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21 家族の食卓

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 その日の夕刻、旦那様との約束通り、部屋に迎えがやって来た。


 ───コンコンコン!!

 いつもよりも豪快なノックの音で、扉が開く前から誰が来たのか直ぐに分かった。

「どうぞ」

「母様っ!
 お食事の支度が出来たから、お迎えに来ましたよ」

 扉を勢いよく開けて入って来たのは、案の定ジェレミーだった。
 彼はまだ幼いので、ノックをする時の力加減が上手く行かない時がある。
 彼の満面の笑みを見るに、はやる気持ちがあったから、余計な力が入ってしまったのだろう。
 それだけ私と一緒の食事を楽しみにしてくれていたのかも知れないと思うと、ちょっと嬉しい。

「じゃあ、ダイニングに案内してくれる?」

「はい、母様」

 ジェレミーは元気に返事をすると、澄ました顔で私に向かってスッと肘を差し出した。

(こっ、これは、もしかして……!!)

 いや、もしかしなくても、エスコートをしようとしてくれている!

「ありがとう、ジェレミー」

 私は迷わず、彼の肘に手を添えた。

(うんうん、大人の真似をしたくなるお年頃よねぇ)

 これも彼が順調に成長している証である。
 周りの使用人達も、微笑ましい物を見る目で私達を見守っていた。

 まだ背の低い彼のエスコートを受けるのは若干歩きにくいけれど、天使の笑顔を守る為なら、中腰での歩行だって我慢出来るわ。

 結果、少しだけ腰が痛くなってしまった事は、ジェレミーには内緒だ。
 後で自分に治癒魔法をかければ、何も問題は無いのだから。

 ダイニングに入ると、既に旦那様は席に着いていた。
 私達の姿を目にした彼は、口元を隠してスッと目を逸らした。
 よく見れば、肩が僅かに震えている。

(ん? 笑われてる?)

 旦那様は軽く咳払いをして、正面を向いた。
 その顔は無表情を装っているが、まだ微妙に口元が歪んでいた。

「どうぞ、奥様」

 フィルマンが椅子を引いてくれた。
 つい先日まで『ミシェル様』と呼ばれていたのに、いつの間にか奥様呼びになっている事が照れ臭い。

 ジェレミーは別の使用人の手を借りて、私の向かい側に着席した。

 この邸に来てから睡眠時間もたっぷりあるし、食事も規則正しく取れるので、体の調子がかなり良くなった。
 当初はお腹に優しいメニューにして貰っていたが、今は旦那様達と同じ物を食べられるようになっている。



 食事は和やかなムードで終了し、流れで食後のお茶の時間も三人で過ごす事になった。
 私と旦那様との会話は殆ど無いが、ジェレミーは終始上機嫌で、家庭教師から習っている勉強の内容や、日々のちょっとした出来事など、色々な事を話してくれる。

「───それでねっ、甘い匂いがしたから厨房に行ってみたら、料理長が自分の為に焼いていたクッキーを、グレースがコッソリ食べちゃってたのっ!」

「まあ、それは料理長も怒ったでしょう?」

「ううん。クッキーはいっぱいあったから、料理長は、きっとまだ気付いてないです。
 グレースに『内緒ね』って言われたから、料理長にはこの事を話さないであげる事にしました」

(うん、もう全然内緒じゃないな)

 ダイニングと厨房は隣り合っているので、ジェレミーの大きな声は、きっと料理長にも筒抜けだ。
 でも可愛いから許される。
 可愛いは無罪だ。

「あのね、ジェレミー。
 内緒にするってお約束したら、誰にも言ってはダメよ?」

「どうしてですか?」

「だって……、例えば私が料理長に告げ口してしまうかも知れないでしょ?」

「母様はそんな事しません」

 即答だった。ちょっと嬉しい。

「そうね、私はしないわ。
 でも……、フィルマンならどうかしら?」

「私も話しませんよ」

 急に振られたフィルマンは、慌てて首を左右に振った。
 ジェレミーは、そんなフィルマンをじっと見つめながら「う~ん……」と、考えている。

「フィルマンなら、喋っちゃうかも?」

 肩をすくめてそう言ったジェレミーに、フィルマンはショックを受けた顔をする。
 でも、すぐに「冗談だよ」と言われて、ちょっと泣きそうな顔で笑っていた。




 盛り上がっていた会話が一段落した所で、旦那様がジェレミーに声を掛ける。

「楽しいお喋りも良いが、ジェレミーはそろそろ就寝の時間だろう?」

 時刻は午後八時。
 ベッドに入るには少し早めだが、子供の成長には睡眠が大事だと言うから、早めに寝かせるのは良い事だ。

 旦那様は積極的に育児をなさっていて、とても意外だった。

 貴族は子育てを乳母や教育係に丸投げする家庭が多い。
 特に男性は、普通ならば全く育児に関わらないのだ。
 そんな文化が根強いこの国で、ジェレミーの為に積極的に色々と考えている旦那様は、素敵な父親だなって思った。

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