43 / 162
43 女神のお気に入り
しおりを挟む
「本当に馬鹿にしてるわよね」
放課後、約束通りに訪れた、カフェの個室にて。
白鳥を模した可愛らしいシュークリームに勢いよくナイフを突き刺し、ベアトリスはいつもよりも数段低い声で呟いた。
学食では平然としていたが、内心はかなり苛立っていたらしい。
「そんなに光の乙女とやらがお好きならば、早々に婚約者を変更してくれれば良いのに!」
プリプリと怒りながらも、一口大に切り分けたシュー生地にクリームを乗せて、口へと運ぶベアトリス。
自棄食いってヤツか?
「侯爵様は殿下についてなんと仰っているのです?」
「もう少し様子を見よう、ですって。
婚約の解消も視野には入れているみたいだけど……。
多分、あちらが決定的にやらかすのを待ってるのよ」
どうやらクリスティアンの行動は侯爵の耳にも入っているらしい。
だが、王家との婚約解消を臣下から申し出るには、相応の理由が必要となる。
「今の段階では、ウェブスター嬢との身体的な接触はエスコート程度ですから、不貞と認定するには弱いですものね」
「そうなのよぉっ!
全く、変な所で律儀なんだから。
多分、ウェブスター嬢が聖女の称号を得るまで、私との婚約を保険として取っておきたいのだろうけど、本当に忌々しいわ~!!」
ベアトリスは不実な婚約者への鬱憤を晴らすかの様に、再びシュークリームにザクッと攻撃を加えた。
可愛かった筈の白鳥は、もう見るも無惨なほどボロボロに崩れている。
(……惨殺されたみたいになってる)
マナー的にはもっと綺麗に食べるべきだが、二人きりなので、野暮な事など言いっこなしだ。
ベアトリスのストレスが少しでも緩和されるのならば、それくらい良いじゃないか。
「ウェブスター男爵令嬢は、聖女に認定されると思います?」
「どうかしら?
でも聖女になれなかったら、王子と男爵令嬢との婚約はかなり厳しいわよね。
だから私としては、是非とも聖女になって欲しい所なんだけど……。残念ながら、微妙だわ。
今の所、王家は『聖女』という新しい称号を設ける事には消極的みたい」
「まぁ、大仰な称号を与えてしまうと、それなりの待遇をしなければいけないですしねぇ」
聖女に認定するとしたら、その地位に見合った生活費や報償などを国が用意しなければならない。
まだ魔法の力も安定しないと聞くし、大きな実績もないプリシラを聖女とするのには、反対意見も多いだろう。
プリシラが聖女になって正式に第二王子と婚約すれば、ベアトリスは面倒事から解放される。
だが、彼等の権力が強固な物になる事で、私達が冤罪で断罪される可能性が高まるかもしれないのだ。
現段階では、どちらが良いのか判断するのが難しい。
(まるで霧の中を手探りで彷徨っているみたいだわ)
先行きが見えない事に、不安な気持ちが湧いてくる。
プリシラが人を陥れる様なタイプじゃなければ良いのだが、その為人はまだ良く分からない。
逆に分かり易い悪者の場合は、排除するのに躊躇しないで済むのだが、今の所はそういう感じにも見えない。
彼女の印象は、なんとも中途半端で対応に困る。
サクサクした白鳥の羽にナイフを入れながら、今後の方針について頭を悩ませていたら、ベアトリスが「そう言えば……」と、鞄から一冊の古い書籍を取り出した。
「興味本位で聖女について調べていたんだけど、王宮図書館で面白い本を見つけたの。
オフィーリアも読んでみる?」
「あ、それは私も興味があります。
以前、魔法について調べたことがあるのですが、その時は自邸の書庫の本にも、書店や図書館で探した本にも、光魔法については殆ど記載が無くて」
「う~ん。光魔法の使い手って、自国には増えて欲しいけど、他国に増えられたら困る存在でしょう?
