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4 額に残る傷
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折角生まれ変わったのだから、出来る事なら破滅を回避して幸せな人生を全うしたい。
その為には、どうすれば良いのか……。
暫くの間、これからの自分の運命について考え込んでいたのだが、控え目に扉をノックする音が響いた事で、ハッと我に返った。
「どうぞ」
入室を促すと、少し窶れた顔のお父様とお母様、そして泣き腫らしたような赤い目をした弟のジョエルが駆け寄って来る。
「姉上ぇ~!! 心配したんですよぉ」
「ジョエル」
ジョエルはその大きな瞳から涙をポロポロと流しながら私に縋り付く。
「その……、オフィーリア、済まなかった」
お父様が気まずそうに視線を泳がせて頭を下げたのは、自分が公爵家の招待を断れなかったせいで、私が怪我をしたのを悔やんでいるのだろう。
気が弱くて長い物には巻かれるタイプのお父様は、全くもって何の頼りにもならないのだが、悪人ではないし私への愛情も無い訳ではない。
基本的には善良な人物なのだ。
「仕方がありませんわね。
お父様がノミどころかミジンコ並みの心臓なのは、今に始まった事では無いですから」
ミジンコに心臓があるのか知らんけど。
「オフィーリア、ミジンコとは何だ?」
困惑顔で首を傾げるお父様。
「いいえ、何でもないですわ」
ミジンコの正体は不明でも、なんとなく悪い意味だって事だけは伝わったのだろう。
お父様はしょんぼりと眉を下げた。
「あの……、あのね、オフィーリア。
貴女の額の怪我の事なんだけど……」
言い辛そうにおずおずと口を開いたお母様。
「分かってます。
結構深く切れたみたいだから、きっと痕が残るのでしょう?
それで、クレイグとの婚約は……解消、ですか?」
母を遮ってその台詞の続きを予想すると、家族達は一様に苦しそうな表情を浮かべる。
貴族の令嬢が顔に傷を作るなんて致命的なのだから、彼等の反応は当然と言えば当然だろう。
だが、私はそうなる事を知っていたので、それ程大きなショックを受けてはいない。
なにせ、この額の傷はオフィーリアが悪役令嬢になる切っ掛けなのだ。
ゲームの設定では、額に傷が残ったせいで幼い頃からの婚約者クレイグ・ボルトンとの婚約が解消になってしまい、そして───。
「残念だけど、ボルトン子爵家との婚約は白紙になったの。
ヘーゼルダイン公爵家が、名医を用意してくれるらしいから、ある程度は傷痕が薄くなるとは思うのだけど……」
「大丈夫ですよ。前髪や化粧で隠せますし。
結婚をするのは厳しくなるかもしれませんが、折角ですからヘーゼルダイン公爵家から慰謝料ガッポリ頂きましょう!
それを生活費にして、領地の片隅にでも引き篭もって楽しく暮らしますわ」
本当は私を突き飛ばした令嬢の家にも慰謝料請求したいけど、彼女も魔獣に遭遇してパニック状態だっただろうから、『ガッポリ』はちょっと可哀想かしら?
「オフィーリア、貴女って子は……」
哀れみを滲ませた視線で見られてしまうと居た堪れない気持ちになる。
前世の日本人だった頃の感覚を思い出した私としては、好きでもない相手と変に政略結婚とかさせられるより、一生独身で悠々自適な生活の方が良い。
強がりとかでは無く、本気で。
婚約者だったクレイグは、若草色の瞳と薄茶色の髪の男の子で、派手さは無いが優しくて落ち着いた人だった。
彼との仲は決して悪くはなかった。
穏やかな性格の彼と結婚できる私は、絶対に幸せになれるだろうと思い、その日が来るのを楽しみにしていた。
私が持っていたあの感情は、きっと恋だったのだと思う。
でもそれは、前世の記憶を思い出す前までの話だ。
婚約者の令嬢が怪我をした途端に見捨てる様な酷い男と結婚しなくて済むのなら、ある意味僥倖ではないか。
……ほんの少しだけ胸が痛い気がするのは、多分、気のせいだ。
「姉上……」
眉根を寄せて心配そうに私の顔を覗き込むジョエルに「大丈夫だ」と笑って見せる。
その表情を見て、私が無理をして笑っていると誤解したのか、彼は更に顔を歪めた。
「姉上の綺麗な顔に傷を付けるなんて、絶対に許せない。
あの女、死ねば良いのに」
可愛い顔をしたジョエルは、その顔に似合わない地を這うような声で、不穏な言葉をボソッと呟いた。
「コラッ! 私を心配してくれるのは嬉しいけど、そんな事言っちゃ駄目でしょ?」
ギョッとした私は慌てて弟を窘める。
『あの女』とは、おそらくお茶会を発案したフレデリカ公女の事だろう。
確かにどうしようも無い我儘っ子だとは思うし、魔獣に襲われるという恐怖体験の切っ掛けを作った人物だと思えば腹も立つ。
だが、相手は腐っても公女である。
そんな発言を誰かに聞かれれば、不敬罪で一発アウトだ。
ジョエルには、身分制度の恐ろしさをもっとしっかり理解させなければ。
しかも私の容姿は、美男美女がウヨウヨ居るこの世界の基準では特別美しい訳では無く、どちらかと言えば地味な方である。
実際、綺麗とか可愛いとか頻繁に言ってくれるのはジョエルだけ。
大袈裟に褒められると居た堪れない気分になるから、本当にやめて欲しい。
ジョエルはかなりシスコン気味だ。
そんな弟の将来を案じて、私は小さな溜息を零した。
前世の記憶を取り戻したこの日を境に、私は毎晩、自分が火あぶりで処刑される悪夢に苦しむ事になる。
そして、シスコンのジョエルは、そんな私を見て益々過保護を加速させる事になるのだった。
その為には、どうすれば良いのか……。
暫くの間、これからの自分の運命について考え込んでいたのだが、控え目に扉をノックする音が響いた事で、ハッと我に返った。
「どうぞ」
入室を促すと、少し窶れた顔のお父様とお母様、そして泣き腫らしたような赤い目をした弟のジョエルが駆け寄って来る。
「姉上ぇ~!! 心配したんですよぉ」
「ジョエル」
ジョエルはその大きな瞳から涙をポロポロと流しながら私に縋り付く。
「その……、オフィーリア、済まなかった」
お父様が気まずそうに視線を泳がせて頭を下げたのは、自分が公爵家の招待を断れなかったせいで、私が怪我をしたのを悔やんでいるのだろう。
気が弱くて長い物には巻かれるタイプのお父様は、全くもって何の頼りにもならないのだが、悪人ではないし私への愛情も無い訳ではない。
基本的には善良な人物なのだ。
「仕方がありませんわね。
お父様がノミどころかミジンコ並みの心臓なのは、今に始まった事では無いですから」
ミジンコに心臓があるのか知らんけど。
「オフィーリア、ミジンコとは何だ?」
困惑顔で首を傾げるお父様。
「いいえ、何でもないですわ」
ミジンコの正体は不明でも、なんとなく悪い意味だって事だけは伝わったのだろう。
お父様はしょんぼりと眉を下げた。
「あの……、あのね、オフィーリア。
貴女の額の怪我の事なんだけど……」
言い辛そうにおずおずと口を開いたお母様。
「分かってます。
結構深く切れたみたいだから、きっと痕が残るのでしょう?
