【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko

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45 やっぱり無神経

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 お昼休みにベアトリスとアイザックと三人で校内を歩いていると、クリスティアンの側近候補の一人と遭遇した。

「ごきげんよう、ガザード様」

 ベアトリスに声を掛けられて足を止めたピーター・ガザード子爵令息は、ゲームの中には登場しない人物である。
 シナリオでは、アイザックとベアトリスの弟のメイナードが側近候補に、そしてニコラスが護衛兼側近候補になるはずだった。
 しかし、アイザックは早々に候補を降り、メイナードも『姉を蔑ろにする人に仕える気はない』と断ったらしい。
 それで急遽他の人間を探したのだが、クリスティアンの評判があまり良くないせいで高位貴族からは軒並み断られ、子爵令息が数名選ばれたのだ。
 その中の一人が、目の前の彼である。

「ごきげんよう、アディンセル様」

 ガザード子爵令息は胸に手を当てて、ベアトリスに軽く礼をした。

「最近、クリスティアン殿下のお仕事があまり進んでいない様だけど、大丈夫なのかしら?」

 挨拶もそこそこに苦言を呈されて、ガザード子爵令息の顔に焦りが浮かぶ。

「それは、その……」

「あら、ピーター様ではないですか」

 会話の途中だと言うのに、無遠慮な声が割り込んだ。
 遠くからガザード子爵令息を見付け、歩み寄ってきた声の主はプリシラだった。

 私は思わず顔を顰め、ベアトリスも微かに目を細めて不快感を示す。
 だが、彼女はプリシラの非礼を咎めはしなかった。
 後でクリスティアンに因縁をつけられるのが面倒だからだろう。
 その代わり、プリシラを無視して会話を進める事にしたらしい。

「昨日も財務部から『第二王子に割り当てられた費用について、前期分の報告書がまだ提出されていないから、殿下にお伝えして欲しい』とお願いされたのですよ。
 そんな基本的な事務作業も期日内に出来ない様では困りますわね」

 この国の王族は、自分に割り当てられた予算の経理報告書を半期毎に財務部へ提出しなければならない。
 と言っても、なにも自らの手で作成する必要はないのだ。
 側近に指示を出し、出来上がった書類をチェックしてサインをすればいいだけなのだが、それすらもポンコツ王子は自主的には行わないないらしい。

「申し訳ありません。
 殿下にお伝えして、早急に作成いたします」

 顔色を悪くしながら謝罪するガザード子爵令息を見て、義憤に駆られたらしいプリシラが微笑みながら前に出た。

「アディンセル様、お金の事くらいでそんなに目くじらを立てなくても良いのではないですか?」

 プリシラとしては追い詰められた様子のガザード子爵令息を庇って声を上げただけのつもりなのだろうが、その発言は全くもって的外れだし、完全にベアトリスの地雷を踏み抜いている。

「お金の事?」

 案の定、ベアトリスはその優美な眉をピクリと跳ね上げた。

「もしかして、貴女は私がお金の事ばかり細かく指摘する、がめつい女だとでも仰りたいのかしら?」

 緩く弧を描いた妖艶な唇が、冷ややかな音色を紡ぐ。

「そういう意味では……」

「あら、では、どんな意味が?
 王族の予算というのは、どこからともなく勝手に湧き出て来る物だとでも思っていらっしゃるのかしら?
 国の予算は税金、つまり、国民が懸命に働いて稼いだお金の一部です。
 それが正しい目的で使われているかを精査する為に提出するのが、今私が言った報告書。
 それを貴女は、たった今、『お金の事くらい』と簡単に断じたのですよ?」

「それは……、でも、クリスティアン殿下は、いつも執務に追われていて、とてもお辛そうで、最近は顔色だって悪いし……。
 だから、少しくらい書類が遅れるのは仕方がないと思いますよ」

 ベアトリスの正論に若干目を泳がせつつ、言い訳じみた発言をするプリシラ。
 しかし、立ち直りの早い彼女は、次の瞬間ふわりと笑みを浮かべ、ポンと手を叩いた。

「そうだわ。婚約者であるアディンセル様が手伝って差し上げたら如何でしょう?」

 完全に愚策でしかない意見を、まるで『妙案を思いついた』とでも言い出しそうな顔で堂々と発表するプリシラには、戦慄すら覚える。

 ベアトリスの機嫌がどんどん降下しているのが、私には手に取る様に分かった。
 なのに肝心なプリシラは、それに全く気付かずにニコニコと微笑んだままだ。

『ちょっと鈍感』くらいなら可愛いかもしれないけど、コレはもう狂気の沙汰だよ?
 乙女ゲームのヒロインって、はたから見るとこんなだったの?
 それともプリシラだけがおかしいの?
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