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2 お茶会の惨劇
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その乙女ゲームには、私の悪夢の様に詳細な処刑のシーンがある訳では無い。
断罪はまあまあ長尺で描かれているが、処刑に関しては、『ベアトリスとオフィーリアは、魔女と呼ばれながら火あぶりの刑に処された』という一文だけでアッサリと片付けられている。
では、あの悪夢は完全に私の妄想の産物なのかと言えば、実はそうでも無い。
人体が焦げる臭いや、生きたまま焼かれて死ぬ恐怖。そして、熱さや苦しさなどは、私が実際に経験したリアル過ぎる記憶だ。
なにせ、前世の私は火災に巻き込まれて焼け死んだのだから。
そんな前世を思い出したのは、十二歳の時。
切っ掛けは、とある令嬢の我儘で開催されたお茶会だった。
「この童話に出て来るみたいに、森の中でお茶会を開きたいのっ!!」
当時十歳だった筆頭公爵家のご令嬢、フレデリカ・ヘーゼルダインは本を開き、可愛らしい動物さん達が森の中でお茶会をしている楽しそうな挿絵を指差しながら、無邪気な笑顔で母である公爵夫人におねだりしたらしい。
「では、準備を整えて、三ヶ月後位に開催したらどうかしら?」
公爵夫人がそう提案したのは、三ヶ月もすれば娘もこの話を忘れてくれると思ったから。
それに、その頃になれば気温が下がり、屋外でお茶会をする気などなくなるだろう。
フレデリカの願いを頭ごなしに否定せずに、やんわりと諦めさせようとしたのだ。
この国の森には魔獣が生息している。
と言っても、魔獣が生息しているのは森の深部であり、入り口付近まで出て来る事は滅多に無いのだが、それにしたって幼い令嬢達を何人も招待して森の中で茶会を開くなど前代未聞。
仮に実行するとしても、周辺に大規模な警備態勢を敷く必要があり、その手配にも最低でも三ヶ月位の準備期間は絶対に必要である。
だが、我儘盛りの公爵令嬢は、母の思いを汲んではくれなかった。
「嫌よっっ!! そんなに待てないわっ!」
夫人だけでなくフレデリカの兄も説得に乗り出したが、泣いて暴れる彼女は一向に言う事を聞いてくれない。
困り果てて領地にいる夫に相談しようと夫人は手紙を出した。
しかし、当時、領地で数ヶ月前に発生した竜巻の後処理に忙殺されていた公爵は、詳しい話を確かめずに「フレデリカの望みを叶えてやれ」と命令してしまった。
いくら夫人や子息に止められても、当主に命令されれば使用人達は逆らう事が出来ない。
まあ、その竜巻の被害は大きく、人命も失われたらしいので、娘の茶会の話を聞くどころでは無い状況だったのだろうと思う。
前世では自然災害の多い日本で暮らしていたので、それは理解しよう。
しかしながら、振り回される周囲にとっては傍迷惑でしかない。
斯くして、メルヘンチックな森の茶会はひと月足らずの準備期間で、急遽開催される運びとなったのだ。
茶会の招待状は、フレデリカと同世代の伯爵家以上の令嬢達に広く配られたらしいが、急な開催であった事と、森での開催の安全性を危惧する者達が招待を断った為、あまり多くの参加者は集まらなかった。
参加したご令嬢の殆どは、公爵令嬢であるフレデリカに媚を売りたい者達である。
その茶会に、私、オフィーリア・エヴァレット伯爵令嬢が参加する事になったのは、ヘーゼルダイン公爵家との縁を求めたからではない。
単に、父親が小心者で、公爵家からの招待を断る事が出来なかったせいなのだ。
まあ、私自身、『森の中のお茶会なんて、珍しいわね』などと、少しだけ興味を持ってしまったのも事実である。
今となっては、馬鹿だったとしか言いようがないけれど。
我が家が伯爵位を賜ったのは、祖父が当主だった時代に近隣の領地が天災に見舞われた際、たまたま豊作だった我が領地の農産物を融通したのを評価されての事だった。
その程度では普通ならば陞爵などされない。
だが、同年に有力貴族達による大規模な不正が発覚し、その余波で多くの家が降爵されたので、バランスを取る為に祖父が子爵から伯爵に格上げされたのだ。
