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43 女神のお気に入り
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「本当に馬鹿にしてるわよね」
放課後、約束通りに訪れた、カフェの個室にて。
白鳥を模した可愛らしいシュークリームに勢いよくナイフを突き刺し、ベアトリスはいつもよりも数段低い声で呟いた。
学食では平然としていたが、内心はかなり苛立っていたらしい。
「そんなに光の乙女とやらがお好きならば、早々に婚約者を変更してくれれば良いのに!」
プリプリと怒りながらも、一口大に切り分けたシュー生地にクリームを乗せて、口へと運ぶベアトリス。
自棄食いってヤツか?
「侯爵様は殿下についてなんと仰っているのです?」
「もう少し様子を見よう、ですって。
婚約の解消も視野には入れているみたいだけど……。
多分、あちらが決定的にやらかすのを待ってるのよ」
どうやらクリスティアンの行動は侯爵の耳にも入っているらしい。
だが、王家との婚約解消を臣下から申し出るには、相応の理由が必要となる。
「今の段階では、ウェブスター嬢との身体的な接触はエスコート程度ですから、不貞と認定するには弱いですものね」
「そうなのよぉっ!
全く、変な所で律儀なんだから。
多分、ウェブスター嬢が聖女の称号を得るまで、私との婚約を保険として取っておきたいのだろうけど、本当に忌々しいわ~!!」
ベアトリスは不実な婚約者への鬱憤を晴らすかの様に、再びシュークリームにザクッと攻撃を加えた。
可愛かった筈の白鳥は、もう見るも無惨なほどボロボロに崩れている。
(……惨殺されたみたいになってる)
マナー的にはもっと綺麗に食べるべきだが、二人きりなので、野暮な事など言いっこなしだ。
ベアトリスのストレスが少しでも緩和されるのならば、それくらい良いじゃないか。
「ウェブスター男爵令嬢は、聖女に認定されると思います?」
「どうかしら?
でも聖女になれなかったら、王子と男爵令嬢との婚約はかなり厳しいわよね。
だから私としては、是非とも聖女になって欲しい所なんだけど……。残念ながら、微妙だわ。
今の所、王家は『聖女』という新しい称号を設ける事には消極的みたい」
「まぁ、大仰な称号を与えてしまうと、それなりの待遇をしなければいけないですしねぇ」
聖女に認定するとしたら、その地位に見合った生活費や報償などを国が用意しなければならない。
まだ魔法の力も安定しないと聞くし、大きな実績もないプリシラを聖女とするのには、反対意見も多いだろう。
プリシラが聖女になって正式に第二王子と婚約すれば、ベアトリスは面倒事から解放される。
だが、彼等の権力が強固な物になる事で、私達が冤罪で断罪される可能性が高まるかもしれないのだ。
現段階では、どちらが良いのか判断するのが難しい。
(まるで霧の中を手探りで彷徨っているみたいだわ)
先行きが見えない事に、不安な気持ちが湧いてくる。
プリシラが人を陥れる様なタイプじゃなければ良いのだが、その為人はまだ良く分からない。
逆に分かり易い悪者の場合は、排除するのに躊躇しないで済むのだが、今の所はそういう感じにも見えない。
彼女の印象は、なんとも中途半端で対応に困る。
サクサクした白鳥の羽にナイフを入れながら、今後の方針について頭を悩ませていたら、ベアトリスが「そう言えば……」と、鞄から一冊の古い書籍を取り出した。
「興味本位で聖女について調べていたんだけど、王宮図書館で面白い本を見つけたの。
オフィーリアも読んでみる?」
「あ、それは私も興味があります。
以前、魔法について調べたことがあるのですが、その時は自邸の書庫の本にも、書店や図書館で探した本にも、光魔法については殆ど記載が無くて」
「う~ん。光魔法の使い手って、自国には増えて欲しいけど、他国に増えられたら困る存在でしょう?
だから多分、どういう条件の人が光属性を発現するとか、どうやったら光魔法が上手く使える様になるとか、そういう情報を、どの国も他国に漏らさない様に秘匿しているのだと思うの」
「ああ、成る程」
例えば、軍事力が同等の二国に争いが勃発した場合、聖女の人数が勝敗を分ける要素になるかもしれない。
そう考えれば、秘匿事項にしている国が多いのは当然か。
聖女が生まれた事がなかったこの国には、光魔法を研究している者もいない。
なので、光魔法についての情報は他国から入手するしかないのだが、情報統制されているとすれば、書籍などが流入してくる事は滅多にないのだろう。
「では、この本はかなり貴重なのでは?
