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家について買い物した食品を置いたとき、ちょうど着信があった。番号は登録していないが、北牧のものだとわかった。恐る恐る通話を開始した。
「こんにちは北牧です。志木さんお時間少々よろしいですか?」
「はい、少しなら」
「ありがとうございます。実はですね、折り入ってご相談がありまして、実は事件の方で進展がありまして、今回の犯行にはどうやらちょっとした小道具が使われているみたいなんですよ」
「ああ、ちょうど今日、仕事でYK製作所の中島さんから同じ話を伺いました」
そこまで言ってから、志木は中島に口止めされていたことを思い出した。
「あ、そうなんですね。はい、そうなんですよ。ところで中島さんとはお知り合いでしたか?」
北牧の様子に中島をとがめる様子がなかったので、志木は少し安心した。
「いえ、全く。事件の日に始めてお会いして今日が二回目です」
「そうでしたか、それならよかったです。実は中島さんのところで部品の一部が作られていたんですよ」
「え、本当ですか?」
志木は知らない振りをした。
「あ、これ公表しない内容なので、ご内密に」
「はあ」
どうして言ったんだろう、と志木は少し反感を持った。
「なので、できれば事件関係者ではない方に依頼したかったんですよ」
「えと、私は何をすれば?」
志木は自分が容疑から外れているようで少し安堵した。
「ええ、おおよそ犯人が用意した部品全ての検討がつきまして、それらからどういった性質、性能というべきですかね、作られるのかを教えていただきたいです」
「それは、私では役不足かもしれません」
「いえ、そんなことは、今回の捜査で志木さんの会社が結構、名の知れていることがわかりまして、ぜひお願いしたく」
「そんな、本当ですか?」
「ええ、本当です。なので、ご都合のよい日時をご連絡いただければ、またそちらへお伺い致します」
「あ、そういうことでしたら、週明けにそちらへ仕事でお伺いしますよ」
「え、ほう、そうですか。それは都合がいいですね。以前、講演会ではじめてこちらへいらしたと伺っておりましたが」
「それは、私がまだ新人っていうこともあると思います。今回は、それこそ中島さんの会社と共同の仕事になります」
「はあ、これはまた、事件まで関係のなかった中島さんとですか」
「ええ、そうなりますね、奇妙な縁ですが」
「うーん、そうですね。実はこの話も心のうちに留めておいて欲しいのですが、実は中島さんは事件前の転落死が発生した際も、あのホテルに宿泊していたみたいなんですよ」
中島とは、途中新幹線の停車駅から同乗した。指定席ではなかったので、志木が中島の席を荷物でキープさせられることとなった。幸い、席にあまりがあったので、そこまで見とがめられはしなかったが、あまりいい気持ちではなかった。
「こんにちは、お世話になります。席、ありがとうございます」
「こんにちは、今回はよろしくお願い致します」
志木は少しだけ中島に対して警戒心があることを自覚した。
「お送りしていた資料は、ご覧なれましたか?」
「ええ、改修工事の経緯からご丁寧にいただけましたので」
「それはよかったです。質問などありますか?」
「いえ、今のところは大丈夫です」
「かしこまりました。今回に関しては競合相手ではなく、心強いチームメイトとしての立場ですので、お気がねなく、よろしくお願いします」
「ありがとうございます」
「今回の宿泊先ですが、流石に以前の宿は避けまして、こちらになります」
中島が冊子を手渡してきた。メールで十分な内容ではなかったかと思ったが、気遣いとして受け取った。
「これは、少し高そうですね」
「ええ、まあ、今回は志木さんがおられる分会社が負担してくれまして、私としてもありがたいです」
「心遣いありがとうございます、会社の方にもお伝えください」
「承知しました」
そこから、現地まではお互いの会社の今年度の動向について、業界の今後のことについてなどを話した。事件のことには触れなかった。気遣ってというよりは関心がない、という方が正しいだろう。殺人事件が起きた宿に泊まっていた、という話はお互い当事者同士で、すでに大まかな内容は知っているので、テーマとして成り立たなかった。
