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24 初恋は儘ならぬ《アイザック》
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「お兄様は、オフィーリアに振られちゃったのね……」
エヴァレット伯爵邸からの帰り道。
馬車の中で俯いていたフレデリカが、唐突にポツリと呟いた。
そんな妹の言葉に、アイザックは溜息を零す。
「兄の心の傷を抉るんじゃないよ。
それに、まだ諦めていないから」
「じゃあ、死ぬ気で頑張って!」
「命懸けなきゃダメなのか?」
「そりゃあそうよ。だってまだ全然相手にされていないじゃない」
フレデリカの鋭利な言葉のナイフは、アイザックの胸に容赦なく突き刺さる。
こういう所は、母親にそっくりだ。
痛む胸を抑えた彼は、小さな溜息を漏らす。
「はぁ……。
それにしても、フレデリカは随分とオフィーリアに心酔してしまったみたいだな」
「あのね、さっき私オフィーリアに、お兄様をどう思うか聞いたの。
そうしたらあの人───」
アイザックはコクリと喉を鳴らし、緊張気味に次の言葉を待った。
「優しくて、聡明で努力家だって。
お兄様、いつもご令嬢達を冷たくあしらっているのに、オフィーリアには優しいのね」
「当たり前だろ」
思ったよりも好評価を貰えたアイザックは、無意識の内に頬を緩める。
「私達を評価する時に、家柄や容姿の事を言わない人って初めてかも。
だから、なんだか嬉しかったの」
そう言って、フレデリカは小さく笑った。
「……そうか」
その気持ちは、同じ境遇に生まれたアイザックにもよく分かる。
命を懸けるかどうかはともかく、妹の為にも、オフィーリアを振り向かせたいと思うアイザックだったが───。
続くフレデリカの無邪気な言葉に、彼は俄かに落ち込んだ。
「でも、お兄様は大切な友人だとも言ってた」
「……………………そうか」
『オフィーリアと同性だったら困るクセに』
オフィーリアとの初デートをベアトリスに邪魔されたあの日。
揶揄う様に、アイザックの耳元でベアトリスが囁いた言葉だ。
そう、自分と彼女が同性だったら困る。
何故なら、オフィーリアはアイザックにとって、初恋の相手なのだから。
友達でも良いからそばに居たいと思ったけれど、本音を言えば友達で終わりたい訳では無いのだ。
だが、やっぱり、オフィーリアは一筋縄ではいかない。
決して嫌われてはいないと思うし、彼女は情に脆いので一見チョロそうに見えるのだが、意外と頑固な面もあるのだ。
彼女は一体、どんな男なら好きになるのだろう?
いつかその相手が現れた時、自分は冷静でいられるのだろうか?
しかし、その後も、恋を知ったばかりの彼は上手くオフィーリアの気を引く事が出来なかった。
友達の域を超えられないままで、いつの間にやら多くの月日が流れ、なんと一年以上もの時間が過ぎ去ってしまった。
「今から出掛けるので、馬車の用意を」
父から出されたその日の課題を超特急で終わらせたアイザックは、上着を羽織りながら侍従に指示を出した。
「どちらへ行かれるのです?」
「オフィーリアへのプレゼントを探しに街へ出る。
最近は贈り物がマンネリ気味だったから、何か、こう……、彼女の役に立つ物とか、インパクトのある物を贈りたいんだよ」
アイザックのプレゼント攻撃は、友人になった当初から、今でも断続的に行われていた。
初期の頃は次々と贈りたいものが頭に浮かんだが、一年以上も続けていれば、流石にネタ切れになってくる。
あまり高価な物だとオフィーリアが受け取ってくれない気がして、アイザックは何を贈るか常に頭を悩ませていた。
「それに、メッセージカードもそろそろ無くなるから、可愛らしいデザインの物が欲しい」
アイザックは、プレゼントを贈る際、小さなカードに長いメッセージを書いて添えている。
侍従は『何故手紙にしないのか?』と一度聞いてみたのだが、『手紙だと想いが溢れて更に長文になってしまう』と言われた。
