上 下
65 / 84
第七章:おまえを許さない

3(3)

しおりを挟む
(こいつは外道だ……許されるべき人間じゃない……!)


 一度イって頭を支配していた変な気分から解放されたというのもあるが、ラズワードは思い直し、体を起こす。


(今日はこいつの言いなりになってたまるか……!)


 布団を放り投げて、ラズワードはノワールを睨みつける。例のごとくの定位置に彼は座っていた。

 ……が。


「……え」


 そこに座っていた彼は。てっきりまた何か作業でもしているのかと思ったが。


「……」


 ……寝ている。

 腕を組み、こうべを垂れて。


「……本当に……?」


 あまりにも珍しい光景に、ラズワードはただただ驚いていた。いつも、戦っている時はもちろん、その他の時間も、絶対に隙を見せることはなかった彼である。よっぽど疲れているのだろうか。

 おそらくもう二度とお目にかかれない光景に、ラズワードは興味津々であった。

 ベッドから静かに降りて、彼にそろそろと近づいていく。下を向いているから寝顔は見えないが、近づいても反応がないところをみると、本当に寝ているようである。


(馬鹿か……)


 そこでラズワードが真っ先に頭に浮かんだのは、ノワールへの罵倒の言葉であった。

 気を許しすぎである。散々虐げた人の目の前で寝るなど、ツメが甘いにも程がある。恨みを買っているとは考えないのだろうか。こうして寝ている隙に殺される、とは考えないのだろうか。

 ラズワードは、ノワールの寝ている姿を見ている内に、沸々と何かが湧いてくるのを感じていた。

 ……今なら、殺せる。この牢は魔術が使えないようになっている。もし、途中で目が覚めたとしても、先に手をだしたこちらのほうが圧倒的に有利だ。

 そう、世界を占める悪の根源を。多くの人を苦しめる組織の頂点を。

 今なら、殺せる。


「……」


 グラリ、と視界が歪むような感覚を覚えた。

 始めの頃の、業務連絡だけの会話。最近になって、他愛のない話を少しするようになった。彼の、本来の笑顔を少しだけみることができるようになってきた。

 目を閉じる。奥歯を噛み締める。


「――っ」


 殺せるのは、今、この瞬間のみ。俺だけだ。


「……あ」


 ラズワードは上げた腕を止めた。

 目が合ったのだ。ノワールと。起きていたのか、今起きたのかは定かではないが。彼はその黒い瞳で、しっかりとラズワードを見ていたのだ。

 今を逃したら、もうない……!

 ラズワードは勢いよく、その首を掴んだ。殺す方法など考えていなかった。

 しかし、何も武器のないこの状況。ぱっと浮かんだ方法がこれであった。


「……ひっ」


 しかし、ラズワードはすぐに手を離した。見つめてくるノワールを恐れたのではない。

 その首が、細かったから。

 悪の頂点。世界を占める男。数々の悪名を轟かせる、闇を支配するこのノワールという人。

 その人は、どんな兵器だろうと軍隊だろうと、殺せないとまで言われていた最強の男で。

 しかし。その人の首は、思ったよりもずっとずっと細く。下手したら片手でへし折れそうなくらいに、細かったのだ。

 普通の人間と、同じように。

 ノワールは何も言わない。ただ、狼狽えるラズワードを見つめている。

 まるでその瞳は。「■してくれないのか」、そう言っているようで。
 

「……っ」


 ラズワードは逆らえなかった。震える唇を噛み締め、恐る恐る手を伸ばし。
 
 もう一度、その首に触れた。


「――」


 少しずつ、力を込める。

 手の震えが止まらない。冷や汗がダラダラと吹き出てくる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...