55 / 200
55 怖いもの知らず
しおりを挟む
態々聞こえる様に悪口を言っておきながら、面と向かって対峙する勇気はなかったらしい。
「貴女が行きなさいよ」「いえ、貴女が……」と小声で醜いなすり付け合いが始まった。
やがて意を決した一人の令嬢が、ベアトリスの正面に重い足取りで歩み出た。
「……ア、アディンセル様が光の乙女であるプリシラ様を虐げていらっしゃるという話を聞きました。
侯爵令嬢であるからこそ、品位を保つべきです。
お立場を利用して、他者を攻撃するなど、許される事ではありません」
「へぇ、そう。
……貴女は私が侯爵家の娘だと理解した上で、その物言いなのね?
その勇気だけは褒めてさしあげましょう」
どうやら、王子の寵愛を受けるプリシラに侍っている事で、気が大きくなっているらしい。
確かにベアトリスと王子は円満な関係ではないけれど、彼女は王子の婚約者である前に侯爵令嬢であり、宰相の娘でもあるのだ。
それに対して、先程少し上擦った声でベアトリスに苦言を呈した女子生徒は、確か伯爵家の令嬢である。
冷静に考えてさえいれば、ベアトリスを敵に回すのは拙いと気付けただろうに。
だが、今頃気付いたとしても、もう遅い。
ベアトリスは完全に戦闘モードだ。
「公衆の面前で、侯爵令嬢を貶める発言を堂々となさったのだから、証拠くらいはお持ちなのよね?」
「証拠……は、ありません…けど。
でもっ、皆んながそう言ってます!!」
「ふぅん。証拠も無しに、声高に叫んでいらしたの?
本当に素晴らしい勇気の持ち主ですわね。とてもじゃないけど、私には真似出来ませんわ」
「……嫌味ですか?」
伯爵令嬢は腹立たしそうに眉根を寄せた。
うん、嫌味でしかないよね。
勇気は勇気でも、蛮勇だもの。
「フフッ。嫌だわ、純粋に褒めてますのに。
因みに、貴女はそのお話、どなたからお聞きになったのかしら?
実は、根も葉もない噂を流されて、私も困っておりますの。
随分と舐めた真似をしでかしてくださったみたいなので、噂の出所となったお方には、アディンセル侯爵家から相応のお礼をさせていただかなければねぇ。
……で? どなたから?」
「「「……」」」
その問いに答える者は誰もおらず、皆、仲間の顔をチラチラと窺うばかり。
しかし、返事が無いのを全く気にせず、ベアトリスは周囲に良く響く声で、一方的に話を続ける。
「う~ん……、被害者とされているプリシラ・ウェブスター嬢かしら? それとも、彼女と仲の良いクリスティアン殿下?
……あら、困りましたわねぇ。
もしもそのお二人だとしたら、王家や教会は、アディンセル侯爵家と今後良好な関係を築く事が難しくなってしまいますわ」
言葉とは裏腹に、ベアトリスは全く困っていない様子で楽し気に微笑んだ。
政治の中枢にいる宰相と国王との関係がギクシャクすれば、国の運営に支障が出るであろうと誰でも簡単に想像できる。
聖女候補プリシラの後見人である教皇と宰相の関係だって、良好に保っておいた方が良いに決まっている。
ベアトリスは伯爵令嬢達に『お前達が無責任な噂を広めているせいで、国の情勢が不安定になる』と暗に示唆したのだ。
「ち、違いますっ!
決してっ……、決して、プリシラ様やクリスティアン殿下が仰ったのではありませんっ!」
慌てた様子で権力者達の関与を否定する女生徒。
まあ、真偽はともかくとして、この場ではそう言うしかないでしょうね。
「あら、そうなのですか?
では、どなたが?
