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行方不明

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 執務室にて、今回のタニル滞在での掛かった経費やら報告やらに目を通して処理をしているダレクの元にとある人物が訪れた。

 陛下の“影”だ。
 全身を黒い衣装で纏め、顔すらも黒い仮面で隠した者が執務室の天井にある蓋をずらして現れた穴から飛び降りる。

 影とはどの騎士団にも属していない陛下直属の速足と呼ばれる護衛兼部下で、こうして人知れず城内を見張っては陛下の意思を伝えに来たりする。普段は姿を見せず、その存在すら団長になってようやく伝えられるというほどの秘密な存在がこうして現れた。
 何かあったのか。
 ダレクは表情に表さずとも気を引き締めた。

 音もなく降り立った影がダレクへと書類を渡す。

 王印の捺してある紙に目を通して覚えると、紙は崩れて跡形もなくなった。

「わかった。すぐに対処する」

 影は頷くと扉へと向かう。その際着ていたマントを脱ぐと何の変哲もないメイドへと変わっていた。
 呼び通鈴と呼ばれる魔法陣を起動させてパパラチアを呼び出す。

 十分も掛からずに慌てた様子でパパラチアがやって来た。
 普段使わない魔法陣で呼ばれたからなおさら焦ったのだろう。息を切らせていたが、すぐに乱れた服を直して姿勢を正す。

「アレキサンドライト団長、お呼びですか!?」

 ダレクが部屋に防音と視界塞ぎの魔法陣を使う。

 それだけでパパラチアはただ事ではないと察したらしく、緊張した面持ちでダレク言葉を待った。

「パパラチア…」
「はい!」
「例の情報が漏れた」
「例の、とは……、はっ!??」

 初めはダレクの言葉が飲み込めてないパパラチアだったが、すぐに理解し顔を青ざめさせた。

「例のが…」

 固く箝口令を敷いているのに漏れたということは、身近に裏切り者がいるということ。徹底的に洗い出さねばならない事はダレクだけではなくパパラチアにも理解できた。
 ならば次にすることは決まっている。その噂の中心人物となるエージを最優先で保護しないといけない。場合によってはしばらく隔離もあり得る。

「エージ……クリファライト魔法士副団長は何処だ。こうなった以上、護衛をつけなきゃならん」

 エージはあの事件以降、何かあった時のためにと、ダレクに護身術を教えて貰っている。だけど、あれはあくまでも護身術だ。

 それ系の専門だったり、人数差があれば当然敵うわけもない。それに、副団長といっても、瑛士はまだ魔法陣以外の魔法を使えない。とっさに襲われれば、魔法陣を書く暇なんか無いだろう。
 おずおずとパパラチアがダレクに訊ねる。

「ケンジアライト団長には、報告がいっているのでは?」
「いってはいると思うが、この時間帯だとクリファライト副団長は上がりだ。しかも帰宅しながら街の魔法陣チェックをしているはずだ」

 同じ館に住んでいるからこその詳細な情報網に感心しつつも、パパラチアは思わず内心「あー……」と声をあげた。

 それならばケンジアライト団長に情報がいっているとしても、即座にそれをクリファライト副団長に伝えるのは難しい。それに街に行っているともなれば、探すのにもかなりの時間を擁すだろう。

 せめて団服ならば目撃情報を頼りに辿ることは出来るだろうが、帰宅途中ともなれば私服だ。難易度は上がる。

「とはいえ、緊急事態だ。いくら時間が掛かっても伝えなければなるまい」

 ダレクが立ち上がり、パパラチアに命令を下す。

「第一騎士団とモステンは陛下の護衛で忙しい。だからさっき陛下から指令が来た。第二騎士団で即座にクリファライト副団長を捜索、見付け次第保護だ。くれぐれも団服で探すなんて間抜けな事をするんじゃないぞ」
「はっ!」








 □□□行方不明□□□









「は?エージが拐われただと??」

 部屋に満ちる怒気、パパラチアは竦み上がった。
 ダレクの前にある机には瑛士の鞄と、散らばった護身具の数珠をダレクは睨み付ける。
 どれも土埃にまみれており、数珠に至っては血痕が付着していた。

「も、目撃情報によりますと──」

 話しによれば、大通りを見たこともない馬車が門番の制止を振り切りって大通りに侵入し、ちょうどその大通りにいた瑛士が紐のようなものを通りすぎ様に掛けられて引きずり込まれたのだという。

