74 / 260
第七章:そのイジワルが嬉しくて
7
しおりを挟む
家に帰ってから沙良は、ずっとこの世の終わりのような顔をしてぼーっと部屋に閉じこもっていた。ベッドにばたりと倒れ込み、枕に顔を埋める。昔の人は失恋して枕を濡らすなんて言って、なんて女々しいのだろうなんて思っていたが――失恋って思ったよりも苦しい。その昔の人のように……沙良は涙で枕を濡らしてしまっていた。
波折のことは、本当に好きだった。みんなの前で見せるつくったような王子様のような顔を見れば、自分なんかが近づけるような人ではないと、そう思ったけれど……控えめな笑顔とか、ふとしたときに見せた涙とか、それから気を抜いたときにみせる隙だらけの姿とか。知れば知るほどに波折は可愛くて、愛おしくて、……いつか、堂々と「愛しています」と伝えながら抱きしめたいと……そう思っていた。
波折の相手が鑓水なら――もうだめだ、そう思う。
鑓水は、沙良から見てもカッコイイからだ。校則ギリギリの格好をしていて副会長としてはどうなんだろうと思うが、その見た目に反してかなり頭が切れる。顔もイケメンだし校内の人気も高い、沙良からすれば少しキツイ香水の匂いだって、あれを色っぽいと思う人はいるだろう。
「別世界」。なんとなく、沙良の頭のなかにはその言葉が浮かぶ。そしてああ、誰かも言っていたな、と思う。波折と鑓水がときどき二人で並んだ時に、決まって誰かは言うのだ。「別世界みたいだね」と。そう、波折の隣に並べるような人なんて、鑓水くらい。
……俺なんて入る隙はなかったのかな。俺だけが勝手に舞い上がって……
「――おにーちゃん」
ぼろ、とまた涙が溢れだした時、扉のノック音とともに夕紀が沙良の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「……なに。まだご飯の時間じゃないだろ」
「あ、あの……明日明後日、週末だよね。波折さん、来る?」
「……へ?」
泣き顔を見られないように扉は開けないまま、ベッドに寝そべって沙良が返事をすれば、夕紀はぎょっとするようなことを言ってきた。言われてみれば明日からは週末だ。週末になったら家に来てご飯つくってもらう、そんな約束を波折としていた。そして夕紀もそれを楽しみにしていた。
「……わかんない。一応聞いてみるけど……こないかも」
「えっ……そんな……」
「聞いてみるから……」
正直今は波折に会いたくない。失恋した相手の顔などみたくない。……というか、恋人がいるならうちにご飯をつくりにわざわざ来るなんて、通い妻みたいなことしてくれるわけないじゃないか。――とは思うが、夕紀が寂しそうにしている。
夕紀が扉から離れていったのを確認すると、沙良は仕方なく――波折の携帯に電話をかけてみる。
そういえば電話は初めてかもしれない。なんとなく出ないだろうな……そう思っていたから、
『――はい』
数コールの後に波折が電話に出たことに、沙良は驚いて飛び上がってしまった。
「えっ、えっと……! こんにちは波折先輩!」
『ああ、うん。何の用?』
「あ、あの……体調、大丈夫ですか?」
『うん。大丈夫だけど』
「え、えっと……」
電話越しの波折の声、というものに慣れていないものだから、沙良はパニックになってしまって何を話そうとしていたのか忘れてしまっていた。しどろもどろに、でも会話を途絶えさせないように必死で言葉を紡ぐ。
「い、いま……波折先輩、一人ですか?」
『いや……慧太と一緒』
「……まだ保健室にいるんですか?」
『ううん……俺の家。俺の家に、慧太がきてる』
「……え」
ぎゅ、と心臓が押しつぶされるかと思った。失恋のショックから立ち直っていないこの状態で、今度は、波折の家に鑓水がいるという事実を突きつけられる。目の前が、真っ暗だ。一人暮らしの波折の家で、ふたりきりで一体何をしているのだろうと考えると……死にたくなった。
「……明日のご予定は」
『あー……慧太と一緒にいるかな』
「……ですよね。デートでも?」
『ううん。家にいる』
「家で、ふたりで……へえ、そうですか」
明日は家で、きっと……考えたくない。きっと、たくさん鑓水に愛してもらうのだろう。あの敏感な身体を鑓水はたくさん触って、そして波折は可愛く喘いで。そんな一日を二人は過ごす。
――考えたくない。
「……じゃあ、明後日は……空いてますか?」
『明後日? 明後日なら空いてるけど』
「夕紀が……うちに波折先輩に来てほしいって。もしよければ、来ていただけませんか。……あ、いいですよ、無理だったら」
『……えっと、』
波折が迷っているように言葉につまらせる。彼氏さんの目の前で違う男との約束を取り付けるわけがないだろうなあ……と半ば諦めの気持ちで沙良が待っていると――
『い、いいよ。大丈夫、いける』
「えっ……でも、」
『……いく、から……また、一緒にご飯食べよう』
「え……」
ためらいがちな、波折の声。どきん、と沙良の胸が跳ねると同時に、ブツッと電話は切れてしまった。