そんなにキッパリと否定なさるぐらいですから、当然ながら貴女は本当の出所をご存知なのですよねぇ?」
「え……、そ、それは……」
口籠もる伯爵令嬢に、ベアトリスはスッと瞳を細める。
「それは?」
伯爵令嬢は自身の一歩後ろに立ち、怯えた様子で成り行きを窺っていた友人達の内の一人に視線を向けた。
「……私に話したのは……、貴女、じゃなかった?」
「なっ、何を言ってるの!? 私じゃないわ!」
「だったら、誰が……?」
「さあ? 私は知らないわよ」
「確か、何処かの家の大きなお茶会の時に、貴女が知らない令嬢に……」
再び仲間内でコソコソと言い争いが勃発する。
「……ねぇ、どうでも良いけど、早く答えてくださらない?
私、貴女達と違って、暇じゃないのよ」
うんざりした表情を隠しもせずにベアトリスが促すと、さっきまで話していた伯爵令嬢がおずおずと口を開いた。
「あ、あの……いつの間にか、噂になっていて……。
それで、私は……、良く…覚えていません」
「あらあらっ!
それでは、誰から聞いたかも分からない噂を貴女達は堂々と広めていたのね。
あらまあ、それはまた、随分とお上品な行いですこと」
周囲にアピールする様に、大袈裟に驚いて見せるベアトリス。
耳をそば立てて彼女の話を聞いていた者達は小さく騒めき始め、その場の空気が一気に変わった。
ベアトリスは、『噂には証拠もなく、その発信者さえも不明である』と、印象付ける事に成功したらしい。
因みに、最後の嫌味は『侯爵令嬢であるからこそ、品位を保つべきです』などと偉そうに宣った彼女への意趣返しだろう。
だがその意趣返しは、何故か思った以上に相手のプライドを傷付けたらしい。
「何も、そんな言い方をしなくても……。
そんな風に可愛げが無いから、殿下に見向きもされないのよっっ!!
どうせプリシラ様に嫉妬して虐めたのでしょう?」
キレた伯爵令嬢は、ベアトリスに噛み付いた。
本当に、無駄に勇気がある。
「貴女が行きなさいよ」「いえ、貴女が……」と小声で醜いなすり付け合いが始まった。
やがて意を決した一人の令嬢が、ベアトリスの正面に重い足取りで歩み出た。
「……ア、アディンセル様が光の乙女であるプリシラ様を虐げていらっしゃるという話を聞きました。
侯爵令嬢であるからこそ、品位を保つべきです。
お立場を利用して、他者を攻撃するなど、許される事ではありません」
「へぇ、そう。
……貴女は私が侯爵家の娘だと理解した上で、その物言いなのね?
その勇気だけは褒めてさしあげましょう」
どうやら、王子の寵愛を受けるプリシラに侍っている事で、気が大きくなっているらしい。
確かにベアトリスと王子は円満な関係ではないけれど、彼女は王子の婚約者である前に侯爵令嬢であり、宰相の娘でもあるのだ。
それに対して、先程少し上擦った声でベアトリスに苦言を呈した女子生徒は、確か伯爵家の令嬢である。
冷静に考えてさえいれば、ベアトリスを敵に回すのは拙いと気付けただろうに。
だが、今頃気付いたとしても、もう遅い。
ベアトリスは完全に戦闘モードだ。
「公衆の面前で、侯爵令嬢を貶める発言を堂々となさったのだから、証拠くらいはお持ちなのよね?」
「証拠……は、ありません…けど。
でもっ、皆んながそう言ってます!!」
「ふぅん。証拠も無しに、声高に叫んでいらしたの?
本当に素晴らしい勇気の持ち主ですわね。とてもじゃないけど、私には真似出来ませんわ」
「……嫌味ですか?」
伯爵令嬢は腹立たしそうに眉根を寄せた。
うん、嫌味でしかないよね。
勇気は勇気でも、蛮勇だもの。
「フフッ。嫌だわ、純粋に褒めてますのに。
因みに、貴女はそのお話、どなたからお聞きになったのかしら?
