【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko

文字の大きさ
上 下
32 / 200

32 凋落を願う

しおりを挟む
 その後、ベアトリスは広い会場の中からヘーゼルダインの兄妹を探し出して、私達と合流させた。

「やあ。オフィーリアはいつも綺麗だけど、今日は一段と美しいな」

 アイザックのストレート過ぎる褒め言葉に頬が熱くなった私は、広げた扇で顔を隠した。

(お世辞だと分かっていても、やっぱり照れるわね)

「…………あ、ありがとう。
 アイザック様も、素敵ですよ」

 吃りながらもなんとか無難な言葉を返した私に、アイザックはとても嬉しそうに微笑む。

 そんな私達を、フレデリカはニヤニヤと、ジョエルは顰めっ面で眺めていた。


「じゃあ、私達は義務を果たして来るから、暫くは四人で楽しんでいてね」

「いってらっしゃい。お気を付けて」

 メイナードを伴い、主要な招待客のもとへ挨拶回りに向かうベアトリスの背中を見送りながら、微苦笑を漏らす。

「態々知り合いに引き渡さなくても大丈夫なのに」

 やっぱりベアトリスとアイザックには、幼児か何かだと思われている節がある。
 まあ、高位貴族が多いパーティーに少しビビっていたので、本音を言えばありがたかった。

(だけど、前世の私は二人よりもずっと年上なんだけどなぁ……)

「折角オフィーリアの気分転換にと思って誘ったのだから、嫌な思いはして欲しくないんだろ?
 大規模なパーティーだから、中には面倒な輩も居るんだよ」

 アイザックの意見に、フレデリカも頷く。

「私達がそばに居れば、そんな奴等も無礼な振る舞いは出来ないもの」

 得意気に胸を張ったフレデリカは、私達を守ってくれる気満々らしくて、非常に頼もしい。
 しかも可愛らしい。

「面倒を掛けてごめんなさいね」

「良いのよ。
 どちらにしろ、私達だってオフィーリアと一緒に過ごした方が楽しいのだから」

 トラブルに巻き込まれたくは無いので、フレデリカの言葉に甘える事にした。

 その時、会場の一角から大きな笑い声が響いた。
 皆、何事かとそちらを見遣る。
 視線の先では、一際煌びやかなグループがワイワイと騒いでいた。

「クリスティアン殿下……。
 姿が見えないと思っていたけど、一応いらしていたのね」

 フレデリカが呆れた様に呟く。

「へえ、あれが噂の第二王子殿下でしたか」

 スッと目を細めたジョエルの笑みには、微かな侮蔑が浮かんでいる。
 お世辞にも良いとは言い難い王子の評判は、幼いジョエルの耳にまで届いているらしい。

 婚約者であるベアトリスのエスコートも放棄し、仲間と大声で笑い合っている王子を、会場中が冷ややかに見詰めているのだが、本人は全く気が付いていないみたいだ。

「そうよ。
 で、王子の斜め後ろにいる背の高い無表情の男が、騎士団長の息子のニコラス・フェネリー。
 フェネリー騎士団長は……、今、アディンセル侯爵の隣にいるわね。
 昔からフェネリー伯爵とアディンセル侯爵は仲が良いらしいの」

 フレデリカの視線を辿れば、先程ご挨拶した侯爵様と武人らしい屈強な男性が談笑していた。

 丁寧に解説してくれたフレデリカに、ジョエルと私がフムフムと頷く。

 こんなに近くで王子の姿を見たのは、ベアトリス達とのお出掛け以来だ。
 クリスティアン殿下はあの頃よりも少しだけ大人びた顔立ちになっていた。
 相変わらず麗しいけれど、王族にしては所作が雑だし、笑い方も少々下品に見える。
 まあ、ベアトリスを大切にしていない時点で、私は彼を敵と認定しているので、尚更そう見えている可能性もあるけれど。

「そう言えば、アイザック様は殿下とご一緒しなくても良いのですか?」

 彼はゲームの中では第二王子の側近候補兼友人だし、現実の世界でもそうだったはずだ。

「うん。アレと同類だと思われたくない」

 アイザックは私の問いにキッパリと答えた。
 思った以上に刺々しい返事が返ってきて、若干驚いてしまった。

 フレデリカが小さく手招きをした。
 それに応じて少し顔を寄せた私とジョエルに、声を潜めて補足説明をしてくれる。

「我がヘーゼルダイン公爵家は、クリスティアン殿下と距離を置く事にしたの」

「えっ? そうなのですか?」

「ええ。
 最近の殿下は、ベアトリスが苦言を呈さなくなったのを良い事に、執務を放り出して遊び歩いてばかりよ。
 今や、彼に対する王宮内の評価は地に落ちているわ。
 このままでは、アディンセル侯爵家が手を引くのも、時間の問題なのではないかしら?」

 凡庸な能力しか持たない上に勤勉さも無い。
 その癖、プライドだけは山よりも高いクリスティアン殿下の評判は、優秀な婚約者の支えによって、なんとか持ち堪えていたのだ。
 最悪なのは、当の本人が自分の置かれている状況に気付いていない事である。

「父はもっと早く切り捨てたかったみたいなんだが……。
 一応、幼馴染としての情ってヤツがあるから、なんとか立ち直って欲しいと思ったんだけどね。
 僕も色々と忠告はしてみたが、全く聞く耳を持たなくて年々酷くなるから、もう良い加減馬鹿馬鹿しくなってしまったよ。
 そろそろ見捨てても良い頃合いだろう」

 友人に対するアイザックの言い分は冷淡にも思えるが、筆頭公爵家の次期当主としては至極当然の帰結だろう。

 私としては、出来るだけ早い段階でアディンセル侯爵にも第二王子に見切りを付けて頂きたい。
 ベアトリスとの婚約をサッサと解消してくれれば、断罪される理由を一つ潰せるので大歓迎である。

 しかもそうなれば、クリスティアン殿下が完全に失脚してくれるかもしれない。


 本来であれば、火刑とは、国王夫妻や玉座に限りなく近い王族を殺害した場合だとか、他国からの侵略を手引きした場合などに科される、最も重い刑罰だ。
 確かに虐めは悪辣な行為だが、身分や階級が重んじられているこの世界において、『男爵令嬢を虐めた』なんて罪状如きで侯爵令嬢と伯爵令嬢が重罰を言い渡されるなど有り得ない。
 せいぜい謹慎や王都追放くらいで済ませるのが妥当な線だろう。

 では、何故、ゲームの中のオフィーリアやベアトリスが火あぶりにされたのか?

 ゲームの終盤で聖女となるヒロインと、その婚約者(他ルートの場合は友人)であるクリスティアン殿下。この二人が強大な権力を持っていたからこそ、悪役達は見せしめの様に火刑に処されるのである。

 ならば、二人に権力を与えなければ良いのだ。
 ヒロインであるプリシラを聖女にさせず、クリスティアン殿下も失脚したならば、私とベアトリスの未来にも光が見えるだろう。


 ───などと、考えていたのがいけなかったのだろうか?



『噂をすれば影がさす』とはよく言ったもので……。

「こんな所で何をしている?」

 背後から聞こえた不機嫌そうな声に振り向くと、ついさっきまで話題に登っていた第二王子クリスティアン殿下殿下が、アイザックに鋭い視線を投げていた。

しおりを挟む
感想 1,005

あなたにおすすめの小説

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。 ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。 しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。 もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが… そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。 “側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ” 死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。 向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。 深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは… ※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。 他サイトでも同時投稿しています。 どうぞよろしくお願いしますm(__)m

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

処理中です...