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オークション

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 翌日、表では大々的にタニルの使者をお見送りしながら、秘密裏に影を付けさせ尾行させていた。

 使者に怪しい動きはない
 そのまま指定された転移許可所まで何の怪しい動きもないまま魔法陣で戻っていってしまった。

 影達は互いに目配せし、次の指令をこなすために四方に散っていく。
 アスコアニ国内での異常が判明するのはすぐであった。











 薄暗い空間だった。
 窓一つ無い密閉された空間にあるのは武骨な檻。大きさは1メートル半ほどで、動物を閉じ込めるような形状だった。
 しかしその檻の中にいるのは動物ではなく一人の人間だった。

 黒髪の青年が繋がれていた。
 見た目は10代程、身なりは良い。しかしそれを台無しにするように、首には頑丈な首輪が装着されていた。

 ガラリと扉の開く音と共に男が二人入ってくる。

 その内の一人が檻に近付き中の青年を眺めた。
 檻にはプレート。【推定ヌハワ人(10代)】【愛玩・作業用】と記載されている。
 男は「ふーん」と言いながらしゃがみこみ、青年の顔を覗き込んだ。
 青年は薬の効果でまだ目を覚まさない。存分に見定めをすると、男は舌舐めずりしながら立ち上がった。

 男はアスコアニ風でも、タニル風とも違う顔立ちをしていた。
 頭を覆う布の隙間から伸びる二本の飾り羽のようなものが、男が動く度に揺れる。

「まさかアスコアニにヌハワ人がいるとはな。移民か。どちらにしても絶滅寸前の人種だ。高く売れるぜ」

 近くの男がアゴヒゲを触りながら首をかしげた。
 こちらにも頭には飾り羽。やはり顔立ちはアスコアニでもタニルでもない。

「ヌハワにしては肌の色が白いな」
「二世なのかもな。瞳に赤が混じってた。本来は緑だろ?だからなおさら値段が釣り上げられる。今回の訪問もそうだし、買い手もタニル人が多い。まさにタニル様々だな」
「体に傷が多いのが気になるが、まぁ、傷が多いってことはそういう環境で暮らしている証拠だ。多少乱暴にしたって壊れはしないだろう」
「調教はどうする?」

 アゴヒゲの男が口元に笑みを浮かべた。

「要らないだろ?愛玩用に買う奴らは、喘がせるよりも悲鳴の方が興奮するのさ」








 □□□オークション□□□









「ん…」

 目が覚めた瑛士は、ボンヤリとしながらも異様に寒いのに気づいた。
 辺りは真っ暗で、変な匂いがする。ゆっくりと思考を巡らせながら、ここはどこだと記憶を辿った。
 だけどどんなに記憶を遡っても、このような場所に身に覚えはない。
 ようやく意識がしっかりしてくるにつれて、瑛士は不安に駆られ始めていた。

「何だ?何処で寝ているんだ俺…、いてっ!」

 真っ暗な状態で立ち上がろうとすると、中腰になる前に頭が天井にぶつかり、あまりの痛みに頭を押さえる。
 何なんだと手を上にあげると、すぐに天井に触れた。
 ひんやりと冷たい。それと同時に、あまり腕が開かない事に気が付く。

 何故なんだと自分の腕に触れると手首にも何かが嵌まっていた。その間に鎖ではないが、頑丈そうな紐が両手首の何かにに繋いである。考えたくはないが、おそらく腕輪、もしくは手錠だろう。
 材質的には革のようだ。

「!」

 首にも違和感を覚えて探ると、こちらも首輪のようなものが嵌まっている。鉄ではないが、こちらも自力では外れそうになさそうな構造になっている。しかも最悪なことにこちらは鎖が伸びていて、何処かに繋がっていた。