だから多分、どういう条件の人が光属性を発現するとか、どうやったら光魔法が上手く使える様になるとか、そういう情報を、どの国も他国に漏らさない様に秘匿しているのだと思うの」
「ああ、成る程」
例えば、軍事力が同等の二国に争いが勃発した場合、聖女の人数が勝敗を分ける要素になるかもしれない。
そう考えれば、秘匿事項にしている国が多いのは当然か。
聖女が生まれた事がなかったこの国には、光魔法を研究している者もいない。
なので、光魔法についての情報は他国から入手するしかないのだが、情報統制されているとすれば、書籍などが流入してくる事は滅多にないのだろう。
「では、この本はかなり貴重なのでは?
私が読んでも良い物なのでしょうか?」
「一般に貸し出されている棚にあったから、大丈夫よ。
私はもう読み終わったし、返却期限までは後五日あるから、それまでに返してくれれば持って帰っても良いわ」
図書館で借りた本を又貸しするのは褒められた行為ではないけれど、私みたいな王宮に行く用事のない人間が王宮図書館に入るには、かなり煩雑な手続きが必要なので、ハードルが高い。
私はありがたくベアトリスから本を受け取った。
邸に戻り、夕食も入浴も済ませた深夜。
自室の机に向かい、揺らめくランプの灯りの下で、お借りした本を開く。
一般書籍コーナーに普通に置いてあっただけあって、専門書ではなく、娯楽の為の本みたいだった。
様々な国の都市伝説や民話などを多数引用していて、それを基にした著者の考察が内容の半分を占めていた。
それでも、この国で流通している他の書籍よりは、光魔法について知る事が出来る。
本によれば、大昔に異常気象による海面の上昇が原因となり、海に沈んでしまった小さな島国があったそうだ。
多くの民が女神を信仰していたという、その失われし島国が、光の魔力の発祥の地という説が有力らしい。
現在、各国で聖女と呼ばれている人達は、その亡国の民の末裔なのだという。
何処までが真実なのかは分からない。
しかし、本の内容が本当ならば、我が国に光の魔力を持つ者が生まれなかったのは、移民の受け入れが極端に少ないせいかもしれないと思った。
しかも、私が作った備忘録によれば、プリシラの母は異国の出身だったはず……。
「光属性の魔力とは、慈愛の女神の加護によって授けられる物である。
正しき事に魔法を使えば、更なる恩恵が得られるだろう………か」
慈愛の女神の加護って一体何だろう?
『慈愛の』って言うくらいだから、慈しみ深いとか、愛情深い人が女神に気に入られて、加護を授かるのだろうか?
だとすれば、単純に考えたら、女神のお気に入りであるプリシラは『良い人』って事になるのだろうけれど……。
放課後、約束通りに訪れた、カフェの個室にて。
白鳥を模した可愛らしいシュークリームに勢いよくナイフを突き刺し、ベアトリスはいつもよりも数段低い声で呟いた。
学食では平然としていたが、内心はかなり苛立っていたらしい。
「そんなに光の乙女とやらがお好きならば、早々に婚約者を変更してくれれば良いのに!」
プリプリと怒りながらも、一口大に切り分けたシュー生地にクリームを乗せて、口へと運ぶベアトリス。
自棄食いってヤツか?
「侯爵様は殿下についてなんと仰っているのです?」
「もう少し様子を見よう、ですって。
婚約の解消も視野には入れているみたいだけど……。
多分、あちらが決定的にやらかすのを待ってるのよ」
どうやらクリスティアンの行動は侯爵の耳にも入っているらしい。
だが、王家との婚約解消を臣下から申し出るには、相応の理由が必要となる。
「今の段階では、ウェブスター嬢との身体的な接触はエスコート程度ですから、不貞と認定するには弱いですものね」
「そうなのよぉっ!