特に大きな貢献をした訳でも無く、棚ぼた的に伯爵位を賜った我が家は、微かな嫉妬も相俟って、周囲から『運が良いだけ』と嘲笑されている。
そんな立場の私では、筆頭公爵家の方々とご挨拶する機会に恵まれたとて、それを切っ掛けに懇意にして頂くなど夢のまた夢。
身の程を弁えている私は、今回のお茶会では気配を消して無難に過ごそうと思っていた。
参加した令嬢達は、魔獣については然程心配していないみたいで、お茶会会場は和やかな雰囲気に包まれていた。
だって、『魔獣は滅多に森の入り口までは来ない』のだから。
しかし、時に『滅多に○○ない』という文言は、フィクションの世界において、立派なフラグとなる。
お茶会も終盤に差し掛かり、問題無く帰宅出来そうだとホッと胸を撫で下ろしていたその時、突如周囲を取り囲んでいた公爵家の精鋭騎士達が警戒を強めた。
狼型の魔獣が数頭、私達の目の前に現れたのだ。
メルヘンなお茶会の会場は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。
パニックを起こしたご令嬢達は、泣き叫びながら四方八方に逃げ惑った。
魔獣の数は公爵家の騎士達であれば簡単に制圧出来る程度であったが、好き勝手に逃げ出して魔獣を刺激する幼いご令嬢達を守りながらの討伐は、なかなかの苦戦を強いられた。
そんな中で、恐怖で立ち尽くしていた私は、いち早く逃げようとした見知らぬ令嬢にぶつかられた拍子に派手に転んだ。
「イタタ……」
どうやら転んだ時に額を石に打ち付けて負傷したらしい。
傷口に手を触れると、ヌルッと嫌な感触がした。
(もしかして、血が出ているの?)
震える自分の手の平を確認すると想像以上に大量の血に染まっていて、私は益々怖くなる。
だが、そんな恐怖は、まだ序の口だった。
「グアアァァァァッ!!」
四つん這いになった私の背後から、魔獣の咆哮が聞こえる。
恐る恐る振り返ると、今にも飛びかかって来そうな体勢の魔獣と目が合った。
血の匂いに誘われたのか、獲物に狙いを定めた瞳がギラギラと輝き、鋭い牙を剥き出しにした大きな口からは真っ赤な舌がのぞいている。
禍々しい魔獣の顔がこちらに迫って来るのが、まるでスローモーションの様に見えた。
「ひっ……!!」
声にならない悲鳴を上げて、小さく蹲った私は、そのまま気を失った。
断罪はまあまあ長尺で描かれているが、処刑に関しては、『ベアトリスとオフィーリアは、魔女と呼ばれながら火あぶりの刑に処された』という一文だけでアッサリと片付けられている。
では、あの悪夢は完全に私の妄想の産物なのかと言えば、実はそうでも無い。
人体が焦げる臭いや、生きたまま焼かれて死ぬ恐怖。そして、熱さや苦しさなどは、私が実際に経験したリアル過ぎる記憶だ。
なにせ、前世の私は火災に巻き込まれて焼け死んだのだから。
そんな前世を思い出したのは、十二歳の時。
切っ掛けは、とある令嬢の我儘で開催されたお茶会だった。
「この童話に出て来るみたいに、森の中でお茶会を開きたいのっ!!」
当時十歳だった筆頭公爵家のご令嬢、フレデリカ・ヘーゼルダインは本を開き、可愛らしい動物さん達が森の中でお茶会をしている楽しそうな挿絵を指差しながら、無邪気な笑顔で母である公爵夫人におねだりしたらしい。
「では、準備を整えて、三ヶ月後位に開催したらどうかしら?」
公爵夫人がそう提案したのは、三ヶ月もすれば娘もこの話を忘れてくれると思ったから。
それに、その頃になれば気温が下がり、屋外でお茶会をする気などなくなるだろう。
フレデリカの願いを頭ごなしに否定せずに、やんわりと諦めさせようとしたのだ。
この国の森には魔獣が生息している。
と言っても、魔獣が生息しているのは森の深部であり、入り口付近まで出て来る事は滅多に無いのだが、それにしたって幼い令嬢達を何人も招待して森の中で茶会を開くなど前代未聞。
仮に実行するとしても、周辺に大規模な警備態勢を敷く必要があり、その手配にも最低でも三ヶ月位の準備期間は絶対に必要である。
だが、我儘盛りの公爵令嬢は、母の思いを汲んではくれなかった。
「嫌よっっ!! そんなに待てないわっ!」
夫人だけでなくフレデリカの兄も説得に乗り出したが、泣いて暴れる彼女は一向に言う事を聞いてくれない。