それで、クレイグとの婚約は……解消、ですか?」
母を遮ってその台詞の続きを予想すると、家族達は一様に苦しそうな表情を浮かべる。
貴族の令嬢が顔に傷を作るなんて致命的なのだから、彼等の反応は当然と言えば当然だろう。
だが、私はそうなる事を知っていたので、それ程大きなショックを受けてはいない。
なにせ、この額の傷はオフィーリアが悪役令嬢になる切っ掛けなのだ。
ゲームの設定では、額に傷が残ったせいで幼い頃からの婚約者クレイグ・ボルトンとの婚約が解消になってしまい、そして───。
「残念だけど、ボルトン子爵家との婚約は白紙になったの。
ヘーゼルダイン公爵家が、名医を用意してくれるらしいから、ある程度は傷痕が薄くなるとは思うのだけど……」
「大丈夫ですよ。前髪や化粧で隠せますし。
結婚をするのは厳しくなるかもしれませんが、折角ですからヘーゼルダイン公爵家から慰謝料ガッポリ頂きましょう!
それを生活費にして、領地の片隅にでも引き篭もって楽しく暮らしますわ」
本当は私を突き飛ばした令嬢の家にも慰謝料請求したいけど、彼女も魔獣に遭遇してパニック状態だっただろうから、『ガッポリ』はちょっと可哀想かしら?
「オフィーリア、貴女って子は……」
哀れみを滲ませた視線で見られてしまうと居た堪れない気持ちになる。
前世の日本人だった頃の感覚を思い出した私としては、好きでもない相手と変に政略結婚とかさせられるより、一生独身で悠々自適な生活の方が良い。
強がりとかでは無く、本気で。
婚約者だったクレイグは、若草色の瞳と薄茶色の髪の男の子で、派手さは無いが優しくて落ち着いた人だった。
彼との仲は決して悪くはなかった。
穏やかな性格の彼と結婚できる私は、絶対に幸せになれるだろうと思い、その日が来るのを楽しみにしていた。
私が持っていたあの感情は、きっと恋だったのだと思う。
でもそれは、前世の記憶を思い出す前までの話だ。
婚約者の令嬢が怪我をした途端に見捨てる様な酷い男と結婚しなくて済むのなら、ある意味僥倖ではないか。
……ほんの少しだけ胸が痛い気がするのは、多分、気のせいだ。
「姉上……」
眉根を寄せて心配そうに私の顔を覗き込むジョエルに「大丈夫だ」と笑って見せる。
その表情を見て、私が無理をして笑っていると誤解したのか、彼は更に顔を歪めた。
「姉上の綺麗な顔に傷を付けるなんて、絶対に許せない。
あの女、死ねば良いのに」
可愛い顔をしたジョエルは、その顔に似合わない地を這うような声で、不穏な言葉をボソッと呟いた。
「コラッ! 私を心配してくれるのは嬉しいけど、そんな事言っちゃ駄目でしょ?」
ギョッとした私は慌てて弟を窘める。
『あの女』とは、おそらくお茶会を発案したフレデリカ公女の事だろう。
確かにどうしようも無い我儘っ子だとは思うし、魔獣に襲われるという恐怖体験の切っ掛けを作った人物だと思えば腹も立つ。
だが、相手は腐っても公女である。
そんな発言を誰かに聞かれれば、不敬罪で一発アウトだ。
ジョエルには、身分制度の恐ろしさをもっとしっかり理解させなければ。
しかも私の容姿は、美男美女がウヨウヨ居るこの世界の基準では特別美しい訳では無く、どちらかと言えば地味な方である。
実際、綺麗とか可愛いとか頻繁に言ってくれるのはジョエルだけ。
大袈裟に褒められると居た堪れない気分になるから、本当にやめて欲しい。
ジョエルはかなりシスコン気味だ。
そんな弟の将来を案じて、私は小さな溜息を零した。
前世の記憶を取り戻したこの日を境に、私は毎晩、自分が火あぶりで処刑される悪夢に苦しむ事になる。
そして、シスコンのジョエルは、そんな私を見て益々過保護を加速させる事になるのだった。
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