朱に交われば緋になる=神子と呪いの魔法陣=

誘蛾灯之

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仕事を探しましょう

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 王の間に連行され、先頭を歩いていた陛下が玉座にゆっくりと、優雅に腰掛け、ダレクと瑛士を見下ろしている。
 彼はサルトゥーア・レド・ダイアモンド。このアスコニの王だ。

「さて…」

 両隣には美女が二人おり、陛下に果実や飲み物を用意している。まさに、THE・王様スタイルだ。そんな光景を頭に焼き付けていると、銀のグラスを傾かせながら陛下が問い掛けてきた。

「モステンから聞いたぞ。異物が混じっていたとな。それが、そいつだな。で?なぜ余にそれを隠していた?」

 それは恐らく瑛士の事だろう。
 ビリビリとした威圧感のせいで喉が締め付けられているみたいだ。
 ダレクはいつもよりも怖い顔をしているものの答える。

「隠していたわけではありません、陛下。彼は生活にも困難なほど衰弱しておりまして、きちんと自立できるほど回復させてから報告させていただくつもりでした」
「ふーん?生活にも困難?」

 グラスの中身を回転させている。

「はい。彼は魔力を自己生成できません」

 ダレクの言葉にようやく視線をダレクに向ける。
 そしてバカにしたように鼻で笑う。

「そんなことはあり得ない。しかもソイツは召喚者だろう?なら召喚時、構成されるときに魔力に適応できるように調整されている。無論魔力も同時に組み込まれる筈だ」
「陛下、それは正常に作用した場合です。彼は、巻き込まれたのです。魔法陣には一人分しか作用しないように組立てられております。そこに想定外の人間が入ったとして正常に作用するでしょうか?」
「ふむ」

 グラスの中身を飲み干し、美女へと向けると、追加の飲み物が注がれる。

「なるほど、一理ある。が、それとこれとは別だ。問題なのは報告義務を怠った、と言うことだ」
「……」

 ダレクが言葉に詰まる。それは言い訳できない。実際そうなのだから。

「だが…」

 陛下が嫌な笑みを浮かべながら助け船を出してきた。

「ソレが報告する程もない塵程の価値しかなかった、というなら話は別だ。塵を拾ったといちいち報告されても鬱陶しいしな」

 ギリリとダレクの拳から音が鳴る。
 ダレク、俺を庇わなくて良いんだ。実際にこんな能力を見つけるまで無能な存在だったんだから。そう諭してやろうとするが、口が強ばって開けない。さっきから感じる威圧感のせいだろうか。冷や汗ばかりが出てくる。

「ほら、そう言えば良いんだぞ?言いたまえ」

 陛下の方からではなく、すぐ隣のダレクからも同様の圧が掛かり始めた。
 凄まじい怒気だ。さすがに王様に殴り掛かったらさすがのダレクも不味いのでは!?
 冷や汗が増える。このままだと大変な事になると、気合いで金縛りみたいな硬直を解いてダレクの手を握った。

 突如、扉が勢いよく開いて神子がやってきた。後ろにはモステンの姿があり、思わず顔をしかめてしまう。

「サルトゥ様!聞いてください!モステンが……」

 すぐ横を通過するさい、またしても神子と目が合った。
 神子の視線が下におり、戻る。何故かニマーッと嬉しそうな顔をしていた。



 □□□仕事を探しましょう□□□



「セィラ…、門番に止められなかったのか?」

 陛下が呆れたように神子に言う。変わった名前だなと思った。いや、もしかしてセイラという名前か。
 セィラと呼ばれた神子が陛下の側に向かっていく。

「止められませんでした!」
「嘘をつくんじゃない」
「だって別に妨害されなかったし」

 モステンに反論するセィラ。先ほどまでの態度は何だったのか。

「それよりサルトゥ様、この二人はどうされたのですか?」

 何故かワクワク顔で陛下に訊ねる神子セィラ。そんなセィラに配慮してか、両脇の美女を下がらせた。

「ああ、そこの男の事を報告しなかったのでな、問い詰めていた」
「そういえば彼、私とぶつかって光に飲まれたのに一緒に此処には来ませんでしたよね?どうしてですか?」

 陛下、サルトゥは困った顔をしている。

「セィラ、彼は選ばれたものではない。君が唯一の神子で、選ばれし者なんだ」
「そうなんですね。では彼は間違って来てしまったのですか?」
「そういうことになるね」
「そうなんですかぁ」

