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40 ヒロイン登場
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入学試験で首席を取ったアイザックは、生徒代表の挨拶をせねばならないらしく、一足先に式典の会場となる講堂へ向かった。
私とベアトリスは、お喋りに花を咲かせながらのんびりと会場へ赴く。
大きく開け放たれた重厚な扉から中へ入ると、講堂に並べられた椅子には既に半数ほどの生徒が着席していた。
クラスごとに座る位置が大まかに分かれているが、一人一人の席が決まっている訳ではないらしい。
私達は目立たぬ様に、後方の隅っこの席を選んで腰を下ろした。
『目立たぬ様に』との配慮も虚しく、やっぱり衆目を集めてはいるけれど。
まあ、あちこちで傷痕に関する噂が囁かれている私と、身分の高いベアトリスが一緒にいるのだから、人目を引くのも仕方が無い。
皆、遠慮がちにチラチラと後ろを振り返り、私達を見ていた。
「そんなに気になるなら、もう堂々と話し掛けてくれて良いのにね」
ベアトリスが苦笑しながら呟く。
「でも、ベアトリスの様のお陰で、私を蔑む声はあまり聞こえてこないです」
「少しは効果があったみたいで良かったわ」
ベアトリスは私の髪飾りに視線を向け、麗しい笑みを浮かべた。
このヘアピンを『入学式の時にお揃いで身に付けましょうね』と提案してくれたのはベアトリスだが、きっと私を守る意味合いが強かったのだろう。
髪飾りによる仲良しアピールの甲斐あって、侯爵令嬢の友人を表立って批判する猛者は今の所現れていない。
まあ、彼等が心の中で何を思っているかは知らないけど。
そして、この会場の中にはもう一人、多くの視線を集めている人物がいた。
私達から少し離れたBクラスの座席。
後ろから三番目の列に姿勢良く座っている、水色の髪の少女。
そう、ヒロインのプリシラ・ウェブスター男爵令嬢である。
「あのご令嬢が『光の乙女』かしら?」
ベアトリスの問いに頷く。
「おそらく、そうでしょうね」
「可愛らしい子ね」
「ええ、本当に」
時折チラリと見える横顔は整っていて、流石はこの世界のヒロインといった風貌である。
個人的にはベアトリスの方が美しいと思うし、フレデリカの方が可愛らしいと思うけれど、プリシラの真っ白なお肌とピンク色の大きな瞳は、きっと多くの異性に好まれるのだろう。
フワフワとした庇護欲を唆る雰囲気を持ちつつも、ピンと伸びた背筋と引き締まった口元、真っ直ぐ前を見ている眼差しは、生真面目そうな印象も与える。
(やっぱり、ヒドインでは無さそうに見える。……いや、そうであって欲しい)
そう願いつつ、いつまでもジロジロと眺めては失礼だろうと視線を逸らした。
学園長のつまらない挨拶に辟易させられたが、式典はつつがなく終了した。
前世の頃もそうだったけど、偉い人の挨拶って、なんであんなに中身が無いのに長いのだろう?
因みにアイザックの代表挨拶はとても凛々しく、ご令嬢達の熱い眼差しを独り占めにしていた。
この後は各クラスの教室に分かれ、自己紹介をしたり、明日からの授業についての説明を受ける予定だ。
私達も移動をしようと立ち上がりかけたが、講堂の出口は混雑しており、どうせ直ぐには退出出来ないだろうと座り直した。
「あら、あれを見て」
ベアトリスの囁き声に彼女の視線の先を辿ると、クリスティアン殿下がプリシラに歩み寄り、何か話し掛けている場面が視界に映る。
その表情は普段ベアトリスに向けている物より遥かに柔らかく、『ヒロインの前でだけは立派な紳士なのね』と呆れとも失望ともつかない感情が湧いた。
プリシラの方も満更では無いらしく、戸惑いながらも頬を染めて王子に返事をしている。
まあ、クリスティアンも容姿だけは素敵だしね。
どうやら殿下は自ら『光の乙女』にエスコートを申し出たらしく、恭しく手を差し伸べる。
王族から申し出られてしまえば、男爵令嬢に断る術は無いだろう。プリシラは微かに困った様な表情を浮かべつつも、遠慮がちにその手を取った。
「あらあら、アレでは誰が婚約者だか分からないわね。
如何にもクリスティアン殿下が好みそうな雰囲気のご令嬢だし、彼女が引き取ってくれると有難いのだけれど……」
ベアトリスはスッと瞳を細めて呟いた。
引き取るって……。
廃品回収か何かのお話でしたっけ?