「…………、うそぉ……」

 すぐさま現状を察し、瑛士は落ち込んだ。思わずその場に座り込み両手で顔を覆って深い溜め息を吐いた。

 また知らぬ間に事件に巻き込まれている。

 前回の事件からまだ一年経ってないというのに、何故こんなことに。再び溜め息を吐きながら何気なく痛い手首を擦る。
 するといつも数珠を嵌めている方の手首に指が触れると鋭い痛みが走った。
 この痛みには覚えがある。刺傷だ。綺麗な傷跡を指でなぞりながら血が止まっている事を確認すると瑛士は胡座をかいて周囲の音に注意を向けた。

 手首の拘束に腕の傷が触れて痛いなと思いながら、ようやく聞こえてきた音に瑛士は更に耳を澄ます。
 唸り声、呻き声、泣き声と様々。どうやらここにいるのは瑛士だけではなく、他にも居たようだ。

 次に瑛士は頭上に注意しながら手探りで周囲に手を伸ばして状況の把握をしていく。
 四方を太い鉄のような棒が規則正しく並んでいるものに囲われていることから推測するに、犬などを入れておくためのゲージみたいなやつに閉じ込められているらしい。
 格子は太めで、隙間は狭い。
 残念なことに瑛士の頭も通り抜けられそうな隙間ではなかった。

 つんとした嫌な匂いに顔をしかめながら、とりあえず魔法陣で明かりを灯そうと、床に描いてみるが起動しない。

 なんで?と首を捻りつつ、もう一度描いてみるが全く反応しない。
 暗すぎても瑛士は魔力の線が見えるから完成しているはずなのに、何故なんだと、今度は別のを試そうとしたとき、ガタンと大きな音が聞こえた。

 描きかけの魔法陣を靴で擦って消すと、ウサギの仮面で顔を上半分隠した男と、頭に飾り羽を付けたゴリマッチョ達がランプ片手に入ってきた。
 ウサギの仮面男はスーツのような不思議な服を着ていた。
 アスコアニでも見たことの無いその服に瑛士は更に警戒を強めると、ウサギの仮面の男が嬉しそうな声をあげた。

「んー!今回も大収穫ですな!」

 ランプの明かりに照らされて周囲の様子が分かるようになり、瑛士はすぐさま辺りを見回した。瑛士の入っているのと同じ檻が8、いや、11。
 みんな中に人間が入っていた。大小様々、性別も色々。
 ここでようやく前回のような拉致ではなく人身売買のようなものに捕まったのだと理解した。

「さて、今回の商品候補は…えー…」

 ウサギの仮面がすべての檻に視線を滑らせる。ウサギの仮面から覗く青い目が端から端まで檻の中の“商品”を見定めし、瑛士と目があった瞬間、「お!」と声をあげた。

「おやまぁ、なんと!珍しい目の色のヌハワ人がいますねぇ!よし、こいつが目玉で、あとは、あれとあれとあれを商品で出しましょう!セキザン、ライサム、連れてきなさい」

 ゴリマッチョ達が次々に指定された人を、檻から引き摺り出して連れていく。

 多くがアスコアニ人。しかしそれ以外にもいるように見えた。国境付近のハーフなのかも知れないけれど、どことなく顔つきが違う。
 それらを観察していると、最後にがちんと瑛士の檻の鍵が開けられ、檻の外に繋がっていた首輪の鎖を思い切り引っ張られ、瑛士も連行されていく。
 首が締まって苦しい。
 首輪と首の間に指を入れて気道を確保すると、仮面の男が瑛士の顔を見て「ふふん」と笑みを浮かべた。

「こいつは目玉だから映えるように飾り付けておきなさい!捕まえる時に暴れたみたいだから、拘束もしっかりとですよ!」

 グシャリと瑛士の頭を乱雑に撫で、「期待していますからね?」と気味の悪い言葉を掛けてきた。
 それに瑛士が何か言う前にまたしても強く鎖を引かれ、瑛士は悔しげに顔を歪めながら従うのだった。









 服を破かれ、お湯の中に突き落とされたあと、奴隷と思わしき子供数人に全身を洗われた。体を乾かされるとすぐにまた男数人に押さえ込まれながら着替えさせられ、抵抗する暇もなくよくわからない液体を飲まされた。
 蜂蜜酒のようなものを煮込んだような液体はとにかく甘くて、瑛士は一周回って気持ち悪くなった。
 だけどそんな事を男達は察することもないし、察したとしても配慮してくれるわけもない。
 また違う拘束具を装着されると、先程とは違う布が掛けられた檻に入れられ運ばれた。

