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38 決意を込めた栞《プリシラ》
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プリシラ・ウェブスターは、男爵家の娘としてこの世に生を受けた。
貿易商として財を成した先祖が大昔の大戦の際、国に巨額の資金援助をした事を讃えられ、その褒賞として爵位と領地を賜ったのが、ウェブスター男爵家の起源である。
爵位と同時に賜った小さな領地は王都から遠く離れた田舎だったものの、大きな港街からほど近い場所な為、貿易を生業とする身にとっては逆に好都合であった。
お陰様で商売は順調で、今代になってからも問題なく業績を伸ばし続けている。
子供の頃のプリシラは、その領地にて、両親と七歳年上の兄の四人で仲睦まじく暮らしていた。
母は他国の元子爵令嬢だったが、家族全員をを事故で亡くして市井で暮らしていた所を、仕事で訪れた父が見初めて自国へ連れ帰ったらしい。
母は元々あまり体の強い人ではなく、度々体調を崩しては床に臥していた。
それでも比較的調子が良い日には、プリシラの為にバターやミルクがたっぷり入った甘いお菓子を焼いてくれた。
プリシラは母が作る菓子が大好きだった。
兄は年の離れた妹を大層可愛がっており、忙しい父や病弱な母の代わりに、プリシラの面倒を良く見てくれていた。
そんな風に、田舎の領地で伸び伸びと育ったプリシラの日常は、ある日突然ガラリと変わった。
兄に付き添われて訪れた教会で、魔力測定用の水晶に触れた途端、なんと虹色の強い光が放たれたのだ。
「光、属性……」
測定を担当した神官が、信じられない物を見る様な目でプリシラを凝視しながら、掠れた声で呟く。
そして、瞬く間に教会内は大騒ぎになった。
「おめでとう、お嬢さん!」
「おめでとうございます!」
その場に居合わせた貴族や神官は皆、興奮した様子で、口々に祝いの言葉をプリシラへと贈る。
だが、兄だけは違った。
「そんな、まさか、プリシラが……?」
「お兄様……、喜んでくれないの?」
愕然とした表情になる兄の袖口を引っ張りながら、プリシラは首を傾げた。
この国では未だかつて光属性の魔力保持者が発見されていない事は、世間知らずのプリシラでも知っていた。
そんな珍しい魔力を持っているなんて、喜ぶべき事なのではないのか?
「特別な力を持っているのは名誉な事ではあるけれど、周囲のお前を見る目は変わってしまう。
そうなれば、今迄の様に自由に生きる事が出来なくなるかもしれないのだよ。
だが、光属性が判明してしまった以上、私にはどうする事も出来ない。
……済まない、プリシラ」
ガックリと項垂れながら、苦い物でも飲み込んだ様な顔で謝罪する兄。
周りにいた者達が大いに盛り上がる中で、兄は冷静に今後のプリシラの生活を心配していたのだ。
家の利益よりも、妹の人生を大切に思ってくれている。
その事に、プリシラの心はほんのりと温かくなった。
「そんなに心配しないで。
まだ実感は湧かないけど、光属性を持っているって事は、治癒魔法が使えるんでしょう?
