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33 赤い瞳の不審な男

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 陛下に治癒魔法を施した後、ニナは護衛に囲まれた馬車に乗り込み、帰路に着いた。
 しかし、王宮から大聖堂へと帰る途中、人通りの無い林道にさしかかった時、突然馬車は停まり、何やら周囲が騒がしくなった。

「何? 盗賊でも出たの!?」

 王都での盗賊被害はあまり耳にしないが、ゼロという訳では無い。

「ちょっと確認して来ます。聖女ニナはこのままお待ち下さい」

 馬車の中でニナに付き添っていた神官が、外の様子を見に行ったのだが、一向に帰って来ない。
 どんどん不安になるニナが、我慢出来ずに扉側の窓から外を覗くと……、

 複数の護衛と先程の神官が、地面に倒れ伏しているのが見えた。

「───っっ!?!?」

 一人だけ生き残った護衛に、黒尽くめの男が青い炎を纏わせて強化した剣を振り下ろす。
 護衛はなんとかその剣を受け止めたが、実力の差は歴然だった。
 鍔迫り合いの末、護衛の剣が遠くへ弾き飛ばされる。
 男は素早く護衛の背後に回り、首の後ろに手刀を振り下ろした。

 ゴッと鈍い音が響き、最後の護衛が意識を失う。

「ウソ……。何、これ……」

 カタカタと小さく震えるニナは、顔を上げた黒尽くめの男と窓ガラス越しに目が合ってしまった。
 深くフードを被り、黒い布で顔の下半分も覆った男の真紅の瞳が、ゆっくりと弧を描いたのを見て、ニナの背筋が一気に冷たくなった。

 複数の屈強な男達が地面に転がりピクリとも動かない中、一人ポツンと佇み笑みを浮かべる細身の男の姿は明らかに異様だった。
 その男が、ニコニコと笑いながら、馬車の扉に近寄って来る。

(笑顔だからこそ、余計に怖いっ!!)

 ニナは恐怖のあまり固まってしまい、指先一つも動かす事が出来なかった。

 何の抵抗も出来ずに扉が開けられ、男は窓に張り付いていたニナを奥へグイグイ押し込むと、自身もスルリと馬車の中へ体を滑り込ませる。

「あ、そんなに怖がらないで。
 ちょっと話を聞きたいだけだから」

『ちょっと道を聞きたいんですけど』ぐらいの気軽さで声を掛けて来る不審な男。
『怖がらないで』と言われても、無理に決まってるじゃないか。

 ニナは震える手で、地面に転がる護衛達を指差す。

「あ、あの……アレ……」

 ハクハクと口を動かし、何とか声を絞り出した。
 すると、男は益々笑みを深める。

「ああ、心配要らないよ。死んで無いから」

「シンデ……ナイ……?」

 男は頷く。

「うん、そう。気絶させただけ。
 話を聞くのに邪魔だったから、ちょ~っとだけ眠ってて貰った」

 その言葉を聞いて、ニナはホッと息を吐く。
 どうやら思っていた程の危険な状況ではないらしい。
 それでもこの男がヤバい事には変わりは無いが。

「……何を、知りたいの……ですか?」

 震える声で問うニナに、男は言った。

「教会と聖女の実態について教えて欲しい」

「……実態?」

「そう。筆頭聖女ステファニーはどんな人物か。
 元筆頭聖女は、何故教会を追われたのか。
 その他、一般人が知らない、教会内部の情報とかを」

 元筆頭聖女と言われて、ふと先日王都でばら撒かれた怪文書の件が頭を掠めた。

(まさか、この人、あのビラを撒いた犯人? 若しくは協力者?)

 そうだとしても、違ったとしても、ニナに選択の余地など無い。
 素直に答えなければ、命さえどうなるか知れないのだから。

「……ステファニー、様は───、」

 ニナは緊張でカラカラに渇いた喉を無理矢理こじ開けて、辿々しく語り始めた。




「協力有難う。
 今、俺に聞かれた事は、誰にも話さないようにね。
『馬車の中で震えていただけで、何が起きたか分からない』とでも証言して置いて。
 もしも、余計なことを話したら……、分かるよね?」

 終始、紳士的な様子でニナの話を聞いた男は、最後に爽やかな笑顔で不穏な言葉を投げ掛けた。
 ニナは声も出せず、ただカクカクと首を縦に振る。
 複数の騎士達を簡単に制圧したこの男に逆らう勇気など、ニナは持ち合わせていなかったから。

 男は満足そうに頷き、ヒラリと馬車を降りると、一番近くに倒れていた護衛の顎をガシッと掴み、小瓶に入った謎の液体を彼の口に無理矢理流し込んだ。

「ヒッ……!」

「アハハッ。やだなぁ、毒じゃないからね?
 只の気付け剤。コレで直ぐに目が覚めるはずだから」

 男はそう言いながら、うつ伏せで倒れていた護衛を足先でゴロリと転がし、仰向けにさせた。
 護衛の口から小さな呻き声が漏れる。

「気付け剤……。なぜ?」

「だって、護衛が一人もいないと、アンタこの後危ないでしょ?
 んじゃ、俺はそろそろ行かなくちゃ。
 またねっ!!」

 爽やかに手を振って別れを告げた男は、瞬きの間に何処かに消えた。

 いや、『また』は出来れば遠慮したい。全力で。

「………何だったの? 今の」

 ニナが呆然と呟くのと、気付け剤を飲まされた護衛が目覚め、頭を軽く振りながら起き上がったのは、ほぼ同時だった。






 ニナと別れた少し後。
 赤い瞳の不審な男は、似たような黒尽くめの服装の三人の男達と森の中で合流していた。

「だいぶ証言が集まりましたね」

「そうだな、教会関連はもう充分かも。
 次は筆頭聖女ステファニー様とやらの、取り巻き達の情報を集めておいて。
 俺は一旦報告に戻るから……」

 その時カサッと枯れ葉を踏む音がして、男達がサッと身構えた。
 ……が、現れた人物が家紋の刺繍が入った騎士服を着ているのを目にして、ホッと息を吐く。
 それは、とある家の私設騎士団に所属している証なのだ。

「……なんだ、脅かすなよぉ」

「申し訳ありません。遅くなりましたが、こちらご依頼の情報です」

 その騎士は、赤い瞳の男に書類が入った封筒を差し出した。

「助かるよ。
 王家関連の情報は、強力なコネでも無いとなかなか収集しにくくてね」

 封筒の中身をチラッと確認した赤い瞳の男は、騎士と握手を交わした。

「俺が調査したのはほんの一部ですよ。大部分は本邸の執事が掴んで来た情報です」

「ああ、彼は諜報が得意らしいな。彼にも礼を伝えて」

「畏まりました」

「ところであの子は元気でやってる?」

 そう問い掛けた赤い瞳の男は、先程までとは打って変わって、柔らかな雰囲気になった。

「邸の皆んなにとても大切にされて、日々穏やかに過ごされていますよ。
 彼女は俺の恩人でもありますので、絶対に危険な目には遭わせません」

「そうか。これからも宜しく頼むね」

「はい、勿論です。では、俺はこれで」

 短く辞去の挨拶をした騎士は、来た方向に戻って行った。



「んじゃあ、俺達も行きますか」

 頷き合った四人の男は、それぞれ別々の方向へと消えた。

 誰も居なくなった森には、微かな葉擦れの音だけが響いていた。

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