれようか……」
低く唸る様な声で呟くアイザック。
「アイザック様が手を出したりしたら、完全にオーバーキルですよ。
それに、実は一発目は態と打たれたんです」
「「は!?」」
ベアトリスとアイザックから、鋭い眼差しを向けられ、ピクッと小さく肩が跳ねた。
「どーゆー事なのかしら?」
余計な事を言ってしまったと若干後悔しながらも、冷気を放つベアトリスに詰め寄られて、仕方なく続きを話す事にした。
「えーっと……、本当は、最初の一発も手で受け止める事が可能だったんですよ。
でも、暴行未遂と暴行では、罪の重さが異なるでしょう?
あの手のご令嬢は多少の事では反省などしませんから、より重い罰を受けさせた方が良いかなぁと判断しまして……」
私は将来、市井でも生きられる様にと、護身術を学び続けているのだ。
流石に本職の騎士や冒険者には歯が立たないが、チンピラ程度の攻撃ならば防ぎつつ隙を見て逃げられる様に訓練を受けている。
本来ならば、ご令嬢のへなちょこビンタを防ぐ位は楽勝である。
「それで? 刑罰を重くする為に態と殴られたのか?」
アイザックは呆れ顔で深い溜息を吐く。
「ご、ごめんなさい。
…………でも、『深窓のご令嬢のビンタなんて痛くない』って、ベアトリス様も前に仰っていたじゃないですか。
本当に全然痛くなかったんですよ?
まぁ、傷が付いてしまったのは、ちょびっとだけ計算外でしたけど……」
ボソボソと苦し紛れの言い訳をしたら、頭を抱えた二人が再び重い溜息を吐き出した。
その後、ベアトリスには「助けてくれたのは感謝するけど、二度としないで!」と。
アイザックからは「もっと自分を大事にしろっ!」と、ありがたいお説教を頂いた。
更に、帰宅してからジョエルとリーザにもしこたま怒られてしまったのは、言うまでもない。
自分の事に無頓着過ぎたかな?
火あぶりに比べたら、多少の事はどうでも良いと思ってしまっていたのかもしれない。
でも、私が怪我をしたと知った時の、友人や家族の青褪めた顔や涙目を思い出すと、胸がギュッと痛くなる。
『自分を大事に』か。
……そうだよね。私だって、大切な人が自らの危険を顧みずに無謀な行動ばっかりしていたら悲しいもん。
後悔はしていないが、かなり反省はしている。
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