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50 それは神託にも似た《サディアス》

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※後半に悪者に対する拷問のシーンが少しあります。
あまり酷くはないと思いますが、暴力表現が極端に苦手な方は、自衛してください。
この回を読み飛ばしたとしても、ストーリーは繋がります。





 王太子サディアスは、南の辺境伯と騎士数人を従えて、怪しい男が宿泊しているという安宿へと赴いていた。
 宿屋の主に協力を仰ぎ、男が滞在している部屋とその隣の部屋のスペアキーを借りる。


「その男、本当にスパイなんすかねぇ?」

「煩い。口を動かす暇があるなら手を動かせ」

 ブツブツぼやきながらベッドを捜索してた騎士を、南の辺境伯がギロリと睨んで黙らせる。

 その時、クローゼットを捜索していた騎士から声が上がった。

「手紙が有りましたっっ!!」

 興奮した様子の彼が手にしていたのは、分厚い手紙の束。
 捜索を見守っていたサディアスがそれを受け取った。

 何通かを抜き出して、開いてみる。
 内容はなんて事ない友人や家族との遣り取りに見えるが、全て南の隣国であるイヴォルグ王国の言葉で綴られているのが妙に気になった。
 しかも、所々で文章に違和感があし、簡単な単語の綴りを間違えている部分もある。

「確か、報告によれば、この部屋を借りている男は東のミラリア王国から来たと自称しているんだよな?」

 サディアスがそう問うと、辺境伯が頷いた。

「はい。ミラリアからの行商人だと」

 取り敢えず、身分を偽っている事だけは確かな様だ。
 手分けして、手紙の内容を精査していると、さっきまでぼやいていた騎士が声を上げた。

「あ、コレ簡単っすよ。
 ほら一列目は最初の文字、二列目は二文字目と斜めに文字を拾って読んで行くと……」

「本当だ、日時と場所になりました!」

「こっちもです!」

 と、あちこちから手が挙がる。

 成る程、暗号の法則に合わせようとして文章がおかしくなったり、綴りを態と間違えたりしているのだ。

「推理小説とか、結構好きなんすよねぇ」

 暗号を解いた騎士は、ヘラッと笑って呑気に呟いた。

「コレって、密会の連絡ですかね?」

「多分な」

「こんな証拠品、どうして処分しなかったんでしょう?」

「裏切られた時の保険だろ」

「だとすると、男と首謀者との信頼関係は薄いのかもしれないっすねぇ」

 騎士達の会話に耳を傾けながら、サディアスはこれからの作戦について再考していた。



 数ヶ月前、三通目となる謎の予言書を受け取ったサディアスは、半信半疑のまま、南の辺境伯に連絡を取り、調査を依頼した。
 結果、ミラリア王国からの行商人を名乗り、何かを調べ回っている怪しい男の存在が浮上したのだ。

 少数の精鋭騎士と側近を従えて現地入りしたサディアス。

 そして、今日。
 男が借りている部屋を捜索して証拠品を押収し、そのまま待機して、戻って来た男を捕縛する算段だったのだが……。


「首謀者との信頼関係が薄いなら、下っ端の可能性が高いな。
 だとすると、男を捕縛しても得られる情報は少ないだろう。
 最新の手紙に書かれた日時は今夜だったし、どうせなら、密会の相手も一緒に捕まえた方が効率が良いんじゃないか?」

