27 / 200
27 一石二鳥の商品開発
しおりを挟む
いつもと同じ朝。夜着から部屋着に着替えた私は、ドレッサーの前に座る。
前髪を掻き上げて、ジッと鏡の中を覗いていたら、リーザがおずおずと声を掛けてきた。
「あの……、お嬢様、どうかなさいました?」
気遣わし気に眉を下げている彼女は、私が額の傷を憂えているとでも思ったのだろう。
まあ、当たらずとも遠からずなのだけど。
「いやぁ、この傷を隠せる様な化粧品って、どっかに無いのかしらと思って」
傷の凹凸はかなり薄くなったのだが、やっぱり茶色の色素沈着は残ってしまった。
当初は、傷が残っても前髪と化粧で誤魔化せると安易に考えていた。
誤算だったのは、この世界の化粧品が前世の物ほど発達していなかった事である。
なにせ、ベースメイク用の化粧品が白粉の様な物しか無いのだ。
「……それなら、マーク兄様に相談してみたらどうですか?」
悩む私に、そう応えてくれたのは、リーザでは無かった。
鏡に映った私の隣にひょっこりと現れたジョエルに、少し驚く。
「レディーの部屋に勝手に入ってはいけないと、いつも言っているでしょう?」
「へへっ。扉が開いていたから」
「それでも、一応ノックくらいするのが礼儀です」
「ごめんなさい。今度から気を付けます」
私に叱られ、しょんぼりと項垂れるジョエルの頭を「仕方のない子ね」と撫でながら、考えを巡らせる。
「……でも、そのアイデアは、なかなか良いかも」
「でしょ?」
マーク兄様とは、東側の隣国、ミラリア王国に嫁いだお父様の姉の長男だ。
要するに、私達の従兄である。
伯母様の嫁ぎ先であるカヴァナー子爵領は自然豊かな土地で、良質な薬草やハーブが自生している。
それらを領内の工場で薬や化粧品に加工し、販売するのが主な産業だ。
カヴァナー子爵領で生産された商品は効果が高いと人気になっており、領地はかなり潤っているらしい。
現在の化粧品部門の主力商品は基礎化粧品みたいだけど、メイクアップ化粧品も製造しているし、確か、独自に商品開発も行っていた筈だ。
マーク兄様は私と三歳しか違わないのだが、後継者教育の一環として、既に化粧品部門の一部を任されている。
お願いすれば、コンシーラーを開発してくれるかも。
次の週末、早速私は、通信魔道具を使ってマーク兄様に連絡を取る事にした。
通信魔道具とは、前世で言うところの固定電話を、大きく重くした様な物体。
画像は送れず、音声通話のみ可能。
電化製品の代わりになる魔道具が存在しているお陰で、普段の生活には殆ど支障が無いけれど、やっぱり前世を思い出した今となっては不便を感じる事も多いのよね。
ああ、スマホが恋しいよぉ。
プルルル、プルルル、と呼び出し音が数回鳴った後、「はい。カヴァナー子爵家本邸でございます」と、侍女長らしき年配の女性が応答してくれた。
「オフィーリアです。
マーク兄様はいらっしゃるかしら?」
「あらまあ、オフィーリア様、お久し振りでございます。
マーク坊っちゃまですね。お呼びして参りますので、少々お待ち下さいませ」
どうやら近くに居たらしく、さほど待たずに兄様の声がした。
「もしもし、フィーか?」
子供の頃の懐かしい愛称で呼ばれるのは、少し気恥ずかしい。
「マーク兄様、お久し振りです。お元気でしたか?」
「ああ、こちらは変わり無い。
お前が連絡してくるなんて珍しいな。どうした?」
「折り入って、兄様にお願いしたい事がございまして」
「他ならぬ可愛い従妹殿の願いならば、何でも叶えてやる……と、言いたい所だが、フィーのお願いは厄介な話が多いんだよなぁ」
「人聞きの悪い。
ちょっと新しいお化粧品を開発して欲しいだけですわ」
「お前、『だけ』の使い方間違ってないか?」
魔道具越しに、マーク兄様の溜息が微かに聞こえた。
「まあまあ、そんな冷たい事を仰らずに。
話だけでも聞いて下さいませ」
前世の記憶を頼りに、新商品のアイデアを兄様に伝える。
傷痕、シミ、隈などを隠し、肌の色を均一に見せる為の品である事。
クレヨンよりも少し柔らかく、伸びの良いテクスチャである事。
皮脂や汗で崩れない事。
顔に直接塗る物なので、肌への刺激が少ない原料を使用する事。美肌効果もあれば、なお良し。
「要望が多いっっ!!」
「あら、無理なのですか?」
「馬鹿な事言うなよ。
ウチの優秀な開発担当者達を舐めて貰っちゃ困る」
ちょっと挑発的な発言をしてみると、直ぐに乗ってくれた。
そう来なくっちゃ。
「フフッ。頼もしいですわ」
「まあ、需要は結構ありそうな予感がするしな」
「相変わらず、商魂たくましい」
「商才があるって言ってくれないか?
