【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko

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17 もう一人の悪役

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「ベアトリス様は、いつ見てもお美しいですわね」

「ええ、羨ましいですわ」

「本日のドレスも、とても良くお似合いで」

「まるで一輪の高貴な薔薇の様ですわね」

 ご令嬢達は瞬く間にベアトリスを囲い、口々にその容姿や装いを褒め称えている。
 ベアトリスは感情の分からない曖昧な笑みを浮かべながら、過剰なまでの賛辞を受け取っていた。
 きっとこの程度の褒め言葉は言われ慣れているのだろう。

(可愛いけど、薔薇っぽくはないよね?)

 年齢よりも大人びたベアトリスは確かに薔薇のイメージがあるけど、今日のドレスはフワフワしていて、いつもの印象とは違うのにな。

 そんなどうでも良い事を考えながらベアトリスを遠巻きに眺めていたら、ふいに彼女がこちらへ顔を向けた。
 気配を消して関わらない様にしようと思っていたのに、バッチリ視線が絡んでしまった。

(えっ?)

 何故か、彼女の目元がフッと一瞬だけ緩んだ様な気がしたのだが……。
 見間違いだろうか? 直ぐに視線は逸されてしまった。



「エヴァレット伯爵令嬢、お久し振りですわね」

 一頻り、お茶会恒例の中身の無い褒め合いが終わった所で、ベアトリスの取り巻き達の中でも代表格っぽい縦ロールヘアーのご令嬢が私に声を掛けてきた。
 放っておいてくれて良かったのに。

 この縦ロール令嬢、フレデリカの『森のお茶会』にも参加していたな。
 あの日は挨拶だけしかしなかったけど、名前は確か……、そう、エイリーン・ブリンドル伯爵令嬢。
 思い出せて良かった。ホッと胸を撫で下ろす。

「ご無沙汰しております。ブリンドル伯爵令嬢」

「エヴァレット嬢がお顔に傷を負ったと聞いて、とても心配していたのですが……。
 思ったよりも軽症みたいで、安心いたしましたわ。
 ヘーゼルダイン公爵も、さぞかし安堵なさっている事でしょうね」

 扇子で口元を隠し、ウフフと笑う彼女のハチミツ色の瞳は全く笑っていなかった。

「ご心配いただき、ありがとうございます」

 嫌味だって事は分かっていた。
 けれど、一応は心配した振りをされているのだから、お礼くらいは述べておこう。

「私も心配でしたのよ、エヴァレット嬢。
 だって、頻繁に公爵邸に押し掛けていると噂になっていたくらいですもの。
 余程酷い怪我を負われたのかと思っておりましたのに……ねぇ」

「ふふっ。その程度であれば、全く問題なさそうですわね」

 近くに居た別の取り巻き達も、私の額にチラチラと嫌な視線を向けながら、エイリーンに追従した。

 うん。やっぱり嫌味だな。
『押し掛けている』とか言っちゃってるし、もう取り繕う気もないみたい。

 ありがちな展開にうんざりする。

 私が公爵邸を訪れているのは全てあちらの意向であると、しっかり訂正しておかなきゃね。
 相手の迷惑も顧みず、身勝手に訪問している訳ではないのだから。

「ありがたい事に、ヘーゼルダイン公爵邸には何度かご招待いただきましたわ。
 それが、何処でどうして、私が押し掛けたってお話にすり替わってしまったのかは分かりませんが。
 社交界の噂話は玉石混合で選別が難しいですね。皆様くらいになれば、間違った噂に踊らされる事など滅多にないのでしょうけど……。
 私は未熟者ですので、まだまだ修行中ですわ」

 こちらも微かに嫌味を交えてそう言うと、縦ロール令嬢の眉がヒクリと引き攣った。
 この程度で傷付いたり取り乱したりすると思ったなら、大間違いだ。
 転生者、舐めんなよ。

「……そうですわよねぇ。
 アイザック様と婚約を結ぶのでは……だなんて、一部では実しやかに囁かれているみたいですけれど、私もおかしいとは思ったのです。
 だって、エヴァレット嬢は傷も……いえ、失礼。エヴァレット嬢は、その…、とても謙虚なお人柄ですものね」

 おぅっふ……。
 今、わざと『傷物』って言いかけたな?
 貴族令嬢の口喧嘩、えげつない。

 ボルトン家との婚約解消は破棄じゃないから醜聞にはならないし、額の傷については、ついさっきまで『軽症』って自分達が言ってたのになぁ。
 これがダブルスタンダードってヤツか。

 そもそも、私の傷は前髪に隠れてるから、軽症かそうじゃないかなんて彼女達には分からない筈なのに。
 透視能力でも持っているの?

 取り敢えず、婚約の件は否定しておくべきだろう。

「ええ。私とアイザック様が婚約するという噂は全くの出鱈目ですが、光栄な事に友人だと仰っていただいておりますの。
 公爵家のご一家は私にとって雲の上の様な存在ですが、とても気さくに接してくださって、ありがたい限りです。
 そう言えば、先日もアイザック様に公爵邸の庭園を案内していただいたばかりですのよ。
 ブリンドル嬢は、ヘーゼルダイン公爵邸のお庭をご覧になった事はありまして?」

 こんな事を言えば余計に嫉妬をされるだろうけど、あちらから絡まれたら反撃しない訳にはいかない。
 ほら、攻撃は最大の防御だって言うじゃない。
 黙っていたら、益々舐められてしまうもの。

 あくまでも、仕方無くである。私の性格が悪い訳じゃない筈だ。多分。

「………………いいえ」

 暫し言葉を失った後、縦ロールは低い声で小さく呟いた。

「あら、そうでしたか。それは失礼致しました。
 いつかは機会に恵まれると良いですわね」

 私に喧嘩を売った令嬢達が悔しそうに歯噛みしている姿は、なかなか良い眺めだ。
 あれっ? やっぱり性格悪いのか?

 次の舌戦に備え、微笑みを浮かべながら紅茶で喉を潤していると……。

「フフッ……」

 今迄沈黙を保っていたベアトリスが、急に小さな笑い声を零した。
 それだけで全員の視線が彼女へと集中する。

「みっともない真似は、もうおやめなさい。
 どう見ても貴女達の負けだわ」

 ベアトリスに窘められた取り巻き達は、不服そうに顔を歪めて「ですが……」と尚も言い募ろうとする。
 しかし、スッと瞳を細めたベアトリスの迫力に、彼女達は続く言葉をグッと飲み込んだ。

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