上 下
29 / 52
戯の章

15

しおりを挟む
「……」


――そうだ、俺は、あの神様に抱かれたんだ。

 あの時の記憶が蘇ってきて、織は穴があらば入りたい気持ちだった。

 あの時――自分は明らかにおかしかった、と織は自覚している。風に逆らって廻るかざぐるまの存在を認識した、その瞬間から。一瞬、意識が飛んで――それからは、以上に人肌恋しくなって、戯という妖怪を愛おしく思えてきて、それでいて……さみしかった。愛してもらいたくてたまらない、そんなことをずっと、ずっとずっと考えていたと思う。

 絶対に、あの異常地帯のせいでおかしくなった。だって、自分は普段そんなことを一切考えていない。咲耶の念とやらのせいで、自分はおかしくなったんだ。織はそう考えているが……それでも、鈴懸にあんな風に抱かれたことを思い出すと恥ずかしくてどうしようもない。ああして人前で乱れて、これからどんなふうにして外を歩けばいいというのか。これからどんなふうにして鈴懸と話せばいいのか。


「……くそ、」


 なんで、こんなことになっているのだろう。

 なんで自分はこんな目にあわなくちゃいけないんだろう。織は、自分の奇怪な運命を呪ったが……いまいちその恨みは深まっていくことはなく。


『織――……!』


 あの時の、鈴懸に抱かれたときの記憶が、織のなかで大部分を占めてしまっていた。


「……」


 あのとき――ずっと戯に、「咲耶」と呼ばれ続けて少しさみしかった。今思い返すと、さみしいなんてなぜ思ったのかわからないけれど、あのときはすごくさみしく思っていた。自分ではなく、「咲耶」を求められているのだと。触れられて、そのぬくもりに満足はしているけれど、隙間風に吹かれるようにほんのりとさみしかった。

 だから、鈴懸に「織」と呼ばれてすごく嬉しかったのだ。あの、さみしくてさみしくて、そして痛くて辛くてたまらない、そんなときに名前を呼んでくれた。

 ただ織が不思議に思ったのは、あの一瞬だけ、鈴懸が戯から体を奪い返していたこと。それは、そのときの彼の目を見て気づいた。なぜ彼は体を奪い返してまで「織」と呼んだのだろう――それを思うと気になって気になってしょうがない。鈴懸が自分のことを好いてなんていない、織はそう感じ取っているのだから。


『鈴、か――……ッ、あぁっ……!』


――思い出すと、顔が熱くなる。自分を呼ぶ、熱を帯びた声。乱れた着物の下の、しっかりとした体。自分を映す、美しい紅い瞳。

 触れ合う、というのはああいうことなんだ。愛し合っている人たちは、ああいうことをするんだ。無意識にあのときの感覚の欠片を体のなかから探し出して、快楽を掘り出した。蘇る、体の奥を突き上げられる感覚、太い腕に抱きしめられる温もり。


「……むり、」


 織は顔を埋めて、瞳を潤ませる。

 自分が、自分じゃなくなるみたいだ。他人に近づかれるのがいやだったのに。一人でいたかったのに。それなのに……

 あの熱に、焦がれている。

 もう一度、触れられたい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

バイト先のお客さんに電車で痴漢され続けてたDDの話

ルシーアンナ
BL
イケメンなのに痴漢常習な攻めと、戸惑いながらも無抵抗な受け。 大学生×大学生

首輪 〜性奴隷 律の調教〜

M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。 R18です。 ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。 孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。 幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。 それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。 新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。

無理やりお仕置きされちゃうsubの話(短編集)

みたらし団子
BL
Dom/subユニバース ★が多くなるほどえろ重視の作品になっていきます。 ぼちぼち更新

男色官能小説短編集

明治通りの民
BL
男色官能小説の短編集です。

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

偽物の僕。

れん
BL
偽物の僕。  この物語には性虐待などの虐待表現が多く使われております。 ご注意下さい。 優希(ゆうき) ある事きっかけで他人から嫌われるのが怖い 高校2年生 恋愛対象的に奏多が好き。 高校2年生 奏多(かなた) 優希の親友 いつも優希を心配している 高校2年生 柊叶(ひいらぎ かなえ) 優希の父親が登録している売春斡旋会社の社長 リアコ太客 ストーカー 登場人物は増えていく予定です。 増えたらまた紹介します。 かなり雑な書き方なので読みにくいと思います。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

Candle

音和うみ
BL
虐待を受け人に頼って来れなかった子と、それに寄り添おうとする子のお話

処理中です...