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84 《番外編》天使は悪女に恋をする④

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 ジェレミーはデュドヴァン侯爵家に手紙を出し、好きな女性が出来た事を告白して、協力を要請した。

 皆に揶揄われるのは鬱陶しいが、エリザベートに求婚しようと決めたのだから、それも必ず通らなければならない道だ。

 それと同時に、宰相補佐の経験がある伯父のディオンにも連絡を取り、伝手を使って王都内で暗躍する犯罪組織の情報と、その捜査状況を入手して貰った。

 流石はデュドヴァンとシャヴァリエである。
 全ての準備が整うまでは、ほんの数日間だった。




 ある日、ラマディエ公爵家に、懇意にしている家門の当主の名前で、最高級のブランデーの贈り物が大量に届いた。
 ラマディエ公爵夫妻はブランデーが大好物である。
 嬉々として封を切った二人は、夕食の後、乾杯をした。
 酔うと気が大きくなるタイプの公爵は、上機嫌で使用人や護衛達にも貰ったブランデーを一杯ずつ振る舞った。

 その酒に、時間差で効いてくる強力な睡眠薬が混入しているとも知らずに。




 深夜、寝静まったラマディエ公爵邸の高い外壁をヒラリと飛び越え、音も無く侵入する、マントとマスクで顔を隠した怪しい二人組。
 その正体は、レオとジェレミーである。
 レオの風魔法を使えば、どんなに高い壁もひとっ飛びだ。

「いやぁ、皆んなグッスリ眠ってますねぇ」

「馬鹿は扱いやすくて助かるよね」

 そうは言っても、職務に忠実で飲酒を避けた護衛騎士もいるだろうし、そもそも無駄に大勢いる使用人の中にはアルコールを受け付けない体質の者もいるだろう。
 エリザベートを含めた公爵の三人の子も、きっと睡眠薬を飲んでいないから、見つからない様に慎重に歩を進めなければならない。

 侵入した事にすら誰にも気付かれない様にするのがベストだ。


 公爵の私室に入室した二人は、大いびきをかきながらソファーで寝落ちしている彼を横目に、引き出しやクローゼットの中などを漁った。
 壁に埋め込まれた小さな金庫も開けてみたが、残念ながら、その中にも目当ての物は見つからない。
 金庫の扉は閉めて、きちんと鍵をかけ直しておく。

「この部屋には無いみたい」

「ですね。ところでジェレミー坊っちゃまは、器用ですね。
 いつの間に針金一本で金庫を開けられる様になったのですか?」

「ふふっ。シャヴァリエのお祖父様に教わったんだ。
 それより、坊っちゃまって呼ぶの、いい加減やめてくれない?
 僕の事、何歳だと思ってるのさ?」

 小声で会話をしながら次に向かったのは、当主の執務室。
 そこに鎮座している重厚な執務机の上に置いてあった木箱の中に、一つ目の探し物を見付けた。
 その箱は開封された手紙を保管する為の物らしい。
 手紙の山の中から先日ジェレミーがラマディエ公爵に送った手紙を抜き出して、丸めてポケットへと突っ込む。
 折角なのでと、何通かの手紙に目を通していたジェレミーの眉間の皺が見る見る内に深くなった。

「クソがっ……」

 小さく吐き捨てたジェレミーにレオは苦笑をこぼす。


 同じ机の引き出しの中を漁ると、とある書類が出て来たので、ついでにそれも拝借する事にする。

 そして、その隣の鍵が掛かった引き出しの中に、もう一つの探し物も発見した。
 勿論、引き出しの鍵はジェレミーがいとも簡単に解錠した。


 入手したのは、王家より賜った、公爵家の家紋のデザインが施されている小さなピンバッジ。

 この国では高位貴族の身分証明にもなり、夜会の際などには必ず当主が身に付けるそのピンバッジを盗み出すと、二人は軽やかな足取りで公爵邸を後にした。


「公爵邸の警備があんなに緩くて良いんですかねぇ?」

「まあ、遅かれ早かれ没落する家門だったって事でしょ」

 レオの疑問に、ジェレミーは何でもない事の様にサラリと答えた。



 身分証明のピンバッジを紛失する、或いは盗まれる事は、貴族にとって大きな失態である。
 事が公になれば、公爵に対する王家の心象が今迄以上に最悪になる事は間違いない。
 だから公爵はこの事件に関して、大っぴらに騒ぎ立てる事はない。

 それが逆に悪手になるなんて、愚かな彼は考えもしないだろう。


 開封済みの手紙を読んで、公爵がエリザベートを今後どう扱おうとしているかも何となく分かったし、思った以上に大きな収穫を得られた。

 ジェレミーが公爵家のピンバッジをチラつかせるだけでも、充分な交渉材料になりそうだが、出来る事ならもっと徹底的に潰してやりたい。
 それもこれも、エリザベートが望んでくれればの話だが───。





 翌日、本格的な作戦実行を前に、ジェレミーはエリザベートを呼び出した。
 自分の思いを伝えて、本人の意思を確認する為に。
 どんなに酷い家族であっても、もしもエリザベートの中に、彼等への愛情が残っているのならば、今からジェレミーがやろうとしている事は、彼女達にとって独りよがりな迷惑行為になってしまうから。

 学園の裏庭のガゼボで待つ間、いつに無くジェレミーは緊張していた。

 要件の内容が内容なので、あまり人気の無い場所を指定したのだが、未婚の男女が人目を避けて密会すれば、あらぬ噂が立ちかねない。
 そこで、パトリックだけで無く、一人の女性教員にも立会いを依頼した。

 快く引き受けてくれた彼女とパトリックには、数歩離れた位置でガゼボの様子を見守ってもらっている。
 プライベートな話なので、会話の内容は防音の魔道具で聞こえない様にする予定だ。

 この女性教員は、厳格な人物であると皆に認められているので、立会い人にはピッタリだろう。


 エリザベートは約束の時間通りにガゼボに現れた。

「お待たせして申し訳ありません」

「いや、僕が早く来すぎただけですよ。
 取り敢えず、お座り下さい」

「では、失礼します」

 エリザベートがジェレミーの向かいに腰を下ろすと、パトリックが紅茶を提供してくれた。
 給仕を終えた彼が元の位置へと戻ったのを確認し、ジェレミーは防音の魔道具を発動させる。

「私にお話があるとの事ですが……」

「はい。僕は社交の経験が少ないので、貴族的な言い回しがあまり得意では無くて……。
 ですから、率直に言わせていただきますね」

「ええ、どうぞ」

 要件の見当が付かずに訝し気な顔で頷くエリザベートを前にして、ジェレミーの緊張感は高まる。
 膝の上の拳を固く握り締めて、真っ直ぐに彼女を見据えると、徐に口を開いた。


「エリザベート・ラマディエ嬢。
 貴女に求婚する許可を頂けませんか?」

「───はぁっ!?」

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