確かにアイザックがオフィーリアに手紙を送る時は、いつもかなりの超大作だ。
あれが届く頻度が多くなるのかと思うと、毎回それを読まなければいけないオフィーリアに、侍従はちょっとだけ同情する。
「アピールの仕方が、どっかズレてるんだよなぁ」
「何か言ったか?」
思わずボソッと呟いた侍従を、アイザックは軽く睨む。
「……いえ、何も」
健気でヘタレで恋愛に関してだけ超ポンコツな主に、侍従は呆れた様な、憐れむ様な眼差しを向けた。
「まどろっこしい事してないで、もうサッサと告白しちまえば良いのでは?」
彼の言葉遣いが、ちょっとばかり乱れてしまったのは大目に見てあげて欲しい。
全く変化の無い二人の関係を、ず~~~っとジレジレしながら見守っているのだから。
もう良い加減、面倒臭くなっているのだろう。
一方、アイザックの頭の片隅には、常に、父から言われた『無理強いはするな』という言葉が残っていた。
筆頭公爵家の嫡男である自分が望みさえすれば、大概の物は簡単に手に入ってしまう。
だが、それは決してメリットばかりを産む物では無いのだと、最近になって気が付いた。
自分ではそんなつもりが無かったとしても、アイザックの様に高い地位に立つ者が愛を伝えれば、命令と同じ意味を持ってしまう危険性を秘めているのだ。
だからこそ、言葉ではなく態度で想いを伝えようと頑張っている。
そして、彼女が同じ想いを抱いてくれた暁には───。
残念ながら、その兆候は未だに全く見えていないけれど。
「……今はまだ、その時期じゃない」
「ずっとそう言ってますけど、一体いつなら良いんすか?」
「……」
侍従のボヤきは完全に無視して、アイザックはいそいそと外出の支度を整えた。
エヴァレット伯爵邸からの帰り道。
馬車の中で俯いていたフレデリカが、唐突にポツリと呟いた。
そんな妹の言葉に、アイザックは溜息を零す。
「兄の心の傷を抉るんじゃないよ。
それに、まだ諦めていないから」
「じゃあ、死ぬ気で頑張って!」
「命懸けなきゃダメなのか?」
「そりゃあそうよ。だってまだ全然相手にされていないじゃない」
フレデリカの鋭利な言葉のナイフは、アイザックの胸に容赦なく突き刺さる。
こういう所は、母親にそっくりだ。
痛む胸を抑えた彼は、小さな溜息を漏らす。
「はぁ……。
それにしても、フレデリカは随分とオフィーリアに心酔してしまったみたいだな」
「あのね、さっき私オフィーリアに、お兄様をどう思うか聞いたの。
そうしたらあの人───」
アイザックはコクリと喉を鳴らし、緊張気味に次の言葉を待った。
「優しくて、聡明で努力家だって。
お兄様、いつもご令嬢達を冷たくあしらっているのに、オフィーリアには優しいのね」
「当たり前だろ」
思ったよりも好評価を貰えたアイザックは、無意識の内に頬を緩める。
「私達を評価する時に、家柄や容姿の事を言わない人って初めてかも。
だから、なんだか嬉しかったの」
そう言って、フレデリカは小さく笑った。
「……そうか」
その気持ちは、同じ境遇に生まれたアイザックにもよく分かる。
命を懸けるかどうかはともかく、妹の為にも、オフィーリアを振り向かせたいと思うアイザックだったが───。
続くフレデリカの無邪気な言葉に、彼は俄かに落ち込んだ。
「でも、お兄様は大切な友人だとも言ってた」
「……………………そうか」
『オフィーリアと同性だったら困るクセに』
オフィーリアとの初デートをベアトリスに邪魔されたあの日。
揶揄う様に、アイザックの耳元でベアトリスが囁いた言葉だ。
そう、自分と彼女が同性だったら困る。
何故なら、オフィーリアはアイザックにとって、初恋の相手なのだから。
友達でも良いからそばに居たいと思ったけれど、本音を言えば友達で終わりたい訳では無いのだ。
だが、やっぱり、オフィーリアは一筋縄ではいかない。
決して嫌われてはいないと思うし、彼女は情に脆いので一見チョロそうに見えるのだが、意外と頑固な面もあるのだ。
彼女は一体、どんな男なら好きになるのだろう?
