54 / 162
54 根も葉もない噂
しおりを挟む
吉事に浮かれた後には、まるでバランスを取るかの如く凶事がやってくるものである。
「も~~~っっ!! 信っっじられない!
オフィーリア様とベアトリス様が虐めなんて卑怯な真似、する筈がないのに~~っ!!
ムキーーーーッッ!!」
両手の拳を振り回しながら、可愛らしくプリプリ怒っているのは、最近友人になったハリエット・ブリュー子爵令嬢。
ソバカスに悩んでいた彼女に、コンシーラーをお勧めしたのが切っ掛けで仲良くなった。
Cクラスに在籍している彼女とは一緒に行動する機会は少ない。でも、他クラスの情報を提供してくれる貴重な存在だ。
ハリエットの話によれば、どうやら、ベアトリスと私……いや、正確に言えば『ベアトリス様とその取り巻き』が、光の乙女を虐めているという噂が、学園内に徐々に広がりつつあるらしい。
とはいえ、ベアトリスには所謂『取り巻き』と呼ばれる様な存在はいない。
しかしながら、『いつも一緒にいる友人』という意味でその言葉を安易に使っているのであれば、当然私の事を指しているのだろう。
「『ムキーッ』って口で言う人、初めて見たわね」
「そんな呑気な事言ってて良いんですか、ベアトリス様!」
動揺を見せるどころか、フフッと笑いながら優雅にお茶を飲むベアトリスに、ハリエットはとっても不満そうだ。
「こういう場合、大袈裟に反応を示したりしたら相手の思う壺よ。
ハリエットも、もうちょっと落ち着きなさいな。
少し様子を見て、目に余る様だったらきちんと対応するから」
「うぅ……。済みません。確かに騒ぎ過ぎでした」
シュンと、項垂れながら素直に謝るハリエットに、ベアトリスは苦笑を漏らした。
「もう良いわ。
私達を心配してくれているのは、分かってるから。
それに、オフィーリアを取り巻き扱いされるのは、私も業腹よ」
「ベアトリス様は随分冷静なのですね」
彼女の言う事は尤もだが、私はゲーム通りの展開になるんじゃないかって、つい思ってしまう。
「だって、アイザックが黙ってないでしょう?」
意味あり気な笑みを浮かべたベアトリスに、ハリエットも「ああ、それもそうですね」と同意した。
「成る程。ベアトリス様はアイザック様を信頼なさっているんですね」
今回の噂はアイザックとは無関係だけど、友達思いの彼の事だ。
きっと私達の力になってくれるだろう。
無条件でそれを信じられるなんて、やっぱり二人は仲良しさんだなぁと、納得して頷いていたら、ベアトリスが青い顔して声を上げた。
「変な言い方やめてよ! 誤解しないで。私まだ死にたくないんだから」
「?」
照れてるのかしら?
でも、『死にたくない』ってどういう意味?
首を傾げる私を、ベアトリスもハリエットも困った子でも見る様な顔で眺めていた。
「ところで、ハリエットはその噂、誰から聞いたの?」
私の問いに、ハリエットは少し声を潜めた。
「私が聞いたのは、Cクラスの友人からですが、光の乙女の取り巻き連中が積極的に言い触らしているみたいですね。
あ、勿論、私にその話を教えてくれた友人には、ちゃんと訂正しておきましたよ」
「あら、ありがとう」
「まあ、訂正するまでもなく、まともな人達はそんな噂は信じていないと思いますけど。
だって、お二人共、影でコソコソ虐めるくらいだったら、正面から堂々とボッコボコに叩き潰すタイプですものね!」
「え、待って。
『お二人共』って……、私もっ!?!?」
聞き捨てならないハリエットの言葉に、思わず声を上げれば、『何をそんなに驚いているの?』とでも言いた気な顔で、ベアトリスが首を傾げる。
マジで?
ベアトリスにまで、そう思われてるって事?
そんなに好戦的な一面を表に出したつもりはないのに、敵対する相手をフルボッコにするイメージなの?
