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遭遇

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 昨日、意を決してカミングアウトした“魔法陣を直せる”謎能力を見てダレクは瑛士を王宮へと連れていくことになった。
 とはいえ、瑛士はこの世界では居ない存在である。そんな戸籍不明者が国の心臓部とも言える王宮を、ダレクという名の保護者がいるとはいえ、彷徨くのは問題があるのだろう。顔を隠すために深くフードをかぶり、ダレクの荷物持ちとの名目を使って一緒に王宮へと向かった。

 馬車って、結構痛いんだな。

「大丈夫か?」
「大丈夫です」

 次乗る機会があったらクッションを持ってこようと決意した瑛士であった。





 □□□遭遇□□□





 仕事関係で荷物がかさぶったから連れてきたと、本当にそんな名目を門番に伝えたダレクのお陰で、瑛士は城内に入ることができた。

 城というよりも、何処か大きい大学のような感じだなと瑛士は思った。建物も西洋チックなメルヘン城ではないし、人々の服だって異世界と言えば中世貴族!というような形状ではない。どちらかと言えば牧師が着ているものに近いような感じがするけれど、正直そんなまじまじ見たことないからなんとも言えない。

「こっちだ」

 吹き抜けの廊下を通過した先が目的地なのだという。
 軽いけど、見た目が重そうな大きな荷物を抱えた瑛士を気遣ってダレクが歩く速度を落としてくれている。
 その背中を追い掛けながら周りを見ていると、「あ!アレキさん!」と、前方から可愛らしい声が聞こえた。

 アレキさん?と視線を前方に戻すと、なにやら見覚えのある人物がダレクに駆け寄ってきていた。

「あ」と瑛士は小さく声を溢した。
 見覚えもあるはずだ。目の前のこの人物こそ、瑛士をこの世界に巻き込んだ人物なのだから。

 黒髪の少女だ。以前見たときは学生服にコートとマフラーという冬服コーデだったのが、今ではこの国での服に代わり、更には緩くであるけれど髪の毛もセットされていた。
 ドレス姿なのだが、やはり西洋とは違う。変にゴテゴテしてない。わりとシンプルだ。

 そんな元凶娘がダレクへと話し掛けている。
 内容は他愛ない少女の今日は何しただの、ダレクのカッコいい噂を聞いただのそう言ったものだか、瑛士は荷物持ちという役割として黙って聞いている。もっとも瑛士は館に引きこもりだったから、この少女の話は興味深かった。

 ダレクとは完全に一線を超えている行為を行っているが、瑛士自体はこの男についてはあまり知らない。
 それこそ、何の仕事をしているのかも知らないのだ。

「それでですね、サルトゥ様が──「神子様!」──…あっ、モステンさん…」

 今まで楽しげに喋っていた神子と呼ばれた少女がビクリと肩を跳ねさせて、神子に呼び掛けた男を振り返る。

 そこにはこれまた背の高い男が早歩きで神子へと迫ってきていた。
 一言で言うならば、糞真面目そうな男だ。髪も服も黒で、肌も色黒。瞳は紫だけど、隣のダレクの色彩と比べると真逆だ。
 例えるなら、この男は夜、ダレクが太陽みたいな…。いやなに言っているんだ俺と、瑛士は慌てて思考を掻き消した。
 そのモステンを視認した瞬間、少女、神子はオロオロし始める。

「まだ修行を黙って抜けられたと聞きましたよ」
「あは、その…、えーと……」

 この神子、どうやらサボタージュ中だったようだ。
 ジリジリと後退りしながらもモステンから逃れようとしている神子が助けを求めるような顔でこちらを見た。その瞬間。

「うわ!」

 強い風が吹いてフードがめくり上がってしまった。咄嗟に手で抑えられれば良かったのだけど、あいにく両手が荷物で塞がっていて抑えることができなかった。
 フードは無情にも捲れ、背中側にパサリと落ちた。
 風が髪を撫でる。

 素顔を晒してしまった。内心焦っていると、神子とバッチリ目が合い、目を見開いたかと思うと瑛士を指差して「ああ!!」と声を上げた。

「あの時のリーマン!?」

 しまった、バレた。
 慌てて顔をそらそうとするも、神子はズズイと寄ってきて顔を輝かせ始めた。

「うそうそ!なんで居るの!?私がここに来た時はいなかったよね!?」

 どう答えれば良いものか。何せ瑛士自信もここに来たときの記憶はない。気が付いたらダレクの館で寝ていた。
 瑛士が返答に困っていると、神子を咎めていた男、モステンがこちらを見て、ひょいと眉を上げた。そして、あれ?と首を傾け、ダレクに視線を向けた。

「おい、こいつ消滅したんじゃなかったのか?なんで生きてるんだよ」
「消滅……?」

 なにその物騒な単語と言いたげに神子が反芻した。

「まさか、あのボロ雑巾のこいつを拾って、世話してやったのか?」

 なんでこいつが、俺が死にかけていたことを知っているんだ?と、モステンを見るが、モステンはこちらにはもう興味が無いようでチラリとも見ない。それどころか、何処かバカにしたような、信じられないという風の表情をダレクに向けていた。

「だからなんだ?」とダレクの聞いたことの無い程の低い声が響く。
 思わず腹の底が冷たくなるほどの恐怖を感じ、ダレクを見ると、恐ろしい顔をしていた。
 初めてダレクを怖いと思った。
 いつも人をからかう顔や笑顔ばかりだったから、こんな顔を見るのは初めてで、瑛士は困惑した。このままだと喧嘩になるかも。

