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54 根も葉もない噂

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 吉事に浮かれた後には、まるでバランスを取るかの如く凶事がやってくるものである。


「も~~~っっ!! 信っっじられない!
 オフィーリア様とベアトリス様が虐めなんて卑怯な真似、する筈がないのに~~っ!!
 ムキーーーーッッ!!」

 両手の拳を振り回しながら、可愛らしくプリプリ怒っているのは、最近友人になったハリエット・ブリュー子爵令嬢。
 ソバカスに悩んでいた彼女に、コンシーラーをお勧めしたのが切っ掛けで仲良くなった。
 Cクラスに在籍している彼女とは一緒に行動する機会は少ない。でも、他クラスの情報を提供してくれる貴重な存在だ。

 ハリエットの話によれば、どうやら、ベアトリスと私……いや、正確に言えば『ベアトリス様とその取り巻き』が、光の乙女を虐めているという噂が、学園内に徐々に広がりつつあるらしい。

 とはいえ、ベアトリスには所謂『取り巻き』と呼ばれる様な存在はいない。
 しかしながら、『いつも一緒にいる友人』という意味でその言葉を安易に使っているのであれば、当然私の事を指しているのだろう。


「『ムキーッ』って口で言う人、初めて見たわね」

「そんな呑気な事言ってて良いんですか、ベアトリス様!」

 動揺を見せるどころか、フフッと笑いながら優雅にお茶を飲むベアトリスに、ハリエットはとっても不満そうだ。

「こういう場合、大袈裟に反応を示したりしたら相手の思う壺よ。
 ハリエットも、もうちょっと落ち着きなさいな。
 少し様子を見て、目に余る様だったらきちんと対応するから」

「うぅ……。済みません。確かに騒ぎ過ぎでした」

 シュンと、項垂れながら素直に謝るハリエットに、ベアトリスは苦笑を漏らした。

「もう良いわ。
 私達を心配してくれているのは、分かってるから。
 それに、オフィーリアを取り巻き扱いされるのは、私も業腹よ」

「ベアトリス様は随分冷静なのですね」

 彼女の言う事は尤もだが、私はゲーム通りの展開になるんじゃないかって、つい思ってしまう。

「だって、アイザックが黙ってないでしょう?」

 意味あり気な笑みを浮かべたベアトリスに、ハリエットも「ああ、それもそうですね」と同意した。

「成る程。ベアトリス様はアイザック様を信頼なさっているんですね」

 今回の噂はアイザックとは無関係だけど、友達思いの彼の事だ。
 きっと私達の力になってくれるだろう。
 無条件でそれを信じられるなんて、やっぱり二人は仲良しさんだなぁと、納得して頷いていたら、ベアトリスが青い顔して声を上げた。

「変な言い方やめてよ! 誤解しないで。私まだ死にたくないんだから」

「?」

 照れてるのかしら?
 でも、『死にたくない』ってどういう意味?

 首を傾げる私を、ベアトリスもハリエットも困った子でも見る様な顔で眺めていた。

「ところで、ハリエットはその噂、誰から聞いたの?」

 私の問いに、ハリエットは少し声を潜めた。

「私が聞いたのは、Cクラスの友人からですが、光の乙女の取り巻き連中が積極的に言い触らしているみたいですね。
 あ、勿論、私にその話を教えてくれた友人には、ちゃんと訂正しておきましたよ」

「あら、ありがとう」

「まあ、訂正するまでもなく、まともな人達はそんな噂は信じていないと思いますけど。
 だって、お二人共、影でコソコソ虐めるくらいだったら、正面から堂々とボッコボコに叩き潰すタイプですものね!」

「え、待って。
『お二人共』って……、私もっ!?!?」

 聞き捨てならないハリエットの言葉に、思わず声を上げれば、『何をそんなに驚いているの?』とでも言いた気な顔で、ベアトリスが首を傾げる。

 マジで?
 ベアトリスにまで、そう思われてるって事?
 そんなに好戦的な一面を表に出したつもりはないのに、敵対する相手をフルボッコにするイメージなの?
 あぁ、もしかして、アレか?
 クレイグと言い争った件の影響なのか?

「叩き潰す際には、是非このハリエットにもお声をお掛けくださいね!
 何を置いても見物……いえ、助太刀に飛んで行きますから!」

「今、見物って言ったよね?
 いや、そもそも、潰す予定はないからね」

 助太刀も見物も要らんわ。

 ハリエットは裏表が無くて素直な元気っ子だが、好奇心が旺盛で時々正直過ぎる所が玉に瑕だ。


(悪役令嬢っぽく見えない様に気を付けなきゃだもの。
 面倒な奴らとはなるべく絡まないに限るわ)

 密かに心に誓った私だが……。

 翌週の放課後、とある事件が起きたせいで、その誓いはあっと言う間に破られる事となったのだ。




 ベアトリスと私が廊下を歩く度に、あちこちからヒソヒソ、クスクスと、耳障りな声が聞こえる。

 聖女候補であり、王子のお気に入りでもあるプリシラを疎ましく思う者は多い。
 しかし、逆に憧れを抱いている者も、彼女が将来手にするであろう権力に肖ろうと取り巻きになる者も、最近は多いみたいだ。
 その内の一部が、こうして噂を流す事でベアトリスを陥れ、プリシラの立場をより強固な物にしようとしているのだろう。

 ハリエットの情報によると、特に下位貴族の令嬢にプリシラの評判が良いのは、彼女達の憧れの存在である、セリーナ・メルボーンという淑女教育の教師の影響が大きいらしい。
 この教師については、後日詳しく調査した方が良いかもしれない。


 まあ、そんな訳で、現在私とベアトリスは非常に面倒臭い状況になっているのだが……。

 こんな日に限って、アイザックは生徒会の仕事で忙しく、授業以外は私達と別行動を取っていた。
 アイザックが一緒に居てくれれば、流石に馬鹿な生徒達も口をつぐんだだろうに。

 因みにクリスティアン殿下も生徒会役員だが、生徒会室に顔を出す事さえ殆どないと聞く。
 本当に要らないよね、あの王子。


 朝からずっとこんな調子なので、私も正直かなり苛々していたけれど、先にベアトリスの方が限界を迎えたらしい。

 一際甲高い声で楽しそうに囀っている女性グループに、彼女はツカツカと歩み寄った。

「随分と盛り上がっていらっしゃるのね。
 何がそんなに面白いのか、私にも教えてくださらない?」

「「「……」」」

 冷ややかな笑顔で話しかけられた女子生徒達は、ピタリとお喋りを止め、気まずそうに目を泳がせながら一歩後退った。
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