困り果てて領地にいる夫に相談しようと夫人は手紙を出した。
しかし、当時、領地で数ヶ月前に発生した竜巻の後処理に忙殺されていた公爵は、詳しい話を確かめずに「フレデリカの望みを叶えてやれ」と命令してしまった。
いくら夫人や子息に止められても、当主に命令されれば使用人達は逆らう事が出来ない。
まあ、その竜巻の被害は大きく、人命も失われたらしいので、娘の茶会の話を聞くどころでは無い状況だったのだろうと思う。
前世では自然災害の多い日本で暮らしていたので、それは理解しよう。
しかしながら、振り回される周囲にとっては傍迷惑でしかない。
斯くして、メルヘンチックな森の茶会はひと月足らずの準備期間で、急遽開催される運びとなったのだ。
茶会の招待状は、フレデリカと同世代の伯爵家以上の令嬢達に広く配られたらしいが、急な開催であった事と、森での開催の安全性を危惧する者達が招待を断った為、あまり多くの参加者は集まらなかった。
参加したご令嬢の殆どは、公爵令嬢であるフレデリカに媚を売りたい者達である。
その茶会に、私、オフィーリア・エヴァレット伯爵令嬢が参加する事になったのは、ヘーゼルダイン公爵家との縁を求めたからではない。
単に、父親が小心者で、公爵家からの招待を断る事が出来なかったせいなのだ。
まあ、私自身、『森の中のお茶会なんて、珍しいわね』などと、少しだけ興味を持ってしまったのも事実である。
今となっては、馬鹿だったとしか言いようがないけれど。
我が家が伯爵位を賜ったのは、祖父が当主だった時代に近隣の領地が天災に見舞われた際、たまたま豊作だった我が領地の農産物を融通したのを評価されての事だった。
その程度では普通ならば陞爵などされない。
だが、同年に有力貴族達による大規模な不正が発覚し、その余波で多くの家が降爵されたので、バランスを取る為に祖父が子爵から伯爵に格上げされたのだ。
特に大きな貢献をした訳でも無く、棚ぼた的に伯爵位を賜った我が家は、微かな嫉妬も相俟って、周囲から『運が良いだけ』と嘲笑されている。
そんな立場の私では、筆頭公爵家の方々とご挨拶する機会に恵まれたとて、それを切っ掛けに懇意にして頂くなど夢のまた夢。
身の程を弁えている私は、今回のお茶会では気配を消して無難に過ごそうと思っていた。
参加した令嬢達は、魔獣については然程心配していないみたいで、お茶会会場は和やかな雰囲気に包まれていた。
だって、『魔獣は滅多に森の入り口までは来ない』のだから。
しかし、時に『滅多に○○ない』という文言は、フィクションの世界において、立派なフラグとなる。
お茶会も終盤に差し掛かり、問題無く帰宅出来そうだとホッと胸を撫で下ろしていたその時、突如周囲を取り囲んでいた公爵家の精鋭騎士達が警戒を強めた。
狼型の魔獣が数頭、私達の目の前に現れたのだ。
メルヘンなお茶会の会場は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。
パニックを起こしたご令嬢達は、泣き叫びながら四方八方に逃げ惑った。
魔獣の数は公爵家の騎士達であれば簡単に制圧出来る程度であったが、好き勝手に逃げ出して魔獣を刺激する幼いご令嬢達を守りながらの討伐は、なかなかの苦戦を強いられた。
そんな中で、恐怖で立ち尽くしていた私は、いち早く逃げようとした見知らぬ令嬢にぶつかられた拍子に派手に転んだ。
「イタタ……」
どうやら転んだ時に額を石に打ち付けて負傷したらしい。
傷口に手を触れると、ヌルッと嫌な感触がした。
(もしかして、血が出ているの?)
震える自分の手の平を確認すると想像以上に大量の血に染まっていて、私は益々怖くなる。
だが、そんな恐怖は、まだ序の口だった。
「グアアァァァァッ!!」
四つん這いになった私の背後から、魔獣の咆哮が聞こえる。
恐る恐る振り返ると、今にも飛びかかって来そうな体勢の魔獣と目が合った。
血の匂いに誘われたのか、獲物に狙いを定めた瞳がギラギラと輝き、鋭い牙を剥き出しにした大きな口からは真っ赤な舌がのぞいている。
禍々しい魔獣の顔がこちらに迫って来るのが、まるでスローモーションの様に見えた。
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