「ベアトリス様は、今はクリスティアン殿下の事をどうお考えなのですか?」
いつも愚痴を聞いているけど、婚約をどうしたいのかについては、本人にハッキリと気持ちを確認した事は無かった。
「そうねぇ……。
家の方針だから、もしも運悪く結婚まで辿り着いてしまったら仕方がないから受け入れるけど、本音を言えば早めに婚約解消して欲しいわね」
「運悪く……」
「そう、運悪く。
だって、あんなポンコツ王子の妻になるなんて、貧乏くじ以外の何物でもないでしょう?
王子妃教育が無駄になるのだけは少し勿体無いけど、あのポンコツのお守りから解放される事自体は万々歳だわ。
ただ、私の代わりにポンコツ王子の妃にならなきゃいけないご令嬢には、少し同情するわね。
……あ、言い忘れたけど、ここだけの話にしてね。不敬罪に問われると困るから」
不躾な質問だったが、ベアトリスは特に何でもない事の様にサラッと答えてくれる。
しかも、なかなか辛辣だ。
ポンコツって三回も言ってるし。
この分なら、ベアトリスが嫉妬に狂ってプリシラを虐める心配は無いだろう。
そう思って、少しだけ安堵したのだが───。
『やはり、悪役令嬢は平和なだけの学園生活など送れないのだ』と、数日後には思い知らされる事となる。
私とベアトリスは、お喋りに花を咲かせながらのんびりと会場へ赴く。
大きく開け放たれた重厚な扉から中へ入ると、講堂に並べられた椅子には既に半数ほどの生徒が着席していた。
クラスごとに座る位置が大まかに分かれているが、一人一人の席が決まっている訳ではないらしい。
私達は目立たぬ様に、後方の隅っこの席を選んで腰を下ろした。
『目立たぬ様に』との配慮も虚しく、やっぱり衆目を集めてはいるけれど。
まあ、あちこちで傷痕に関する噂が囁かれている私と、身分の高いベアトリスが一緒にいるのだから、人目を引くのも仕方が無い。
皆、遠慮がちにチラチラと後ろを振り返り、私達を見ていた。
「そんなに気になるなら、もう堂々と話し掛けてくれて良いのにね」
ベアトリスが苦笑しながら呟く。
「でも、ベアトリスの様のお陰で、私を蔑む声はあまり聞こえてこないです」
「少しは効果があったみたいで良かったわ」
ベアトリスは私の髪飾りに視線を向け、麗しい笑みを浮かべた。
このヘアピンを『入学式の時にお揃いで身に付けましょうね』と提案してくれたのはベアトリスだが、きっと私を守る意味合いが強かったのだろう。
髪飾りによる仲良しアピールの甲斐あって、侯爵令嬢の友人を表立って批判する猛者は今の所現れていない。
まあ、彼等が心の中で何を思っているかは知らないけど。
そして、この会場の中にはもう一人、多くの視線を集めている人物がいた。
私達から少し離れたBクラスの座席。
後ろから三番目の列に姿勢良く座っている、水色の髪の少女。
そう、ヒロインのプリシラ・ウェブスター男爵令嬢である。
「あのご令嬢が『光の乙女』かしら?」
ベアトリスの問いに頷く。
「おそらく、そうでしょうね」
「可愛らしい子ね」
「ええ、本当に」
時折チラリと見える横顔は整っていて、流石はこの世界のヒロインといった風貌である。
個人的にはベアトリスの方が美しいと思うし、フレデリカの方が可愛らしいと思うけれど、プリシラの真っ白なお肌とピンク色の大きな瞳は、きっと多くの異性に好まれるのだろう。
フワフワとした庇護欲を唆る雰囲気を持ちつつも、ピンと伸びた背筋と引き締まった口元、真っ直ぐ前を見ている眼差しは、生真面目そうな印象も与える。
(やっぱり、ヒドインでは無さそうに見える。……いや、そうであって欲しい)
そう願いつつ、いつまでもジロジロと眺めては失礼だろうと視線を逸らした。
学園長のつまらない挨拶に辟易させられたが、式典はつつがなく終了した。
前世の頃もそうだったけど、偉い人の挨拶って、なんであんなに中身が無いのに長いのだろう?