なら、もしかしたらお母様の体も治せるかもしれないわ。
それに、他にも苦しんでる人達を救えるかも。
素晴らしいじゃない。大丈夫、きっと上手くいくわ」
グッと両手の拳を握りながら明るくそう言うプリシラに、兄は苦笑を漏らした。
おおらかに育ったプリシラは、非常に楽観的な考えの持ち主だった。
普段はおっとりしているくせに、頑固で思い込みが激しい面もある。
そして彼女は意外と努力家でもあった。
近所の教会に所属している魔術師に魔力制御を教わり、驚くべき事に、ひと月半ほどで少しだけ治癒魔法が扱える様になったのだ。
その後も順調に成長を遂げるプリシラ。
主に母を練習台をしていた事もあって、彼女が学園入学の為に王都へ向かう前には、母も健康な体を取り戻していた。
そして、王都の教会に保護されてからは、市井の病院を回り、更に治癒の練習を続けた。
中でも特に印象に残っているのは、事故に遭って両目の視力を失った幼い少年を治した時の事だ。
「見えるっ……。
見えるよ、母ちゃんの顔が見えるっ!!」
「ああっ、なんて事なの! 夢みたいだわ。
神様……、聖女様、ありがとうございますっ」
少年は母親と抱き合ってオイオイと泣いた。
まだプリシラの能力は不安定で、少年の視力を元通りにまでは回復させられなかった。
それでも親子は、プリシラに何度も頭を下げ、お礼を言いながら帰って行った。
翌日、その少年がプリシラの住んでいる教会を訪れた。
小さな手に、素朴な花束を握り締めて。
「お姉ちゃん、昨日はありがとうございました。
俺の家は貧乏だから、こんなお礼しか出来ないけど、受け取ってください」
「まあ、可愛らしいお花ね。ありがとう」
それは野に咲くタンポポやシロツメクサなどを摘んで麻紐で束ねただけの、とても簡素な物だったが、わざわざそれを届けてくれた少年の気持ちが胸に沁みた。
「お姉ちゃんなら、きっと立派な聖女様になれると思います!」
「ふふっ。ありがとう。期待に応えられる様に、これからも頑張るね」
自室に戻った彼女は、側仕えをしてくれている女性神官に頼んで、少年にもらった花束を生けてもらった。
そして、その花瓶からタンポポとシロツメクサを一本ずつ抜き取り、押し花を作製した。
この日の気持ちを忘れない様にと、それを栞に加工して魔法の勉強に使うテキストに挟んだ。
(もっと頑張って、光魔法を上手く使える様になったら、あの子の目を完全に治してあげられるかな?)
プリシラは時折栞を見詰めながら、そんな事を考えた。
彼女はまだ知らない。
近い将来、この日の気持ちどころか、この栞の存在さえもすっかり忘れてしまう事を。
そして、自分が、破滅への道を歩み始める事も。
貿易商として財を成した先祖が大昔の大戦の際、国に巨額の資金援助をした事を讃えられ、その褒賞として爵位と領地を賜ったのが、ウェブスター男爵家の起源である。
爵位と同時に賜った小さな領地は王都から遠く離れた田舎だったものの、大きな港街からほど近い場所な為、貿易を生業とする身にとっては逆に好都合であった。
お陰様で商売は順調で、今代になってからも問題なく業績を伸ばし続けている。
子供の頃のプリシラは、その領地にて、両親と七歳年上の兄の四人で仲睦まじく暮らしていた。
母は他国の元子爵令嬢だったが、家族全員をを事故で亡くして市井で暮らしていた所を、仕事で訪れた父が見初めて自国へ連れ帰ったらしい。
母は元々あまり体の強い人ではなく、度々体調を崩しては床に臥していた。
それでも比較的調子が良い日には、プリシラの為にバターやミルクがたっぷり入った甘いお菓子を焼いてくれた。
プリシラは母が作る菓子が大好きだった。
兄は年の離れた妹を大層可愛がっており、忙しい父や病弱な母の代わりに、プリシラの面倒を良く見てくれていた。
そんな風に、田舎の領地で伸び伸びと育ったプリシラの日常は、ある日突然ガラリと変わった。
兄に付き添われて訪れた教会で、魔力測定用の水晶に触れた途端、なんと虹色の強い光が放たれたのだ。
「光、属性……」
測定を担当した神官が、信じられない物を見る様な目でプリシラを凝視しながら、掠れた声で呟く。
そして、瞬く間に教会内は大騒ぎになった。
「おめでとう、お嬢さん!」
「おめでとうございます!」
その場に居合わせた貴族や神官は皆、興奮した様子で、口々に祝いの言葉をプリシラへと贈る。
だが、兄だけは違った。
「そんな、まさか、プリシラが……?」
「お兄様……、喜んでくれないの?」
愕然とした表情になる兄の袖口を引っ張りながら、プリシラは首を傾げた。
この国では未だかつて光属性の魔力保持者が発見されていない事は、世間知らずのプリシラでも知っていた。
そんな珍しい魔力を持っているなんて、喜ぶべき事なのではないのか?
