【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko

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7 二番手ヒーロー

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 抜ける様な青空の下、鳥の囀りが遠くに聞こえ、柔らかな風が仄かに花の香りを運んでくれる。
 そんな爽やかな春の日に、美しい庭園で優雅にお茶を楽しむなんて、普通ならば心踊るシチュエーションなのだが……。

 それが、自身を破滅へ導くかもしれないアイザック・ヘーゼルダインとの顔合わせであれば、どうしたって気分は上がらない。



 侍女に庭園へ案内されると、既にアイザックは私を待ち受けてた。
 淡く笑みを浮かべながら立ち上がった彼の金髪がそよ風にフワリと揺れる。

(かっわい……)

 初めてしっかりと見た実写版の彼の姿は、画面越しに見ていたよりもずっと幼い。
 それもそのはず。
 私もそうだが、彼もまだ十二歳なのだ。

 男性というよりも男児と表現するのが適切な年齢であるアイザックだが、この頃から既に飛び抜けて顔立ちが整っている。
 しかし、あどけなさが残る可愛らしい顔には、微かな憂いが浮かんでいた。

(きっと、私との婚約が嫌なんだろうな。
 大丈夫ですよ。直ぐに破談になりますからね)

 心の中で彼を慰めながら、互いに自己紹介と挨拶を交わして着席した。

 テーブルの向かい側に座っているアイザックは、私の額に貼られたガーゼを見て、何とも言えない申し訳なさそうな……憐れむ様な表情になる。

(……あらら?
 あの憂い顔の原因は、もしかしたら、婚約への不満ではなくて私への同情だったのかな?)

「そんなお顔をなさらないでください。貴方のせいではありません」

 そう言った私に、彼はどう答えたら良いのか逡巡した挙句、「済まない」と小さく呟いて瞳を伏せた。
 幼い彼にそんな態度をとられてしまうと、なんだかこちらの方が申し訳ない気持ちになる。
 お通夜みたいに重苦しい空気をなんとかしたくて、私は再び口を開いた。

「傷は生え際の近くなので、前髪を下ろしてしまえば見えませんし、私はあまり気にしていないのです」

「だが、君は婚約も───」

 私とクレイグとの婚約解消に言及しようとしたアイザックを、サッと片手を翳して黙らせた。
 普通なら高位のお方の発言を遮るなんて不敬な行動だが、これ以上憐れみの言葉を聞きたくはない。
 今の私は被害者の立場なので、この程度のマナー違反ならば許されるだろう。

「私が傷を負って直ぐに、元婚約者は父親からの手紙だけで婚約解消を申し込んで来ました。
 一度も見舞いに来ず、自分で書いた手紙の一通も寄越さずに。
 そんな薄情な男なんて、こちらから願い下げですし、いつまでも過去の男を想い続けてメソメソしているのは、性に合いません。
 そんな無益な事に貴重な時間を使う位なら、自分を磨く事に時間を使った方がよっぽど有意義ですわ」

 自分を磨いて、この世界でも一人で生き伸びてやるんだ!

「そうか……、君は強いね」

 驚いた様に目を見開いて、アイザックはそう呟いた。

「強いかどうかは分かりませんが……、彼とは、寧ろ婚姻に至らなくて幸いだったとは思っています。
 ですが、私自身が気にも留めていない傷や婚約解消の件で、周囲に同情の目を向けられてしまうのは、少しだけ悲しい気持ちになりますね」

「確かに、勝手に可哀想だと決め付けるのは、失礼だったかもしれないな。
 だが、それはそれとして、僕達の罪が消える訳ではないけどね」

 難しい顔で考え込むアイザックに、私は微笑んで見せた。

「公爵様からは既に慰謝料を提示して頂いておりますし、名医も手配して下さったではないですか。
 これ以上は何も望んでおりません。
 強いて言うならば……、普通に接して下さいませ」

「普通に、か?」

「そうです。
 ほら、こんなに良いお天気の中でとっても美味しいお茶を頂いているのに、いつまでも眉間に皺を寄せていては勿体無いでしょう?」

「そう、だな」

 ぎこちないながらも笑みを浮かべたアイザックを見て、私はホッと胸を撫で下ろした。
 だからと言って、筆頭公爵家の嫡男と二人きりでお茶を飲むこの状況を楽しめるほどの豪胆さは持ち合わせていないのだけれど。
 ずっと痛まし気な顔をされているよりは遥かにマシだ。


 ゲームの中では、額に傷が残り、婚約も解消となったオフィーリアが泣き喚いた事により、ヘーゼルダイン公爵家の嫡男であるアイザックが責任を取る形で新たな婚約が結ばれる。

 まあ、オフィーリアが泣き喚く気持ちは理解できる。
 この世界の令嬢にとって、婚姻は生きる為の重要な手段だからね。
 それに、オフィーリアはクレイグの事が好きだったんだし、ショックは大きかっただろう。
 でも私は、晴耕雨読な独身生活ウエルカムなので、サッサと慰謝料払って頂ければ何の問題も無いのだけれど……。

 いくら本人がそう言っても、この世界の人達には、なかなか理解し難いんだろうな。
 所謂、文化の違いってヤツがあるから。

 そんな訳で、公爵夫妻が変に気を回してくれちゃって、慰謝料だけでなく『責任取ってウチの息子と婚約を……』なんて、言い出してくれたお陰で、何故か公爵邸の庭園に招待されたのだ。
 ゲームと違ってこちらからは何も要求しなかったのに、シナリオ通りになってしまった。
 どうしても私達を婚約させようっていう何らかの力が働いてるのだろうか?
 それとも公爵家の人達が誠実過ぎるの?

 本当は来たく無かった。
 全力で拒否したかった。
 だけど、ほら、ウチのお父様ミジンコだからね。
『公爵家のご厚意を断るなんて、私にはとても……』と、青い顔をして捨て犬の様な目で見てくるので、私も『ああ、分かりましたよ。行きゃあ良いんでしょ?』と若干キレ気味に了承してしまい、この状況である。
 あの時の短気な自分をブン殴りたい。

 お父様もお父様だ。
 森のお茶会事件で反省したんじゃなかったのか?
 相変わらず、頼りにならないわぁ。
 いくら公爵家のご厚意を断るのが恐れ多いからって、そのまま流されて婚約してしまう方が遥かに恐れ多いでしょうが。

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