 チラリと神子セィラが瑛士を見て、すぐにサルトゥへと視線を戻した。

「サルトゥ様、可哀想ではありません?間違って来てしまったのなら、実質彼は住所不定無職ということになってしまいます」
「なんだ、ソレは」

 サルトゥがセィラの言葉に首をかしげた。

「私の国では住所不定無職が一番辛いのです。なんせ社会の底辺、ゴミ、足手まとい、むしろホームレス、そもそも住所がなければ仕事ができない。仕事が出来なければ家が借りられないという負のループ」

 セィラの言葉一つ一つが瑛士に大ダメージを負わせている。ヤバい。そろそろ血を吐く。
 そんな瑛士の様子を見ていたサルトゥが、セィラの言葉が嘘ではないと信じてくれたらしい。段々と哀れみの視線を向けてきた。

「しかも一度嵌まったら抜け出すのは至難の技──「わかったわかった…」

 サルトゥはため息を一つ吐き、セィラを止めた。

「つまりは、君の国で最低最悪な地位にいる彼を更に罰するのはあまりにも哀れだと言うのだな」
「そうです!それにです、実は彼には一つ借りがありまして」

 何の話だ?

「一つ、その借りを返したいっていうのもあるのです」
「ふん…」

 サルトゥがしばし考え、瑛士を見やる。

「おい、そこの」
「は、はい!」

 条件反射で思わず背筋が伸びる。

「これは情けだ。なんとも哀れなお前に神子が慈悲を与えた。特別に“今回の件は目をつぶってやろう”」
「!」

 神子が言う借りとは何なのか分からないが、瑛士は二人に向かって深く頭を下げた。

「ありがとうございます!」
「ついでに、我が国民、として受け入れてやろう。後で書類を届ける」

 何という棚からぼた餅なのだろうか。これで遂に戸籍不明者ではなくなる。

「ということは、だ」

 サルトゥがゆっくりと足を組み変えた。

「国民として受け入れるからには、当然税金が発生する。意味は分かるな?」







 陛下から赦しを頂いて帰路につく。
 国民として受け入れて貰えた。それと同時に国民の義務である税金を払わなくてはならなくなった。これは早々に仕事を探さなくては。

 なにができる?…資料作成とか、料理…??

「ダレクの家で使用人」

 ポツリと呟いたあと、何ともなしにダレクを見ると嫌そうな顔をしていた。何故?

「私の周りだけだったら許可してやらんこともないが…賃金は微々たるものだぞ」
「そうですよねぇ。あ、一応計算とか出来ますよ?」
「悪いがソレはヘリオドルの仕事だ」
「万能ですね、ヘリオドルさん」

 さてどうしたものかと再び考え込んだとき、話を盗み聞きしていたと思われるスファレライトが廊下脇の繁みから姿を現した。

「なんでそんなところから…」
「君達が陛下に連行されたと聞いたものですから、心配で追いかけてきたんです。とまぁ、そんなことはひとまず置いておいて」

 葉を頭に乗っけたままのスファレライトがズズイと近寄ってきた。

「お手伝いではなく、うちで働くというのはどうです?」

 突拍子のない発言に、瑛士は思わず「え?」と言葉を漏らす。隣のダレクも「は?」と言っていた。

「もともと研究の対価に賃金を払おうと思っていたのですよ。ならいっそのこと働くことにしてしまえば堂々と給料としてお金を渡せますし、団員ならばある程度ですが城の中を自由に歩き回れます。門番や警備を警戒しなくても良いのですよ」

