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80 《番外編》後悔のその先に・後
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この村の土地は元々酷く荒れていて、甘藷やかぼちゃくらいしか育たなかったのを、アルフォンスを拾った男が他の村人達の畑まで長年掛けて土壌の改良などを行なったお陰で、今では様々な作物が取れる様になったらしい。
だから彼は村人達にとても慕われていたのだ。
そんな彼をアルフォンスは師匠と呼び、彼の所有する畑を手伝いながら、農業を学んだ。
土と触れ合う時間は、意外にもアルフォンスの心を癒してくれた。
彼にはきっと、こういう地に足をつけた生活が合っていたのだろう。
アルフォンス自身も、今更ながら、国のトップに立つなんて自分には向いていなかったのだと思っている。
畑仕事の合間を見て、アルフォンスは狩りをする為に、手作りの粗末な弓矢を携えて山の奥へと分け入る。
最高級の道具を使っていた頃と違って、大物を仕留める事は出来ないが、野ウサギや仔鹿くらいならばなんとか狩る事が出来た。
仕留めた獲物は捌いて肉と毛皮に分ける。
そのやり方も師匠から教わった。
肉は日頃お世話になっている人達に振る舞い、残った毛皮は村の外で販売して小銭を稼いだ。
稼いだ金の一部は、居候をさせてくれている師匠に自分の生活費として渡していた。
残った金は、いつか独り立ちをする時の資金として大切に残してある。
そうやって真面目に生活をする事で、少しずつ信頼を得て行き、アルフォンスは村に溶け込んで行った。
そんなある日、アルフォンスは、珍しく真剣な顔をした師匠に話があると呼び出された。
「この村の近くに王家所有の領地があるのは知っているな」
「はい、勿論です」
元は王太子であったアルフォンスだ。いくらボンクラであっても、王領の場所位は流石に把握している。
旧王家の所領は、そのまま新王家に引き継がれたはず。
だが、この村の近くの領地はお世辞にも豊かであるとは言えない、その土地の大部分が只の草原の様な広いだけの場所だ。
「王家が主導して、そこに大規模な薬草畑を作る計画があるらしい。
俺もそこで農夫として働かないかと打診を受けている」
「その打診、受けるのですか?」
師匠がこの村を離れてしまう事に、淋しさと不安を感じながら、アルフォンスは問うた。
「ああ、受けようと思っている。
こんな老いぼれでも、出来る事があるなら協力したい。
王家からの打診を受けるなんて光栄な話だからな」
『自分の力で出来る事を───』
かつて言われた耳の痛い言葉が頭をよぎった。
「薬草を育てるのは難しいと聞きましたが」
「光の魔力で浄化した土ならば、可能らしいよ」
「光の……?」
「そう。アルの昔の婚約者、ミシェル様って言ったっけ? 彼女が浄化を担当するそうだ」
そうか、侯爵が言っていた、ミシェルが取り組んでいる医療の充実とは、この事だったのか。
アルフォンスは納得すると同時に、自分の胸の中にウズウズと湧き上がる、ある思いを感じていた。
「新王家が立ち上げたプロジェクトにお前が関わるのは問題があるのかもしれないが、もしも一緒に来たいならば口添えしてみるけど、どうする?
この村に残る事を選ぶなら、このままこの家に住んでくれても構わないけど」
やっと住み慣れて来た村を離れれば、当然ながら新たな人間関係を構築しなければならない。
新王家の元で国が明るい未来へ向けて動き出し、人々がアルフォンスの愚行を忘れかけているとは言え、元王太子だと知られてしまえばこの村に来る前の様な扱いを受けるだろう。
それでも───。
(……やってみたい!)