志木の予定は中島とこのまま今回の受注元を訪問して意見交換を交わしたのち、宿で受注元の担当者を含めた軽い会食をして、解散。翌日は中島とは会わずに、警察へ向かうことになっている。その点は会社にも報告済みだ。装置に関する話は少しだけ、専門家として頼られているという点が自尊心をくすぐっていることもあり、楽しみな要素もあった。
宿のご飯は海に面している地域、ということもあり、海産物を使った鍋だった。これに関しては非常に美味しかったといえる。ただ、取引先との会食を社の代表として、出席している点が、あまり食事を楽しませてくれなかった。その点では場馴れした中島が上手く話を運んでいて助かった。疑念は拭いきれないが、純粋に社会経験の差として感心した。
個室の内装は豪奢で品があった。もちろんビジネスホテルと比較してだが。会社はあまり社員の宿泊にそもそも乗り気ではないが、大口取引の取引先との会食会場という点が後押ししたのだろう。長旅の疲労もあり、荷物を整理すると、部屋の浴室を利用した。バスローブを着用してベッドに座る。端末を操作して、受信していたメールに対応しておいた。本来今日こなすべき内容ではないが、時間をもて余してしまう。仕事を定年退職した人がボケやすいというのは気が抜けてしまうというより、頭を使う場を失うからなのではないか、と考えた。
トントン。部屋の扉が叩かれた。誰だろうか。チェーンをかけて戸を開く。
「はい、なんですか」
バチン。一瞬何事かわからなかった。視線の先に刃の大きいニッパーのような物が見えた。思わず後ずさる。作業着姿の男の顔つきに見覚えがあった。部屋に入り込まれた。改めてみると男が手にしているニッパーのような形状の道具が非常に大きな物だとわかった。
声がでない。恐怖。足がすくむ。あ、と思った。よろける。ベッドに背中から倒れこんでしまった。視線をあげると、目の前に男の姿が迫っていた。男の血走った目が光る。なぜ、私が。疑問。恐怖でそれ以上考えることができない。
バタン。
男が目を大きく開いて振り向いた。部屋の入り口に人影が見えた。私は体を起こしてそちらを見る。
「動くな。警察だ」
その声に安堵して気が緩んだ。恐怖。男と視線があっていた。
バチン。
志木は帰りの電車で居眠りをしていたようだ。目が覚めると、予想よりも二駅ほど進んでいた。新幹線なので、かなり進んでいる。乗り過ごさなくてよかった、と安心した。志木は急遽警察へ出向く必要がなくなり、宿で朝食をとったのち、すぐに出発した。
朝に警察から連絡があったときには驚いた。なんと事件の犯人が捕まったというのだ。そのため、午後の予定が必要なくなったのだ。更に驚きだったのが、逮捕されたのが、昨晩自分の泊まっていた宿のなかだという。しかも現行犯。新たな被害者がでる寸前に逮捕されたのだという。狙われたのが、行動を共にしていた中島というのだから笑えない。北牧の話では、転落死事件の際に中島は偶然宿泊していたため、目をつけられたのではないか、という。その事実を知れた犯人は志木も話したことのあるあのホテルのオーナーだったというから驚きだ。ホテルのオーナーならば、少なくとも刺殺のために、鍵を開けることができたのも納得だし。送電線を切ることで監視カメラが作動しなくなることも知っていておかしくない。
送電線の切断に関して、実は周辺地域で不具合の通報がでていて、不審物、不審者の存在がちらついていたという。そこもおそらく同一犯との見解らしい。なぜそんなことに及んだのかはわからないが、今回の犯行に使われた凶器が、前回の凶器と一致したらしい。北牧は今まで報道規制していたが、前回の刺殺された遺体はかなり損傷していたらしい。体の骨、それも太い骨を砕かれていたりしたそうだ。しかもオブジェのように飾られていたというから、気分が悪くなる。北牧は少し口が軽すぎるなと志木は思わずにはいられない。いずれ足元を掬われるのではなかろうか。それとも、いや考えすぎかもしれない。
襲われた中島は、オーナーが取り押さえられる間際おでこをざっくりと切られたらしい。表面の皮膚だけとのことだが、本人はその場で気絶したらしい。
このことを圭衣に伝えるか少し迷う。中島は圭衣に言い寄る、とまではいかないが、そういう兆候を見せていたらしい。少し不謹慎かもしれないが、ざまぁ見ろ、と言いたくならなくもない。中島はしばらく療養だろうから、担当も変わるだろう。そうすれば圭衣も安心のはずだ。尊敬すべき先輩に平穏を。新年へ向けてこの案件を決めるため、もうひとふんばりしていこうと志木は心に決めた。
