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インセスト~ヘンゼルとグレーテルによる悲喜劇~
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しおりを挟む「きつ……痛くない?」
「だいじょうぶ……」
十分に慣らしたからか、それとも「ソシツ」があるからか。最後まで、奥まで入るまでにヘンゼルが痛がることはなかった。腰と腰がぶつかって全部入ったことを感じ取ったヘンゼルは、安堵したようにため息を吐く。
「……ヘンゼルくん、やっと、」
「……へんなかお」
「えっ」
「……まぬけづら」
焦らして焦らして、苦しかったのはヴィクトールのほうだった。限界まで押さえつけたヘンゼルを求める想いがようやく叶ったヴィクトールの顔は、達成感、開放感、幸福感……いろんなものが混ざり合ったものだった。今まで余裕ヅラで自分を責めてきた彼の腑抜けたようなその顔に思わずふきだしたヘンゼル。それをみたヴィクトールが思わず呟いてしまったのは、
「……好き」
今まで輪郭をあらわすことなくもやもやと胸の中で滞留し続けた感情の名前だった。
「……え、」
驚いたのは、言った本人であるヴィクトール。ヘンゼルはわけがわからないとでも言うようにぱちくりと瞬いている。ヴィクトールはそんなヘンゼルの頬を撫で、その表情を覗き込むように顔を近づけた。
ああ、そうか、僕は彼が好きだったのか。
一度自覚してしまえば爆発したように溢れでる想い。出会った時に美しいと思い、触れ合うたびに心が焼きつき、自分のものにしてしまいたいというこの欲望は、ヘンゼルへの恋情だったんだ。決して難しくはないその答えは、ヴィクトールの心を大きく震わせる。
「ヘンゼルくん、好きだ」
「……はぁっ!? 何言って、」
「好きなんだ、君のことが好きでたまらない、好きだ、ヘンゼルくん……」
「おまえっ、俺と自分の立場、……ンッ……!」
口にすればするほど、愛おしさは増してゆく。情念の炎は燃え広がりもう止まらない。慌てふためくヘンゼルに噛み付くようにキスをする。困惑に抵抗を示すヘンゼルの手をとってシーツに縫い付け、中に入り込んだものを押し込めるように腰を進めれば、ヘンゼルの身体が仰け反る。震えた舌を絡め取って、そのまま食らってしまうような勢いでヘンゼルの唇を貪った。
「んんッ……!」
激しいキスに狂いそうになる。ヴィクトールの言葉を反芻すれば、余計にわけがわからなくなる。好き? 好きってなんだっけ? だって、ヴィクトールとの関係はただのドールとその調教師。悪党と被害者。その間に、何が生まれてしまったというの。
唇を奪われながらヘンゼルのなかにはごちゃごちゃといろんな想いが渦巻いていた。この男のせいで全てが狂ったのに。この男がどんなに卑劣な行いをしているのか知っているのに。この男とのセックスにこんなに感じて、もっと欲しいなんて思ってしまう自分はいったいなんなんだろう。
「ヘンゼルくん、ヘンゼルくん……」
「ざっけんな、……なまえ、よぶな……ひ、ァッ……!」
「ごめん、好きなんだ、ヘンゼルくん、好きだ、好きだよ」
「やめっ……あっ、あ……ん、……ッ、ぁあっ……!」
ヴィクトールのことは嫌い、絶対にこの男のやっていることは許さない。それなのに。さっきと同じように、また、名前を呼ばれた瞬間に胸がきりきりと痛む。恋する乙女じゃないんだから。こんな男を好きになんてなってたまるか。そう思っているのに、彼の自分の名前を呼ぶ声はその決心を溶かしてしまう。彼を求める心を、生んでしまう。
少しずつ速度が上がってゆく律動。ヴィクトールの告白を一身に受けながら快楽の渦に引きずり込まれてゆく。「好き」という言葉ひとつひとつ、彼の声で奏でられる自分の名前がヘンゼルの心を掴んで、理性の崩壊へ引っ張ってゆく。身体を揺さぶられ、頭のなかを侵食され。熱の波紋が胸のなかでじわじわと広がってゆく。
「あっ、あ、……ッ、く、」
「はっ……、」
「……ッ、ヴィク、トール、……もっと、」
「……ばか、」
「あッ……! あぁっ、あ! ん、……ッ!」