 なるほど、と瑛士は納得した。それならば変な負い目なく生活できる。

「良いアイディアです。スファレライト様」
「でしょう?おや?何か不満ですか?アレキサンドライト卿」

 あまり乗り気ではなさそうなダレクに瑛士は問い掛けた。

「あの、何かダメな事でも…?」

 瑛士自身の事とは言え、今はダレクの保護下だ。なにか意見があるのなら聞かねばならない。
 するとダレクは瑛士に言った。

「クー、分かっているのか?団員になるということは職務で魔力を使うことがある。下手したら命に関わることになるんだぞ」
「う…」

 そうだったと思わず気落ち仕掛けた時、スファレライトが「いえいえ」と割り込んでくる。

「問題ありません。彼は特別枠で雇います。危険な目に合わせるようなことはしませんよ。それに、補給薬の問題も解決方法はありますし」

 補給薬の下りで思わずスファレライトを見た。
 そうだとしたらとてもありがたいことだ。

「まぁ、その補給薬も彼の協力が必要ですけど」
「ダレク様…」

 お願いします、と目で訴えた。
 思いが通じたのか少したじろぐダレク。

「仕事は本当に簡単ですよ。研究の合間に目を使って視るだけでもいいんです。直す時に魔力を使うのでしょう?それをコツコツとメモして研究していけば、新たな発見があるかもしれない」

 しばらく視線で押し問答をしていると、ダレクのが先に視線を反らして頭を掻き始めた。

「はぁー、わかったわかった。スファレライト卿、貴方に任せる。クーも絶対に危険なことはしない事。それが条件だ」
「ありがとうございます!ダレク様!」

 こうして瑛士はこの世界で初めての職を手に入れたのであった。


 □□□


 二日後、制服が届いた。

「おお…!」

 白い服だ。装飾は無いけれど、白衣のようにも見える制服に瑛士は喜ぶ。持ち物はノートとペンと昼食のみ。後のものは向こうで用意しているとのこと。
 早速身に付けてみた。
 なんだかコスプレをしているみたいで少し恥ずかしいが、少しずつ慣れていかなければならない。

「馬子にも衣装か」
「ダレク様、いつの間に…?」

 いつの間にか部屋に入ってきていたダレクがゆっくりやってきて、上から下までまじまじと見回す。

「靴を新たに買ってやろうか?」
「靴ですか?」

 今瑛士が履いているのは黒のスニーカーだった。瑛士は東京で勤めていた際、万が一に災害が起こっても走れるように通勤の時はスニーカーにしていた。
 某有名ブランドの走る特化のスニーカーだ。

「いえ、これのが馴染みがありますし、何より動きやすいので大丈夫です」
「そうか」

 残念そうなダレクだが、そこは譲れない。人間有事の際に助かる確率が高いのは機動力に左右されると思っているからだ。

「城にいく時は私とだ。準備ができたら門に来い」









 お尻がいたい馬車に揺さぶられての初出社。
 元気よく「おはようございます!」と挨拶をすれば「五月蝿いと」四方八方から言葉が飛んできて早々挫けそうになった。
 どうやら先輩達は徹夜だったようだ。

 この間と比べて部屋は足の踏み場のないほどに物や人が散乱していた。
 そこを避けて歩いていくと、奥の方で寝起きらしきスファレライト、もといクレオフェンが瑛士を視認するなり飛び起きて「こっちだよ」と手招きした。

「まずはクリハラ君の魔力の解析をさせて貰うよ。それが終わったら色々魔法陣を視て貰います」

 初日は軽い健康診断と、当初の予定通りの壊れた魔法陣の解析で終わった。

 辞典程の魔法陣の束全てを視るのは疲れたが、そこは社畜金魂を発揮してやりきれば、あっという間にみんなが受け入れてくれるようになった。
 仕事が楽しいと思えるのは新鮮で、一週間が過ぎる頃にはシンシアという、初めて訪れた時に扉を開けてくれた人と仲良く昼食を食べるまでになった。

 更には瑛士専用の魔力補給薬も完成しそうという報告もあり、毎日が輝いていた。




「あの……」

 だが、それとは対称的にダレクはなにやらムスッとしていた。ムスッっとしながらもやたらとベタベタくっついてくるのが不思議でならない。何なのだろう。

「クー」
「はい?」
「今日は私と寝ろ」
「……はい???」

 おまけに今晩一緒に寝ることになった。
 手は出されなかったが、夜の間ずっとくっ付けれて抱き枕代わりにされていた。




 一体この人はなにがしたいのだろう。


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