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29 初めての気持ち
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「お義兄様ではありませんかっっ!?」
門番と揉めていた男性は、私の声に勢い良く振り返り、満面の笑みを作る。
「ミシェル!!
久し振りだな、可愛い妹よっ!」
嬉しそうに両手を広げる彼の胸に迷わず飛び込むと、ギュウッと力強く抱擁された。
その温かさが懐かしい。───けど。
「…お義兄様……、ちょっと、苦し……」
「あ、ごめん」
ヘラッと笑ったお義兄様は、腕の力を緩めると、私の頭を少し乱暴に撫でた。
先程お義兄様と揉めていた門番が青褪めた顔で私達を見ている。
「えっ? それでは、このお方は、本当にシャヴァリエ家のご子息……!?」
「だからぁ、さっきからそうだって言ってるだろ?」
「大変失礼致しました!
奥様の兄君は、隣国へ長期滞在中と伺っておりましたので……」
「まあ良いさ。先触れを出さなかった俺が悪い」
ガバッと頭を下げた門番の肩を、お義兄様は軽い感じでポンと叩いた。
「相変わらず、お元気そうですね」
「ああ、お前は? 元気だったか?」
単純に体調の事だけではなく、私の婚約破棄や王命での結婚の件も心配してくれているのだろう。
「ご覧の通り、頗る元気ですわ。ご心配には及びません。
ところで、いつの間に帰国されたのですか?」
「今日。そのままお前に会いに来た。
父上からお前がデュドヴァン家に嫁入りしたって、手紙で聞いてたからさぁ」
飄々と答えるお義兄様に、唖然とした。
彼が隣国に治水についての勉強をしに行ったのは、シャヴァリエ領の中に氾濫しやすい大きな川がいくつか流れているせいだ。
その任務を終えて数年振りに帰国したのに、真っ直ぐ実家に帰らないとかアリなの!?
「えっ?
シャヴァリエ家よりも先にこちらにいらしたのですかっ!?
お義父様とお義母様が心配なさっているのでは?
全く、お義兄様は昔から──、」
「『お義兄様』だなんて、暫く会わない間に随分気取った呼び方するようになっちまったなぁ。
昔みたいにディオン兄って呼んでくれよ。二人きりの兄妹なのに、淋しいじゃないか」
孤児院にいた頃は多くの子供達と共同生活をしており、自分より歳上の男児は皆んな『お兄ちゃん』なので、個人を識別する為に○○兄と呼ぶ習慣があった。
その名残で、昔はお義兄様の事も、ディオン兄と呼んでいたのだけど……。
「そんなの、子供の頃の呼び名で───」
抗議の声を上げようとした私だが、期待を込めた目で見つめられると弱い。
「う゛ぅ……。
……お帰りなさい。ご無事で何よりです。
……………ディオン兄」
「ただいま、ミシェル」
嬉しそうに笑ったディオン兄は、再び私をムギュッと抱き締めた。
~~~~~~~~~~~~~~
その頃、デュドヴァン家当主の執務室では───。
休憩時間。コーヒーを片手に、何気なく執務室の窓の外へと視線を向けたクリストフは、目を見開いた。
その手から、コーヒーカップがポロリと滑り落ちる。
毛足の長い高級なカーペットのお陰でカップは割れずに済んだのだが、零れたコーヒーが大きな茶色いシミを作った。
クリストフの足元にも熱いコーヒーがかかったはずだが、本人はそんな事に気付いてさえいないみたいに、じっと窓の外を凝視していた。
「旦那様? 大丈夫ですか?」
慌てたフィルマンの呼び掛けにも答えない。
常に無い主の様子を心配したフィルマンは、自身も窓辺に寄り、外に目を向けた。
するとそこには、ミシェルと見知らぬ男性が熱く抱擁する姿が。
銀色の長い髪を無造作に一つに纏め、血の様に真っ赤な瞳を持つ、精悍な男であった。
「あれは……、誰だ?」
「……さあ? 私も存じ上げません。
まるで、こ………」
「こ?」
「……いえ、何でもありません」
うっかり失言をしそうになったフィルマンは慌てて口をつぐんだが、時既に遅し。
───こ?
『恋人同士みたい』とでも言おうとしたのか?
たった一文字から、そこまで連想してしまったのは、クリストフ自身がそう思っていたからに他ならない。
確かにクリストフは、初対面の時に、ミシェルに『恋人を作っても良い』と言った。
しかし、それは、彼女自身が拒否したはず……。
だが、二人は『恋人同士である』と言われれば、誰もが納得してしまうくらいには親密そうなのだ。
視線の先の彼等は、仲睦まじい様子で何かを語らい、笑い合い、そして再び抱き締め合った。
その光景を見ているのが辛くなったクリストフは、そっと窓辺を離れ、椅子に腰を下ろして硬く目を閉じた。
彼は、胸の奥にモヤモヤとした謎の不快感が込み上げてくるのを感じていた。
クリストフは、ある出来事を切っ掛けに女性が大嫌いになった。
それ以来、彼にとって女性とは、不実で、不潔で、不快な存在なのだ。
だが、ミシェルには出会った時から一度も、そういったマイナスの感情を抱いた事は無かった。
彼は今、初めてミシェルの行動を『不快だ』と感じている。
だが、それも、他の女性達に抱く感情とは少しだけ違うみたいな気がしていて───。
門番と揉めていた男性は、私の声に勢い良く振り返り、満面の笑みを作る。
「ミシェル!!
