甘い恋をカラメリゼ

うめこ

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Pithbiers glace~アーモンドの香りをフォンダンに閉じ込めて~

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 待ち合わせをした場所からしばらく歩いて、会場にたどり着く。まだ日が完全に落ちていない時間だけれど、屋台があるあたりにはたくさんの人が集まっていた。


「すごい人ですね……」

「やっぱりお祭りはみんな好きだもんね」


 もともと人ごみがあまり好きでなかった俺は、その人の密集した屋台をみて思わず足を止めてしまう。でも、せっかく智駿さんと一緒にきているのに、花火が始まるまで何もしないで暇を潰すのはもったいないような気がして、軽く智駿さんの手を引いて屋台を指差す。


「何か、食べましょう」

「ん、いいね。梓乃くん、食べたいものある?」

「えーと、じゃあ……たこ焼きとか……」


 言った瞬間、「やばい青のりが歯につくかも」とか女子みたいなことを考えてしまった。智駿さんが「どうしたの?」って顔をして俺のところを見つめてきたから俺はふるふると顔を振ってなんでもない顔をして屋台にむかっていく。


「うわー……」


 屋台に近づいていくと、想像以上の人の多さに俺は舌を巻いた。まっすぐに歩けないし、何も見えないし。それに俺は履きなれない下駄を履いているから歩くペースも遅い。このままだと智駿さんと離れてしまいそう……そう思って慌てたとき。


「あっ……」


 俺より少し先を歩っていた智駿さんが、俺の手首を掴んできた。ほんの少し振り返って苦笑して、何かを言う。周りがうるさくてよく聞こえなかったけれど、その唇は「離れないで」と動いていた。

 ああ、このシチュエーション。離れそうになって手を掴んでもらって、一緒に歩く。恋人らしいことをしてるなあって、ドキドキする。

 手のひらから体温が伝わってきて、だから、前を歩いている智駿さんの表情がわかるような気がして。きらきらと屋台の光が舞う中を、足が浮いてしまいそうな錯覚を覚えながら、智駿さんに引っ張られるままに歩いて行った。


「あれでいいんだよね」

「あっ……はい」


 智駿さんはたこ焼きの屋台をみつけるとそれを指差して振り向いた。優しそうな微笑みに、くらくらする。本当はそこまで食べたいわけじゃないけれど、智駿さんが俺のためにたこ焼きの屋台を探してくれたことが嬉しかった。がんばって智駿さんの隣にでて、たこ焼きを買いやすい位置まででた……けれど、さっと智駿さんが財布を取り出して「おごるおごる」って言って笑った。

 結局たこ焼きは買ってもらって、少し屋台から離れた位置に行く。せっかくだから熱いうちに食べようと早速パックをあけてたこ焼きを爪楊枝で刺して、すっと口の中にいれる。青のりが歯につかないように、っていうことも考えていたから、一個丸ごと口に放り込んだら、案の上。


「あっ、熱っ!  あついっ!  あつい!」


 ものすごく熱くて、俺は口を押さえながら涙目になった。智駿さんはそんな俺を見て笑っていて、「僕にもちょうだい」と声をかけてくる。


「ふっほふあふいへふよ!」

「うん、熱そうだね。はい、あーんして」

「ふへっ!?」


 智駿さんがにっこりとしながら顔を近づけてきた。こうして人が行き交っているなかで、あーんなんてしちゃっていいの?  って俺は一瞬固まったけれど、周りを見渡してみれば俺たちを見ている人はいない。俺の思っている以上にオープンになっていいのかもしれない、そう思い直して、たこ焼きをひとつ、智駿さんの口にいれてやる。


「あっ、熱い」

「で、でしょ!」

「んー、でもあんなになるほどじゃないよー、梓乃くん猫舌?」

「……猫舌です」

「あはは、可愛い。イメージ通り」

「智駿さんの中の俺のイメージって犬だったり猫だったりなんなんですか!」

「んーん、可愛いって思ってて。ただひたすら可愛いから犬にみえたり猫にみえたり色々と」

「……っ」


 可愛い可愛い、そう言って智駿さんが頭を撫でてくる。いつも言われていてそろそろ慣れたかと思ったけれど、やっぱりこの「可愛い」攻撃は慣れない。恥ずかしくてかあっと顔が熱くなって、残りのたこ焼きを詰め込むようにして口にいれる。


「そうだ、今日の梓乃くんは……」


 たこ焼きは二個目三個目にもなると、それなりに食べやすい温度になっていた。恥ずかしさを紛らわせるためにもくもくと食べていれば、智駿さんがすっと耳元に唇を寄せて囁く。


「……浴衣のおかげで、色っぽい」


 熱っぽい、声。夏の涼しくも蒸し暑い空気のなか、なぜかすっと頭の中が冴えてゆく。智駿さんの声はどこかしっとりしていて、心臓がとまりそうになった。

 俺が慌てて顔を上げて智駿さんを見つめれば、智駿さんはなんでもないような顔をしていつもどおり微笑んでいる。でも瞳はそう、奥の方にちらちらと揺れる炎を囲う。


「……智駿さん。とりあえず、河原、いきましょ」

「そうだねー、そろそろ花火の時間も近くなってきたから」


 智駿さんの服の裾をつまむ。そうして、歩き出した。

 ぽつぽつと交わす会話の節々に、お互いの熱が混じっている。なんでもない会話に身体の奥の方が熱くなってきて、でも今すぐに熱を交えることはできない。屋台の光とはしゃぐ人たち、きらきらと輝く川のみなも、純粋な輝きの中で俺達はどこか火照りを感じながら歩いていた。

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