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31 侯爵家のパーティー

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 前世を思い出してから、早三年。
 私は今年、十五歳になった。

 乙女ゲームのオープニングまで一年を切ったが、この段階において断罪回避の為に出来る事は少なく、焦燥だけを感じる日々が続いていた。
 ただ、馬術と語学だけは順調に上達しているし、最近は密かに体を鍛え始めた。
 まあ、鍛えると言っても元々女性騎士を目指せるほどの才能は無いので、ほんの気休め程度だが。

 今回の人生も炎に包まれて終えるのかと思うと、やっぱり怖い。
 あまり考え過ぎない様にしているつもりなのだが、無意識の内にいつの間にか考えてしまっている。

 暫く見ていなかった悪夢も再発してしまい、ジョエルを心配させていた。



 そんな折、ベアトリスからガーデンパーティーへの招待状が届いた。
 おそらく、私の元気が無い事に気付いて、気を紛らわせようとしてくれたのだろう。

 アディンセル侯爵家で開催されるそのパーティーは、橋の拡張工事が完了した事を祝う為の会である。

 辺境から王都へ向かう街道を遮る様に流れている大河、レーヌ川。川幅が広くて水深も深いが、流れは緩くて穏やかな川だ。
 その川に架かるアディンセル侯爵領の橋を拡張し、多くの馬車が同時に通行出来る様にするという大規模な工事は、宰相でもあるベアトリスの父の主導の下で長年続けられていた。
 その橋がついに完成したのだ。

 この国では、こういった祝いの際には、夜会が開かれる場合が多い。
 だが、今回は一番の出資者がかなりの子煩悩だったらしく、その方とご家族に配慮して、子供でも参加出来るガーデンパーティーを開催する事にしたそうだ。



「こんなに立派になって……」

 正装したジョエルを眺めながら、思わず感嘆した。

「母親みたいな事言わないでください」

 子供扱いしたせいか、ジョエルは少し不機嫌そうに頬を膨らませ、プイッと顔を逸らした。
 私のドレス姿を褒めてくれた所までは嬉しそうだったのに……。
 難しいお年頃である。

 気を使ったベアトリスがジョエルも招待してくれたので、今日は初めて弟のエスコートでパーティーに参加する予定だ。
 まだ社交に慣れていないジョエルの為に、私がしっかりしなきゃいけないと思っていたのだけど……。

(ヤバい。足が震えてしまいそう)

 錚々たる顔ぶれが集う会場に足を踏み入れると、俄に緊張してきた。
 同世代が集うお茶会などには度々参加している私だが、大人を交えたパーティーへの参加経験はまだまだ足りていない。
 エスコートしてくれているジョエルの顔をチラリと窺うと、意外にも余裕の表情でクスッと笑われた。

「おやぁ?
 あんなに大人ぶっていたのに、姉上、笑顔が引き攣ってますね。
 僕がついていますから、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」

 さっきまで子供扱いに不満顔だったジョエルが、フフンと得意気に胸を張りなから、私を揶揄う。

(そんな生意気な所も、めっちゃ可愛い)

 頭をグリグリ撫でたいけれど、髪が乱れちゃうから今はダメよね。

 撫で繰り回したい衝動をなんとか抑え込んでいると、ベアトリスが笑いを堪えながら近付いてきた。

「あらあら、どちらが年上だか分からないわね」

「ベアトリス様。本日はお招き頂き、ありがとうございます」

「楽しんで貰えると良いのだけど。
 それにしても、二人は仲が良くて羨ましいわ」

「おや、僕ではご不満ですか?」

 ベアトリスの社交辞令に横から口を挟んだのは、彼女の弟メイナードである。
 揶揄う様な笑みを浮かべながら、ベアトリスを見るその眼差しは優しくて、順調に姉弟の仲が修復されている事を窺わせた。
 ゲームとは違う二人の関係に、ジンワリと胸が温かくなる。


 初対面のメイナードと挨拶を交わした所で、ベアトリスが私達に『父親を紹介する』と言ってくれたので、ありがたくお願いした。
 主催者に挨拶するのは必須である。

 招待客に囲まれているアディンセル侯爵のもとへと赴く。

「お父様、お友達を紹介させてくださいませ」

「ああ、君達がエヴァレット伯爵家のご子息とご息女か。
 よく来てくれたね」

 ベアトリスに促されて、侯爵が私達へ声を掛ける。

「お初にお目に掛かります。
 エヴァレット伯爵家が長女、オフィーリアと申します。
 本日はお招き頂きありがとうございます。
 こちらは私の弟のジョエルです」

「ジョエルと申します。
 ベアトリス様には姉がいつもお世話になっております。
 橋の完成、おめでとうございます」

「ありがとう。
 今日は楽しんで行ってくれ。
 これからも、ベアトリスと仲良くしてやって欲しい」

 ゲームの中では、侯爵は家族に対する愛情が無いと言われていた。
 だが、実際にお会いしてみれば、娘に対する彼の表情は意外にも温かみを感じさせる物だった。
 厳めしいお顔立ちで、宰相らしく威厳を放っておられるが、冷酷なだけのお方では無い様に見える。
 遥か格下の小娘と小童に朗らかに対応してくださったのも、ベアトリスの友人だったからではないだろうか。


「素敵なお父様ですね」

「そう? 外面が良いだけよ」

 私の褒め言葉に、ベアトリスは素っ気なく返事をする。
 自分の父に対する彼女の評価はいつも辛辣だ。


 外面……。
 そうなのだろうか?

 私にはそうは見えなかったが、長年かけて作り上げられた親子の関係性は、他人が簡単に推し量れる物ではないのだろう。


 ウチのお父様は頼りにならない人なので、ベアトリスの父が羨ましいと思うけど、ベアトリスは以前、優しそうな私の父が羨ましいと言っていた事がある。
 その時はお世辞だとしか思えなかったから適当に流したけれど、もしかしたら、私達は二人とも無い物ねだりをしているのかもしれない。
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