「特別な力を持っているのは名誉な事ではあるけれど、周囲のお前を見る目は変わってしまう。
そうなれば、今迄の様に自由に生きる事が出来なくなるかもしれないのだよ。
だが、光属性が判明してしまった以上、私にはどうする事も出来ない。
……済まない、プリシラ」
ガックリと項垂れながら、苦い物でも飲み込んだ様な顔で謝罪する兄。
周りにいた者達が大いに盛り上がる中で、兄は冷静に今後のプリシラの生活を心配していたのだ。
家の利益よりも、妹の人生を大切に思ってくれている。
その事に、プリシラの心はほんのりと温かくなった。
「そんなに心配しないで。
まだ実感は湧かないけど、光属性を持っているって事は、治癒魔法が使えるんでしょう?
なら、もしかしたらお母様の体も治せるかもしれないわ。
それに、他にも苦しんでる人達を救えるかも。
素晴らしいじゃない。大丈夫、きっと上手くいくわ」
グッと両手の拳を握りながら明るくそう言うプリシラに、兄は苦笑を漏らした。
おおらかに育ったプリシラは、非常に楽観的な考えの持ち主だった。
普段はおっとりしているくせに、頑固で思い込みが激しい面もある。
そして彼女は意外と努力家でもあった。
近所の教会に所属している魔術師に魔力制御を教わり、驚くべき事に、ひと月半ほどで少しだけ治癒魔法が扱える様になったのだ。
その後も順調に成長を遂げるプリシラ。
主に母を練習台をしていた事もあって、彼女が学園入学の為に王都へ向かう前には、母も健康な体を取り戻していた。
そして、王都の教会に保護されてからは、市井の病院を回り、更に治癒の練習を続けた。
中でも特に印象に残っているのは、事故に遭って両目の視力を失った幼い少年を治した時の事だ。
「見えるっ……。
見えるよ、母ちゃんの顔が見えるっ!!」
「ああっ、なんて事なの! 夢みたいだわ。
神様……、聖女様、ありがとうございますっ」
少年は母親と抱き合ってオイオイと泣いた。
まだプリシラの能力は不安定で、少年の視力を元通りにまでは回復させられなかった。
それでも親子は、プリシラに何度も頭を下げ、お礼を言いながら帰って行った。
翌日、その少年がプリシラの住んでいる教会を訪れた。
小さな手に、素朴な花束を握り締めて。
「お姉ちゃん、昨日はありがとうございました。
俺の家は貧乏だから、こんなお礼しか出来ないけど、受け取ってください」
「まあ、可愛らしいお花ね。ありがとう」
それは野に咲くタンポポやシロツメクサなどを摘んで麻紐で束ねただけの、とても簡素な物だったが、わざわざそれを届けてくれた少年の気持ちが胸に沁みた。
「お姉ちゃんなら、きっと立派な聖女様になれると思います!」
「ふふっ。ありがとう。期待に応えられる様に、これからも頑張るね」
自室に戻った彼女は、側仕えをしてくれている女性神官に頼んで、少年にもらった花束を生けてもらった。
そして、その花瓶からタンポポとシロツメクサを一本ずつ抜き取り、押し花を作製した。
この日の気持ちを忘れない様にと、それを栞に加工して魔法の勉強に使うテキストに挟んだ。
(もっと頑張って、光魔法を上手く使える様になったら、あの子の目を完全に治してあげられるかな?)
プリシラは時折栞を見詰めながら、そんな事を考えた。
彼女はまだ知らない。
近い将来、この日の気持ちどころか、この栞の存在さえもすっかり忘れてしまう事を。
そして、自分が、破滅への道を歩み始める事も。
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