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第九章:青と深淵
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「……ごめん」
コーヒーを飲ませてやってしばらくすると、波折は正気を取り戻したようだ。目を逸らしながら沙良に謝ってきた。ほんとだよ大変だったんだぞ、と文句を言いたいところだったがそれは我慢する。
「波折先輩……あのー、その体質、大変じゃないですか?」
「まあ、そうだね」
「鑓水先輩も苦労するだろうな……」
「慧太? なんで?」
「え? だって、恋人がそんな体質だったら気が気じゃないでしょ。さっきみたいに相手関係なくあんな風になっちゃったら」
自分で自分を傷つけるようなことを言って、沙良はため息をつく。憂鬱そうな顔をしたからか、波折が不思議そうな顔をしていた。そりゃあこっちの気持ちなんてあんたは知らないだろうけど、と沙良が心の中で毒づいたとき。
「恋人? 何言ってんの?」
なんて、耳を疑うようなことを波折は言ってきた。
「へ? だって、鑓水先輩と付き合っているんじゃあ……」
「まさか。俺がいつ慧太と付き合ったんだよ」
「だ、だって……ヤッたんでしょ!?」
「セックス? したけどそれが?」
「え、ええ? さっき鑓水先輩のこと好きって言いませんでしたか? かっこいいし、あれが上手だって」
「好きだよ? 俺、みんなのこと好きだから」
「なん…だと…」
ひえー、と沙良は心の中で叫ぶ。鑓水と付き合っていないという事実に飛び上がるほどに嬉しかったが、同時に嫌な確信を得る。波折は、アレだ。ビッチというやつだ、と。
付き合っていない人とセックスをすることに全く抵抗がない、そしてそういった性分だからこそ、チョコレートを食べたときの醜態を沙良に見られても恥ずかしがることもなく平然としている。
鑓水が波折について色々と言っていたのは、ここに繋がっているのかと沙良はようやく気付く。
しかし、ここでドン引きしなかったのは、あいも変わらず波折のことが好きだからだ。生徒会長が誰彼構わずセックスするようなビッチでも、彼の中にある可愛さとか寂しさを知っている。ちょっとエロいくらいなんだ、この人のことが俺は好きだ。
「じゃあ、波折先輩は鑓水先輩といったいどういう関係……セフレとかいうやつですか?」
「セフレ? んー……まあ広義的にはそんな感じ」
「……なんでそんな関係に……」
「どうでもいいだろ、そんなこと」
ただ、そういう風に身持ちが軽いと心配になってくる。セックスが好きなことに口を出すつもりはないが、波折の考えはなんとなく退廃的に感じた。
およそ普通に生活している人間のもつ考えには思えない。鑓水の言っていた「普通の人間は魔術試験で満点をとることは不可能」という言葉と相まって、波折の中になにか闇のようなものの存在があると勘ぐってしまう。
「あの……鑓水先輩と、付き合ってるわけじゃないんでしょ? あんまりそういう関係続けるのは……」
「沙良には関係ないだろ。周りに悟られないようにはするつもりだし、口をだすな」
「俺は波折先輩の心配をしてるんです! そんな、色んな人に抱かれるのなんてよくないですよ!」
「だから沙良にそういうこと言われたくないってば」
「関係あります! 俺は波折先輩のこと……大切なんです」
ぐ、と沙良は波折を抱き寄せた。波折がびくんと肩を跳ねさせる。こうしてわかりやすく好意をぶつけられることを波折が嫌うと知っていても……こうしたかった。波折にあまり哀しいことをして欲しくなかったから。
「沙良……放して」
「やだ! 波折先輩がわからずやだから離しません!」
「は、放せって……!」
ぐ、と強く肩を押されて、波折に拒絶されてしまった。ちくしょう、そう思ったけれど……波折の顔を見て、沙良は息を呑む。
瞳が微か濡れ、困ったように揺れる視線。きゅ、と閉じられた唇は震えている。どくん、と急激に心臓が高鳴る。「波折先輩……?」と思わず沙良が名前を呼べば、波折ははっと目を見開いた。
「……あっ、えっと……ピアノ、聞きたいかな」
「へっ?」
「このまえ聞かせてくれるって言っていたでしょ、」
あ、逃げた。あからさまな話の切り替えに沙良は内心舌打ちをうった。でもぐいぐいいきすぎたかもしれない、と沙良も反省していたためこれ以上波折には迫れなかった。
まともに人の好意をうけたことがない相手に過度に迫れば怯えてしまうだろう。もっとゆっくりと想いを伝えるべきかな、と沙良はため息をつく。
波折は目を泳がせながら、リビングの隅に置かれているピアノを指さしていた。埃をかぶったアップライトピアノである。おそらく話をそらすためになんとなく視界に入ったピアノを使いたかったのだろう。少し前に沙良がピアノを弾ける、といったことを持ち出してきた。
「あー……どうせ聞かせるならあっちのピアノじゃないピアノのほうがいいな」
「? もう一台あるのか?」
「はい。あっちは昔俺と夕紀のために買ってもらったものです。でも別の部屋にもっといいピアノがあって……そっちのほうが手入れなんかもきっちりしてあるので、よければ」