あぁ、もしかして、アレか?
クレイグと言い争った件の影響なのか?
「叩き潰す際には、是非このハリエットにもお声をお掛けくださいね!
何を置いても見物……いえ、助太刀に飛んで行きますから!」
「今、見物って言ったよね?
いや、そもそも、潰す予定はないからね」
助太刀も見物も要らんわ。
ハリエットは裏表が無くて素直な元気っ子だが、好奇心が旺盛で時々正直過ぎる所が玉に瑕だ。
(悪役令嬢っぽく見えない様に気を付けなきゃだもの。
面倒な奴らとはなるべく絡まないに限るわ)
密かに心に誓った私だが……。
翌週の放課後、とある事件が起きたせいで、その誓いはあっと言う間に破られる事となったのだ。
ベアトリスと私が廊下を歩く度に、あちこちからヒソヒソ、クスクスと、耳障りな声が聞こえる。
聖女候補であり、王子のお気に入りでもあるプリシラを疎ましく思う者は多い。
しかし、逆に憧れを抱いている者も、彼女が将来手にするであろう権力に肖ろうと取り巻きになる者も、最近は多いみたいだ。
その内の一部が、こうして噂を流す事でベアトリスを陥れ、プリシラの立場をより強固な物にしようとしているのだろう。
ハリエットの情報によると、特に下位貴族の令嬢にプリシラの評判が良いのは、彼女達の憧れの存在である、セリーナ・メルボーンという淑女教育の教師の影響が大きいらしい。
この教師については、後日詳しく調査した方が良いかもしれない。
まあ、そんな訳で、現在私とベアトリスは非常に面倒臭い状況になっているのだが……。
こんな日に限って、アイザックは生徒会の仕事で忙しく、授業以外は私達と別行動を取っていた。
アイザックが一緒に居てくれれば、流石に馬鹿な生徒達も口をつぐんだだろうに。
因みにクリスティアン殿下も生徒会役員だが、生徒会室に顔を出す事さえ殆どないと聞く。
本当に要らないよね、あの王子。
朝からずっとこんな調子なので、私も正直かなり苛々していたけれど、先にベアトリスの方が限界を迎えたらしい。
一際甲高い声で楽しそうに囀っている女性グループに、彼女はツカツカと歩み寄った。
「随分と盛り上がっていらっしゃるのね。
何がそんなに面白いのか、私にも教えてくださらない?」
「「「……」」」
冷ややかな笑顔で話しかけられた女子生徒達は、ピタリとお喋りを止め、気まずそうに目を泳がせながら一歩後退った。
「も~~~っっ!! 信っっじられない!
オフィーリア様とベアトリス様が虐めなんて卑怯な真似、する筈がないのに~~っ!!
ムキーーーーッッ!!」
両手の拳を振り回しながら、可愛らしくプリプリ怒っているのは、最近友人になったハリエット・ブリュー子爵令嬢。
ソバカスに悩んでいた彼女に、コンシーラーをお勧めしたのが切っ掛けで仲良くなった。
Cクラスに在籍している彼女とは一緒に行動する機会は少ない。でも、他クラスの情報を提供してくれる貴重な存在だ。
ハリエットの話によれば、どうやら、ベアトリスと私……いや、正確に言えば『ベアトリス様とその取り巻き』が、光の乙女を虐めているという噂が、学園内に徐々に広がりつつあるらしい。
とはいえ、ベアトリスには所謂『取り巻き』と呼ばれる様な存在はいない。
しかしながら、『いつも一緒にいる友人』という意味でその言葉を安易に使っているのであれば、当然私の事を指しているのだろう。
「『ムキーッ』って口で言う人、初めて見たわね」
「そんな呑気な事言ってて良いんですか、ベアトリス様!」
動揺を見せるどころか、フフッと笑いながら優雅にお茶を飲むベアトリスに、ハリエットはとっても不満そうだ。
「こういう場合、大袈裟に反応を示したりしたら相手の思う壺よ。
ハリエットも、もうちょっと落ち着きなさいな。
少し様子を見て、目に余る様だったらきちんと対応するから」
「うぅ……。済みません。確かに騒ぎ過ぎでした」
シュンと、項垂れながら素直に謝るハリエットに、ベアトリスは苦笑を漏らした。
「もう良いわ。
私達を心配してくれているのは、分かってるから。
それに、オフィーリアを取り巻き扱いされるのは、私も業腹よ」
「ベアトリス様は随分冷静なのですね」
彼女の言う事は尤もだが、私はゲーム通りの展開になるんじゃないかって、つい思ってしまう。
「だって、アイザックが黙ってないでしょう?」
意味あり気な笑みを浮かべたベアトリスに、ハリエットも「ああ、それもそうですね」と同意した。
「成る程。ベアトリス様はアイザック様を信頼なさっているんですね」