いつかその相手が現れた時、自分は冷静でいられるのだろうか?
しかし、その後も、恋を知ったばかりの彼は上手くオフィーリアの気を引く事が出来なかった。
友達の域を超えられないままで、いつの間にやら多くの月日が流れ、なんと一年以上もの時間が過ぎ去ってしまった。
「今から出掛けるので、馬車の用意を」
父から出されたその日の課題を超特急で終わらせたアイザックは、上着を羽織りながら侍従に指示を出した。
「どちらへ行かれるのです?」
「オフィーリアへのプレゼントを探しに街へ出る。
最近は贈り物がマンネリ気味だったから、何か、こう……、彼女の役に立つ物とか、インパクトのある物を贈りたいんだよ」
アイザックのプレゼント攻撃は、友人になった当初から、今でも断続的に行われていた。
初期の頃は次々と贈りたいものが頭に浮かんだが、一年以上も続けていれば、流石にネタ切れになってくる。
あまり高価な物だとオフィーリアが受け取ってくれない気がして、アイザックは何を贈るか常に頭を悩ませていた。
「それに、メッセージカードもそろそろ無くなるから、可愛らしいデザインの物が欲しい」
アイザックは、プレゼントを贈る際、小さなカードに長いメッセージを書いて添えている。
侍従は『何故手紙にしないのか?』と一度聞いてみたのだが、『手紙だと想いが溢れて更に長文になってしまう』と言われた。
確かにアイザックがオフィーリアに手紙を送る時は、いつもかなりの超大作だ。
あれが届く頻度が多くなるのかと思うと、毎回それを読まなければいけないオフィーリアに、侍従はちょっとだけ同情する。
「アピールの仕方が、どっかズレてるんだよなぁ」
「何か言ったか?」
思わずボソッと呟いた侍従を、アイザックは軽く睨む。
「……いえ、何も」
健気でヘタレで恋愛に関してだけ超ポンコツな主に、侍従は呆れた様な、憐れむ様な眼差しを向けた。
「まどろっこしい事してないで、もうサッサと告白しちまえば良いのでは?」
彼の言葉遣いが、ちょっとばかり乱れてしまったのは大目に見てあげて欲しい。
全く変化の無い二人の関係を、ず~~~っとジレジレしながら見守っているのだから。
もう良い加減、面倒臭くなっているのだろう。
一方、アイザックの頭の片隅には、常に、父から言われた『無理強いはするな』という言葉が残っていた。
筆頭公爵家の嫡男である自分が望みさえすれば、大概の物は簡単に手に入ってしまう。
だが、それは決してメリットばかりを産む物では無いのだと、最近になって気が付いた。
自分ではそんなつもりが無かったとしても、アイザックの様に高い地位に立つ者が愛を伝えれば、命令と同じ意味を持ってしまう危険性を秘めているのだ。
だからこそ、言葉ではなく態度で想いを伝えようと頑張っている。
そして、彼女が同じ想いを抱いてくれた暁には───。
残念ながら、その兆候は未だに全く見えていないけれど。
「……今はまだ、その時期じゃない」
「ずっとそう言ってますけど、一体いつなら良いんすか?」
「……」
侍従のボヤきは完全に無視して、アイザックはいそいそと外出の支度を整えた。
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