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Madeleine~恋せよマーメイド~
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連絡をして約一時間。智駿は家にいたようで、近くのファーストフード店で待ち合わせをして会うことができた。考えてみればプライベートで二人きりで会うなんていうのは初めてで、なんで今更になってこんなことになっているんだろうと一人で面白くなってくる。
智駿の私服を見たのは初めてだ。年相応の、無難な服装をしていてなんとなく安心。雑誌に載っているようなギラギラとした格好をしてきたらどうしようなんて考えていたが、智駿のファッションセンスはごく普通なようだ。
そんな無難な服を着た智駿は、髪の毛を雪で濡らして、俺を見るなりいつものようにぶすっとした顔をしてきた。「突然どうしたの」って聞いてきたから「別に用はないけど」って答えれば智駿は面白くなさそうな顔をして、俺の前の席につく。
「受験終わったんだ」
「おー、落ちたら浪人かな」
「へぇ、すごいなぁ」
席に着く前に頼んできたコーラを飲みながら、智駿がぼそぼそと話しかけてくる。智駿も俺と二人きりで外で会うことに慣れないようで、居心地悪そうにそわそわとしている。
「今日って、馨さんの店休みなんだ。軽く顔だそうと思ったけど開いてなくてさ」
あんまりだらだらとしていても、智駿が困るだろうと、俺は呼び出した理由を率直に言う。そうすれば智駿はきょとんと目を瞬かせて、そして「あー……」とキレの悪い声をだした。
「そっか、白柳が本格的に受験勉強始めてからあんまり話してなかったから、言ってなかったか」
「何が?」
「おじいちゃん、亡くなったんだ。三ヶ月くらい前に」
「……えっ?」
智駿の言葉に、俺は自分の耳を疑った。亡くなった、って。智駿とあまり関わっていなかった期間なんて、半年もない。最後に見た、ケーキを作っていた馨さんの姿を思い出せば、さらに信じられないという気持ちがこみあげてくる。
「じゃあ……『たからばこ』は」
「閉店」
なくなって三ヶ月経っているというのもあるのだろうか、智駿はさらりと事実を告げていく。でも、決して悲しんでいないということはなく、その顔は以前よりも覇気がないように感じられた。
「おじいちゃんが生きていたころ……僕、言ったことがあるんだ、『たからばこを継がせてくれ』って。でも、それはだめだっておじいちゃんに断られちゃった」
「……なんで?」
「あのお店は、おじいちゃんが『自分がな初めてケーキを食べたときの感動をみんなに伝えよう』ってつくったお店。おじいちゃんと一緒に生きてきた店だから、おじいちゃんが死んだら一緒にお店も死ぬんだって」
「……そういうもんなの?」
「だから、おじいちゃんは僕に言ったんだ。パティシエになりたいなら、自分の想いをしっかり持てって。なんでパティシエになりたいのか、その想いを実現できる店で働けって」
智駿が遠くをみるように、笑った。あ、その笑い方、「たからばこ」にいたときと同じだ、そう思った。
「僕は、自分のつくったお菓子を食べて笑う人たちをこの目で見たい。それが、パティシエになりたい理由かなあ」
「……あれ、パティシエになりたい理由ないんじゃなかったっけ」
「……うん、まあ……。でも、……えーっと、その……ほら、前に白柳が僕のつくったマドレーヌを美味しいって言ってくれたのが本当に嬉しくてさ」
智駿が頭をかきながら、照れ笑いをしてみせた。智駿が俺に対してそういうことを言うのなんてそうそうないから、俺は途端に恥ずかしくなって奴から目を逸らす。智駿も同じく恥ずかしくなってきたのか、あはは、と乾いた笑い声をあげていた。
憧れの祖父が亡くなって寂しいけれど、でも自らの道は見つけた。智駿の顔はそんな、なんとも言えない大人っぽさがある。馨さんが智駿に言った言葉はわかるようでわからなくて、それが智駿を迷わせていたのかもしれないけれど成長させた。なんだか、俺と同じ学校同じクラスなのに、まるで別世界を生きる人間に見えてくる。
「……白柳は、どうするの」
「俺は、やっぱり医者の道を行こうかな。いや、俺も前の智駿と同じでさ、目標だけ決まっていて理由はない状態なんだけど。親が医者を目指してみてもいいだろって、とりあえず大学いっとけって言うもんで。大学にいる間に気持ちがはっきり決まればいいんだけど」
「ふうん、いいんじゃない、それも。誰しもが強い想いをもって夢を決めるわけじゃないし」
俺の飲んでいたぶどうソーダがなくなって、氷水が口の中に入り込んできた。とくに意味もなく、ストローを吸い続けてところどころに生じる会話の間をもたせる。そもそも俺たちはこんな風に真面目な話をする間柄でもないから、そんなに軽快に話が進んでいくわけではなかった。
「県外の学校だっけ」
「ああ、智駿もだよな」
「うん、学校卒業したらまた戻ってくるけどね」
「ほう」
「結局僕はこの町が好きだからね。この町で自分のお店を持てたらいいなぁって」
「へえ、俺は自分が将来どこにいるかなんてわかんねぇや」
やっぱり俺たちは友達なんかじゃない。けれど、妙なところで縁があったりする。馬が合わないのにこうしてなんだかんだで一緒に過ごしたりしているのは、夢とか恋人とかに出逢えるのと同じ運命かもしれない。
「ま、今後一生会わないかもしれないし、運悪く会うかもしれないし。お互い頑張っていこうや」
