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第十章:その弱さを知ったとき
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視界がぶれてブロックノイズがかかり……ハッと気付けば、鑓水は見ず知らずの場所に飛ばされていた。突然の空間転移のせいかくらくらとして、気分が悪い。起き上がることもできずに鑓水が額を抑えていると、ガタン、とどこからか音がする。
「……慧太、おまえ、なんでここに」
「……え?」
聞いたことのある声がして声をあげれば――そこには、錫がいた。驚愕したような顔をして、こちらをみている。
「……波折は、」
錫がいるということは波折もいるはず……そう思って少し視線を動かしたところで、鑓水は息を呑んだ。手錠で拘束されてベッドに転がされている波折。周囲は水浸しで、彼の肌は血色が悪い。小刻みにガクガクと震えている様子はどうみても異常で、ぐったりと意識を失っているのをみて鑓水は血の気が引くのを感じた。
「……波折に、何をしたんだよ」
「えー? ちょっと虐めてあげただけだけど。俺のものになるならやめてもいいって言ってんのに強情だからさ、こいつ。慧太の側からは離れたくないっていつまでも言ってんだよね。だからオシオキしてたら目を覚まさなくなっちゃった。息はしているし一応生きてるんじゃない?」
「……波折、」
鑓水がふらりと立ち上がる。錫を無視して波折に近づいていき、波折に触れる。肌が冷たくて、本当に生きているのかと疑うほど。
「波折……しっかり、波折……」
鑓水が波折を抱き上げ、温めてやるように強く抱きしめたところで、錫がふらふらと近づいてくる。
「……ッ」
背中に、強烈な痛みが走った。錫が魔術を使ったらしい。鑓水はゆるりと振り向き、錫を睨み上げる。
「……慧太……いっそ死んでおくのもいいかもよ」
「……そんなに、俺が憎いか……魔女になってまで、俺が……!」
「憎い? 当たり前だろ! おまえのせいで俺がどんなに苦しんだと思ってるんだよ! 死んじまえ! 魔女になってまで? 残念だな、裁判官に魔力を感知されて魔術を使ったことがバレなければ魔女とは認定されない! おまえの屍体はあの人にでも処理してもらうよ! おまえは死ね!」
「あの……人? あっ……!」
錫が喚き散らしながら、鑓水と波折に魔術をうってくる。何発も、何発も。大した威力ではないものの、こうも何度も撃てば物を破壊できるくらいは可能だ。鑓水は波折に当たらないように必死に彼を抱きしめ、庇う。背中が感覚がわからなくなるくらいに痛い。今、きっと背中は酷いことになっているのだろうと思ったが、構わず鑓水は波折を庇い続ける。
「死ね! 死ねよ、おまえさえ生まれてこなれば俺は幸せだった! おまえさえいなければ、おまえさえ……!」
「……、」
凄まじい音が何度も聞こえてきたからか……波折ふと目を覚ます。波折は一瞬状態が把握できず呆然としていたが、自分を庇い傷付いている鑓水に気付くとその顔に絶望の色を浮かべた。
「け、けいた……」
「波折……よかった、生きていた……」
「け、けいた、なにして……」
波折は身体に負担をかけられすぎて、動くことができない。鑓水の体がどんどん傷付いていって、自分たちの転がるベッドが血塗れになっていっても、何もすることができなかった。
「や、やだ、けいた……にげて、はなして……やめて、にげて……」
「波折……」
「けいたっ……やだ……」
鑓水は波折が意識を取り戻したのを確認すると、ふ、と嬉しそうに微笑んだ。痛みで冷や汗をだらだらとかきながら、波折の身だけを案じていた。自分のために鑓水が傷付くのが哀しくて、波折はぼろぼろと泣きながら……何も、できなかった。魔術を使ってしまえば鑓水を守れる、そう思うのに魔術を使おうとすると頭が真っ白になって何もできない。身体に刻み込まれた「ご主人様」の命令が邪魔をする。
「けいた……けいた……!」
ずる、と鑓水の頭が力なく垂れたとき、波折は血の気が引くのを覚えた。慌てて鑓水の身体を揺さぶっても、反応がない。目の前が真っ暗になる。哀しみすらも湧いてこないくらいの絶望が、波折を襲う。
波折が呆然と、動かなくなってしまった鑓水を弱々しく抱きしめた、そのとき。何者かががしりと錫の手を掴んだ。突然現れたものだから錫は酷く驚いて飛びのいてしまう。
「はいはい、そこまで」
「う、うわああ! ……って、貴方は」
錫は自分を止めた男をみて、へら、と笑った。そして、波折も男をみて安心したような表情を浮かべる。
「これ以上やるとほんとに鑓水くん死んじゃうからさ、ストップ!」
「いいんですよ、あんな弟死んじまえば!」
「あはは! 君みたいなつまんない奴に鑓水くん殺す資格とかないから! ってわけで帰れ」
「えっ、ちょっ、」
錫は男の言葉に顔を青ざめさせる。慌てたように男に掴みかかれば、男は侮蔑の眼差しで男を見下ろした。
「こ、この力で俺は弟なんかよりもずっと上にいけるって……素晴らしい人間になれるってあんた言ったじゃないか! なんでそんなこと言うんだよ……!」
「えー? ごめん、嘘。鑓水くんに意地悪したくておまえに力貸してあげただけで、俺はおまえみたいなちっぽけな人間にはこれっぽっちも興味ないんだよね。だからもう用はないよ。お家帰っておねんねしなさい。あ、魔力隠蔽の魔術はもう使えなくするからね」
「ま、まてって、おい!」
男がぴし、と錫を指さすと、錫の体にブロックノイズがかかり消えてしまった。そして男はぼんやりとそんな光景を眺めていた波折を顧みて、微笑む。
「やあ、波折。無事?」
「……ご主人様」
錫が消えてしまえば、男は何事もなかったように波折のもとに歩み寄ってきた。そして血まみれで意識を失っている鑓水をみて、感心したように顎に手を当てる。
「わあーすごいガッツだね! 鑓水くんは窮地に立たされるとこうするタイプかあ、へえ。らしいといえばらしいかな」
「……ご主人様、……いやです、こういうの……いやです。傷つけるのは、いやです」
「あれ、ごめん波折。やりすぎた?」
ぐすぐすと泣きながら鑓水に擦り寄る波折をみて、男はへらっと笑う。ベッドに腰掛けて、鑓水の頭を掴み顔をのぞき込むと「あーあー」と憐れむように声を出した。
「大丈夫大丈夫、怪我は治してあげるからね。鑓水くん死んじゃったらつまんないし」
「……ご主人様、はやく……血が、」
「はいはい。鑓水くん頑張ったねー、よく波折のことを護ってくれました」
男が鑓水に治癒魔術をかけると、鑓水の体から傷がひいていく。
「……これでまた鑓水くんの魔力はあがるんじゃないかな。心に強い刺激を与えるとどんどん強くなっていくさ」
波折は男をちらりとみて哀しそうに目を伏せたあと、鑓水に頬ずりをした。そして、涙を流しながら何度も彼の名前を呼ぶ。
男は、そんな波折をにっこりと笑いながら見つめていた。
「……慧太、おまえ、なんでここに」
「……え?」
聞いたことのある声がして声をあげれば――そこには、錫がいた。驚愕したような顔をして、こちらをみている。
「……波折は、」
錫がいるということは波折もいるはず……そう思って少し視線を動かしたところで、鑓水は息を呑んだ。手錠で拘束されてベッドに転がされている波折。周囲は水浸しで、彼の肌は血色が悪い。小刻みにガクガクと震えている様子はどうみても異常で、ぐったりと意識を失っているのをみて鑓水は血の気が引くのを感じた。
「……波折に、何をしたんだよ」
「えー? ちょっと虐めてあげただけだけど。俺のものになるならやめてもいいって言ってんのに強情だからさ、こいつ。慧太の側からは離れたくないっていつまでも言ってんだよね。だからオシオキしてたら目を覚まさなくなっちゃった。息はしているし一応生きてるんじゃない?」
「……波折、」
鑓水がふらりと立ち上がる。錫を無視して波折に近づいていき、波折に触れる。肌が冷たくて、本当に生きているのかと疑うほど。
「波折……しっかり、波折……」
鑓水が波折を抱き上げ、温めてやるように強く抱きしめたところで、錫がふらふらと近づいてくる。
「……ッ」
背中に、強烈な痛みが走った。錫が魔術を使ったらしい。鑓水はゆるりと振り向き、錫を睨み上げる。
「……慧太……いっそ死んでおくのもいいかもよ」
「……そんなに、俺が憎いか……魔女になってまで、俺が……!」
「憎い? 当たり前だろ! おまえのせいで俺がどんなに苦しんだと思ってるんだよ! 死んじまえ! 魔女になってまで? 残念だな、裁判官に魔力を感知されて魔術を使ったことがバレなければ魔女とは認定されない! おまえの屍体はあの人にでも処理してもらうよ! おまえは死ね!」
「あの……人? あっ……!」
錫が喚き散らしながら、鑓水と波折に魔術をうってくる。何発も、何発も。大した威力ではないものの、こうも何度も撃てば物を破壊できるくらいは可能だ。鑓水は波折に当たらないように必死に彼を抱きしめ、庇う。背中が感覚がわからなくなるくらいに痛い。今、きっと背中は酷いことになっているのだろうと思ったが、構わず鑓水は波折を庇い続ける。
「死ね! 死ねよ、おまえさえ生まれてこなれば俺は幸せだった! おまえさえいなければ、おまえさえ……!」
「……、」
凄まじい音が何度も聞こえてきたからか……波折ふと目を覚ます。波折は一瞬状態が把握できず呆然としていたが、自分を庇い傷付いている鑓水に気付くとその顔に絶望の色を浮かべた。
「け、けいた……」
「波折……よかった、生きていた……」
「け、けいた、なにして……」
波折は身体に負担をかけられすぎて、動くことができない。鑓水の体がどんどん傷付いていって、自分たちの転がるベッドが血塗れになっていっても、何もすることができなかった。
「や、やだ、けいた……にげて、はなして……やめて、にげて……」
「波折……」
「けいたっ……やだ……」
鑓水は波折が意識を取り戻したのを確認すると、ふ、と嬉しそうに微笑んだ。痛みで冷や汗をだらだらとかきながら、波折の身だけを案じていた。自分のために鑓水が傷付くのが哀しくて、波折はぼろぼろと泣きながら……何も、できなかった。魔術を使ってしまえば鑓水を守れる、そう思うのに魔術を使おうとすると頭が真っ白になって何もできない。身体に刻み込まれた「ご主人様」の命令が邪魔をする。
「けいた……けいた……!」
ずる、と鑓水の頭が力なく垂れたとき、波折は血の気が引くのを覚えた。慌てて鑓水の身体を揺さぶっても、反応がない。目の前が真っ暗になる。哀しみすらも湧いてこないくらいの絶望が、波折を襲う。
波折が呆然と、動かなくなってしまった鑓水を弱々しく抱きしめた、そのとき。何者かががしりと錫の手を掴んだ。突然現れたものだから錫は酷く驚いて飛びのいてしまう。
「はいはい、そこまで」
「う、うわああ! ……って、貴方は」
錫は自分を止めた男をみて、へら、と笑った。そして、波折も男をみて安心したような表情を浮かべる。
「これ以上やるとほんとに鑓水くん死んじゃうからさ、ストップ!」
「いいんですよ、あんな弟死んじまえば!」
「あはは! 君みたいなつまんない奴に鑓水くん殺す資格とかないから! ってわけで帰れ」
「えっ、ちょっ、」
錫は男の言葉に顔を青ざめさせる。慌てたように男に掴みかかれば、男は侮蔑の眼差しで男を見下ろした。
「こ、この力で俺は弟なんかよりもずっと上にいけるって……素晴らしい人間になれるってあんた言ったじゃないか! なんでそんなこと言うんだよ……!」
「えー? ごめん、嘘。鑓水くんに意地悪したくておまえに力貸してあげただけで、俺はおまえみたいなちっぽけな人間にはこれっぽっちも興味ないんだよね。だからもう用はないよ。お家帰っておねんねしなさい。あ、魔力隠蔽の魔術はもう使えなくするからね」
「ま、まてって、おい!」
男がぴし、と錫を指さすと、錫の体にブロックノイズがかかり消えてしまった。そして男はぼんやりとそんな光景を眺めていた波折を顧みて、微笑む。
「やあ、波折。無事?」
「……ご主人様」
錫が消えてしまえば、男は何事もなかったように波折のもとに歩み寄ってきた。そして血まみれで意識を失っている鑓水をみて、感心したように顎に手を当てる。
「わあーすごいガッツだね! 鑓水くんは窮地に立たされるとこうするタイプかあ、へえ。らしいといえばらしいかな」
「……ご主人様、……いやです、こういうの……いやです。傷つけるのは、いやです」
「あれ、ごめん波折。やりすぎた?」
ぐすぐすと泣きながら鑓水に擦り寄る波折をみて、男はへらっと笑う。ベッドに腰掛けて、鑓水の頭を掴み顔をのぞき込むと「あーあー」と憐れむように声を出した。
「大丈夫大丈夫、怪我は治してあげるからね。鑓水くん死んじゃったらつまんないし」
「……ご主人様、はやく……血が、」
「はいはい。鑓水くん頑張ったねー、よく波折のことを護ってくれました」
男が鑓水に治癒魔術をかけると、鑓水の体から傷がひいていく。
「……これでまた鑓水くんの魔力はあがるんじゃないかな。心に強い刺激を与えるとどんどん強くなっていくさ」
波折は男をちらりとみて哀しそうに目を伏せたあと、鑓水に頬ずりをした。そして、涙を流しながら何度も彼の名前を呼ぶ。
男は、そんな波折をにっこりと笑いながら見つめていた。
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