ツーツーと電話の奥から聞こえてくる音。失恋したばかりだというのに……波折に会えることを楽しみにしてしまっている自分を、莫迦だ、と思った。
波折のことは、本当に好きだった。みんなの前で見せるつくったような王子様のような顔を見れば、自分なんかが近づけるような人ではないと、そう思ったけれど……控えめな笑顔とか、ふとしたときに見せた涙とか、それから気を抜いたときにみせる隙だらけの姿とか。知れば知るほどに波折は可愛くて、愛おしくて、……いつか、堂々と「愛しています」と伝えながら抱きしめたいと……そう思っていた。
波折の相手が鑓水なら――もうだめだ、そう思う。
鑓水は、沙良から見てもカッコイイからだ。校則ギリギリの格好をしていて副会長としてはどうなんだろうと思うが、その見た目に反してかなり頭が切れる。顔もイケメンだし校内の人気も高い、沙良からすれば少しキツイ香水の匂いだって、あれを色っぽいと思う人はいるだろう。
「別世界」。なんとなく、沙良の頭のなかにはその言葉が浮かぶ。そしてああ、誰かも言っていたな、と思う。波折と鑓水がときどき二人で並んだ時に、決まって誰かは言うのだ。「別世界みたいだね」と。そう、波折の隣に並べるような人なんて、鑓水くらい。
……俺なんて入る隙はなかったのかな。俺だけが勝手に舞い上がって……
「――おにーちゃん」
ぼろ、とまた涙が溢れだした時、扉のノック音とともに夕紀が沙良の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「……なに。まだご飯の時間じゃないだろ」
「あ、あの……明日明後日、週末だよね。波折さん、来る?」
「……へ?」
泣き顔を見られないように扉は開けないまま、ベッドに寝そべって沙良が返事をすれば、夕紀はぎょっとするようなことを言ってきた。言われてみれば明日からは週末だ。週末になったら家に来てご飯つくってもらう、そんな約束を波折としていた。そして夕紀もそれを楽しみにしていた。
「……わかんない。一応聞いてみるけど……こないかも」
「えっ……そんな……」
「聞いてみるから……」
正直今は波折に会いたくない。失恋した相手の顔などみたくない。……というか、恋人がいるならうちにご飯をつくりにわざわざ来るなんて、通い妻みたいなことしてくれるわけないじゃないか。――とは思うが、夕紀が寂しそうにしている。
夕紀が扉から離れていったのを確認すると、沙良は仕方なく――波折の携帯に電話をかけてみる。
そういえば電話は初めてかもしれない。なんとなく出ないだろうな……そう思っていたから、
『――はい』
数コールの後に波折が電話に出たことに、沙良は驚いて飛び上がってしまった。
「えっ、えっと……! こんにちは波折先輩!」
『ああ、うん。何の用?』
「あ、あの……体調、大丈夫ですか?」
『うん。大丈夫だけど』
「え、えっと……」
電話越しの波折の声、というものに慣れていないものだから、沙良はパニックになってしまって何を話そうとしていたのか忘れてしまっていた。しどろもどろに、でも会話を途絶えさせないように必死で言葉を紡ぐ。
「い、いま……波折先輩、一人ですか?」
『いや……慧太と一緒』
「……まだ保健室にいるんですか?」
『ううん……俺の家。俺の家に、慧太がきてる』
「……え」
ぎゅ、と心臓が押しつぶされるかと思った。失恋のショックから立ち直っていないこの状態で、今度は、波折の家に鑓水がいるという事実を突きつけられる。目の前が、真っ暗だ。一人暮らしの波折の家で、ふたりきりで一体何をしているのだろうと考えると……死にたくなった。
「……明日のご予定は」
『あー……慧太と一緒にいるかな』
「……ですよね。デートでも?」
『ううん。家にいる』
「家で、ふたりで……へえ、そうですか」
明日は家で、きっと……考えたくない。きっと、たくさん鑓水に愛してもらうのだろう。あの敏感な身体を鑓水はたくさん触って、そして波折は可愛く喘いで。そんな一日を二人は過ごす。
――考えたくない。
「……じゃあ、明後日は……空いてますか?」
『明後日? 明後日なら空いてるけど』
「夕紀が……うちに波折先輩に来てほしいって。もしよければ、来ていただけませんか。……あ、いいですよ、無理だったら」
『……えっと、』
波折が迷っているように言葉につまらせる。彼氏さんの目の前で違う男との約束を取り付けるわけがないだろうなあ……と半ば諦めの気持ちで沙良が待っていると――
『い、いいよ。大丈夫、いける』
「えっ……でも、」
『……いく、から……また、一緒にご飯食べよう』
「え……」
ためらいがちな、波折の声。どきん、と沙良の胸が跳ねると同時に、ブツッと電話は切れてしまった。
ツーツーと電話の奥から聞こえてくる音。失恋したばかりだというのに……波折に会えることを楽しみにしてしまっている自分を、莫迦だ、と思った。
10
あなたにおすすめの小説
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる