【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko

文字の大きさ
上 下
40 / 200

40 ヒロイン登場

しおりを挟む
 入学試験で首席を取ったアイザックは、生徒代表の挨拶をせねばならないらしく、一足先に式典の会場となる講堂へ向かった。

 私とベアトリスは、お喋りに花を咲かせながらのんびりと会場へ赴く。

 大きく開け放たれた重厚な扉から中へ入ると、講堂に並べられた椅子には既に半数ほどの生徒が着席していた。
 クラスごとに座る位置が大まかに分かれているが、一人一人の席が決まっている訳ではないらしい。
 私達は目立たぬ様に、後方の隅っこの席を選んで腰を下ろした。
『目立たぬ様に』との配慮も虚しく、やっぱり衆目を集めてはいるけれど。
 まあ、あちこちで傷痕に関する噂が囁かれている私と、身分の高いベアトリスが一緒にいるのだから、人目を引くのも仕方が無い。
 皆、遠慮がちにチラチラと後ろを振り返り、私達を見ていた。

「そんなに気になるなら、もう堂々と話し掛けてくれて良いのにね」

 ベアトリスが苦笑しながら呟く。

「でも、ベアトリスの様のお陰で、私を蔑む声はあまり聞こえてこないです」

「少しは効果があったみたいで良かったわ」

 ベアトリスは私の髪飾りに視線を向け、麗しい笑みを浮かべた。

 このヘアピンを『入学式の時にお揃いで身に付けましょうね』と提案してくれたのはベアトリスだが、きっと私を守る意味合いが強かったのだろう。

 髪飾りによる仲良しアピールの甲斐あって、侯爵令嬢の友人を表立って批判する猛者は今の所現れていない。
 まあ、彼等が心の中で何を思っているかは知らないけど。


 そして、この会場の中にはもう一人、多くの視線を集めている人物がいた。

 私達から少し離れたBクラスの座席。
 後ろから三番目の列に姿勢良く座っている、水色の髪の少女。

 そう、ヒロインのプリシラ・ウェブスター男爵令嬢である。

「あのご令嬢が『光の乙女』かしら?」

 ベアトリスの問いに頷く。

「おそらく、そうでしょうね」

「可愛らしい子ね」

「ええ、本当に」

 時折チラリと見える横顔は整っていて、流石はこの世界のヒロインといった風貌である。

 個人的にはベアトリスの方が美しいと思うし、フレデリカの方が可愛らしいと思うけれど、プリシラの真っ白なお肌とピンク色の大きな瞳は、きっと多くの異性に好まれるのだろう。
 フワフワとした庇護欲を唆る雰囲気を持ちつつも、ピンと伸びた背筋と引き締まった口元、真っ直ぐ前を見ている眼差しは、生真面目そうな印象も与える。

(やっぱり、ヒドインでは無さそうに見える。……いや、そうであって欲しい)

 そう願いつつ、いつまでもジロジロと眺めては失礼だろうと視線を逸らした。


 学園長のつまらない挨拶に辟易させられたが、式典はつつがなく終了した。
 前世の頃もそうだったけど、偉い人の挨拶って、なんであんなに中身が無いのに長いのだろう?
 因みにアイザックの代表挨拶はとても凛々しく、ご令嬢達の熱い眼差しを独り占めにしていた。


 この後は各クラスの教室に分かれ、自己紹介をしたり、明日からの授業についての説明を受ける予定だ。

 私達も移動をしようと立ち上がりかけたが、講堂の出口は混雑しており、どうせ直ぐには退出出来ないだろうと座り直した。

「あら、あれを見て」

 ベアトリスの囁き声に彼女の視線の先を辿ると、クリスティアン殿下がプリシラに歩み寄り、何か話し掛けている場面が視界に映る。
 その表情は普段ベアトリスに向けている物より遥かに柔らかく、『ヒロインの前でだけは立派な紳士なのね』と呆れとも失望ともつかない感情が湧いた。

 プリシラの方も満更では無いらしく、戸惑いながらも頬を染めて王子に返事をしている。
 まあ、クリスティアンも容姿だけは素敵だしね。

 どうやら殿下は自ら『光の乙女』にエスコートを申し出たらしく、恭しく手を差し伸べる。
 王族から申し出られてしまえば、男爵令嬢に断る術は無いだろう。プリシラは微かに困った様な表情を浮かべつつも、遠慮がちにその手を取った。

「あらあら、アレでは誰が婚約者だか分からないわね。
 如何にもクリスティアン殿下が好みそうな雰囲気のご令嬢だし、彼女が引き取ってくれると有難いのだけれど……」

 ベアトリスはスッと瞳を細めて呟いた。

 引き取るって……。
 廃品回収か何かのお話でしたっけ?

「ベアトリス様は、今はクリスティアン殿下の事をどうお考えなのですか?」

 いつも愚痴を聞いているけど、婚約をどうしたいのかについては、本人にハッキリと気持ちを確認した事は無かった。

「そうねぇ……。
 家の方針だから、もしも運悪く結婚まで辿り着いてしまったら仕方がないから受け入れるけど、本音を言えば早めに婚約解消して欲しいわね」

「運悪く……」

「そう、運悪く。
 だって、あんなポンコツ王子の妻になるなんて、貧乏くじ以外の何物でもないでしょう?
 王子妃教育が無駄になるのだけは少し勿体無いけど、あのポンコツのお守りから解放される事自体は万々歳だわ。
 ただ、私の代わりにポンコツ王子の妃にならなきゃいけないご令嬢には、少し同情するわね。
 ……あ、言い忘れたけど、ここだけの話にしてね。不敬罪に問われると困るから」

 不躾な質問だったが、ベアトリスは特に何でもない事の様にサラッと答えてくれる。

 しかも、なかなか辛辣だ。
 ポンコツって三回も言ってるし。


 この分なら、ベアトリスが嫉妬に狂ってプリシラを虐める心配は無いだろう。

 そう思って、少しだけ安堵したのだが───。


『やはり、悪役令嬢は平和なだけの学園生活など送れないのだ』と、数日後には思い知らされる事となる。

しおりを挟む
感想 1,005

あなたにおすすめの小説

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。 ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。 しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。 もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが… そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。 “側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ” 死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。 向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。 深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは… ※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。 他サイトでも同時投稿しています。 どうぞよろしくお願いしますm(__)m

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

処理中です...