全く、変な所で律儀なんだから。
多分、ウェブスター嬢が聖女の称号を得るまで、私との婚約を保険として取っておきたいのだろうけど、本当に忌々しいわ~!!」
ベアトリスは不実な婚約者への鬱憤を晴らすかの様に、再びシュークリームにザクッと攻撃を加えた。
可愛かった筈の白鳥は、もう見るも無惨なほどボロボロに崩れている。
(……惨殺されたみたいになってる)
マナー的にはもっと綺麗に食べるべきだが、二人きりなので、野暮な事など言いっこなしだ。
ベアトリスのストレスが少しでも緩和されるのならば、それくらい良いじゃないか。
「ウェブスター男爵令嬢は、聖女に認定されると思います?」
「どうかしら?
でも聖女になれなかったら、王子と男爵令嬢との婚約はかなり厳しいわよね。
だから私としては、是非とも聖女になって欲しい所なんだけど……。残念ながら、微妙だわ。
今の所、王家は『聖女』という新しい称号を設ける事には消極的みたい」
「まぁ、大仰な称号を与えてしまうと、それなりの待遇をしなければいけないですしねぇ」
聖女に認定するとしたら、その地位に見合った生活費や報償などを国が用意しなければならない。
まだ魔法の力も安定しないと聞くし、大きな実績もないプリシラを聖女とするのには、反対意見も多いだろう。
プリシラが聖女になって正式に第二王子と婚約すれば、ベアトリスは面倒事から解放される。
だが、彼等の権力が強固な物になる事で、私達が冤罪で断罪される可能性が高まるかもしれないのだ。
現段階では、どちらが良いのか判断するのが難しい。
(まるで霧の中を手探りで彷徨っているみたいだわ)
先行きが見えない事に、不安な気持ちが湧いてくる。
プリシラが人を陥れる様なタイプじゃなければ良いのだが、その為人はまだ良く分からない。
逆に分かり易い悪者の場合は、排除するのに躊躇しないで済むのだが、今の所はそういう感じにも見えない。
彼女の印象は、なんとも中途半端で対応に困る。
サクサクした白鳥の羽にナイフを入れながら、今後の方針について頭を悩ませていたら、ベアトリスが「そう言えば……」と、鞄から一冊の古い書籍を取り出した。
「興味本位で聖女について調べていたんだけど、王宮図書館で面白い本を見つけたの。
オフィーリアも読んでみる?」
「あ、それは私も興味があります。
以前、魔法について調べたことがあるのですが、その時は自邸の書庫の本にも、書店や図書館で探した本にも、光魔法については殆ど記載が無くて」
「う~ん。光魔法の使い手って、自国には増えて欲しいけど、他国に増えられたら困る存在でしょう?
だから多分、どういう条件の人が光属性を発現するとか、どうやったら光魔法が上手く使える様になるとか、そういう情報を、どの国も他国に漏らさない様に秘匿しているのだと思うの」
「ああ、成る程」
例えば、軍事力が同等の二国に争いが勃発した場合、聖女の人数が勝敗を分ける要素になるかもしれない。
そう考えれば、秘匿事項にしている国が多いのは当然か。
聖女が生まれた事がなかったこの国には、光魔法を研究している者もいない。
なので、光魔法についての情報は他国から入手するしかないのだが、情報統制されているとすれば、書籍などが流入してくる事は滅多にないのだろう。
「では、この本はかなり貴重なのでは?