私が読んでも良い物なのでしょうか?」
「一般に貸し出されている棚にあったから、大丈夫よ。
私はもう読み終わったし、返却期限までは後五日あるから、それまでに返してくれれば持って帰っても良いわ」
図書館で借りた本を又貸しするのは褒められた行為ではないけれど、私みたいな王宮に行く用事のない人間が王宮図書館に入るには、かなり煩雑な手続きが必要なので、ハードルが高い。
私はありがたくベアトリスから本を受け取った。
邸に戻り、夕食も入浴も済ませた深夜。
自室の机に向かい、揺らめくランプの灯りの下で、お借りした本を開く。
一般書籍コーナーに普通に置いてあっただけあって、専門書ではなく、娯楽の為の本みたいだった。
様々な国の都市伝説や民話などを多数引用していて、それを基にした著者の考察が内容の半分を占めていた。
それでも、この国で流通している他の書籍よりは、光魔法について知る事が出来る。
本によれば、大昔に異常気象による海面の上昇が原因となり、海に沈んでしまった小さな島国があったそうだ。
多くの民が女神を信仰していたという、その失われし島国が、光の魔力の発祥の地という説が有力らしい。
現在、各国で聖女と呼ばれている人達は、その亡国の民の末裔なのだという。
何処までが真実なのかは分からない。
しかし、本の内容が本当ならば、我が国に光の魔力を持つ者が生まれなかったのは、移民の受け入れが極端に少ないせいかもしれないと思った。
しかも、私が作った備忘録によれば、プリシラの母は異国の出身だったはず……。
「光属性の魔力とは、慈愛の女神の加護によって授けられる物である。
正しき事に魔法を使えば、更なる恩恵が得られるだろう………か」
慈愛の女神の加護って一体何だろう?
『慈愛の』って言うくらいだから、慈しみ深いとか、愛情深い人が女神に気に入られて、加護を授かるのだろうか?
だとすれば、単純に考えたら、女神のお気に入りであるプリシラは『良い人』って事になるのだろうけれど……。
放課後、約束通りに訪れた、カフェの個室にて。
白鳥を模した可愛らしいシュークリームに勢いよくナイフを突き刺し、ベアトリスはいつもよりも数段低い声で呟いた。
学食では平然としていたが、内心はかなり苛立っていたらしい。
「そんなに光の乙女とやらがお好きならば、早々に婚約者を変更してくれれば良いのに!」
プリプリと怒りながらも、一口大に切り分けたシュー生地にクリームを乗せて、口へと運ぶベアトリス。
自棄食いってヤツか?
「侯爵様は殿下についてなんと仰っているのです?」
「もう少し様子を見よう、ですって。
婚約の解消も視野には入れているみたいだけど……。
多分、あちらが決定的にやらかすのを待ってるのよ」
どうやらクリスティアンの行動は侯爵の耳にも入っているらしい。
だが、王家との婚約解消を臣下から申し出るには、相応の理由が必要となる。
「今の段階では、ウェブスター嬢との身体的な接触はエスコート程度ですから、不貞と認定するには弱いですものね」
「そうなのよぉっ!
全く、変な所で律儀なんだから。
多分、ウェブスター嬢が聖女の称号を得るまで、私との婚約を保険として取っておきたいのだろうけど、本当に忌々しいわ~!!」
ベアトリスは不実な婚約者への鬱憤を晴らすかの様に、再びシュークリームにザクッと攻撃を加えた。
可愛かった筈の白鳥は、もう見るも無惨なほどボロボロに崩れている。
(……惨殺されたみたいになってる)
マナー的にはもっと綺麗に食べるべきだが、二人きりなので、野暮な事など言いっこなしだ。
ベアトリスのストレスが少しでも緩和されるのならば、それくらい良いじゃないか。
「ウェブスター男爵令嬢は、聖女に認定されると思います?」
「どうかしら?