「殿下の仰る事も一理ありますな」

 サディアスの提案を、辺境伯も了承した。

 一行は大慌てで部屋を元通りに整える。
 そして、念の為、隣の部屋に男を見張る役割の騎士を二人だけ残し、他の者達は密会場所の酒場に先回りした。

 酒場のあちこちに客に扮した騎士を配し、男の入店を待つ。


 カランカランとドアベルの音が鳴ると、騎士達の間には俄に緊張が走った。

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

「ああ。ウイスキー、ロックで」

 手紙に書かれた時間ピッタリに店に入って来た男は、マスターの問い掛けに言葉少なに答え、カウンターの片隅に腰を下ろした。


 直ぐに再びドアベルが鳴り、帽子を目深に被った男が入店した。
 そいつはさり気無く店内を見回すと、先に来ていた男の隣に座る。

「いらっしゃいませ。お飲み物は?」

「ビール」

 ボソッと呟く様に注文を終えた帽子の男は、マスターが後ろを向いている隙を見て、折り畳まれた小さな紙を密かに隣の男と交換した。


 潜伏していた騎士達は頷き合うと、徐に立ち上がり、カウンターの二人の肩をポンと叩いた。
 驚いて振り返る二人に、ニイッと不敵な笑みを見せる。

「ちょっと話、聞かせてもらおうか?」

 いつの間にか二人は、私服姿の複数の騎士達にグルリと囲まれていた。



 国を隔てる高い壁に隣接した、辺境騎士団の堅牢な施設。
 男達は分厚い鋼鉄の扉に閉ざされた地下室に連れ込まれ、鎖に繋がれていた。
 所謂、拷問部屋である。

 先程、二人が交換していた紙。
 帽子の男が受け取った方には、辺境伯の娘の容姿や趣味趣向、行動パターンまでもが事細かに記されていた。
 一方、行商人を装っていた男が受け取った方には、『次は、辺境騎士団の団長の妻を探れ』と指示が書かれていた。

 恐らく家族を人質にでもする予定だったのだろう。

 その内容を読み、どす黒いオーラを放ち始めた辺境伯と騎士団長。
 この二人に任せたら、折角捕えた間諜が情報を聞き出す前に消し炭にされてしまう。

 そう思ったサディアスは、自ら尋問を担当する事にした。

「さあ、知っている事を洗いざらい話してもらおうかな?
 私も出来れば手荒な真似はしたくないんだよ」

 そう言ってニッコリ笑うサディアスに、帽子の男がペッと唾を吐いた。

「成る程、それが君の答えだね?」

 一見すると虫も殺せない様に見えるサディアスだが、実は苛烈な性格だ。
 優しいだけでは王太子など務まらない。

 温和に見える笑みを浮かべたまま、サディアスはスッと右足を上げ、硬いブーツの踵を男の足の小指に向かって勢い良く振り下ろした。
 静かな地下室に、グシャッと嫌な音が鳴る。

「ぐあっっ!!!」

 顔を苦痛に歪ませた男は、蛙が潰れたような声を上げた。

 女子供をつけ狙う卑劣な奴にかけてやる温情など、持ち合わせてはいない。
 当事者程ではないにしろ、サディアスだって相当腹に据えかねているのだ。

「大袈裟だなぁ。指が一本や二本無くなったって、死にはしないよ?
 私は優しいからね。時間はいっぱいあるし、君が話したくなるまで、とことん付き合ってあげようじゃないか。
 幸い、指は後十九本も残ってる。それを全部折ったら、次は耳を削ぎ落とすのが良いかな? それとも……」

 言葉を濁しつつ、サディアスは男の股間にチラリ視線を移し、僅かに口角を上げる。

 顔色一つ変えずに猟奇的な事を囁くサディアス。
 隣で聞いていた辺境伯も小さく身震いし、無意識の内に自分の股間を手で隠した。


 その夜、暗い地下には、男達の悲鳴が一晩中響き渡った。


 結果的に、二人の男からは、計画の首謀者や目的、実行日など、多くの情報を引き出す事に成功した。
 計画の全容さえ見えてしまえば、制圧するのは赤子の手を捻るよりも簡単である。


「殿下はどうやってイヴォルグ王国の動きを察知したのです?」

 不思議そうに問う辺境伯に、サディアスはなんとも複雑な表情を浮かべる。

「……神託、みたいな物かな?」

 意味不明な答えに、辺境伯は益々首を傾げたのだった。

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