実は、ウチの母上も最近シミが増えたってブツブツ言ってるから、丁度良いと思ったんだよ」
私みたいな傷痕のある貴族女性は珍しいが、シミやそばかすに関しては密かに悩んでいる人も多いと思う。
日焼け止めの無いこの世界では、どんなに日傘や帽子で日焼けを予防しても、年齢と共にシミは増える。
前世と違って、UVカット率の高い素材も存在しないから余計に。
普通の生地の日傘でも、黒ならばまだ日焼け予防の効果が期待出来る気がするけど、やっぱりご令嬢達は、白やパステルカラーなどの爽やかな色を好む傾向にあるのだ。
「売れる商品が出来ると良いですわね」
「もしも儲かったら、フィーにもアイデア料として何割かバックしてやるからな」
「本当ですか?
マーク兄様、大好きです!」
「現金なヤツだな」
「フフッ。よろしくお願いします」
後は兄様にお任せすれば、きっと素晴らしい商品が出来るはず。
他力本願?
いや、餅は餅屋って言うじゃないか。
素人が試行錯誤するよりも、アイデアだけを提供して専門家に任せた方が良いに決まってる。
それにしても、欲しかった商品が手に入って逃走資金まで稼げるかもしれないなんて、超ラッキーじゃない!?
前髪を掻き上げて、ジッと鏡の中を覗いていたら、リーザがおずおずと声を掛けてきた。
「あの……、お嬢様、どうかなさいました?」
気遣わし気に眉を下げている彼女は、私が額の傷を憂えているとでも思ったのだろう。
まあ、当たらずとも遠からずなのだけど。
「いやぁ、この傷を隠せる様な化粧品って、どっかに無いのかしらと思って」
傷の凹凸はかなり薄くなったのだが、やっぱり茶色の色素沈着は残ってしまった。
当初は、傷が残っても前髪と化粧で誤魔化せると安易に考えていた。
誤算だったのは、この世界の化粧品が前世の物ほど発達していなかった事である。
なにせ、ベースメイク用の化粧品が白粉の様な物しか無いのだ。
「……それなら、マーク兄様に相談してみたらどうですか?」
悩む私に、そう応えてくれたのは、リーザでは無かった。
鏡に映った私の隣にひょっこりと現れたジョエルに、少し驚く。
「レディーの部屋に勝手に入ってはいけないと、いつも言っているでしょう?」
「へへっ。扉が開いていたから」
「それでも、一応ノックくらいするのが礼儀です」
「ごめんなさい。今度から気を付けます」
私に叱られ、しょんぼりと項垂れるジョエルの頭を「仕方のない子ね」と撫でながら、考えを巡らせる。
「……でも、そのアイデアは、なかなか良いかも」
「でしょ?」
マーク兄様とは、東側の隣国、ミラリア王国に嫁いだお父様の姉の長男だ。
要するに、私達の従兄である。
伯母様の嫁ぎ先であるカヴァナー子爵領は自然豊かな土地で、良質な薬草やハーブが自生している。
それらを領内の工場で薬や化粧品に加工し、販売するのが主な産業だ。
カヴァナー子爵領で生産された商品は効果が高いと人気になっており、領地はかなり潤っているらしい。
現在の化粧品部門の主力商品は基礎化粧品みたいだけど、メイクアップ化粧品も製造しているし、確か、独自に商品開発も行っていた筈だ。
マーク兄様は私と三歳しか違わないのだが、後継者教育の一環として、既に化粧品部門の一部を任されている。
お願いすれば、コンシーラーを開発してくれるかも。
次の週末、早速私は、通信魔道具を使ってマーク兄様に連絡を取る事にした。
通信魔道具とは、前世で言うところの固定電話を、大きく重くした様な物体。
画像は送れず、音声通話のみ可能。
電化製品の代わりになる魔道具が存在しているお陰で、普段の生活には殆ど支障が無いけれど、やっぱり前世を思い出した今となっては不便を感じる事も多いのよね。
ああ、スマホが恋しいよぉ。
プルルル、プルルル、と呼び出し音が数回鳴った後、「はい。カヴァナー子爵家本邸でございます」と、侍女長らしき年配の女性が応答してくれた。
「オフィーリアです。
マーク兄様はいらっしゃるかしら?」
「あらまあ、オフィーリア様、お久し振りでございます。
マーク坊っちゃまですね。お呼びして参りますので、少々お待ち下さいませ」
どうやら近くに居たらしく、さほど待たずに兄様の声がした。
「もしもし、フィーか?」
子供の頃の懐かしい愛称で呼ばれるのは、少し気恥ずかしい。
「マーク兄様、お久し振りです。お元気でしたか?」
「ああ、こちらは変わり無い。
お前が連絡してくるなんて珍しいな。どうした?」
「折り入って、兄様にお願いしたい事がございまして」
「他ならぬ可愛い従妹殿の願いならば、何でも叶えてやる……と、言いたい所だが、フィーのお願いは厄介な話が多いんだよなぁ」
「人聞きの悪い。
ちょっと新しいお化粧品を開発して欲しいだけですわ」
「お前、『だけ』の使い方間違ってないか?」
魔道具越しに、マーク兄様の溜息が微かに聞こえた。
「まあまあ、そんな冷たい事を仰らずに。
話だけでも聞いて下さいませ」
前世の記憶を頼りに、新商品のアイデアを兄様に伝える。