王族どころか貴族ですらなくなった今のアルフォンスが国の為に出来る事など何も無い。
だけど、師匠のお陰で畑を耕す事くらいなら自分にも出来る様になったのだ。
自分が世間の役に立てる機会なんて、これを逃したら、きっともう二度と巡って来ないだろう。
そう思ったのだが……。
『今後一切、私の妻とは接触しないで頂きたい』
またも侯爵に言われた言葉がチラついて、咄嗟に返事が出来なかった。
「少し、考えさせて下さい」
そう言ったアルフォンスは、その夜遅くまで、ランプの仄かな灯りを頼りにデュドヴァン侯爵宛の手紙を書いた。
~~~~~~~~~~~~~~
クリストフが封筒を開くと、その微かな音が気になったのか、彼の隣で暖炉の火にあたりながら編み物をしていたミシェルが顔を上げた。
クリストフが手にしていたのは、元王太子アルフォンスからの手紙だ。
そこには、廃嫡になってからある村に流れ着き、親切な村人に拾われた事や、その村人から農業を教わっている事が綴られている。
そして、ミシェルが浄化を予定している王家の薬草畑のプロジェクトに参加したいと思っているのだが、クリストフにミシェルと関わる事を禁じられているので、お伺いを立てる為に手紙を書いたのだと記されていた。
(意外と元気そうじゃないか)
クリストフはフッと小さく笑った。
ミシェルが長年苦しんだ事を考えると、アルフォンスにはもっと強い罰を与えたいという気持ちもあったが、反省し始めていた事を考えれば逆に少しだけ可哀想にも思えた。
秘密裏に処分する事も考えなかった訳じゃないが、簡単に死なれるのもそれはそれでスッキリしない。
だから、直接的には危害を加えず、放置してみる事にしたのだ。
それは、一種の賭けだった。
評判の悪い王太子が、大した金も持たずに市井に放たれた所で、長生き出来る確率は限りなく低いだろうと思われた。
だが、もしも、そんな環境に耐えて生き延びる事が出来たなら───。
そして、大方の予想を覆し、アルフォンスは意外と真面目に働き、周囲の助力もあって今の居場所を獲得したらしい。
最初の土壌の浄化が終われば、王家の薬草畑にミシェルが関わる事は無いだろう。
王家と契約した農夫達が現地入りするのは浄化が終わった後だと聞いているので、二人が顔を合わせる心配は無い。
アルフォンスには『好きにしろ』と返事をしてやるつもりだ。
「どうかなさいました? 誰からの手紙ですか?」
「いや、何でもない」
クリストフに体を寄せる様に座り直したミシェル。
さり気無く手紙を折り畳んだクリストフは、ニコリと笑って答えると、愛しい妻の顔を自分の胸にうずめさせる様に抱き寄せた。
「え? 急に何?」
戸惑いの声を上げるミシェルの視界が塞がれている隙に、手紙を片手で丸めてポイっと暖炉に放り込む。
意外と真面目に生きている事は認めてやるが、元婚約者の更生をミシェルに伝えてやるつもりは無い。
クリストフはそこまでお人好しでは無いのだから。
【アルフォンス編・終】
────────────────
番外編までお付き合い下さっている皆様、本当にありがとうございます。
アルフォンスは新たな生き甲斐を見付けたみたいです。
師匠の口添えもあるので、薬草畑プロジェクトにはきっと参加出来るでしょう。
村にとどまっていれば安寧が約束されていましたが、敢えて茨の道を選んだ辺り、かなり成長したんじゃ無いかと……。
まだまだ困難が多そうなので、ハッピーエンドとは言い切れませんが、今後もしぶとく生きていくと思います。
いつかは幸せになるかも。
次は、立派な腹黒さんに育った天使のお話♪
ちょっぴり長いですが、最後までお読み頂けると嬉しいです!
引き続き、よろしくお願い致しますm(_ _)m
だから彼は村人達にとても慕われていたのだ。
そんな彼をアルフォンスは師匠と呼び、彼の所有する畑を手伝いながら、農業を学んだ。
土と触れ合う時間は、意外にもアルフォンスの心を癒してくれた。
彼にはきっと、こういう地に足をつけた生活が合っていたのだろう。
アルフォンス自身も、今更ながら、国のトップに立つなんて自分には向いていなかったのだと思っている。
畑仕事の合間を見て、アルフォンスは狩りをする為に、手作りの粗末な弓矢を携えて山の奥へと分け入る。
最高級の道具を使っていた頃と違って、大物を仕留める事は出来ないが、野ウサギや仔鹿くらいならばなんとか狩る事が出来た。
仕留めた獲物は捌いて肉と毛皮に分ける。
そのやり方も師匠から教わった。
肉は日頃お世話になっている人達に振る舞い、残った毛皮は村の外で販売して小銭を稼いだ。
稼いだ金の一部は、居候をさせてくれている師匠に自分の生活費として渡していた。
残った金は、いつか独り立ちをする時の資金として大切に残してある。
そうやって真面目に生活をする事で、少しずつ信頼を得て行き、アルフォンスは村に溶け込んで行った。
そんなある日、アルフォンスは、珍しく真剣な顔をした師匠に話があると呼び出された。
「この村の近くに王家所有の領地があるのは知っているな」
「はい、勿論です」
元は王太子であったアルフォンスだ。いくらボンクラであっても、王領の場所位は流石に把握している。
旧王家の所領は、そのまま新王家に引き継がれたはず。
だが、この村の近くの領地はお世辞にも豊かであるとは言えない、その土地の大部分が只の草原の様な広いだけの場所だ。
「王家が主導して、そこに大規模な薬草畑を作る計画があるらしい。
俺もそこで農夫として働かないかと打診を受けている」
「その打診、受けるのですか?」
師匠がこの村を離れてしまう事に、淋しさと不安を感じながら、アルフォンスは問うた。
「ああ、受けようと思っている。
こんな老いぼれでも、出来る事があるなら協力したい。
王家からの打診を受けるなんて光栄な話だからな」
『自分の力で出来る事を───』
かつて言われた耳の痛い言葉が頭をよぎった。
「薬草を育てるのは難しいと聞きましたが」
「光の魔力で浄化した土ならば、可能らしいよ」
「光の……?」
「そう。アルの昔の婚約者、ミシェル様って言ったっけ? 彼女が浄化を担当するそうだ」
そうか、侯爵が言っていた、ミシェルが取り組んでいる医療の充実とは、この事だったのか。
アルフォンスは納得すると同時に、自分の胸の中にウズウズと湧き上がる、ある思いを感じていた。
「新王家が立ち上げたプロジェクトにお前が関わるのは問題があるのかもしれないが、もしも一緒に来たいならば口添えしてみるけど、どうする?