コーヒーを飲ませてやってしばらくすると、波折は正気を取り戻したようだ。目を逸らしながら沙良に謝ってきた。ほんとだよ大変だったんだぞ、と文句を言いたいところだったがそれは我慢する。
「波折先輩……あのー、その体質、大変じゃないですか?」
「まあ、そうだね」
「鑓水先輩も苦労するだろうな……」
「慧太? なんで?」
「え? だって、恋人がそんな体質だったら気が気じゃないでしょ。さっきみたいに相手関係なくあんな風になっちゃったら」
自分で自分を傷つけるようなことを言って、沙良はため息をつく。憂鬱そうな顔をしたからか、波折が不思議そうな顔をしていた。そりゃあこっちの気持ちなんてあんたは知らないだろうけど、と沙良が心の中で毒づいたとき。
「恋人? 何言ってんの?」
なんて、耳を疑うようなことを波折は言ってきた。
「へ? だって、鑓水先輩と付き合っているんじゃあ……」
「まさか。俺がいつ慧太と付き合ったんだよ」
「だ、だって……ヤッたんでしょ!?」
「セックス? したけどそれが?」
「え、ええ? さっき鑓水先輩のこと好きって言いませんでしたか? かっこいいし、あれが上手だって」
「好きだよ? 俺、みんなのこと好きだから」
「なん…だと…」
ひえー、と沙良は心の中で叫ぶ。鑓水と付き合っていないという事実に飛び上がるほどに嬉しかったが、同時に嫌な確信を得る。波折は、アレだ。ビッチというやつだ、と。
付き合っていない人とセックスをすることに全く抵抗がない、そしてそういった性分だからこそ、チョコレートを食べたときの醜態を沙良に見られても恥ずかしがることもなく平然としている。
鑓水が波折について色々と言っていたのは、ここに繋がっているのかと沙良はようやく気付く。
しかし、ここでドン引きしなかったのは、あいも変わらず波折のことが好きだからだ。生徒会長が誰彼構わずセックスするようなビッチでも、彼の中にある可愛さとか寂しさを知っている。ちょっとエロいくらいなんだ、この人のことが俺は好きだ。
「じゃあ、波折先輩は鑓水先輩といったいどういう関係……セフレとかいうやつですか?」
「セフレ? んー……まあ広義的にはそんな感じ」
「……なんでそんな関係に……」
「どうでもいいだろ、そんなこと」
ただ、そういう風に身持ちが軽いと心配になってくる。セックスが好きなことに口を出すつもりはないが、波折の考えはなんとなく退廃的に感じた。
およそ普通に生活している人間のもつ考えには思えない。鑓水の言っていた「普通の人間は魔術試験で満点をとることは不可能」という言葉と相まって、波折の中になにか闇のようなものの存在があると勘ぐってしまう。
「あの……鑓水先輩と、付き合ってるわけじゃないんでしょ? あんまりそういう関係続けるのは……」
「沙良には関係ないだろ。周りに悟られないようにはするつもりだし、口をだすな」
「俺は波折先輩の心配をしてるんです! そんな、色んな人に抱かれるのなんてよくないですよ!」
「だから沙良にそういうこと言われたくないってば」
「関係あります! 俺は波折先輩のこと……大切なんです」
ぐ、と沙良は波折を抱き寄せた。波折がびくんと肩を跳ねさせる。こうしてわかりやすく好意をぶつけられることを波折が嫌うと知っていても……こうしたかった。波折にあまり哀しいことをして欲しくなかったから。
「沙良……放して」
「やだ! 波折先輩がわからずやだから離しません!」
「は、放せって……!」
ぐ、と強く肩を押されて、波折に拒絶されてしまった。ちくしょう、そう思ったけれど……波折の顔を見て、沙良は息を呑む。
瞳が微か濡れ、困ったように揺れる視線。きゅ、と閉じられた唇は震えている。どくん、と急激に心臓が高鳴る。「波折先輩……?」と思わず沙良が名前を呼べば、波折ははっと目を見開いた。
「……あっ、えっと……ピアノ、聞きたいかな」
「へっ?」
「このまえ聞かせてくれるって言っていたでしょ、」
あ、逃げた。あからさまな話の切り替えに沙良は内心舌打ちをうった。でもぐいぐいいきすぎたかもしれない、と沙良も反省していたためこれ以上波折には迫れなかった。
まともに人の好意をうけたことがない相手に過度に迫れば怯えてしまうだろう。もっとゆっくりと想いを伝えるべきかな、と沙良はため息をつく。
波折は目を泳がせながら、リビングの隅に置かれているピアノを指さしていた。埃をかぶったアップライトピアノである。おそらく話をそらすためになんとなく視界に入ったピアノを使いたかったのだろう。少し前に沙良がピアノを弾ける、といったことを持ち出してきた。
「あー……どうせ聞かせるならあっちのピアノじゃないピアノのほうがいいな」
「? もう一台あるのか?」
「はい。あっちは昔俺と夕紀のために買ってもらったものです。でも別の部屋にもっといいピアノがあって……そっちのほうが手入れなんかもきっちりしてあるので、よければ」
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