傷痕、シミ、隈などを隠し、肌の色を均一に見せる為の品である事。
クレヨンよりも少し柔らかく、伸びの良いテクスチャである事。
皮脂や汗で崩れない事。
顔に直接塗る物なので、肌への刺激が少ない原料を使用する事。美肌効果もあれば、なお良し。
「要望が多いっっ!!」
「あら、無理なのですか?」
「馬鹿な事言うなよ。
ウチの優秀な開発担当者達を舐めて貰っちゃ困る」
ちょっと挑発的な発言をしてみると、直ぐに乗ってくれた。
そう来なくっちゃ。
「フフッ。頼もしいですわ」
「まあ、需要は結構ありそうな予感がするしな」
「相変わらず、商魂たくましい」
「商才があるって言ってくれないか?
実は、ウチの母上も最近シミが増えたってブツブツ言ってるから、丁度良いと思ったんだよ」
私みたいな傷痕のある貴族女性は珍しいが、シミやそばかすに関しては密かに悩んでいる人も多いと思う。
日焼け止めの無いこの世界では、どんなに日傘や帽子で日焼けを予防しても、年齢と共にシミは増える。
前世と違って、UVカット率の高い素材も存在しないから余計に。
普通の生地の日傘でも、黒ならばまだ日焼け予防の効果が期待出来る気がするけど、やっぱりご令嬢達は、白やパステルカラーなどの爽やかな色を好む傾向にあるのだ。
「売れる商品が出来ると良いですわね」
「もしも儲かったら、フィーにもアイデア料として何割かバックしてやるからな」
「本当ですか?
マーク兄様、大好きです!」
「現金なヤツだな」
「フフッ。よろしくお願いします」
後は兄様にお任せすれば、きっと素晴らしい商品が出来るはず。
他力本願?
いや、餅は餅屋って言うじゃないか。
素人が試行錯誤するよりも、アイデアだけを提供して専門家に任せた方が良いに決まってる。
それにしても、欲しかった商品が手に入って逃走資金まで稼げるかもしれないなんて、超ラッキーじゃない!?
2,894
お気に入りに追加
6,320
あなたにおすすめの小説

[完結]本当にバカね
シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。
この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。
貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。
入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。
私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。
【完結】恋は、終わったのです
楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。
今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。
『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』
身長を追い越してしまった時からだろうか。
それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。
あるいは――あの子に出会った時からだろうか。
――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。

ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。
ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。
しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。
もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが…
そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。
“側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ”
死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。
向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。
深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは…
※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。
他サイトでも同時投稿しています。
どうぞよろしくお願いしますm(__)m
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる