【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko

文字の大きさ
上 下
4 / 200

4 額に残る傷

しおりを挟む
 折角生まれ変わったのだから、出来る事なら破滅を回避して幸せな人生を全うしたい。
 その為には、どうすれば良いのか……。


 暫くの間、これからの自分の運命について考え込んでいたのだが、控え目に扉をノックする音が響いた事で、ハッと我に返った。

「どうぞ」

 入室を促すと、少し窶れた顔のお父様とお母様、そして泣き腫らしたような赤い目をした弟のジョエルが駆け寄って来る。

「姉上ぇ~!! 心配したんですよぉ」

「ジョエル」

 ジョエルはその大きな瞳から涙をポロポロと流しながら私に縋り付く。

「その……、オフィーリア、済まなかった」

 お父様が気まずそうに視線を泳がせて頭を下げたのは、自分が公爵家の招待を断れなかったせいで、私が怪我をしたのを悔やんでいるのだろう。
 気が弱くて長い物には巻かれるタイプのお父様は、全くもって何の頼りにもならないのだが、悪人ではないし私への愛情も無い訳ではない。
 基本的には善良な人物なのだ。

「仕方がありませんわね。
 お父様がノミどころかミジンコ並みの心臓なのは、今に始まった事では無いですから」

 ミジンコに心臓があるのか知らんけど。

「オフィーリア、ミジンコとは何だ?」

 困惑顔で首を傾げるお父様。

「いいえ、何でもないですわ」

 ミジンコの正体は不明でも、なんとなく悪い意味だって事だけは伝わったのだろう。
 お父様はしょんぼりと眉を下げた。

「あの……、あのね、オフィーリア。
 貴女の額の怪我の事なんだけど……」

 言い辛そうにおずおずと口を開いたお母様。

「分かってます。
 結構深く切れたみたいだから、きっと痕が残るのでしょう?
 それで、クレイグとの婚約は……解消、ですか?」

 母を遮ってその台詞の続きを予想すると、家族達は一様に苦しそうな表情を浮かべる。

 貴族の令嬢が顔に傷を作るなんて致命的なのだから、彼等の反応は当然と言えば当然だろう。
 だが、私はそうなる事を知っていたので、それ程大きなショックを受けてはいない。
 なにせ、この額の傷はオフィーリアが悪役令嬢になる切っ掛けなのだ。

 ゲームの設定では、額に傷が残ったせいで幼い頃からの婚約者クレイグ・ボルトンとの婚約が解消になってしまい、そして───。


「残念だけど、ボルトン子爵家との婚約は白紙になったの。
 ヘーゼルダイン公爵家が、名医を用意してくれるらしいから、ある程度は傷痕が薄くなるとは思うのだけど……」

「大丈夫ですよ。前髪や化粧で隠せますし。
 結婚をするのは厳しくなるかもしれませんが、折角ですからヘーゼルダイン公爵家から慰謝料ガッポリ頂きましょう!
 それを生活費にして、領地の片隅にでも引き篭もって楽しく暮らしますわ」

 本当は私を突き飛ばした令嬢の家にも慰謝料請求したいけど、彼女も魔獣に遭遇してパニック状態だっただろうから、『ガッポリ』はちょっと可哀想かしら?

「オフィーリア、貴女って子は……」

 哀れみを滲ませた視線で見られてしまうと居た堪れない気持ちになる。
 前世の日本人だった頃の感覚を思い出した私としては、好きでもない相手と変に政略結婚とかさせられるより、一生独身で悠々自適な生活の方が良い。
 強がりとかでは無く、本気で。

 婚約者だったクレイグは、若草色の瞳と薄茶色の髪の男の子で、派手さは無いが優しくて落ち着いた人だった。
 彼との仲は決して悪くはなかった。
 穏やかな性格の彼と結婚できる私は、絶対に幸せになれるだろうと思い、その日が来るのを楽しみにしていた。
 私が持っていたあの感情は、きっと恋だったのだと思う。

 でもそれは、前世の記憶を思い出す前までの話だ。

 婚約者の令嬢が怪我をした途端に見捨てる様な酷い男と結婚しなくて済むのなら、ある意味僥倖ではないか。

 ……ほんの少しだけ胸が痛い気がするのは、多分、気のせいだ。

「姉上……」

 眉根を寄せて心配そうに私の顔を覗き込むジョエルに「大丈夫だ」と笑って見せる。
 その表情を見て、私が無理をして笑っていると誤解したのか、彼は更に顔を歪めた。

「姉上の綺麗な顔に傷を付けるなんて、絶対に許せない。
 あの女、死ねば良いのに」

 可愛い顔をしたジョエルは、その顔に似合わない地を這うような声で、不穏な言葉をボソッと呟いた。

「コラッ! 私を心配してくれるのは嬉しいけど、そんな事言っちゃ駄目でしょ?」

 ギョッとした私は慌てて弟を窘める。

『あの女』とは、おそらくお茶会を発案したフレデリカ公女の事だろう。
 確かにどうしようも無い我儘っ子だとは思うし、魔獣に襲われるという恐怖体験の切っ掛けを作った人物だと思えば腹も立つ。
 だが、相手は腐っても公女である。
 そんな発言を誰かに聞かれれば、不敬罪で一発アウトだ。
 ジョエルには、身分制度の恐ろしさをもっとしっかり理解させなければ。

 しかも私の容姿は、美男美女がウヨウヨ居るこの世界の基準では特別美しい訳では無く、どちらかと言えば地味な方である。
 実際、綺麗とか可愛いとか頻繁に言ってくれるのはジョエルだけ。
 大袈裟に褒められると居た堪れない気分になるから、本当にやめて欲しい。
 ジョエルはかなりシスコン気味だ。

 そんな弟の将来を案じて、私は小さな溜息を零した。



 前世の記憶を取り戻したこの日を境に、私は毎晩、自分が火あぶりで処刑される悪夢に苦しむ事になる。

 そして、シスコンのジョエルは、そんな私を見て益々過保護を加速させる事になるのだった。

しおりを挟む
感想 1,005

あなたにおすすめの小説

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。 ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。 しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。 もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが… そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。 “側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ” 死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。 向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。 深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは… ※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。 他サイトでも同時投稿しています。 どうぞよろしくお願いしますm(__)m

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

処理中です...