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第三章

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「契さま……本当に篠田様のお宅に行かれるのですか?」

「行くに決まってるだろ」

「……」



 自室で、楽しそうにお泊まりの準備をしている契を見て、氷高は表情を曇らせる。

 契は篠田が自分に好意を持っていることなどもちろん知らない。ただファンの俳優の家にいけるからと、嬉しそうにしている。……しかし、事実を知っている氷高は素直に契を送り出すことができなかった。なぜここまで契が彼のもとへ行くのが嫌なのか、氷高自身も理解できていなくて、「行くな」という言葉は出てこない。初対面の男の家に泊まりにいくなんてよくない、とか。年齢的に淫行になってしまう、とか。色々ととってつけたような理由はでてくるのだが、それらはいまいち自分のなかで納得できるものではなかった。



「……あまり、羽目を外したりしないように。相手は大人ですから……お酒とか勧められても飲んではいけませんよ」

「わかってるよ」

「それから……目立つ行動をしてはいけません。相手は芸能人、どこで誰が見張っているかわからないのですから……」

「……はいはい」

「それに、……」

「……なに?」



 止めるべきだ。

 本能的に、氷高はそう思う。理由なんて説明できないが、どうしても契を彼のもとへ行かせたくない。

 でも、――でも。理由がないから、止める言葉も、ない。



「……ひだか、?」



 黙り込む氷高に、契はたじろぐ。

 考え込んだように瞳に影を落としている氷高。こんな風にしている氷高は、珍しい。なにを考えているのかわからないのはいつものことだが、いつも以上にわらかなくて、少し、怖い。

 少し重い空気に、契が辟易としていると。氷高がちらりと視線をあげてきて、目があった。瞳の奥に、ゆらめく劣情。いつも自分を見つめてくる彼の瞳にあるそれよりもずっと澱んでいて、ゾク、とする。

 息を呑んだ契の首もとに。すっと氷高の手が伸びる。契があまりの彼の様子に動けないでいれば、その手は契のシャツのボタンをひとつ、外してきた。



「あっ、」



 そして。氷高は、契の首筋に、ぐっと唇を寄せてきた。ハッと視界が白むような感覚を覚えて、契の体がビクンとふるえる。氷高の手に頭の腰を支えられて、まるで逃がさないとでも言われているよう。くらくらとして、どうにかなってしまいそうで……そのままここで、押し倒されて夜を過ごしたいなんて思ってしまって。かあっと顔に熱が集まってきたその瞬間、ちく、と首筋にはしった痛みに、契は目を覚ます。


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