実は、根も葉もない噂を流されて、私も困っておりますの。
随分と舐めた真似をしでかしてくださったみたいなので、噂の出所となったお方には、アディンセル侯爵家から相応のお礼をさせていただかなければねぇ。
……で? どなたから?」
「「「……」」」
その問いに答える者は誰もおらず、皆、仲間の顔をチラチラと窺うばかり。
しかし、返事が無いのを全く気にせず、ベアトリスは周囲に良く響く声で、一方的に話を続ける。
「う~ん……、被害者とされているプリシラ・ウェブスター嬢かしら? それとも、彼女と仲の良いクリスティアン殿下?
……あら、困りましたわねぇ。
もしもそのお二人だとしたら、王家や教会は、アディンセル侯爵家と今後良好な関係を築く事が難しくなってしまいますわ」
言葉とは裏腹に、ベアトリスは全く困っていない様子で楽し気に微笑んだ。
政治の中枢にいる宰相と国王との関係がギクシャクすれば、国の運営に支障が出るであろうと誰でも簡単に想像できる。
聖女候補プリシラの後見人である教皇と宰相の関係だって、良好に保っておいた方が良いに決まっている。
ベアトリスは伯爵令嬢達に『お前達が無責任な噂を広めているせいで、国の情勢が不安定になる』と暗に示唆したのだ。
「ち、違いますっ!
決してっ……、決して、プリシラ様やクリスティアン殿下が仰ったのではありませんっ!」
慌てた様子で権力者達の関与を否定する女生徒。
まあ、真偽はともかくとして、この場ではそう言うしかないでしょうね。
「あら、そうなのですか?
では、どなたが?
そんなにキッパリと否定なさるぐらいですから、当然ながら貴女は本当の出所をご存知なのですよねぇ?」
「え……、そ、それは……」
口籠もる伯爵令嬢に、ベアトリスはスッと瞳を細める。
「それは?」
伯爵令嬢は自身の一歩後ろに立ち、怯えた様子で成り行きを窺っていた友人達の内の一人に視線を向けた。
「……私に話したのは……、貴女、じゃなかった?」
「なっ、何を言ってるの!? 私じゃないわ!」
「だったら、誰が……?」
「さあ? 私は知らないわよ」
「確か、何処かの家の大きなお茶会の時に、貴女が知らない令嬢に……」
再び仲間内でコソコソと言い争いが勃発する。
「……ねぇ、どうでも良いけど、早く答えてくださらない?
私、貴女達と違って、暇じゃないのよ」
うんざりした表情を隠しもせずにベアトリスが促すと、さっきまで話していた伯爵令嬢がおずおずと口を開いた。
「あ、あの……いつの間にか、噂になっていて……。
それで、私は……、良く…覚えていません」
「あらあらっ!
それでは、誰から聞いたかも分からない噂を貴女達は堂々と広めていたのね。
あらまあ、それはまた、随分とお上品な行いですこと」
周囲にアピールする様に、大袈裟に驚いて見せるベアトリス。
耳をそば立てて彼女の話を聞いていた者達は小さく騒めき始め、その場の空気が一気に変わった。
ベアトリスは、『噂には証拠もなく、その発信者さえも不明である』と、印象付ける事に成功したらしい。
因みに、最後の嫌味は『侯爵令嬢であるからこそ、品位を保つべきです』などと偉そうに宣った彼女への意趣返しだろう。
だがその意趣返しは、何故か思った以上に相手のプライドを傷付けたらしい。
「何も、そんな言い方をしなくても……。
そんな風に可愛げが無いから、殿下に見向きもされないのよっっ!!
どうせプリシラ様に嫉妬して虐めたのでしょう?」
キレた伯爵令嬢は、ベアトリスに噛み付いた。
本当に、無駄に勇気がある。
2,814
お気に入りに追加
6,320
あなたにおすすめの小説

[完結]本当にバカね
シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。
この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。
貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。
入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。
私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。
【完結】恋は、終わったのです
楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。
今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。
『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』
身長を追い越してしまった時からだろうか。
それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。
あるいは――あの子に出会った時からだろうか。
――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。

ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。
ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。
しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。
もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが…
そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。
“側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ”
死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。
向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。
深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは…
※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。
他サイトでも同時投稿しています。
どうぞよろしくお願いしますm(__)m
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる