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37 光の乙女
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学園入学が半年後に迫った今日、私はお母様と共に教会に赴いていた。
入学する前までに教会で魔力測定を行う事は、この国の貴族子女の義務である。
とは言え、強力な魔力を持つ子供が見つかる事は滅多にない。
測定を行う部屋へと続く廊下の壁には、歴代の教皇の肖像画が、仰々しく飾られている。
現在の教皇は、珍しい薄紫の髪にサファイアの瞳の美丈夫で、顎に軽く手を当てたわざとらしいポーズでニヒルに微笑んでいた。
聖職者というよりも、舞台俳優みたいだ。
確かお父様よりも年上のはずだが、とてもそうは見えない。
まあ、写真ではないので、かなり盛っている可能性もあるし、若い頃に描かせた物なのかもしれないけれど。
肖像画を鑑賞しながら長い廊下を抜けて、測定会場に辿り着く。
そこには既に多くの親子連れが集っていた。
順番待ちの列に並んだ子供達は皆、期待にキラキラと瞳を輝かせているけれど、自分の結果を既に知っている私は、退屈過ぎて欠伸を噛み殺している。
すると前方から「おおっ!」と小さな歓声が起こった。
何事かと視線を向けると、人垣の間から、魔力測定用の水晶玉が弱々しく青い光を放っているのが見える。
どうやら水属性の魔力持ちが見つかったらしい。
光が弱い所を見ると、魔力量はあまり多くないみたいだが。
その後、何人かが測定を受けるも魔力持ちは現れず、とうとう私の順番が回ってきた。
「次、オフィーリア・エヴァレット嬢」
「はい」
名前を呼ばれて、前に進み出る。
お母様は若干緊張した面持ちで、祈る様に両手を握り締めながら見守ってくれていて、なんだか申し訳ない気持ちになった。
神官に促されて水晶玉に触れるが、やはり何の変化も起こらない。
どうやら転生者特典とかは無いらしい。
「やっぱりダメでしたね」
ヘラッと笑ってお母様を見上げる。
ちょっとだけ残念そうな顔をしたお母様は、慰める様に私の頭をポンポンと撫でた。
「まあ、うちの家系から魔力持ちが出た事は無いから、仕方がないわね」
魔力は遺伝の要素が大きいらしく、同じ家系から何代も続けて魔力持ちが見つかる事もあると聞く。
だが、ごく稀に、全く魔法とは関係のない家系からも生まれる事があるのだ。
この世界のヒロインであるプリシラも、その内の一人である。
国に提出される測定結果の書類にサインをしていると、さっき水晶玉が光った時とは比べ物にならないくらいに教会の奥が大きく騒めき出した。
「何かあったのでしょうか?」
書類の手続きをしてくれていた神官に問うと、彼は「ちょっと聞いてきます」と言って奥へ引っ込んだ。
「……まさか……光の………て……。
も……したら、……………聖女に………な……」
教会関係者しか入れない奥の通路から、途切れ途切れに聞こえてくる話し声。
その中に『聖女』という単語を拾って、私の背筋がゾクリと粟立つ。
戻ってきた神官は微かに頬を染めて、興奮している様に見えた。
「どうでしたか?」
「地方の教会で凄い魔力の持ち主が見つかったらしく、こちらにも連絡があったそうです。
詳しい事はまだお話し出来ませんが、いずれ公表されるでしょう」
「……そう、ですか」
間違いない。
プリシラだ。
プリシラの光の魔力が発見されたのだ。
一瞬目の前が真っ暗になりフラッとよろけた私を、お母様が支えてくれた。
「どうしたの、オフィーリア。大丈夫?」
「ちょっと立ち眩みがしただけです」
「風邪でもひいたのかしら?
邸に帰ったら、直ぐに休みなさいね」
心配顔のお母様に急かされる様にして馬車に乗り込み、帰路に着いた。
(いよいよ、物語が動き出すのね)
車窓を流れる景色は、来た時よりも少し色褪せて見えた。
『この国で初となる、光の魔力を持つ令嬢が発見された。
彼女は王都の教会で保護する事となった』
教皇が国民に向けてそう発表したのは、それから二ヶ月ほど後の事だった。
更に暫くすると、プリシラについて様々な噂が流れ始めた。
プリシラがどんな人物なのか気になっていたが、どうやら今の所、国民の評判は上々らしい。
彼女は、光の魔力が発見されてから魔法について積極的に学び、既に簡単な治癒ならば出来るまでになっているという。
王都の教会に居を移してからは、練習も兼ね、ボランティアで病人や怪我人を治癒して回っているらしい。
地位や貧富の差を気にせず、誰にでも気さくに話しかける明るい性格で、老人や子供に対しては特に親切なのだとか。
国民は、初の聖女となるかもしれない彼女の事を、親しみを込めて『光の乙女』と呼んでいるそうな。
私が耳にした数々の噂が本当であれば、電波系ヒドインの可能性は低いだろう。
プリシラが善人ならばそれに越した事はない。
しかし、その反面、善人であればあるほど、プリシラが聖女になってしまう可能性も高いのだ。
彼女が高い地位を得れば、些細な事が断罪に繋がるかもしれない。
それでも、ヒドインの相手をするよりは遥かにマシだと思う事にしよう。
入学する前までに教会で魔力測定を行う事は、この国の貴族子女の義務である。
とは言え、強力な魔力を持つ子供が見つかる事は滅多にない。
測定を行う部屋へと続く廊下の壁には、歴代の教皇の肖像画が、仰々しく飾られている。
現在の教皇は、珍しい薄紫の髪にサファイアの瞳の美丈夫で、顎に軽く手を当てたわざとらしいポーズでニヒルに微笑んでいた。
聖職者というよりも、舞台俳優みたいだ。
確かお父様よりも年上のはずだが、とてもそうは見えない。
まあ、写真ではないので、かなり盛っている可能性もあるし、若い頃に描かせた物なのかもしれないけれど。
肖像画を鑑賞しながら長い廊下を抜けて、測定会場に辿り着く。
そこには既に多くの親子連れが集っていた。
順番待ちの列に並んだ子供達は皆、期待にキラキラと瞳を輝かせているけれど、自分の結果を既に知っている私は、退屈過ぎて欠伸を噛み殺している。
すると前方から「おおっ!」と小さな歓声が起こった。
何事かと視線を向けると、人垣の間から、魔力測定用の水晶玉が弱々しく青い光を放っているのが見える。
どうやら水属性の魔力持ちが見つかったらしい。
光が弱い所を見ると、魔力量はあまり多くないみたいだが。
その後、何人かが測定を受けるも魔力持ちは現れず、とうとう私の順番が回ってきた。
「次、オフィーリア・エヴァレット嬢」
「はい」
名前を呼ばれて、前に進み出る。
お母様は若干緊張した面持ちで、祈る様に両手を握り締めながら見守ってくれていて、なんだか申し訳ない気持ちになった。
神官に促されて水晶玉に触れるが、やはり何の変化も起こらない。
どうやら転生者特典とかは無いらしい。
「やっぱりダメでしたね」
ヘラッと笑ってお母様を見上げる。
ちょっとだけ残念そうな顔をしたお母様は、慰める様に私の頭をポンポンと撫でた。
「まあ、うちの家系から魔力持ちが出た事は無いから、仕方がないわね」
魔力は遺伝の要素が大きいらしく、同じ家系から何代も続けて魔力持ちが見つかる事もあると聞く。
だが、ごく稀に、全く魔法とは関係のない家系からも生まれる事があるのだ。
この世界のヒロインであるプリシラも、その内の一人である。
国に提出される測定結果の書類にサインをしていると、さっき水晶玉が光った時とは比べ物にならないくらいに教会の奥が大きく騒めき出した。
「何かあったのでしょうか?」
書類の手続きをしてくれていた神官に問うと、彼は「ちょっと聞いてきます」と言って奥へ引っ込んだ。
「……まさか……光の………て……。
も……したら、……………聖女に………な……」
教会関係者しか入れない奥の通路から、途切れ途切れに聞こえてくる話し声。
その中に『聖女』という単語を拾って、私の背筋がゾクリと粟立つ。
戻ってきた神官は微かに頬を染めて、興奮している様に見えた。
「どうでしたか?」
「地方の教会で凄い魔力の持ち主が見つかったらしく、こちらにも連絡があったそうです。
詳しい事はまだお話し出来ませんが、いずれ公表されるでしょう」
「……そう、ですか」
間違いない。
プリシラだ。
プリシラの光の魔力が発見されたのだ。
一瞬目の前が真っ暗になりフラッとよろけた私を、お母様が支えてくれた。
「どうしたの、オフィーリア。大丈夫?」
「ちょっと立ち眩みがしただけです」
「風邪でもひいたのかしら?
邸に帰ったら、直ぐに休みなさいね」
心配顔のお母様に急かされる様にして馬車に乗り込み、帰路に着いた。
(いよいよ、物語が動き出すのね)
車窓を流れる景色は、来た時よりも少し色褪せて見えた。
『この国で初となる、光の魔力を持つ令嬢が発見された。
彼女は王都の教会で保護する事となった』
教皇が国民に向けてそう発表したのは、それから二ヶ月ほど後の事だった。
更に暫くすると、プリシラについて様々な噂が流れ始めた。
プリシラがどんな人物なのか気になっていたが、どうやら今の所、国民の評判は上々らしい。
彼女は、光の魔力が発見されてから魔法について積極的に学び、既に簡単な治癒ならば出来るまでになっているという。
王都の教会に居を移してからは、練習も兼ね、ボランティアで病人や怪我人を治癒して回っているらしい。
地位や貧富の差を気にせず、誰にでも気さくに話しかける明るい性格で、老人や子供に対しては特に親切なのだとか。
国民は、初の聖女となるかもしれない彼女の事を、親しみを込めて『光の乙女』と呼んでいるそうな。
私が耳にした数々の噂が本当であれば、電波系ヒドインの可能性は低いだろう。
プリシラが善人ならばそれに越した事はない。
しかし、その反面、善人であればあるほど、プリシラが聖女になってしまう可能性も高いのだ。
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