アリスドラッグ

うめこ

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愛籠ラプンツェル

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「ラプンツェルや! ラプンツェルや! おまえの薔薇を下げておくれ!」



日が昇り、一番鶏がなく頃。約束通り塔の下まで馬車をひいてやってきたラインヴァルトは、いつものように椛へ呼びかけた。これで椛をこの暗い塔から連れだして、二人で幸せに城で暮らせるのかと思うと、顔がにやけるのをおさえられない。

 椛がいるであろう小窓のあるあたりを見上げると、そこにローブをかぶった人影が見える。いつもと違った、黒いそのローブにラインヴァルトは僅か違和感を覚えたが、きっと脱走するために目立たないものを着ているのだろうと思い直し、特に疑うことはしなかった。

 やがて、するすると薔薇の蔓が降りてくる。何やら唄が聞こえてこないと疑問に思ったが、いつも大した声量でもないし、今日は声の調子が悪いのか、と自己解決してラインヴァルトはそのままソレを登り始めた。これでここを登るのも最後かと、そしてこの先には椛が待っているのかと思うと、なんだかどきどきしてしまう。


「……?」


 ようやく登りきり、部屋の中に入ったところでラインヴァルトはようやくオカシイことに気付いた。部屋の中はガランとしていて、そしてどんよりと淀んだ空気が漂っている。


「やあやあようこそいらっしゃいました、王子様」

「……誰だ、あんた」

「……僕はアウリールさ」

「アウリール…!?」


 部屋の真ん中に立っていたのは、の有名な魔法使い、アウリールであった。アウリールは頭に羽織ったフードをとると、その長髪をバサッと振り乱し、垂れた前髪の隙間からジトリとラインヴァルトを睨みつける。


「へえ、おまえがラプンツェルを誑かした悪魔かい……はっ……どんな男かと思えば温室で育ったようなしまりのない顔をした奴じゃないか」

「……おまえがナギをあんな目にあわせていたアウリールか……ナギをどこへやった」

「ナギ……? もしかしてラプンツェルのことを言っているのかい? ……あいつなら……売っぱらったよ。ベツァオバーンの売春宿へ」

「……ベツァオバーン!?」


 アウリールの口にした有名な売春街の名前を聞いてラインヴァルトは目を見開いた。ベツァオバーンは浮浪者と犯罪者のたまり場、国の闇とまでよばれる、最悪の街である。売春宿がそこら中にあり、そこにいる売春婦はみな表では生活できなくなってしまったわけありの者が多いと言われている。そこへ椛が売られたときいて、ラインヴァルトは血の気がひいたのを覚えた。


「ベツァオバーンの……どこへ……?」

「……さあ? 覚えていないね、あんな汚いところにある店の名前の一つひとつなんて。……たしかそこそこ大きな場所だったような気はするけど?」

「……おまえ……何故、ナギをそんなところへ売った……!」

「……何故……? おまえ、今、何故と言ったのか?」


 空気が震えた。強烈な殺気に身体を貫かれて、ラインヴァルトは思わず後ずさる。


「……おまえが……おまえがラプンツェルを穢したからだろう!? 純粋な僕の姫を……汚れ物にしたのはおまえじゃないか……!! 僕だけの色に染めたかったのに……ラプンツェルは僕だけのものだったのに……他の男に穢された姫なんていらないんだよ……! おまえのせいだ……おまえのせいなんだよ!!」

「何を勝手な……ナギは誰のものでもない! おまえの勝手な都合でナギをあそこへ売ったのか、おまえは!」

「ふざけるな横から入ってきた分際で僕とラプンツェルのなにがわかる!」

「……っ」


 この男は何を言っても無駄だ。それを悟ったラインヴァルトは黙って剣を抜いた。

 朝日を浴びてギラリと煌めく刃。アウリールはそれをみると、侮蔑を汲んだ眼差しで嗤う。魔法使いを相手に剣などで挑もうとしているラインヴァルトがおかしくて仕方ないのだろう。

 剣をもつラインヴァルトの手は、僅かに震えていた。この男とはいずれ対峙することになるであろうとは思っていたが、覚悟もしていたが、こうしていざ目の前にしてみるとその威圧感は相当のものであった。口から発する言葉は小物そのものであったが、彼の全身から発せられる冷たい空気は、今まで感じたことのないくらいに悍ましいものである。腐っても有名な魔法使い、その魔力は強力なものなのだ。


「僕に剣を向け、そしてラプンツェルを奪い……貴様、その罪は何よりも大きいぞ!」


 アウリールが腕を振りかざすと、そのローブがばさりと翻った。それと同時に、ラインヴァルトは地を蹴り突撃していった。床が割れ、巨大な茨が出現し、ラインヴァルトに向かってくる。俊敏に動くそれはラインヴァルトの腕を裂き、脚を嬲り、じりじりと体を傷めつけてゆく。


「アウリール……俺は、おまえを許さない……!」

「……言っていればいい……! 所詮はただの人間の戯言……おまえなど私にとって、地に群がる蟻と等価なんだよ――自分の無力に嘆くがいい! 喚き叫んだところで、おまえは愛する者を腕に抱くどころが憎き男への復讐もままならないんだよ!」

「――!?」


 瞬間、アウリールの周囲に大量の薔薇の花弁が現れた。幻術か、本物か、それは定かで無い。ただそれは、ラインヴァルトに真っ直ぐに向かってきて、そして――


「――あぁッ!」


――その両目を抉ったのだった。


 完全に視覚を失ったラインヴァルトは血塗れの目を抑えてうずくまる。何が起こったのかすらもわからなかった。一瞬の内に目をやられて、ラインヴァルトは軽度のパニック状態に陥っていた。今自分がどこにいるのか、何をしているのかということすらも頭の中から消えて、目を失ったことへの絶望に心を囚われてしまった。


「ざまあみろ、この盗人め……これでおまえは愛しい者の笑顔をみることもできない……やれるものならそのめくらの瞳でラプンツェルを探しだしてみるんだな!」


 茨が思い切りラインヴァルトの体を突き飛ばした。そうすれば抵抗の術のないラインヴァルト呆気無く吹き飛ばされて、小窓から外へ、飛び出してしまった。そのまま重力に逆らうこともできず、ラインヴァルトは地に向かって落ちてゆく。

 そのとき、ラインヴァルトにはアウリールの高笑いだけが聞こえていた。アウリールに敗北したのだと、このまま椛に会うことができないのだと、絶望のうちに死へ向かってゆく。


「……うっ」

「――王子!」


 しかし、そのまま地に体を打ちつけられれば即死は免れることはできなかっただろうが、塔の周辺を渦を巻くように生えている植物たちにひっかかって、ラインヴァルトはなんとか生き延びることができた。蔦に絡まるラインヴァルトに、慌てて馬車で待機していた臣下が駆け寄ってくる。


「ぶ、無事ですか……!」

「……クラ、ウス」

「しっかり……!」

「……に、いくぞ」

「え?」

「ベツァオバーンにいくぞ!」

「えっ、ちょ、ちょっと……!」


 臣下に蔓を解いてもらうと、薔薇の刺にひっかかって血塗れになった体に鞭打って、ラインヴァルトは立ち上がった。おろおろとする臣下の肩を借りるとそのまま馬車に乗り込む。

 目が見えないことなど、どうでもよかった。一刻も早く、椛をあの暗黒街から連れだしたかったのだ。


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