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第二章
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「……」
「……せ、契さま」
「……」
なんだか、むかむかした。
電車での会話のあとから、契はずっと不機嫌だった。その不機嫌の理由を自分でもわかっていない契は、その行き場のない苛々にさらに不機嫌になってゆく――そんな、負のスパイラル。ぶすっとしている契に氷高は戸惑いながらも話しかけるが、契は氷高と目を合わせようともしない。
「……このカフェ、どうせ元カノと来てたんだろ」
「い、いや……契さまの好みに合わせて先ほど下調べして」
「いいよ、そんな嘘」
氷高はそんな契の態度にどうしようかと悩む。そして――ちょっとだけ、浮ついていた。
もしかして、契は嫉妬しているんじゃないか、と。不機嫌になったタイミングを考えると、自意識過剰な憶測でもないだろう。
なんて可愛いんだろう。今すぐ抱きた、……抱きしめたい。
悶々と氷高のなかに邪な想いが込みあげるが、それは絶対に表にださない。だってその前に、しなくてはいけないことがある。
「契さま、俺にとっての一番は生涯契さまだけですよ」
「どこの世界に恋人より主人を大切にする男がいるんだよ。適当なこと言わなくていいし。いいよ、ほっといて」
「……それは、」
きちんとした、説明だ。
氷高にとっての一番が物心がついたときから今までずっと契だったこと、彼女がいたこと、それはどちらも事実。そして相反する二つの事実がどちらも事実となっているのには、理由がある。しかしその理由は自分で考えてもあまり「良くない」理由なため言いづらい。
でも……ちゃんと言わなければ、契はずっと勘違いしたままだろう。氷高はふうと息をついて、契を見つめた。
「……契さまは軽蔑されるかもしれませんが……俺は、今まで付き合っていた人のことを好きにはなれませんでした」
「え? 好きでもないのに付き合ってたの? どういうこと?」
「告白されたので、付き合いました。……でも、最後まで好きにはなれなかった。誰と付き合っても、その人を好きにはなれなかった」
契は、頭にハテナを大量に浮かべて、氷高を見つめた。
告白されたからとりあえず付き合ってみる、というのはクラスメートにもやっている人がいるため、特に違和感はない。でも、ためしに付き合ったところで好きにはなれないと経験したのに、それでもそうやって何人もの女性と付き合ってきたということが、契には理解できなかった。
「好きになれないってわかっているのになんでOKするんだよ。そんなに彼女欲しい?」
「欲しいです。だって、そうしないと間違いを起こしてしまいそうで」
「間違い?」
追求すれば、氷高はバツの悪そうな顔をした。契がぽかんとすれば、氷高はぱん、と額に手を当ててため息をつく。
「――契さまに手を出してしまいそうになる。契さまは大切な大切な、俺のご主人さまです。鳴宮家のご子息です。執事ごときが手を出してはいけないのです……! それなのに俺は契さまを見るたびにそのあまりの愛らしさにいきり勃ってしまうし淫らな妄想をしてしまうし……ああでもしなければ、間違いを起こしてしまうってそう思ったのです……!」
……?
契の顔から表情が消える。
この執事は何を言っているのだろう。日本語を喋っているのだろうか。ちょっと理解できない(したくない)ことばかりを言っているような気がするが、聞き間違いだろうか……
いや、いやいや、いや……いやいや!
「――いや思いっきり間違い起こしてますよね!? おまえ俺のこと襲ったじゃん!」
「しょうがないでしょう! 理性には限界というものがあるんですよ! 可愛すぎる契さまが悪いんです!」
「いやしらねえよ!? 人に責任押し付けるなよ!? っていうか普通に冷静に俺のことだっ……だ、……だっ、だだ、抱いたよね!?」
「あのとき私は凄まじく興奮してました」
「こええよ!! あれで興奮してたとかおまえなに大物俳優かよ!! 演技巧すぎてひくんですけど!? っていうかそんな理由で女の子からの告白OKするとかさいってーだな!!」
「はい俺は最低ですでもそれでも構わない俺は貴方のためにならどんな下衆にでもなってみせる」
「最終的には手を出してきたけどね!?」
氷高の言葉は契のキャパシティを完全に超えていた。契がわっと湧き上がった思いを吐き出せば、さらに氷高はハイレベルな妄言を繰り出してくる。
氷高のしたことは、最低だ。主人への劣情を抑制するために、女性からの本気の想いを利用した。最低だ、最低――そう思うのに。契は氷高に嫌悪感を抱けなかった。
――心の何処かで、“嬉しい”と思ってしまった。
でも、そんな自分の気持ちの意味がわからなくて、契はふるふると軽く頭を振る。そして、何事もなかったように氷高を睨みつけた。最悪なことをした執事に、きちんと反省をさせなければ。
「……ちゃ、ちゃんと……今まで付き合ってきた女の子に謝ってるんだろうな」
「それは、もちろん。酷いことをしていると、自覚していますので」
「……ほんと嫌な奴だな……氷高……もうそんなことするなよな」
「……そうですね。したくありません」
「……?」
氷高の言葉の意図。それを、ゆっくりと契は噛み砕いてゆく。そして……カッと顔を赤らめた。
「……いや俺に手を出すからそんなことはしませんとか言うなよ!?」
「……!?」
「『!?』じゃねえよ! 何びっくりしてんだよ! 一回だっ……抱かせたからって二度目はないからな!」
……この執事は、なんなんだ。いつのまにこんなにヤバイ奴になっていたんだ。
契はぷりぷりと怒りながら、飲みかけのコーヒーを一気に飲み干した。なんだか馬鹿らしくなってくる。