「こんにちは北牧です。志木さんお時間少々よろしいですか?」
「はい、少しなら」
「ありがとうございます。実はですね、折り入ってご相談がありまして、実は事件の方で進展がありまして、今回の犯行にはどうやらちょっとした小道具が使われているみたいなんですよ」
「ああ、ちょうど今日、仕事でYK製作所の中島さんから同じ話を伺いました」
そこまで言ってから、志木は中島に口止めされていたことを思い出した。
「あ、そうなんですね。はい、そうなんですよ。ところで中島さんとはお知り合いでしたか?」
北牧の様子に中島をとがめる様子がなかったので、志木は少し安心した。
「いえ、全く。事件の日に始めてお会いして今日が二回目です」
「そうでしたか、それならよかったです。実は中島さんのところで部品の一部が作られていたんですよ」
「え、本当ですか?」
志木は知らない振りをした。
「あ、これ公表しない内容なので、ご内密に」
「はあ」
どうして言ったんだろう、と志木は少し反感を持った。
「なので、できれば事件関係者ではない方に依頼したかったんですよ」
「えと、私は何をすれば?」
志木は自分が容疑から外れているようで少し安堵した。
「ええ、おおよそ犯人が用意した部品全ての検討がつきまして、それらからどういった性質、性能というべきですかね、作られるのかを教えていただきたいです」
「それは、私では役不足かもしれません」
「いえ、そんなことは、今回の捜査で志木さんの会社が結構、名の知れていることがわかりまして、ぜひお願いしたく」
「そんな、本当ですか?」
「ええ、本当です。なので、ご都合のよい日時をご連絡いただければ、またそちらへお伺い致します」
「あ、そういうことでしたら、週明けにそちらへ仕事でお伺いしますよ」
「え、ほう、そうですか。それは都合がいいですね。以前、講演会ではじめてこちらへいらしたと伺っておりましたが」
「それは、私がまだ新人っていうこともあると思います。今回は、それこそ中島さんの会社と共同の仕事になります」
「はあ、これはまた、事件まで関係のなかった中島さんとですか」
「ええ、そうなりますね、奇妙な縁ですが」
「うーん、そうですね。実はこの話も心のうちに留めておいて欲しいのですが、実は中島さんは事件前の転落死が発生した際も、あのホテルに宿泊していたみたいなんですよ」
中島とは、途中新幹線の停車駅から同乗した。指定席ではなかったので、志木が中島の席を荷物でキープさせられることとなった。幸い、席にあまりがあったので、そこまで見とがめられはしなかったが、あまりいい気持ちではなかった。
「こんにちは、お世話になります。席、ありがとうございます」
「こんにちは、今回はよろしくお願い致します」
志木は少しだけ中島に対して警戒心があることを自覚した。
「お送りしていた資料は、ご覧なれましたか?」
「ええ、改修工事の経緯からご丁寧にいただけましたので」
「それはよかったです。質問などありますか?」
「いえ、今のところは大丈夫です」
「かしこまりました。今回に関しては競合相手ではなく、心強いチームメイトとしての立場ですので、お気がねなく、よろしくお願いします」
「ありがとうございます」
「今回の宿泊先ですが、流石に以前の宿は避けまして、こちらになります」
中島が冊子を手渡してきた。メールで十分な内容ではなかったかと思ったが、気遣いとして受け取った。
「これは、少し高そうですね」
「ええ、まあ、今回は志木さんがおられる分会社が負担してくれまして、私としてもありがたいです」
「心遣いありがとうございます、会社の方にもお伝えください」
「承知しました」
そこから、現地まではお互いの会社の今年度の動向について、業界の今後のことについてなどを話した。事件のことには触れなかった。気遣ってというよりは関心がない、という方が正しいだろう。殺人事件が起きた宿に泊まっていた、という話はお互い当事者同士で、すでに大まかな内容は知っているので、テーマとして成り立たなかった。
志木の予定は中島とこのまま今回の受注元を訪問して意見交換を交わしたのち、宿で受注元の担当者を含めた軽い会食をして、解散。翌日は中島とは会わずに、警察へ向かうことになっている。その点は会社にも報告済みだ。装置に関する話は少しだけ、専門家として頼られているという点が自尊心をくすぐっていることもあり、楽しみな要素もあった。
宿のご飯は海に面している地域、ということもあり、海産物を使った鍋だった。これに関しては非常に美味しかったといえる。ただ、取引先との会食を社の代表として、出席している点が、あまり食事を楽しませてくれなかった。その点では場馴れした中島が上手く話を運んでいて助かった。疑念は拭いきれないが、純粋に社会経験の差として感心した。
個室の内装は豪奢で品があった。もちろんビジネスホテルと比較してだが。会社はあまり社員の宿泊にそもそも乗り気ではないが、大口取引の取引先との会食会場という点が後押ししたのだろう。長旅の疲労もあり、荷物を整理すると、部屋の浴室を利用した。バスローブを着用してベッドに座る。端末を操作して、受信していたメールに対応しておいた。本来今日こなすべき内容ではないが、時間をもて余してしまう。仕事を定年退職した人がボケやすいというのは気が抜けてしまうというより、頭を使う場を失うからなのではないか、と考えた。
トントン。部屋の扉が叩かれた。誰だろうか。チェーンをかけて戸を開く。
「はい、なんですか」
バチン。一瞬何事かわからなかった。視線の先に刃の大きいニッパーのような物が見えた。思わず後ずさる。作業着姿の男の顔つきに見覚えがあった。部屋に入り込まれた。改めてみると男が手にしているニッパーのような形状の道具が非常に大きな物だとわかった。
声がでない。恐怖。足がすくむ。あ、と思った。よろける。ベッドに背中から倒れこんでしまった。視線をあげると、目の前に男の姿が迫っていた。男の血走った目が光る。なぜ、私が。疑問。恐怖でそれ以上考えることができない。
バタン。
男が目を大きく開いて振り向いた。部屋の入り口に人影が見えた。私は体を起こしてそちらを見る。
「動くな。警察だ」
その声に安堵して気が緩んだ。恐怖。男と視線があっていた。
バチン。
志木は帰りの電車で居眠りをしていたようだ。目が覚めると、予想よりも二駅ほど進んでいた。新幹線なので、かなり進んでいる。乗り過ごさなくてよかった、と安心した。志木は急遽警察へ出向く必要がなくなり、宿で朝食をとったのち、すぐに出発した。
朝に警察から連絡があったときには驚いた。なんと事件の犯人が捕まったというのだ。そのため、午後の予定が必要なくなったのだ。更に驚きだったのが、逮捕されたのが、昨晩自分の泊まっていた宿のなかだという。しかも現行犯。新たな被害者がでる寸前に逮捕されたのだという。狙われたのが、行動を共にしていた中島というのだから笑えない。北牧の話では、転落死事件の際に中島は偶然宿泊していたため、目をつけられたのではないか、という。その事実を知れた犯人は志木も話したことのあるあのホテルのオーナーだったというから驚きだ。ホテルのオーナーならば、少なくとも刺殺のために、鍵を開けることができたのも納得だし。送電線を切ることで監視カメラが作動しなくなることも知っていておかしくない。
送電線の切断に関して、実は周辺地域で不具合の通報がでていて、不審物、不審者の存在がちらついていたという。そこもおそらく同一犯との見解らしい。なぜそんなことに及んだのかはわからないが、今回の犯行に使われた凶器が、前回の凶器と一致したらしい。北牧は今まで報道規制していたが、前回の刺殺された遺体はかなり損傷していたらしい。体の骨、それも太い骨を砕かれていたりしたそうだ。しかもオブジェのように飾られていたというから、気分が悪くなる。北牧は少し口が軽すぎるなと志木は思わずにはいられない。いずれ足元を掬われるのではなかろうか。それとも、いや考えすぎかもしれない。
襲われた中島は、オーナーが取り押さえられる間際おでこをざっくりと切られたらしい。表面の皮膚だけとのことだが、本人はその場で気絶したらしい。
このことを圭衣に伝えるか少し迷う。中島は圭衣に言い寄る、とまではいかないが、そういう兆候を見せていたらしい。少し不謹慎かもしれないが、ざまぁ見ろ、と言いたくならなくもない。中島はしばらく療養だろうから、担当も変わるだろう。そうすれば圭衣も安心のはずだ。尊敬すべき先輩に平穏を。新年へ向けてこの案件を決めるため、もうひとふんばりしていこうと志木は心に決めた。
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