 馬車はそのまま人を撥ね飛ばし、門番のバリケードすら破壊して逃走していった。
 死者はいないが怪我人が続出しているとの事で、第二騎士団もその対応に追われており、パパラチアがこうしてダレクに報告を持ってきたというわけだ。

 トントンとダレクが苛立ちを現すように指先で机を叩く。
 眉間の皺は更に深く、表情は険しくなっていく。

(誰だ。まだアークラーの残党がいたのか。いや……)

 脳裏によぎるひとつの可能性。
 今回の陛下からの指令にあった、タニル国に流れるあの噂だ。

 もし、エージがその噂の人物なのだと目星をつけていたのなら…。

 ダレクの握り締めた拳が鳴る。読みが甘かった。
 自分の甘さを呪いながら、ダレクは先程から怯えているパパラチアに向かって唸るように声を絞り出した。

「すぐさま陛下に報告しろ」









 謁見室ではなく、陛下の執務室へと呼び出された三人がそれぞれ険しい顔をしている。

 一人は第一騎士団団長、モステン・ボルツア。
 二人目は第二騎士団団長、ダレク・アレキサンドライト。
 そして三人目は魔法士団団長、シンシア・ケンジアライトである。

 それぞれ報告を受けた団長達は皆険しい顔をしていた。

「奴が万が一敵の手に渡ったら、大変なことになる」と、モステンが発言した。

 瑛士は世界で唯一魔法陣を修復できる人物であり、それを兵器として活用されれば大変なことになるというもの。

 完成した破壊された魔法陣は、いわば完成した館が全焼して瓦礫と煤だけになったものを一瞬で何もなかったように戻せるという破格の能力であり、これを悪用されれば大昔に魔王が使った大量破壊兵器として使われていた魔法陣を復活させられる可能性がある。

 魔王が保有していた殺戮魔法陣を確保、封印措置しているのはこのアスコアニが最多数であるが、タニルだって所持していないわけではない。

 魔王の魔法陣は、一つだけでも小国を一撃で消し飛ばす威力を持つものだってあるのだ。

 それが、モステンが懸念している事だ。
 しかしその他の二人は違う。

 瑛士の能力よりもまず瑛士自身の心配をしていた。

 ダレクは瑛士のパートナーだ。何よりも瑛士を大切にし、以前同じように浚われしかも殺されかけたという事件があったことから現時点でブチ切れており「誰だろうと殺す」と、殺意を露にしていた。

 一方瑛士の親友であるシンシアは拳を握り締めて瑛士の無事を祈りながら後悔をしていた。
 魔法陣最終チェックを自分がやればと思うが、そんなのはもう後悔を先立たずである。

 今はただ親友の無事を祈るしかない。

 目を瞑り思案していたサルトゥーア陛下が目を開け、目の前の三人を見やる。

「……誰がやったか知らないが、アイツは貴重な存在だ。他国に渡る前に必ず保護する。それと……」

 サルトゥーア陛下の視線がダレクへと向く。

「殺気と魔力を抑えろ。いくら魔力遮断の魔法陣を使っていたとしてもお前程の化物なら抑えきれるものではない事は知っているだろう」

 ダレクを睨み付けるサルトゥーア陛下は言葉を続ける。

「お前は今すぐにでも動きたいと言う顔をしているが、そんな触れたもの全てを破壊する魔力を放出しながら動き回ってみろ。それこそ災害を撒き散らし、周辺国から挑発をされていると見られる恐れがある。

 勿論、今滞在しているタニルにも何かあったと感付かれるだろう」

 サルトゥーア陛下のその言葉でダレクは殺気と魔力を抑え込んだ。
 完璧に殺気も魔力も抑え込み静まり返った空間に残されたのは、ダレクの足元の床に入ったビビだ。

 そのビビをサルトゥーア陛下は少し眺め、すぐに興味を無くしたように視線を三人に戻す。

「今、余の影を放って情報を集めている。ある程度固まり出したら各自行動の許可を出す」

 モステン、とサルトゥーア陛下が呼ぶ。

「は!」

 モステンはその場に膝をつく。

「この国で拐われたのが一人だけなのか調べろ。早急にだ」
「畏まりました」

 次いで、シンシア、と続ける。

「お前の一族の力を借りたい。できるか?」

 シンシアの目が僅かに見開かれ、すぐに深く頭を垂れた。

「かしこまりました」

 最後にダレクに視線を向ける。




「お前は、待機だ」




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