まだ、智駿は本当に好きになれる人に会っていないし、俺は夢を見つけていない。未完成な俺たちは、離れ離れになってそれぞれ大人になっていくのだろう。智駿のことなんて俺はどうでもいいけれど、たぶん時々はこんな高校時代を思い出して、「あんな奴いたなあ」なんて懐かしむ……そんな未来が見えている。
智駿の私服を見たのは初めてだ。年相応の、無難な服装をしていてなんとなく安心。雑誌に載っているようなギラギラとした格好をしてきたらどうしようなんて考えていたが、智駿のファッションセンスはごく普通なようだ。
そんな無難な服を着た智駿は、髪の毛を雪で濡らして、俺を見るなりいつものようにぶすっとした顔をしてきた。「突然どうしたの」って聞いてきたから「別に用はないけど」って答えれば智駿は面白くなさそうな顔をして、俺の前の席につく。
「受験終わったんだ」
「おー、落ちたら浪人かな」
「へぇ、すごいなぁ」
席に着く前に頼んできたコーラを飲みながら、智駿がぼそぼそと話しかけてくる。智駿も俺と二人きりで外で会うことに慣れないようで、居心地悪そうにそわそわとしている。
「今日って、馨さんの店休みなんだ。軽く顔だそうと思ったけど開いてなくてさ」
あんまりだらだらとしていても、智駿が困るだろうと、俺は呼び出した理由を率直に言う。そうすれば智駿はきょとんと目を瞬かせて、そして「あー……」とキレの悪い声をだした。
「そっか、白柳が本格的に受験勉強始めてからあんまり話してなかったから、言ってなかったか」
「何が?」
「おじいちゃん、亡くなったんだ。三ヶ月くらい前に」
「……えっ?」
智駿の言葉に、俺は自分の耳を疑った。亡くなった、って。智駿とあまり関わっていなかった期間なんて、半年もない。最後に見た、ケーキを作っていた馨さんの姿を思い出せば、さらに信じられないという気持ちがこみあげてくる。
「じゃあ……『たからばこ』は」
「閉店」
なくなって三ヶ月経っているというのもあるのだろうか、智駿はさらりと事実を告げていく。でも、決して悲しんでいないということはなく、その顔は以前よりも覇気がないように感じられた。
「おじいちゃんが生きていたころ……僕、言ったことがあるんだ、『たからばこを継がせてくれ』って。でも、それはだめだっておじいちゃんに断られちゃった」
「……なんで?」
「あのお店は、おじいちゃんが『自分がな初めてケーキを食べたときの感動をみんなに伝えよう』ってつくったお店。おじいちゃんと一緒に生きてきた店だから、おじいちゃんが死んだら一緒にお店も死ぬんだって」
「……そういうもんなの?」
「だから、おじいちゃんは僕に言ったんだ。パティシエになりたいなら、自分の想いをしっかり持てって。なんでパティシエになりたいのか、その想いを実現できる店で働けって」
智駿が遠くをみるように、笑った。あ、その笑い方、「たからばこ」にいたときと同じだ、そう思った。
「僕は、自分のつくったお菓子を食べて笑う人たちをこの目で見たい。それが、パティシエになりたい理由かなあ」
「……あれ、パティシエになりたい理由ないんじゃなかったっけ」
「……うん、まあ……。でも、……えーっと、その……ほら、前に白柳が僕のつくったマドレーヌを美味しいって言ってくれたのが本当に嬉しくてさ」
智駿が頭をかきながら、照れ笑いをしてみせた。智駿が俺に対してそういうことを言うのなんてそうそうないから、俺は途端に恥ずかしくなって奴から目を逸らす。智駿も同じく恥ずかしくなってきたのか、あはは、と乾いた笑い声をあげていた。
憧れの祖父が亡くなって寂しいけれど、でも自らの道は見つけた。智駿の顔はそんな、なんとも言えない大人っぽさがある。馨さんが智駿に言った言葉はわかるようでわからなくて、それが智駿を迷わせていたのかもしれないけれど成長させた。なんだか、俺と同じ学校同じクラスなのに、まるで別世界を生きる人間に見えてくる。
「……白柳は、どうするの」
「俺は、やっぱり医者の道を行こうかな。いや、俺も前の智駿と同じでさ、目標だけ決まっていて理由はない状態なんだけど。親が医者を目指してみてもいいだろって、とりあえず大学いっとけって言うもんで。大学にいる間に気持ちがはっきり決まればいいんだけど」
「ふうん、いいんじゃない、それも。誰しもが強い想いをもって夢を決めるわけじゃないし」
俺の飲んでいたぶどうソーダがなくなって、氷水が口の中に入り込んできた。とくに意味もなく、ストローを吸い続けてところどころに生じる会話の間をもたせる。そもそも俺たちはこんな風に真面目な話をする間柄でもないから、そんなに軽快に話が進んでいくわけではなかった。
「県外の学校だっけ」
「ああ、智駿もだよな」
「うん、学校卒業したらまた戻ってくるけどね」
「ほう」
「結局僕はこの町が好きだからね。この町で自分のお店を持てたらいいなぁって」
「へえ、俺は自分が将来どこにいるかなんてわかんねぇや」
やっぱり俺たちは友達なんかじゃない。けれど、妙なところで縁があったりする。馬が合わないのにこうしてなんだかんだで一緒に過ごしたりしているのは、夢とか恋人とかに出逢えるのと同じ運命かもしれない。
「ま、今後一生会わないかもしれないし、運悪く会うかもしれないし。お互い頑張っていこうや」
まだ、智駿は本当に好きになれる人に会っていないし、俺は夢を見つけていない。未完成な俺たちは、離れ離れになってそれぞれ大人になっていくのだろう。智駿のことなんて俺はどうでもいいけれど、たぶん時々はこんな高校時代を思い出して、「あんな奴いたなあ」なんて懐かしむ……そんな未来が見えている。
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