私が読んでも良い物なのでしょうか?」
「一般に貸し出されている棚にあったから、大丈夫よ。
私はもう読み終わったし、返却期限までは後五日あるから、それまでに返してくれれば持って帰っても良いわ」
図書館で借りた本を又貸しするのは褒められた行為ではないけれど、私みたいな王宮に行く用事のない人間が王宮図書館に入るには、かなり煩雑な手続きが必要なので、ハードルが高い。
私はありがたくベアトリスから本を受け取った。
邸に戻り、夕食も入浴も済ませた深夜。
自室の机に向かい、揺らめくランプの灯りの下で、お借りした本を開く。
一般書籍コーナーに普通に置いてあっただけあって、専門書ではなく、娯楽の為の本みたいだった。
様々な国の都市伝説や民話などを多数引用していて、それを基にした著者の考察が内容の半分を占めていた。
それでも、この国で流通している他の書籍よりは、光魔法について知る事が出来る。
本によれば、大昔に異常気象による海面の上昇が原因となり、海に沈んでしまった小さな島国があったそうだ。
多くの民が女神を信仰していたという、その失われし島国が、光の魔力の発祥の地という説が有力らしい。
現在、各国で聖女と呼ばれている人達は、その亡国の民の末裔なのだという。
何処までが真実なのかは分からない。
しかし、本の内容が本当ならば、我が国に光の魔力を持つ者が生まれなかったのは、移民の受け入れが極端に少ないせいかもしれないと思った。
しかも、私が作った備忘録によれば、プリシラの母は異国の出身だったはず……。
「光属性の魔力とは、慈愛の女神の加護によって授けられる物である。
正しき事に魔法を使えば、更なる恩恵が得られるだろう………か」
慈愛の女神の加護って一体何だろう?
『慈愛の』って言うくらいだから、慈しみ深いとか、愛情深い人が女神に気に入られて、加護を授かるのだろうか?
だとすれば、単純に考えたら、女神のお気に入りであるプリシラは『良い人』って事になるのだろうけれど……。
2,453
お気に入りに追加
6,429
あなたにおすすめの小説
王妃さまは断罪劇に異議を唱える
土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。
そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。
彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。
王族の結婚とは。
王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。
王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。
ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。
お認めください、あなたは彼に選ばれなかったのです
めぐめぐ
恋愛
騎士である夫アルバートは、幼馴染みであり上官であるレナータにいつも呼び出され、妻であるナディアはあまり夫婦の時間がとれていなかった。
さらにレナータは、王命で結婚したナディアとアルバートを可哀想だと言い、自分と夫がどれだけ一緒にいたか、ナディアの知らない小さい頃の彼を知っているかなどを自慢げに話してくる。
しかしナディアは全く気にしていなかった。
何故なら、どれだけアルバートがレナータに呼び出されても、必ず彼はナディアの元に戻ってくるのだから――
偽物サバサバ女が、ちょっと天然な本物のサバサバ女にやられる話。
※頭からっぽで
※思いつきで書き始めたので、つたない設定等はご容赦ください。
※夫婦仲は良いです
※私がイメージするサバ女子です(笑)
婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。
「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」
「はい、喜んで!」
……えっ? 喜んじゃうの?
※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。
☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」
セルビオとミュリアの出会いの物語。
※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います
菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。
その隣には見知らぬ女性が立っていた。
二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。
両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。
メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。
数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。
彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。
※ハッピーエンド&純愛
他サイトでも掲載しております。
石女を理由に離縁されましたが、実家に出戻って幸せになりました
お好み焼き
恋愛
ゼネラル侯爵家に嫁いで三年、私は子が出来ないことを理由に冷遇されていて、とうとう離縁されてしまいました。なのにその後、ゼネラル家に嫁として戻って来いと手紙と書類が届きました。息子は種無しだったと、だから石女として私に叩き付けた離縁状は無効だと。
その他にも色々ありましたが、今となっては心は落ち着いています。私には優しい弟がいて、頼れるお祖父様がいて、可愛い妹もいるのですから。
もう一度7歳からやりなおし!王太子妃にはなりません
片桐葵
恋愛
いわゆる悪役令嬢・セシルは19歳で死亡した。
皇太子のユリウス殿下の婚約者で高慢で尊大に振る舞い、義理の妹アリシアとユリウスの恋愛に嫉妬し最終的に殺害しようとした罪で断罪され、修道院送りとなった末の死亡だった。しかし死んだ後に女神が現れ7歳からやり直せるようにしてくれた。
もう一度7歳から人生をやり直せる事になったセシル。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる