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タニル

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 いつもの団服よりも更に豪華な正装に着替えた瑛士は、付属のフードを深く被った。

 “魔法士団は魔術師なので深めのフードを被らないといけない。”とされている。理由は凄い昔、魔法士がまだ星見役として活動していた時の服装が元になっているとか。
 とはいえ、現在じゃ星見役と魔法士が分かれちゃっているので本当に名残しか残っていない。

 それでもいつもよりも顔が隠れていてホッとするのは何でだろう。マスク効果的なやつなのか。

「…………来たぞ…」

 シンシアの声で背を伸ばすと、ガチャリと扉が開いて先にサルトゥーア陛下がやって来た。
 こちらもいつもよりも豪勢な成りで、衣裳に付いている宝石も気合いが入っているのがすぐに分かる。使者が使者だ。気合いも入るのだろう。

 サルトゥーア陛下が位置につくと、見計らったように扉の外から足音が近付いてくる。
 使者達だ。アスコアニと履き物が違うから、いつもと足音が違うのですぐに分かる。
 壁の方へと少しだけ下がり、待機すると、扉が開かれて使者達が部屋に招き入れられた。

「ようこそ、アスコアニへ」

 サルトゥーア陛下が使者を出迎えると、使者はにっこりと笑い、感謝致しますと返す。
 ふわりと香る木蓮の香り。少しだけ視線を上げて使者を見て、瑛士はその姿に驚いた。

 黒い長髪に、黒の瞳。黒と金を基調としたアジアンチックな服がよく似合う顔立ちに思わず見入ってしまう。
 すぐに顔を下に下げたが、未だに心臓が鳴っている。
 こんなにもアスコアニとは違うとは思わなかったけれど、この世界だって広いのだ。似たような国もあるのだろう。







 □□□タニル□□□








 サルトゥーア陛下の前に座った黒髪のこの人はダグパール・ブラックバッカラ殿下。タニル国のトップだ。
 歳はサルトゥーア陛下よりも5つばかり上らしいが、こうして見てみれば同い年のように見える。

 正装に身を包んだダレクが少し遅れて部屋に入って来た。
 あ、ダレク。と、瑛士は心のなかで呟く。
 相変わらずのイケメンダレクは正装で男前にますます磨きが掛かり、思わず見惚れてしまう。
 そのダレクはサルトゥーア陛下の横に付くと、二人の王は席へと着いた。

 サルトゥーア陛下の片側には既にモステンが控えていたから、これでアスコアニの二大勢力が揃ったわけだ。圧が凄い。
 ちなみに魔法士団はあそこには並べない。そういう決まりらしい。

 その後は二人で色々会話を交わしながら、交渉を始めた。
 親交を深めるという事であったが、実際は外交だ。
 双方笑顔なのに瞳が笑っておらず、つい最近まで一般市民だった瑛士はその圧に逃げたくなる衝動が沸き上がる。

「では、ダグパール殿下、こちらに署名を」
「ええ」

 ある程度交渉も終え、遂に魔法技術の御披露目となった。
 さて、お仕事だ。

「お初にお目にかかります。魔法士団団長、シンシア・ケンジアライトと申します。こちらが副団長のエージ・クリファライト」
「エージ・クリファライトです」

 頭を下げる。
 瑛士の顔形はどうしてもアスコアニのものとは違う。だけれど、アスコアニの住人だと主張するためにそれっぽい名前に変えてある。これはサルトゥーア陛下からの直接的な指示だ。ちょうどよくクリファライトという石がこの国にはあるから、それだと自国民にも違和感なく感じる。ただ実際にあるファミリーネームではないので、全然聞いたことのない希少なファミリーネーム扱いだけど。

「それでは始めさせていただきます。まずこちらは──」

 シンシアの説明が始まる。
 御披露目用の魔法陣は、主に武器に転用できる可能性のあるものが多い。
 個人的にはそんなのではなく、もっと生活に必要なものを開発したいと考えている。
 この国だけなのか分からないけれど、一部だけ見たら元の世界を凌駕する技術を持っているくせに、生活レベルが少し低い。
 少し改良すれば洗濯機もレンジも再現できると思っている。瑛士が欲しいからっていうのもあるけれど、実はこっそりと開発していて、あとは実験をしながら調整段階に入っているのはまだ秘密だ。
 そのうち公開できたら良いなとは思う。

 早急に必要なのはミンチ機だけど、と、思ったところでふと視線を感じてこっそり見てみると、ダグパール殿下と目があった。

 しまった。考え事をしていたのを見抜かれたかと冷や汗を掻きながらゆっくりと目をそらした。
 だけど、これは一体何なのだろう。
 瑛士の魔法陣修復の能力は国際的問題になるからと伏せているからこんなにも見られる謂れは無いのだけれど。

 必死で表情を取り繕いながら、シンシアの補佐に徹底した。

「──こちらで以上となります」

 一通り魔法陣を見たタニル国の使者達は扇子で口許を隠しながら近くの者と小声で話し出す。
 だけれども声は出ていないから目配せしている風にも見えなくはないが、アレは確実に話していると瑛士は確信している。
 恐らくあの扇子に音の拡散を防ぐ魔法陣を仕込んでいる。チラリと見れば使者全員が変わったイヤーカフのようなものを耳に付けているのから推測するに、あの扇子は無線のようなものなのかもしれない。
 アレで音を拾って余計な音を消し、耳のイヤーカフで骨振動か何かで音を伝える。

 アスコアニには無い魔法陣だ。

 日本にはそういった通信機が数多くあるから、その中から再現できそうなのをチョイスして試作してみるのもありかもと脳内で構想を練っていると、突然ダグパール殿下がサルトゥーア陛下に言った。

「色々と見せて貰えましたが、例のアレは見せても貰えるのでしょうか?」
「例のアレ、とは?」

 それにサルトゥーア陛下が笑顔でとぼける。ここにいる皆、アレが何を示しているのかは分かってはいるだろう。
 その証拠に空気がピリ、と、張り詰めている。

「勿論、かの悪鬼を封じている魔法陣ですよ。一時大変だったと聞き及んでおりますが?」
「ええ。確かに少し前にそのようなことはありはしたが、今は何の問題もありませんよ」
「ならば、見せて貰う事はできるという事で?」

 圧を掛けてくるが、サルトゥーア陛下は軽く流す。

「いいえ、アレは封印していても危険なもので、何人たりとも近寄らせる訳にはいかない事になっているのです。勿論、余とて余程の事がない限りは入れぬほど」
「おや。なら致し方ありませんね」

 未練タラタラだが、納得していただけたようでアスコアニ側は一斉にホッと息を吐いた。
 何気に大変だったからな、あれ。

「その代わりと言ってはなんだが、滞在中は我が国を持って全力でもてなさせていただこう。退屈はさせませんぞ」
「ほう?それはそれは楽しみでありますねぇ」

 この後は魔法士団の仕事は無いので退出することになった。
 頭を下げ、扉を締める瞬間まで視線を感じた。その視線に嫌な予感を感じつつも、隣国のトップに失礼な態度を取る訳にはいかない。
 きっと気のせいだと言い聞かせてシンシアと今後の予定を話し合うために部屋へと早足で向かった。






 ◆◆◆





 あらかじめ立てていた計画の微調整だけであった話し合いは早々に終了し、団員達は一部を残して解散することになった。
 一部というのは城の魔法陣を管理する役割の者達と、夜会に出席する者達だ。
 ちなみに瑛士は役職がら夜会に出席しなければならない。柄でもないのに飾り付けられて挨拶回りをしなければならないのだ。
 とはいえ、自分は補佐だ。シンシアが魔法士団の代表であるのには変わらないから、まだ作法がぎこちない自分は空気となってうまく乗り切ろうと意気込む。





「どうしたエージ。疲れてるな」
「俺、向いてないんですよ。こういうの」
「そういうな。大事だぞ、こういう交流会は。普段籠り組はこういう時でしか顔を覚えて貰えないし」
「世知辛い職業ですね…」

 とはいえ、仕事は仕事。
 何重にも仮面を被って業務をこなしていく。ついでに隙を見てはダレクを盗み見ては気力回復をして乗り切ったのだった。








「うう…、やっぱりない…」

 夜会を無事に乗り切り、帰る前に確認だけしようと仕事場を探しても見付からない。

「やっぱり町中か……」

 とするならもう絶対に見付からないだろう。この世界では落としたものはもう戻ってこない
 。結構シビアなのだ。
 でも、見付からない可能性が高くても納得いくまでは探してみよう。奇跡的に見付かるかもしれないから。




 ◆◆◆



 使者達は丸々10日いる。
 その間、この首都を中心として、色々見学したりしているらしく、端から見ている感じだととてもエンジョイしているように見えた。
 特に喜んでいたのは宝石店だ。
 アスコアニは宝石大国であるがゆえ、高品質の宝石が幅広く揃えられている。対してタニルはこうした宝石が一切取れないらしく、宝石が大変貴重なものらしい。その代わり紙が格安で出回っているらしく、ちらりと確認したメモをしている紙はとても上質に見えた。
 実に羨ましい。







 そうこうしているうちに使者の滞在最終日になった。






 色とりどりの花が咲き乱れる庭園を大窓から眺められる部屋で、サルトゥーアとダグパールがお茶を嗜んでいた。
 タニルのお茶だ。アスコアニのお茶と違って緑色で、草の風味の強いが、どこか清々しい不思議なお茶だ。アスコアニのお茶は苦味が強いから、サルトゥーアは割りとこのタニル茶が気に入っている。

 コトンと、ダグパールが茶器を机に置いて話し始めた。

「ところで、最近面白い噂を聞きまして…」

 さわりと、風がダグパールの黒髪を揺らす。

「壊れた魔法陣を直せるものがこの国にいると」

 ダグパールの視線が鋭くサルトゥーアを射抜いている。
 この場に瑛士はいない。
 居るのはタニル側の側近一人と、サルトゥーアの後ろに控えるモステンのみ。
 サルトゥーアはにっこり笑いながら言葉を返した。

「ダグパール・ブラックバッカラ殿下ともあろう方が、そんな根も葉もない噂を信じるとは」

 一体何処からそのような噂が流れてきたのか。

「信じているわけではありませんよ、ただ…」

 ダグパールのお茶を混ぜている手が止まる。

「もし、本当にそんなことができる人間がいたら、脅威じゃないですか?だから、あくまでも確認のためですよ」

 柔らかい笑みを浮かべているが、サルトゥーアはこれは警告だと感じていた。要は、それが本当ならまた争いが起こる、と。



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