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36 人間性の問題

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 結論から言えば、彼女はかなり黒に近い灰色だった。

 シルヴィの文机の椅子の上とベッドの脇に、ジェレミーの絵の一部と見られる小さな欠片が落ちていたのだ。
 おそらく破り捨てた時に、破片が数枚、犯人の服などに付着して、それが落ちたのだろうと推察出来る。
 責任を追求するには証拠が弱いかもしれないけど、解雇をするだけならば、これだけでも問題ないだろう。

 取り敢えず、協力してくれた男性使用人達は自分の仕事に戻らせた。

 そして、捕縛されていたシルヴィを部屋に連れて来て貰い、話を聞く事にした。



 フィルマンと共に、ジャックさんとレオに拘束されたシルヴィが入室して来る。
 その憮然とした表情は、私が初めて見る彼女の一面だった。

 私は出来るだけ感情を出さない様に、事件の経緯とここで見つけた証拠を淡々と説明した。

「そんなの証拠にならないですよね?
 誰かが私に罪を着せようとしたんですよ。
 そうよ、ペネロープが怪しいわ。同室なんだから、いくらでも細工が出来るもの」

 開き直って罪を認めないシルヴィに、ペネロープが怒りの声を上げる。

「あんな酷い事をしておいて、私に罪を被せようとするなんてっっ!!
 どなたか、シルヴィのベッドの枕の下を見てください」

「?」

 その意図は不明だったが、ペネロープの言う通り枕の下を確認すると───、

 そこから、失くしていた私の万年筆が出て来たのだ。

「へぇ……、万年筆も君の仕業だったのか。
 本当に許し難いな」

 ジェレミーが冷たい眼差しをシルヴィに向けると、彼女の肩がビクッと震えた。

「それはっ、ペネロープが私の知らない内に、そこに隠したんですよ!
 じゃ無いと、そこにあるって知っているのはおかしいじゃない!」

「違いますっ!
 ……奥様、申し訳ありませんでした。
 私はシルヴィが奥様の万年筆を盗んだ事、知ってたんです。
 彼女がそれを持っている所を、偶然見てしまって……」

 ペネロープは苦しそうに謝罪の言葉を口にしながら、私に深く頭を下げた。

「……何故、その時に教えてくれなかったの?」

「教えようと思いました。それにシルヴィにも、直ぐに返して謝る様にって言ったんです。
 でも……、平民の私がシルヴィの罪を証言しても、子爵令嬢のシルヴィがやってないって言えば、皆んなシルヴィの方を信じるだろうって言われて……」

 悔しそうに顔を歪めたペネロープの瞳に、ジワジワと涙が滲んだ。

 彼女は商家の娘だが、以前、顧客から変な言い掛かりをつけられてしまった事があったと言う。
 その言い掛かりは事実無根で、実はその顧客は同業者からの依頼を受けたクレーマーだった。
 だけど、そいつは男爵家の人間だった為、ペネロープ達の言い分は誰も信じてくれず、悪い噂が広がって一時は商売が傾きそうになったのだとか。
 ペネロープの母は子爵家の出身だが、両親の反対を押し切って商家へ嫁いだので、母親の実家を頼る事も出来なかったらしい。

 その経験から、頭の何処かに『貴族には逆らっても無駄だ』という考えが残ってしまったペネロープは、シルヴィに同じ指摘をされて、悪事を告発する事を躊躇してしまったそうだ。

 話の筋は通っている。

 それに、淀み無く話すペネロープの様子と、それを見ながら苛々と爪を噛み、目が泳いでいるシルヴィの様子を見比べれば、私にはシルヴィの方が嘘をついているとしか思えなかった。

 私は目を閉じて、深く息を吐いた。

「二人の言い分は分かりました。
 残念ですが、二人とも、このままここで雇う訳にはいかないわね」

「なんでよっ?
 私よりも、平民の言う事を信じるって言うの!?
 奥様も元平民だから、この女を庇うんでしょっっ!!」

 解雇を告げると、シルヴィがギャンギャンと喚き出した。
 私を庇う様にジェレミーがスッと前へ出る。
 
 私とシルヴィの間に立ち塞がったジェレミーの背中から、「チッ!」と微かな音が聞こえた。

 え? 舌打ち? 今、私の天使が舌打ちした?

「君さぁ、誰に暴言吐いたのか、分かってる?
 元平民とか、今は全く関係無いよね?
 身分の話をするんだったら、母様は侯爵夫人で、君は只の子爵令嬢でしょ? 身の程を弁えなよ。
 人間ってどんなに取り繕っていても、追い詰められると本性が出る物だよね。シルヴィ、今の君みたいに。
 往生際が悪過ぎる。醜い抵抗はやめて、いい加減諦めたら?」

 ジェレミーの言葉に、私は妙に納得した。

(ああ、成る程。これが彼女の本性なのか)

 シルヴィは私や使用人達の前では無邪気で明るくちょっとドジな侍女を完璧に演じていた。
 だがきっとジェレミーの前では、少しだけ油断してしまって疑われる結果になったのだろう。
 彼の事をを子供だと思って侮っていたから。

「そんな……」

 いつもは天使なジェレミーの地を這う様な声に、シルヴィの顔がサァッと青褪めた。

「ジェレミーの絵を捨てた犯人が貴女だという証拠は、確かに弱いかも知れないわね。
 でも、万年筆の盗難についてはどうかしら?
 何より、私は貴女の様な考え方の人間には、ここに居て欲しくないわ。
 それだけでも、解雇をするには充分過ぎる理由だと思うけど?」

 こうなってくると、もう、彼女が犯人かどうか以前の問題である。
 丁寧に説得したつもりだけど、それでも彼女は抵抗を続ける。

「でも……、私の雇用主は侯爵様ですっ!!
奥様に解雇される謂れは有りません!」

 シルヴィはそう叫んだけど、

「お前さっきからマジでうるさい。ちょっと黙ってろ」

 彼女を取り押さえているジャックさんに軽く腕を捻り上げられて、「痛っ!」と悲鳴を上げた。


「それからペネロープ。貴女は分かるわね?」

「……はい、奥様。
 どんな事情があっても、奥様が必死で探していた万年筆の在り処を黙っていた事は、許される事ではありません。
 本当に申し訳ありませんでした。
 短い間でしたが、お世話になりました」

 今の反応だけを見ても、二人は正反対だ。
 やっぱり私は、ペネロープの方を信じたい。

「こちらこそ、短い間だったけど、ありがとう。ご苦労様でした」

 本来は侍女の仕事じゃない土いじりなんかも嫌がらず率先してやってくれたペネロープには、本当に感謝していただけに、今回の結末は私もとても残念だ。

「ちょ、ちょっと待ってよ!!
 私はまだ納得してないわっ!」

 再び喚き出したシルヴィに全員が白い目を向ける中、開いたままだった扉の向こうに影が差し、呆れた様な溜息と共に冷たい声が投げ掛けられた。

「ハァ……。まだ騒ぐのか」

 姿を現したのは旦那様だった。
 帰宅した彼は使用人に事情を聞いて、この部屋の様子を見に来たのだ。

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