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第十章:その弱さを知ったとき

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「淺羽せんせー!」


 淺羽の特別講義は全学年が受講している。講義が終わって鑓水は、件のレポートについて尋ねようと淺羽のもとを訪れた。鑓水は成績こそはいいがこうして授業のあと熱心に先生のもとに通うタイプではなかったため、淺羽も少し驚いて鑓水のことを見つめる。

 レポートを淺羽が書いたということを尋ねれば、淺羽は目を丸くした。自分のレポートをみつけて鑓水が読んでいたなどとは夢にも思わなかったらしい。


「淺羽せんせー、この理論って本当なんですか?」

「あくまで俺が主張した、ってだけでその理論が確定かどうかはわからないけどね。俺は本当だと思うよ」

「ええー?  でもそれだと俺が防御の魔術が得意って変じゃないですか?  防御の魔術が得意な人ってどんな人なんです?」


 鑓水は理論が本当かどうか、ということよりも自分の魔術について聞いてみたかった。沙良にも言われたし、自分でも防御魔術が得意、というのは「らしくない」からだ。鑓水は自分の攻撃的な性格はある程度把握しているつもりだった。


「防御の魔術が得意な人は、『守りたいものがある人』だよ」

「守りたいもの?」

「たとえば大切な人とか」

「ぶっは!  いねー!  心当たりないですよー、そんなの!  俺、潜在的に周りの人が傷つくのが嫌って思ってたりするのかな?」

「それもあるかもな。でも、守りたいものっていうのは外側にだけあるものじゃなくて、内側にもあることがある」

「うん?」

「自分を守りたい、とかね」


 淺羽がふっと笑って鑓水をみつめる。大切な人、と言えば笑い飛ばした鑓水が黙り込んでしまった。淺羽は考えこむように下を向いてしまった鑓水に、優しく語りかける。


「防御の魔術はちょっと心に弱いところを持っている人が長けていることが多い。苦しいことから逃れたい、そんな逃避の願望が防御の魔術となって現れる」

「……へえ、」

「……そっちには心当たりあるみたいだね」


 鑓水は口元では笑いながらも、意識は完全に淺羽からは外れていた。心ここにあらず、といったところだ。普段の鑓水らしくないそんな表情を見て、淺羽は困ったように笑う。


「君はまだ高校生だからね。辛いことがあればそれに面と向かってぶつかっていくことなんて出来ないかもしれない。でもそれを恥ずかしがることはないし、気に病むことはないよ。いいんじゃない、防御魔術が得意、素敵じゃないか!  将来裁判官になったら、みんなを魔女から守ってあげることができるぞ」

「うーん、そうですね!  結局のところ防御魔術が得意ってことに繋がっているならいいか!」


 淺羽の言葉に鑓水はころっと態度を変えて笑った。いつもの表情に戻った鑓水をみて、淺羽も安心したようだ。ほっとしたように笑う。


「じゃあせんせー、波折は?  波折はどういうこと?  あいつなんでオール満点なの?」

「……波折?  そうだな、波折について分析していけばもうちょっとこの理論も信憑性でるよなー。イレギュラーな存在だからさ、波折」

「せんせーも波折についてはやっぱりわからない?」

「あはは、俺もなんでも知ってるわけじゃないしな!」

「そっか。淺羽せんせー、ありがとうございます。すみません、引き止めちゃって」


 報告レポートは少し前に書かれたもの。波折のJS入学前のものであるから、淺羽も波折のようなイレギュラーには驚いたんだろうな、と鑓水は納得した。鑓水は理論を間違っているとは思っていない。むしろ波折のことを知る大切な術であるから正しくあって欲しいと考えている。だから理論が正しいのか正しくないのか、そういったことを議論するつもりはなかった。

 鑓水は淺羽にお礼を言うと教室をでていく。淺羽はそんな鑓水の後ろ姿を、ひらひらと手を振って軽い調子で見送っていた。
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