「ダレク様…」

 思わず声を掛けると、ダレクがハッと我に返った。
 すぐさまダレクはモステンに言い返す。

「ああ、こいつは私が拾い、助けた。その事にお前が口出しをする権利はない。クー、行くぞ」
「は、はい」

 神子とモステンに軽く会釈をしてから、ダレクの後を追った。



 □□□□□□



 ダレクがあんなに怒りを露にするなんて思わなかった。目の前のダレクを見ていると、次第に歩行速度を緩めていった。

「クー」
「はい?」
「さっきの、糞真面目野郎の言葉は忘れていいからな」
「はぁ、分かりました」

 糞真面目野郎とは、モステンの事か。

「……他にも何か言われたらすぐに私に言え。全力で潰す」
「いささか過保護過ぎな気がします」



 □□□□□□




 しばらく歩けば、とある建物が近付いてきた。

「窓から紫の煙出てません?」
「気のせいだ」

 気のせいかなぁ?
 気のせいではない気がすると思いながらも、瑛士はダレクの後を着いていくしかないのだった。

 建物の扉をダレクが叩く。

「おい!スファレライト卿、いるか?」

 そう呼び掛けると、扉が開いて顔色が悪そうな男が顔を覗かせた。灰色の髪で、ボブというよりもおかっぱに近い。右目は髪に隠れており、口にはタバコらしきもの。第一印象はヤンキーだ。
 だが、その男はチラリとダレクを見ると、「あー、はいはい。待ってくださいねぇ」とダルそうな口調でそう言ったあと扉を静かに閉めた。

「閉め出しですか?」

 そんなわけ無いと思いながらもダレクに訊ねると、いや、と否定してくれた。

「団長を呼びに行っているんだろう」

 待つこと数分、中からどたばたと慌ただしい音が鳴り止み、ようやく扉が開いた。

「お待たせしてしまって申し訳ない。アレキサンドライト卿」

 金髪の男が出てきた。外跳ねの髪で、パッと見のイメージは狐だ。目なんかそっくりだ。年齢はダレクよりも上のような感じでで、白を基調とした服だった。
 そういえばダレクもモステンも、目の前にいるこのスファレライトという男も似た服だ。違いは色と細かい装飾くらいだ。

「いいや。大丈夫だ」
「えーと、ところで今日は何用ですか?」
「ああ…」

 ダレクが後ろに控えていた瑛士の背中を押して前へと促した。

「こいつの能力について少し調べて貰いたいことがあってだな」
「はぁ…」

 ダレクの言葉にスファレライトはめんどくさそうな顔で瑛士を見る。

「それを調べて欲しい」
「うーんとですねぇ、アレキサンドライト卿」

 スファレライトが頭の後ろを掻きながらめんどくさそうに話す。

「ご存じかもしれませんが、私は暇ではないのですよ。それこそ障気の解析や神子の教育、果ては国中で報告されているグレムリンの対応やらに追われているのですよ」
「そのグレムリンをなんとかできそうな解決法を、持っていると言えば、どうする?」

 スファレライトの動きが止まる。
 たっぷりと間を空け、「…………は?」と言葉を漏らした。

「いや全く意味が分かりません。グレムリンを何とかする?何を言っているのですか?」

 そうだよな、と瑛士は思った。
 本には壊れた魔法陣を直すことは出来ないとはっきり記されている。グレムリンは魔法陣が壊れるという現象の名前だ。それを何とかすると言われたって、信じる信じない以前に“意味がわからない”となるのは当然だ。

 ダレクが瑛士の肩に手を置く。

「私も信じられない事だったが、実際にこいつは壊れた魔法陣を直すことが出来たんだ。これを研究して仕組みがわかれば、魔王の封印を元に戻せるかもしれない」

 ダレクの言葉にスファレライトはピクリ反応し、そして初めて瑛士を見た。
 なんだか値踏みされているようで落ち着かないが、この訳のわからない能力がダレクの役に立てるのならと、スファレライトの視線を受け止めた。

「わかりました…。そこまでいうなら見せて貰いましょう」

 扉を大きく開き、スファレライトが部屋の中に入っていく。
 着いてこいという事なのかなとダレクを見ると、ダレクはさも当然という風にスファレライトの後を着いていった。
 頑張ろう、と、気合いを入れ、瑛士も急いで部屋の中へと足を踏み入れた。

 中はごちゃごちゃとしていた。足の踏み場がない程ではないけれど、今さっきまで床にあったものを慌てて端っこに移動させたような、そんな感じだ。その部屋にいる人達がみんなこちらを見ていた。視線はだいたいダレクに向かっていて、言うならば縄張りに踏み込んできた余所者を警戒している猫のようだ。

 しかも小声で「第二騎士団長がなんでこんなところに?」「変な呪物でも拾ったのか?」とか聞こえる。

 第二騎士団長?もしかして、ダレクの事か?もしかして、俺すごい人に保護されているの?と瑛士が内心冷や汗を掻き始めた時、ようやくスファレライトの動きが止まる。

「アレキサンドライト卿がどう言おうとも、私はまだ目にしてないので信じられませんが…」

 ずるりと、スファレライトが戸棚から一枚の紙を引き抜き、机に置かれる。そこにはシンプルな魔法陣が書かれていた。

「これを直せるというのなら、信じましょう」

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