でも聖女になれなかったら、王子と男爵令嬢との婚約はかなり厳しいわよね。
だから私としては、是非とも聖女になって欲しい所なんだけど……。残念ながら、微妙だわ。
今の所、王家は『聖女』という新しい称号を設ける事には消極的みたい」
「まぁ、大仰な称号を与えてしまうと、それなりの待遇をしなければいけないですしねぇ」
聖女に認定するとしたら、その地位に見合った生活費や報償などを国が用意しなければならない。
まだ魔法の力も安定しないと聞くし、大きな実績もないプリシラを聖女とするのには、反対意見も多いだろう。
プリシラが聖女になって正式に第二王子と婚約すれば、ベアトリスは面倒事から解放される。
だが、彼等の権力が強固な物になる事で、私達が冤罪で断罪される可能性が高まるかもしれないのだ。
現段階では、どちらが良いのか判断するのが難しい。
(まるで霧の中を手探りで彷徨っているみたいだわ)
先行きが見えない事に、不安な気持ちが湧いてくる。
プリシラが人を陥れる様なタイプじゃなければ良いのだが、その為人はまだ良く分からない。
逆に分かり易い悪者の場合は、排除するのに躊躇しないで済むのだが、今の所はそういう感じにも見えない。
彼女の印象は、なんとも中途半端で対応に困る。
サクサクした白鳥の羽にナイフを入れながら、今後の方針について頭を悩ませていたら、ベアトリスが「そう言えば……」と、鞄から一冊の古い書籍を取り出した。
「興味本位で聖女について調べていたんだけど、王宮図書館で面白い本を見つけたの。
オフィーリアも読んでみる?」
「あ、それは私も興味があります。
以前、魔法について調べたことがあるのですが、その時は自邸の書庫の本にも、書店や図書館で探した本にも、光魔法については殆ど記載が無くて」
「う~ん。光魔法の使い手って、自国には増えて欲しいけど、他国に増えられたら困る存在でしょう?
だから多分、どういう条件の人が光属性を発現するとか、どうやったら光魔法が上手く使える様になるとか、そういう情報を、どの国も他国に漏らさない様に秘匿しているのだと思うの」
「ああ、成る程」
例えば、軍事力が同等の二国に争いが勃発した場合、聖女の人数が勝敗を分ける要素になるかもしれない。
そう考えれば、秘匿事項にしている国が多いのは当然か。
聖女が生まれた事がなかったこの国には、光魔法を研究している者もいない。
なので、光魔法についての情報は他国から入手するしかないのだが、情報統制されているとすれば、書籍などが流入してくる事は滅多にないのだろう。
「では、この本はかなり貴重なのでは?
私が読んでも良い物なのでしょうか?」
「一般に貸し出されている棚にあったから、大丈夫よ。
私はもう読み終わったし、返却期限までは後五日あるから、それまでに返してくれれば持って帰っても良いわ」
図書館で借りた本を又貸しするのは褒められた行為ではないけれど、私みたいな王宮に行く用事のない人間が王宮図書館に入るには、かなり煩雑な手続きが必要なので、ハードルが高い。
私はありがたくベアトリスから本を受け取った。
邸に戻り、夕食も入浴も済ませた深夜。
自室の机に向かい、揺らめくランプの灯りの下で、お借りした本を開く。
一般書籍コーナーに普通に置いてあっただけあって、専門書ではなく、娯楽の為の本みたいだった。
様々な国の都市伝説や民話などを多数引用していて、それを基にした著者の考察が内容の半分を占めていた。
それでも、この国で流通している他の書籍よりは、光魔法について知る事が出来る。
本によれば、大昔に異常気象による海面の上昇が原因となり、海に沈んでしまった小さな島国があったそうだ。
多くの民が女神を信仰していたという、その失われし島国が、光の魔力の発祥の地という説が有力らしい。
現在、各国で聖女と呼ばれている人達は、その亡国の民の末裔なのだという。
何処までが真実なのかは分からない。
しかし、本の内容が本当ならば、我が国に光の魔力を持つ者が生まれなかったのは、移民の受け入れが極端に少ないせいかもしれないと思った。
しかも、私が作った備忘録によれば、プリシラの母は異国の出身だったはず……。
「光属性の魔力とは、慈愛の女神の加護によって授けられる物である。
正しき事に魔法を使えば、更なる恩恵が得られるだろう………か」
慈愛の女神の加護って一体何だろう?
『慈愛の』って言うくらいだから、慈しみ深いとか、愛情深い人が女神に気に入られて、加護を授かるのだろうか?
だとすれば、単純に考えたら、女神のお気に入りであるプリシラは『良い人』って事になるのだろうけれど……。
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