ヘンゼルの無意識の煽りがヴィクトールを苦しめる。このまま自分の欲望全てをぶつけたらヘンゼルの身体が壊れてしまうだろうと必死に抑えているのに、ヘンゼルはそんなヴィクトールの気持ちを無下にするような言葉をぽろぽろとこぼしてゆく。その煽りに完敗して思い切り突いてやれば、ヘンゼルの声は艶を増す。堪えるような吐息混じりのその声は、あまりにも色っぽい。本人は声をあげるのを恥ずかしがって抑えているのだが、それが余計に声に色気を添えていた。突いて、突いて、奥を抉るようにして、何度も何度も腰を打ち付けて、もっとその声を聞きたいとヴィクトールは無我夢中でヘンゼルを抱く。
「……ッ、はぁっ……ぁ、……いく……イクッ……」
激しいピストンに、ヘンゼルの限界もあっという間にやってきてしまう。ヘンゼルはヴィクトールの背に爪をたてるようにしてキツく抱きしめ、絶頂に耐えようとした。その様子は可愛らしいながらもいじらしくて、でもどこか辛そうで。ヴィクトールはヘンゼルの頭を撫でながら優しく囁く。
「いいよ……イッて、ヘンゼルくん」
「……や、だ……」
「なんで、イってるところ見せてよ」
「……だ、って……おまえ、まだ……イかない……」
「……!」
ヴィクトールの首元に顔をうずめながら、ヘンゼルは途切れ途切れにヴィクトールの問いに答えた。その答えにヴィクトールは目眩を覚える。だって、まるで「一緒にイキたい」とでも言っているようじゃないか。
「まって……まってね、ヘンゼルくん……一緒にイこうね」
「……う、ん……うん、」
胸を締め付けられるような愛おしさ。ヴィクトールはヘンゼルの身体にあまり激しい刺激を与えないように勢いを落としてゆっくりと突いてやる。しかし、穏やかな刺激はそれはそれでヘンゼルにとって苦しくて。延々と続く、イキそうでイケない、そんな甘い責め苦にヘンゼルはどろどろになってしまう。抑えていたはずの声もとめどなく溢れて突かれる度に甲高い声が口から飛び出して、あまりの気持ちよさに目は涙でぐずぐずになって。
「あぁっ、あッ、ん、ぁあ、あっ……!」
(しめつけ、すごい)
「ヴィクトール……ヴィクトール、」
「……ッ、」
朦朧とする意識のなかヘンゼルの口からはヴィクトールの名前。今、彼のなかは自分だけが満たしているのだと思うと、ヴィクトールはあまりの嬉しさに泣いてしまいそうになった。溢れんばかりの想いをキスの雨にしてヘンゼルへ降らす。額、瞼、鼻先、頬……どこもかしこも愛おしくて顔の隅々まで唇で愛撫しようとすれば、ヘンゼルはそこじゃないとでも言うように、自らヴィクトールの唇に自分のものを重ねてきた。
「かわいい……ヘンゼルくん、ほんと、好き、大好き、」
何度もキスを繰り返し愛を囁きながら身体を揺らしているうちに、ヴィクトールにも絶頂の波が訪れてきた。荒くなる吐息にヘンゼルもそれに感づいたのか、自ら腰を揺らしヴィクトールを煽る。
「ヘンゼルくん……ヘンゼルくん……」
「あっ、あっ、あっ、」
お互い夢中で腰を振り、限界まで近づいてゆく。激しく軋むベッドの音も気にならない。ただお互いの名前を呼び、耐えて耐えて、ここまで我慢してきた欲望を一気にぶつけあう。
「あっ! あっ! いく、イク……! ヴィクトール……!」
「はっ……、あ、僕も、……ヘンゼルくん、……ッ」
「――ッ」
お互いの身体をキツく抱きしめる。深い深い深淵に突き落とされるような声にならない快楽に引っ張られ、無音のなかとうとう二人は絶頂に達した。思わずなかで吐き出してしまったヴィクトールはハと我に返って身体を起こし、慌てながらヘンゼルの様子を伺う。
「ご、ごめん、中に……」
「……は、……やっと、イッたんだ、……はぁ、……」
「えっ……、」
「……っ、いつも、余裕そうな顔しているくせに……はっ、ざまあみろ……はぁ、……ぁ、」
ヘンゼルはきょとんとするヴィクトールの頬に手をのばすと、伝う汗を拭って、微かに笑った。
「か、可愛くない」
「……あたりめえだろ、俺をなんだと思ってんだよ、」
「……でも、可愛い」
くす、と笑って。ヴィクトールはもう一度ヘンゼルを抱きしめる。胸が満たされる。既に精を吐き出したものを引き抜くのもなんだか勿体無い、全身で熱を感じ取って、ひとつになっている感覚を永遠に感じていたい。ヘンゼルとの関係に永遠などないのは知っているけれど。
「……愛してる」
ヴィクトールの唇からこぼれた言の葉は、静かに部屋のなかへとけてゆく。甘い静寂が夢を連れてくるまで、二人は抱きしめあっていた。
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