【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko

文字の大きさ
上 下
9 / 200

9 婚約回避の代償

しおりを挟む
「ヘーゼルダイン様、私に申し訳ないとお思いでしたら、一つだけ私のお願いを叶えていただけますか?」

 黙って成り行きを見守っていたアイザックにそう聞くと、彼は微笑みながら「内容によるけど?」と、話の先を促した。

「彼女に休暇を与えてください」

「良いけど、そんな事が君の望みなの?」

 私達の会話を聞いた侍女は、驚いた様な顔でブンブンとかぶりを振る。
 きっと『必要ない』と言いたいのだろうけど、主と客の会話に口を挟む訳にはいかないから、ジェスチャーで伝えようとしているのだ。

「エイダ」

 恐縮している様子の侍女の名を、アイザックが静かに呼んだ。
 彼女の肩がビクッと跳ねる。

「お客様に気を遣わせる様な体調で、仕事をしてはいけないよ。
 今日の所は取り敢えず、下がって休みなさい。
 明日は休暇を取って、医者へ行くように。
 ユーニスも、ここは良いから、エイダを部屋まで送ってあげなさい」

「ですが……」

「良いから」

「……はい。本当に申し訳ありませんでした。
 お言葉に甘えて、失礼させて頂きます」

 深々と頭を下げたエイダと呼ばれた侍女は、もう一人のユーニスという侍女に支えられて、去って行った。



 二人が居なくなり、その場に残されたのは私とアイザックだけ。
 とは言え、少し離れた位置で警備をしている騎士が居るので、完全に二人きりという訳では無いけれど。

「ウチの侍女が済まなかったね」

「いえ、急に体調を崩したのでしたら、仕方がありませんもの。
 それより、私の方こそ、余計な事をしてしまって申し訳ありません」

 ウチのリーザも、責任感から体調が悪くても無理をしてしまう事があったので、他人事とは思えずに、つい心配になってしまった。
 それに、もしも妊娠しているとしたら、初期は不安定で流産しやすいと聞いた事があったので、無理をさせない方が良いかもと思ったのだ。

 でも……、やっぱり他家の使用人の事に口出しするなんて、差し出がましい真似をするべきではなかったよね。
 その点は反省しなきゃ。

「君の寛大な対応には感謝しているし、謝る必要なんて無い。
 侍女達を下がらせてしまったから、僕が新しいお茶を淹れようか」

「あ。それなら、私が……」

 公爵令息にお茶を淹れていただくなんて、恐れ多いと思ったのだが……。

「こう見えても、ちょっと得意なんだよ。
 お客様は座ってて」

「……では、お願いします」

 特に喉が渇いていた訳でもないのだが、固辞するのも失礼な気がしたのでお言葉に甘えた。

「喜んで」

 ニコリと笑ったアイザックは立ち上がり、手慣れた様子で茶葉を適量ポットに入れて湯を注ぐと、砂時計をコトリとひっくり返した。

 砂が落ち切るまで、待つ事暫し。

 お茶をカップに注ぐ何気ない仕草まで優美で、つい見惚れてしまう。

「口に合うと良いけど」

「ありがとうございます。頂きますね」

 提供されたカップをそっと持ち上げ、琥珀色の液体に口を付ける。
 渋味や雑味は全く無く、花の様な甘い香りがフワッと鼻に抜けた。

「美味しい……。凄く手際も良くて、驚きました。
 ヘーゼルダイン様は、何でもお出来になるのですね」

 心からの賞賛がスルリと口から零れた。
 ゲームの中でアイザックが自らお茶を淹れているシーンがあった様な気もするが、こんなに幼い頃からやっていたとは驚きだ。

「常に人を侍らせていると落ち着かなくてね。一人になりたい時があるんだ。
 だから、何でもって程ではないけど、大抵の事は自分で出来る様になった。
 そうは言っても所詮は素人の真似事だから、普段ならば自ら客人にお茶を淹れたりはしないよ。
 そういえば、僕が淹れたお茶を飲むのは、家族以外では君が初めてだな」

「それは、光栄です」

 何処かで聞いた様な台詞だなぁと思いながら、私は無難な言葉を返した。
 そんな私にアイザックは、会ったばかりの時よりも柔らかい微笑みを向ける。

「ねぇ、オフィーリア嬢。
 婚約者になるのは一旦諦めるから、僕と友達になってくれない?」

「友達……、ですか?」

「そう。是非、君と友達になりたい」


(友達、ならば大丈夫だろうか?)

 断罪回避の為には、ゲームの登場人物とは関わらない様にするべきだと思っていたけど、逆に私を断罪する人物と仲良くなってしまうという手段も悪くないかもしれない。

 そんな風に考えたのは、『友達になりたい』と言われて、ちょっと嬉しいと感じてしまったからだ。

 ゲームの中のアイザックは、オフィーリアとの関係が上手く行ってなかったイメージが強い。
 だから、今日も『きっと冷たくあしらわれるのだ』と、思い込んでいた。
 でも実際に会ってみれば、アイザックは私の傷を心配してくれたし、婚約についても私の考えを聞こうとしてくれた。
 ……そんな事で、簡単に絆されてしまうなんて、自分がチョロくてホント嫌になるけど、きっと、私は彼にある種の好感を持ってしまったのだろう。

 でも───、

(アイザックにとっては、私と友達になる事がプラスになるとも思えないんだよなぁ)


 どうするべきなのか決められなくて、答えに窮した私は「少し考えさせて下さい」と返事をした。



 何処かで聞いたと思ったアイザックの台詞が、乙女ゲームの中では、好感度が上がったヒロインに対して向けられる物だったという事実を、私が思い出すのはもう少しだけ先の話である。

しおりを挟む
感想 1,005

あなたにおすすめの小説

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。 ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。 しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。 もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが… そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。 “側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ” 死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。 向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。 深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは… ※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。 他サイトでも同時投稿しています。 どうぞよろしくお願いしますm(__)m

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

処理中です...