久し振りだな、可愛い妹よっ!」
嬉しそうに両手を広げる彼の胸に迷わず飛び込むと、ギュウッと力強く抱擁された。
その温かさが懐かしい。───けど。
「…お義兄様……、ちょっと、苦し……」
「あ、ごめん」
ヘラッと笑ったお義兄様は、腕の力を緩めると、私の頭を少し乱暴に撫でた。
先程お義兄様と揉めていた門番が青褪めた顔で私達を見ている。
「えっ? それでは、このお方は、本当にシャヴァリエ家のご子息……!?」
「だからぁ、さっきからそうだって言ってるだろ?」
「大変失礼致しました!
奥様の兄君は、隣国へ長期滞在中と伺っておりましたので……」
「まあ良いさ。先触れを出さなかった俺が悪い」
ガバッと頭を下げた門番の肩を、お義兄様は軽い感じでポンと叩いた。
「相変わらず、お元気そうですね」
「ああ、お前は? 元気だったか?」
単純に体調の事だけではなく、私の婚約破棄や王命での結婚の件も心配してくれているのだろう。
「ご覧の通り、頗る元気ですわ。ご心配には及びません。
ところで、いつの間に帰国されたのですか?」
「今日。そのままお前に会いに来た。
父上からお前がデュドヴァン家に嫁入りしたって、手紙で聞いてたからさぁ」
飄々と答えるお義兄様に、唖然とした。
彼が隣国に治水についての勉強をしに行ったのは、シャヴァリエ領の中に氾濫しやすい大きな川がいくつか流れているせいだ。
その任務を終えて数年振りに帰国したのに、真っ直ぐ実家に帰らないとかアリなの!?
「えっ?
シャヴァリエ家よりも先にこちらにいらしたのですかっ!?
お義父様とお義母様が心配なさっているのでは?
全く、お義兄様は昔から──、」
「『お義兄様』だなんて、暫く会わない間に随分気取った呼び方するようになっちまったなぁ。
昔みたいにディオン兄って呼んでくれよ。二人きりの兄妹なのに、淋しいじゃないか」
孤児院にいた頃は多くの子供達と共同生活をしており、自分より歳上の男児は皆んな『お兄ちゃん』なので、個人を識別する為に○○兄と呼ぶ習慣があった。
その名残で、昔はお義兄様の事も、ディオン兄と呼んでいたのだけど……。
「そんなの、子供の頃の呼び名で───」
抗議の声を上げようとした私だが、期待を込めた目で見つめられると弱い。
「う゛ぅ……。
……お帰りなさい。ご無事で何よりです。
……………ディオン兄」
「ただいま、ミシェル」
嬉しそうに笑ったディオン兄は、再び私をムギュッと抱き締めた。
~~~~~~~~~~~~~~
その頃、デュドヴァン家当主の執務室では───。
休憩時間。コーヒーを片手に、何気なく執務室の窓の外へと視線を向けたクリストフは、目を見開いた。
その手から、コーヒーカップがポロリと滑り落ちる。
毛足の長い高級なカーペットのお陰でカップは割れずに済んだのだが、零れたコーヒーが大きな茶色いシミを作った。
クリストフの足元にも熱いコーヒーがかかったはずだが、本人はそんな事に気付いてさえいないみたいに、じっと窓の外を凝視していた。
「旦那様? 大丈夫ですか?」
慌てたフィルマンの呼び掛けにも答えない。
常に無い主の様子を心配したフィルマンは、自身も窓辺に寄り、外に目を向けた。
するとそこには、ミシェルと見知らぬ男性が熱く抱擁する姿が。
銀色の長い髪を無造作に一つに纏め、血の様に真っ赤な瞳を持つ、精悍な男であった。
「あれは……、誰だ?」
「……さあ? 私も存じ上げません。
まるで、こ………」
「こ?」
「……いえ、何でもありません」
うっかり失言をしそうになったフィルマンは慌てて口をつぐんだが、時既に遅し。
───こ?
『恋人同士みたい』とでも言おうとしたのか?
たった一文字から、そこまで連想してしまったのは、クリストフ自身がそう思っていたからに他ならない。
確かにクリストフは、初対面の時に、ミシェルに『恋人を作っても良い』と言った。
しかし、それは、彼女自身が拒否したはず……。
だが、二人は『恋人同士である』と言われれば、誰もが納得してしまうくらいには親密そうなのだ。
視線の先の彼等は、仲睦まじい様子で何かを語らい、笑い合い、そして再び抱き締め合った。
その光景を見ているのが辛くなったクリストフは、そっと窓辺を離れ、椅子に腰を下ろして硬く目を閉じた。
彼は、胸の奥にモヤモヤとした謎の不快感が込み上げてくるのを感じていた。
クリストフは、ある出来事を切っ掛けに女性が大嫌いになった。
それ以来、彼にとって女性とは、不実で、不潔で、不快な存在なのだ。
だが、ミシェルには出会った時から一度も、そういったマイナスの感情を抱いた事は無かった。
彼は今、初めてミシェルの行動を『不快だ』と感じている。
だが、それも、他の女性達に抱く感情とは少しだけ違うみたいな気がしていて───。
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