今回の噂はアイザックとは無関係だけど、友達思いの彼の事だ。
きっと私達の力になってくれるだろう。
無条件でそれを信じられるなんて、やっぱり二人は仲良しさんだなぁと、納得して頷いていたら、ベアトリスが青い顔して声を上げた。
「変な言い方やめてよ! 誤解しないで。私まだ死にたくないんだから」
「?」
照れてるのかしら?
でも、『死にたくない』ってどういう意味?
首を傾げる私を、ベアトリスもハリエットも困った子でも見る様な顔で眺めていた。
「ところで、ハリエットはその噂、誰から聞いたの?」
私の問いに、ハリエットは少し声を潜めた。
「私が聞いたのは、Cクラスの友人からですが、光の乙女の取り巻き連中が積極的に言い触らしているみたいですね。
あ、勿論、私にその話を教えてくれた友人には、ちゃんと訂正しておきましたよ」
「あら、ありがとう」
「まあ、訂正するまでもなく、まともな人達はそんな噂は信じていないと思いますけど。
だって、お二人共、影でコソコソ虐めるくらいだったら、正面から堂々とボッコボコに叩き潰すタイプですものね!」
「え、待って。
『お二人共』って……、私もっ!?!?」
聞き捨てならないハリエットの言葉に、思わず声を上げれば、『何をそんなに驚いているの?』とでも言いた気な顔で、ベアトリスが首を傾げる。
マジで?
ベアトリスにまで、そう思われてるって事?
そんなに好戦的な一面を表に出したつもりはないのに、敵対する相手をフルボッコにするイメージなの?
あぁ、もしかして、アレか?
クレイグと言い争った件の影響なのか?
「叩き潰す際には、是非このハリエットにもお声をお掛けくださいね!
何を置いても見物……いえ、助太刀に飛んで行きますから!」
「今、見物って言ったよね?
いや、そもそも、潰す予定はないからね」
助太刀も見物も要らんわ。
ハリエットは裏表が無くて素直な元気っ子だが、好奇心が旺盛で時々正直過ぎる所が玉に瑕だ。
(悪役令嬢っぽく見えない様に気を付けなきゃだもの。
面倒な奴らとはなるべく絡まないに限るわ)
密かに心に誓った私だが……。
翌週の放課後、とある事件が起きたせいで、その誓いはあっと言う間に破られる事となったのだ。
ベアトリスと私が廊下を歩く度に、あちこちからヒソヒソ、クスクスと、耳障りな声が聞こえる。
聖女候補であり、王子のお気に入りでもあるプリシラを疎ましく思う者は多い。
しかし、逆に憧れを抱いている者も、彼女が将来手にするであろう権力に肖ろうと取り巻きになる者も、最近は多いみたいだ。
その内の一部が、こうして噂を流す事でベアトリスを陥れ、プリシラの立場をより強固な物にしようとしているのだろう。
ハリエットの情報によると、特に下位貴族の令嬢にプリシラの評判が良いのは、彼女達の憧れの存在である、セリーナ・メルボーンという淑女教育の教師の影響が大きいらしい。
この教師については、後日詳しく調査した方が良いかもしれない。
まあ、そんな訳で、現在私とベアトリスは非常に面倒臭い状況になっているのだが……。
こんな日に限って、アイザックは生徒会の仕事で忙しく、授業以外は私達と別行動を取っていた。
アイザックが一緒に居てくれれば、流石に馬鹿な生徒達も口をつぐんだだろうに。
因みにクリスティアン殿下も生徒会役員だが、生徒会室に顔を出す事さえ殆どないと聞く。
本当に要らないよね、あの王子。
朝からずっとこんな調子なので、私も正直かなり苛々していたけれど、先にベアトリスの方が限界を迎えたらしい。
一際甲高い声で楽しそうに囀っている女性グループに、彼女はツカツカと歩み寄った。
「随分と盛り上がっていらっしゃるのね。
何がそんなに面白いのか、私にも教えてくださらない?」
「「「……」」」
冷ややかな笑顔で話しかけられた女子生徒達は、ピタリとお喋りを止め、気まずそうに目を泳がせながら一歩後退った。
2,359
お気に入りに追加
6,429
あなたにおすすめの小説
王妃さまは断罪劇に異議を唱える
土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。
そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。
彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。
王族の結婚とは。