この村に残る事を選ぶなら、このままこの家に住んでくれても構わないけど」
やっと住み慣れて来た村を離れれば、当然ながら新たな人間関係を構築しなければならない。
新王家の元で国が明るい未来へ向けて動き出し、人々がアルフォンスの愚行を忘れかけているとは言え、元王太子だと知られてしまえばこの村に来る前の様な扱いを受けるだろう。
それでも───。
(……やってみたい!)
王族どころか貴族ですらなくなった今のアルフォンスが国の為に出来る事など何も無い。
だけど、師匠のお陰で畑を耕す事くらいなら自分にも出来る様になったのだ。
自分が世間の役に立てる機会なんて、これを逃したら、きっともう二度と巡って来ないだろう。
そう思ったのだが……。
『今後一切、私の妻とは接触しないで頂きたい』
またも侯爵に言われた言葉がチラついて、咄嗟に返事が出来なかった。
「少し、考えさせて下さい」
そう言ったアルフォンスは、その夜遅くまで、ランプの仄かな灯りを頼りにデュドヴァン侯爵宛の手紙を書いた。
~~~~~~~~~~~~~~
クリストフが封筒を開くと、その微かな音が気になったのか、彼の隣で暖炉の火にあたりながら編み物をしていたミシェルが顔を上げた。
クリストフが手にしていたのは、元王太子アルフォンスからの手紙だ。
そこには、廃嫡になってからある村に流れ着き、親切な村人に拾われた事や、その村人から農業を教わっている事が綴られている。
そして、ミシェルが浄化を予定している王家の薬草畑のプロジェクトに参加したいと思っているのだが、クリストフにミシェルと関わる事を禁じられているので、お伺いを立てる為に手紙を書いたのだと記されていた。
(意外と元気そうじゃないか)
クリストフはフッと小さく笑った。
ミシェルが長年苦しんだ事を考えると、アルフォンスにはもっと強い罰を与えたいという気持ちもあったが、反省し始めていた事を考えれば逆に少しだけ可哀想にも思えた。
秘密裏に処分する事も考えなかった訳じゃないが、簡単に死なれるのもそれはそれでスッキリしない。
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それは、一種の賭けだった。
評判の悪い王太子が、大した金も持たずに市井に放たれた所で、長生き出来る確率は限りなく低いだろうと思われた。
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最初の土壌の浄化が終われば、王家の薬草畑にミシェルが関わる事は無いだろう。
王家と契約した農夫達が現地入りするのは浄化が終わった後だと聞いているので、二人が顔を合わせる心配は無い。
アルフォンスには『好きにしろ』と返事をしてやるつもりだ。
「どうかなさいました? 誰からの手紙ですか?」
「いや、何でもない」
クリストフに体を寄せる様に座り直したミシェル。
さり気無く手紙を折り畳んだクリストフは、ニコリと笑って答えると、愛しい妻の顔を自分の胸にうずめさせる様に抱き寄せた。
「え? 急に何?」
戸惑いの声を上げるミシェルの視界が塞がれている隙に、手紙を片手で丸めてポイっと暖炉に放り込む。
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クリストフはそこまでお人好しでは無いのだから。
【アルフォンス編・終】
────────────────
番外編までお付き合い下さっている皆様、本当にありがとうございます。
アルフォンスは新たな生き甲斐を見付けたみたいです。
師匠の口添えもあるので、薬草畑プロジェクトにはきっと参加出来るでしょう。
村にとどまっていれば安寧が約束されていましたが、敢えて茨の道を選んだ辺り、かなり成長したんじゃ無いかと……。
まだまだ困難が多そうなので、ハッピーエンドとは言い切れませんが、今後もしぶとく生きていくと思います。
いつかは幸せになるかも。
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