因みにアイザックの代表挨拶はとても凛々しく、ご令嬢達の熱い眼差しを独り占めにしていた。
この後は各クラスの教室に分かれ、自己紹介をしたり、明日からの授業についての説明を受ける予定だ。
私達も移動をしようと立ち上がりかけたが、講堂の出口は混雑しており、どうせ直ぐには退出出来ないだろうと座り直した。
「あら、あれを見て」
ベアトリスの囁き声に彼女の視線の先を辿ると、クリスティアン殿下がプリシラに歩み寄り、何か話し掛けている場面が視界に映る。
その表情は普段ベアトリスに向けている物より遥かに柔らかく、『ヒロインの前でだけは立派な紳士なのね』と呆れとも失望ともつかない感情が湧いた。
プリシラの方も満更では無いらしく、戸惑いながらも頬を染めて王子に返事をしている。
まあ、クリスティアンも容姿だけは素敵だしね。
どうやら殿下は自ら『光の乙女』にエスコートを申し出たらしく、恭しく手を差し伸べる。
王族から申し出られてしまえば、男爵令嬢に断る術は無いだろう。プリシラは微かに困った様な表情を浮かべつつも、遠慮がちにその手を取った。
「あらあら、アレでは誰が婚約者だか分からないわね。
如何にもクリスティアン殿下が好みそうな雰囲気のご令嬢だし、彼女が引き取ってくれると有難いのだけれど……」
ベアトリスはスッと瞳を細めて呟いた。
引き取るって……。
廃品回収か何かのお話でしたっけ?
「ベアトリス様は、今はクリスティアン殿下の事をどうお考えなのですか?」
いつも愚痴を聞いているけど、婚約をどうしたいのかについては、本人にハッキリと気持ちを確認した事は無かった。
「そうねぇ……。
家の方針だから、もしも運悪く結婚まで辿り着いてしまったら仕方がないから受け入れるけど、本音を言えば早めに婚約解消して欲しいわね」
「運悪く……」
「そう、運悪く。
だって、あんなポンコツ王子の妻になるなんて、貧乏くじ以外の何物でもないでしょう?
王子妃教育が無駄になるのだけは少し勿体無いけど、あのポンコツのお守りから解放される事自体は万々歳だわ。
ただ、私の代わりにポンコツ王子の妃にならなきゃいけないご令嬢には、少し同情するわね。
……あ、言い忘れたけど、ここだけの話にしてね。不敬罪に問われると困るから」
不躾な質問だったが、ベアトリスは特に何でもない事の様にサラッと答えてくれる。
しかも、なかなか辛辣だ。
ポンコツって三回も言ってるし。
この分なら、ベアトリスが嫉妬に狂ってプリシラを虐める心配は無いだろう。
そう思って、少しだけ安堵したのだが───。
『やはり、悪役令嬢は平和なだけの学園生活など送れないのだ』と、数日後には思い知らされる事となる。
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