 ゴトゴトと運ばれている最中、瑛士は上がっていく息に軽くパニックを起こしていた。
 これから起こるであろう最悪の事態と、先程飲まされた謎の液体に頭が回らない。
 それに、お湯のせいなのか液体のせいなのか、体が暑くなってきていた。
 一体何を飲まされたんだ。
 不安がピークに達しようとしたその時、ウサギの仮面の声が響き渡る。

「さぁ!お待ちかね!今回のオークションの目玉の登場だ!!」

 バンッ!と軽い音と共に視界が白に包まれた。

「ッ」

 眩んだ視界の中軽いどよめきが聞こえ、見えはしないが人が大勢いるのが分かる。
 ようやく目が光に慣れてすぐ近くの景色、自分の入れられている檻と数メートルほどの風景までは把握できるようになった。その先は真っ暗で何も見えないけれど、きっと多くの人間がいるのだろう。

 ウサギ仮面がマイクも無いのに凄い声量で周囲に向かって喋り始めた。
 手に持っているステッキは瑛士を指し、楽しそうな声音だ。

「こちらは現在絶滅寸前の人種だ!ヌハワ人の青年!少し混ざっていて瞳の色が違いますが!ご覧ください!この赤と黒の二色が入り交じった瞳を!体に傷もありますが、その傷も、ほら、ご覧のように血色が良くなるとそこが赤身を帯びて、より艶かしく鮮やかに体を彩ります!」

 最悪だ。と、瑛士は歯を食い縛る。
 だけれど、口に金属の棒が入れられているので噛んだのはその棒だったけれど。
 今着ているものを確認して恥ずかしさで顔に熱が集まってくる。
 なんだこの意味のわからない服は。本来隠す場所が隠せてないじゃないか。辛うじてパンツで隠す場所は隠せてはいるけれど、それ以外の問題が大きすぎて逆に恥ずかしい。
 これならいっそ真っ裸の方がましだった。

「観賞用にするのも良し!愛玩動物にするのも良し!作業用にするのも良し!煮ても食ってもお好きなように楽しむことができます!!
 さぁ!金貨30からスタートです!!」

 競りが始まるなり瞬く間に100、200と値段がつり上がっていく。
 まずい、このままだと良く分からない所に売り飛ばされて、ダレクの元に帰れなくなってしまう。どうやったら此処から逃げ出せるのか考えようとしても、頭が真っ白で思い浮かばない。

「1000万出ました!!!他におりませんか?おりませんか??おりませんね!こちらの商品、金貨1000万で落札です!!」

 そうこうしているうちに落札されてしまった。
 血の気が引いていく。どうしよう。どうすれば良い。
 不安と恐怖で体が震える。
 ふ、と影が落ち、ガチャンと檻の鍵が開かれて鎖が引かれる。けれど謎に多い拘束のせいなのか、飲まされた変な飲み物のせいなのかうまく立てない。

 ウサギ仮面が、瑛士を落札したらしき人に向かって話している。
 視線を上げて確認しようとするも、その人物はライトの逆光で顔が全く見えなかった。わかるのは男性、という事のみ。

「今、人銜(ハミ)に仕込んだ薬で脱力していますので歩くのが覚束なくなっております」
「結構な拘束だな」
「こんな見た目してかなり狂暴なのです。それに舌を噛む可能性もあるのでこのようにしてます。鍵をお渡ししますので、安全なところで解かれた方が良いですよ?」
「なるほど。じゃあこのまま運びぶか」

 目の前の男が手を打つと、違う男が瑛士を抱え上げる。

「こちらが睡眠花です。これを筒に連れて眠らせておけば安全に持ち帰りますので」
「そうさせてもらう」

 手慣れた様子で人銜に繋がった筒に睡眠花を入れられ、瑛士は抵抗する間も無く簡単に意識を手放した。



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