王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。
王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。
ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。
お認めください、あなたは彼に選ばれなかったのです
めぐめぐ
恋愛
騎士である夫アルバートは、幼馴染みであり上官であるレナータにいつも呼び出され、妻であるナディアはあまり夫婦の時間がとれていなかった。
さらにレナータは、王命で結婚したナディアとアルバートを可哀想だと言い、自分と夫がどれだけ一緒にいたか、ナディアの知らない小さい頃の彼を知っているかなどを自慢げに話してくる。
しかしナディアは全く気にしていなかった。
何故なら、どれだけアルバートがレナータに呼び出されても、必ず彼はナディアの元に戻ってくるのだから――
偽物サバサバ女が、ちょっと天然な本物のサバサバ女にやられる話。
※頭からっぽで
※思いつきで書き始めたので、つたない設定等はご容赦ください。
※夫婦仲は良いです
※私がイメージするサバ女子です(笑)
政略結婚で結ばれた夫がメイドばかり優先するので、全部捨てさせてもらいます。
hana
恋愛
政略結婚で結ばれた夫は、いつも私ではなくメイドの彼女を優先する。
明らかに関係を持っているのに「彼女とは何もない」と言い張る夫。
メイドの方は私に「彼と別れて」と言いにくる始末。
もうこんな日々にはうんざりです、全部捨てさせてもらいます。
婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。
「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」
「はい、喜んで!」
……えっ? 喜んじゃうの?
※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。
☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」
セルビオとミュリアの出会いの物語。
※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います
菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。
その隣には見知らぬ女性が立っていた。
二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。
両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。
メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。
数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。
彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。
※ハッピーエンド&純愛
他サイトでも掲載しております。
石女を理由に離縁されましたが、実家に出戻って幸せになりました
お好み焼き
恋愛
ゼネラル侯爵家に嫁いで三年、私は子が出来ないことを理由に冷遇されていて、とうとう離縁されてしまいました。なのにその後、ゼネラル家に嫁として戻って来いと手紙と書類が届きました。息子は種無しだったと、だから石女として私に叩き付けた離縁状は無効だと。
その他にも色々ありましたが、今となっては心は落ち着いています。私には優しい弟がいて、頼れるお祖父様がいて、可愛い妹もいるのですから。
もう一度7歳からやりなおし!王太子妃にはなりません
片桐葵
恋愛
いわゆる悪役令嬢・セシルは19歳で死亡した。
皇太子のユリウス殿下の婚約者で高慢で尊大に振る舞い、義理の妹アリシアとユリウスの恋愛に嫉妬し最終的に殺害しようとした罪で断罪され、修道院送りとなった末の死亡だった。しかし死んだ後に女神が現れ7歳からやり直せるようにしてくれた。
もう一度7歳から人生をやり直せる事になったセシル。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる