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第十章:その弱さを知ったとき
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鑓水の家は電車と徒歩を合わせて学校から30分ほど離れたところにあった。所謂高級住宅街というところにある一軒家。
鑓水はそっと門をあけて玄関まで向かっていく。鍵を使って扉をあけて――という一連の動作をみて波折は不思議に思った。鑓水は全ての動作をあまり音をたてないようにやっている。自分の家なのになぜそんなにこそこそとしているのだろう、と。
「ブレザーとったらすぐ出るから」
「……うん」
ちらりと鑓水の表情をみて、波折はすぐに目をそらす。……なんとも、陰鬱な表情をしていた。どこをみているのか、瞳にはどこか影ができていて。感情を感じさせないようなその顔に、波折も少しだけ怖いと感じてしまう。
靴を脱いで、さっとあがって。鑓水と波折が階段を登ろうとしたとき。
「――けいちゃん?」
「……えっ」
どこかの部屋から出てきた少女が、鑓水を呼び止めた。人形と見紛うほどに綺麗な美少女だ。少女は鑓水の顔をみるなりぱあっと顔を赤らめて、鑓水のものへ寄ってくる。
「おかえり! けいちゃん!」
「お、おう……ただいま」
「なかなか帰ってこないんだもん、私ずっとけいちゃんに会いたかった!」
「そうか、悪い、またすぐ出てくから」
「えっ……そ、そうなんだ」
少女は波折のことなど視界に入らないといったふうに鑓水に擦り寄った。しかし、鑓水は芳しくない面持ちで少女から目を逸らしている。少女は鑓水の姉妹だろうか、と波折が思った時だ。少女がとんでもないことを口にする。
「けいちゃん……すぐ出てっちゃうなら、私とセックスしてからにして」
「……っ」
え、と波折が思わず声をあげてしまいそうになったとき、鑓水が強く波折の手をひいた。そして、少女を振りきって階段を一気に登っていく。下のほうで少女が大声で鑓水を呼んでいたが、鑓水は結局それを無視して波折と共に自室に逃げ込んでしまった。
――鑓水の部屋は、物が少なくすっきりとしていた。部屋の主がほとんど立ち入らないためかどことなく冷たい空気が漂っていて息苦しい。棚という棚に飾ってあるトロフィーや賞状が印象的だった。
「あの……慧太、今の子って……」
「……兄嫁」
「え? 兄嫁?」
鑓水がクローゼットからブレザーを取り出しているとき、波折は先程の少女について尋ねてみる。鑓水に「セックスして」と言っていた少女が兄嫁であると知って、波折は言葉をつまらせた。あまり突っ込んで聞いてはいけないような気がしたのだ。どう考えても、少女と鑓水の関係は、おかしい。
「……いくぞ。ほかの奴らにみつかるまえに」
「え、他の奴らって……ご家族?」
「……」
鑓水はブレザーを羽織ると、再び波折の手をひいて部屋を出ようとした。その時だ。
「――慧太、帰ってきているならただいまくらい言いなさい」
突然扉が開いて、厚化粧の女性が入って来た。鑓水は彼女をみるなり「げ」と小さく呟いて、ただいま、と小さな声で言う。
「あら……慧太のお友達?」
「……あ、はい。おじゃましています」
「いらっしゃい。私は慧太の母よ。そんなに慌てないでゆっくりしていったらどう?」
鑓水の母と名乗った彼女は、にこにこと微笑んだ。パッと見た感じは普通の母親である。なぜ鑓水がそんなにも居心地が悪そうにしているのか、波折にはわからなかった。
「そうそう、慧太、また成績よかったみたいね。私、とても鼻が高いわ」
「……うん」
「となりの武宮さんもすごいって言ってたわ! ああ、杉田さんも!」
「ああ……ごめん、俺もういくから」
「あら、そうなの? ちゃんとお勉強はするのよ! 生徒会ずっと続けなさいね!」
彼女の話を聞いている間、鑓水はいらいらとした表情を浮かべていた。逃げるようにして彼女を横切って家の出口を目指す鑓水の背中を、波折は混乱しながらみつめる。
「け、慧太……そんな慌てなくても……」
「あの人……まーた俺の自慢かよ……俺はあんたのアクセサリーじゃないっつーの」
「……え?」
「こうしてろくに家に息子が帰らない件についてスルーしてるって点でお察しだよな、俺の心配なんかしちゃいねぇ、目に見える成績さえちゃんとしていれば、あの人は何も言わねえよ」
「あ……」
鑓水が吐き捨てるようにそんなことを言うものだから、波折はそれ以上なにも言うことができなかった。鑓水に続いて玄関で靴を履くと、一緒にでていく。
あまり鑓水の事情について詳しく知ることはできなかったが、彼にとって家は居心地の悪い場所なのか、ということは波折にも理解できた。だからといって家に帰らない、というのはどうだろうと思うが、そんなこと波折が口を出す権利はない。
「……?」
なんとなく気がかりなのは、玄関をでて門を出るまで……鑓水が何かに怯えるようにしていたこと。焦って波折の手を引いて、とにかく早く家を出ようとしている。
……まだ会いたくない人がいたのだろうか。
そんなふうに、波折がぐいぐいと手を引かれて鑓水の家を出ようとしているとき。
家の二階の部屋から、そんな二人を眺めている人物がいた。その人物は、双眼鏡まで持ち出して鑓水の隣にいる波折をじっとみている。
「……友達? 友達かな、慧太の。家に連れてくるなんて随分仲が良さそう。ふうん……すっごくかっこいい子だなあ」
波折をみつめながら、がりがりとささくれを掻いて、指から血を流す。流れた血を舐めとっては、今度は歯をつかって皮を剥き始める。ギチギチと歯を強く噛み合わせながら、彼は呟く。
「いっつもすごいもんばっかり手に入れて……また、奪ってやろうかな」
鑓水はそっと門をあけて玄関まで向かっていく。鍵を使って扉をあけて――という一連の動作をみて波折は不思議に思った。鑓水は全ての動作をあまり音をたてないようにやっている。自分の家なのになぜそんなにこそこそとしているのだろう、と。
「ブレザーとったらすぐ出るから」
「……うん」
ちらりと鑓水の表情をみて、波折はすぐに目をそらす。……なんとも、陰鬱な表情をしていた。どこをみているのか、瞳にはどこか影ができていて。感情を感じさせないようなその顔に、波折も少しだけ怖いと感じてしまう。
靴を脱いで、さっとあがって。鑓水と波折が階段を登ろうとしたとき。
「――けいちゃん?」
「……えっ」
どこかの部屋から出てきた少女が、鑓水を呼び止めた。人形と見紛うほどに綺麗な美少女だ。少女は鑓水の顔をみるなりぱあっと顔を赤らめて、鑓水のものへ寄ってくる。
「おかえり! けいちゃん!」
「お、おう……ただいま」
「なかなか帰ってこないんだもん、私ずっとけいちゃんに会いたかった!」
「そうか、悪い、またすぐ出てくから」
「えっ……そ、そうなんだ」
少女は波折のことなど視界に入らないといったふうに鑓水に擦り寄った。しかし、鑓水は芳しくない面持ちで少女から目を逸らしている。少女は鑓水の姉妹だろうか、と波折が思った時だ。少女がとんでもないことを口にする。
「けいちゃん……すぐ出てっちゃうなら、私とセックスしてからにして」
「……っ」
え、と波折が思わず声をあげてしまいそうになったとき、鑓水が強く波折の手をひいた。そして、少女を振りきって階段を一気に登っていく。下のほうで少女が大声で鑓水を呼んでいたが、鑓水は結局それを無視して波折と共に自室に逃げ込んでしまった。
――鑓水の部屋は、物が少なくすっきりとしていた。部屋の主がほとんど立ち入らないためかどことなく冷たい空気が漂っていて息苦しい。棚という棚に飾ってあるトロフィーや賞状が印象的だった。
「あの……慧太、今の子って……」
「……兄嫁」
「え? 兄嫁?」
鑓水がクローゼットからブレザーを取り出しているとき、波折は先程の少女について尋ねてみる。鑓水に「セックスして」と言っていた少女が兄嫁であると知って、波折は言葉をつまらせた。あまり突っ込んで聞いてはいけないような気がしたのだ。どう考えても、少女と鑓水の関係は、おかしい。
「……いくぞ。ほかの奴らにみつかるまえに」
「え、他の奴らって……ご家族?」
「……」
鑓水はブレザーを羽織ると、再び波折の手をひいて部屋を出ようとした。その時だ。
「――慧太、帰ってきているならただいまくらい言いなさい」
突然扉が開いて、厚化粧の女性が入って来た。鑓水は彼女をみるなり「げ」と小さく呟いて、ただいま、と小さな声で言う。
「あら……慧太のお友達?」
「……あ、はい。おじゃましています」
「いらっしゃい。私は慧太の母よ。そんなに慌てないでゆっくりしていったらどう?」
鑓水の母と名乗った彼女は、にこにこと微笑んだ。パッと見た感じは普通の母親である。なぜ鑓水がそんなにも居心地が悪そうにしているのか、波折にはわからなかった。
「そうそう、慧太、また成績よかったみたいね。私、とても鼻が高いわ」
「……うん」
「となりの武宮さんもすごいって言ってたわ! ああ、杉田さんも!」
「ああ……ごめん、俺もういくから」
「あら、そうなの? ちゃんとお勉強はするのよ! 生徒会ずっと続けなさいね!」
彼女の話を聞いている間、鑓水はいらいらとした表情を浮かべていた。逃げるようにして彼女を横切って家の出口を目指す鑓水の背中を、波折は混乱しながらみつめる。
「け、慧太……そんな慌てなくても……」
「あの人……まーた俺の自慢かよ……俺はあんたのアクセサリーじゃないっつーの」
「……え?」
「こうしてろくに家に息子が帰らない件についてスルーしてるって点でお察しだよな、俺の心配なんかしちゃいねぇ、目に見える成績さえちゃんとしていれば、あの人は何も言わねえよ」
「あ……」
鑓水が吐き捨てるようにそんなことを言うものだから、波折はそれ以上なにも言うことができなかった。鑓水に続いて玄関で靴を履くと、一緒にでていく。
あまり鑓水の事情について詳しく知ることはできなかったが、彼にとって家は居心地の悪い場所なのか、ということは波折にも理解できた。だからといって家に帰らない、というのはどうだろうと思うが、そんなこと波折が口を出す権利はない。
「……?」
なんとなく気がかりなのは、玄関をでて門を出るまで……鑓水が何かに怯えるようにしていたこと。焦って波折の手を引いて、とにかく早く家を出ようとしている。
……まだ会いたくない人がいたのだろうか。
そんなふうに、波折がぐいぐいと手を引かれて鑓水の家を出ようとしているとき。
家の二階の部屋から、そんな二人を眺めている人物がいた。その人物は、双眼鏡まで持ち出して鑓水の隣にいる波折をじっとみている。
「……友達? 友達かな、慧太の。家に連れてくるなんて随分仲が良さそう。ふうん……すっごくかっこいい子だなあ」
波折をみつめながら、がりがりとささくれを掻いて、指から血を流す。流れた血を舐めとっては、今度は歯をつかって皮を剥き始める。ギチギチと歯を強く噛み合わせながら、彼は呟く。
「いっつもすごいもんばっかり手に入れて……また、奪ってやろうかな」
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