「……次、どこいくの。氷高」
……いつの間にか、むかむかは消えていた。
「……せ、契さま」
「……」
なんだか、むかむかした。
電車での会話のあとから、契はずっと不機嫌だった。その不機嫌の理由を自分でもわかっていない契は、その行き場のない苛々にさらに不機嫌になってゆく――そんな、負のスパイラル。ぶすっとしている契に氷高は戸惑いながらも話しかけるが、契は氷高と目を合わせようともしない。
「……このカフェ、どうせ元カノと来てたんだろ」
「い、いや……契さまの好みに合わせて先ほど下調べして」
「いいよ、そんな嘘」
氷高はそんな契の態度にどうしようかと悩む。そして――ちょっとだけ、浮ついていた。
もしかして、契は嫉妬しているんじゃないか、と。不機嫌になったタイミングを考えると、自意識過剰な憶測でもないだろう。
なんて可愛いんだろう。今すぐ抱きた、……抱きしめたい。
悶々と氷高のなかに邪な想いが込みあげるが、それは絶対に表にださない。だってその前に、しなくてはいけないことがある。
「契さま、俺にとっての一番は生涯契さまだけですよ」
「どこの世界に恋人より主人を大切にする男がいるんだよ。適当なこと言わなくていいし。いいよ、ほっといて」
「……それは、」
きちんとした、説明だ。
氷高にとっての一番が物心がついたときから今までずっと契だったこと、彼女がいたこと、それはどちらも事実。そして相反する二つの事実がどちらも事実となっているのには、理由がある。しかしその理由は自分で考えてもあまり「良くない」理由なため言いづらい。
でも……ちゃんと言わなければ、契はずっと勘違いしたままだろう。氷高はふうと息をついて、契を見つめた。
「……契さまは軽蔑されるかもしれませんが……俺は、今まで付き合っていた人のことを好きにはなれませんでした」
「え? 好きでもないのに付き合ってたの? どういうこと?」
「告白されたので、付き合いました。……でも、最後まで好きにはなれなかった。誰と付き合っても、その人を好きにはなれなかった」
契は、頭にハテナを大量に浮かべて、氷高を見つめた。
告白されたからとりあえず付き合ってみる、というのはクラスメートにもやっている人がいるため、特に違和感はない。でも、ためしに付き合ったところで好きにはなれないと経験したのに、それでもそうやって何人もの女性と付き合ってきたということが、契には理解できなかった。
「好きになれないってわかっているのになんでOKするんだよ。そんなに彼女欲しい?」
「欲しいです。だって、そうしないと間違いを起こしてしまいそうで」
「間違い?」
追求すれば、氷高はバツの悪そうな顔をした。契がぽかんとすれば、氷高はぱん、と額に手を当ててため息をつく。
「――契さまに手を出してしまいそうになる。契さまは大切な大切な、俺のご主人さまです。鳴宮家のご子息です。執事ごときが手を出してはいけないのです……! それなのに俺は契さまを見るたびにそのあまりの愛らしさにいきり勃ってしまうし淫らな妄想をしてしまうし……ああでもしなければ、間違いを起こしてしまうってそう思ったのです……!」
……?
契の顔から表情が消える。
この執事は何を言っているのだろう。日本語を喋っているのだろうか。ちょっと理解できない(したくない)ことばかりを言っているような気がするが、聞き間違いだろうか……
いや、いやいや、いや……いやいや!
「――いや思いっきり間違い起こしてますよね!? おまえ俺のこと襲ったじゃん!」
「しょうがないでしょう! 理性には限界というものがあるんですよ! 可愛すぎる契さまが悪いんです!」
「いやしらねえよ!? 人に責任押し付けるなよ!? っていうか普通に冷静に俺のことだっ……だ、……だっ、だだ、抱いたよね!?」
「あのとき私は凄まじく興奮してました」
「こええよ!! あれで興奮してたとかおまえなに大物俳優かよ!! 演技巧すぎてひくんですけど!? っていうかそんな理由で女の子からの告白OKするとかさいってーだな!!」
「はい俺は最低ですでもそれでも構わない俺は貴方のためにならどんな下衆にでもなってみせる」
「最終的には手を出してきたけどね!?」
氷高の言葉は契のキャパシティを完全に超えていた。契がわっと湧き上がった思いを吐き出せば、さらに氷高はハイレベルな妄言を繰り出してくる。
氷高のしたことは、最低だ。主人への劣情を抑制するために、女性からの本気の想いを利用した。最低だ、最低――そう思うのに。契は氷高に嫌悪感を抱けなかった。
――心の何処かで、“嬉しい”と思ってしまった。
でも、そんな自分の気持ちの意味がわからなくて、契はふるふると軽く頭を振る。そして、何事もなかったように氷高を睨みつけた。最悪なことをした執事に、きちんと反省をさせなければ。
「……ちゃ、ちゃんと……今まで付き合ってきた女の子に謝ってるんだろうな」
「それは、もちろん。酷いことをしていると、自覚していますので」
「……ほんと嫌な奴だな……氷高……もうそんなことするなよな」
「……そうですね。したくありません」
「……?」
氷高の言葉の意図。それを、ゆっくりと契は噛み砕いてゆく。そして……カッと顔を赤らめた。
「……いや俺に手を出すからそんなことはしませんとか言うなよ!?」
「……!?」
「『!?』じゃねえよ! 何びっくりしてんだよ! 一回だっ……抱かせたからって二度目はないからな!」
……この執事は、なんなんだ。いつのまにこんなにヤバイ奴になっていたんだ。
契はぷりぷりと怒りながら、飲みかけのコーヒーを一気に飲み干した。なんだか馬鹿らしくなってくる。
「……次、どこいくの。氷高」
……いつの間にか、むかむかは消えていた。
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