宿泊先にご用心

ヨージー

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 年末が近づいた社内では年末年始の休暇に向けて、年内業務の追い込みと、メーカーの休業の間の備蓄として、資材の積込が行われていた。フロアの通路には溢れた資材の一部がところ狭しと並べられている。しかし、これも例年どおりで、何ら対策もされていないため、ちゃんと方法考えろという愚痴もまた毎年、社員から漏れ聞こえてくる。
「おい、しきぃ」
圭衣が玲子を愛称で呼んだ。
「どうかしました?森田さん」
「この間、業者の人としきぃが参加した講演会の話になったんだけど、話題全然噛み合わなかった」
「え、そうなんですか?」
「あの講演会の一番の話題って話になったから、真空の装置ですかって聞いたら不思議がられた。写真の陰影を立体再現するプリンターが一番人気だったって言ってた」
「ああ」
「ああ、じゃないって」
「まあ、しきぃも初めてだったわけだし」
神林がフォローしてくれた。
「全部人のせいにするなよ」
田代が圭衣を冷やかす。
「どこの方と会われたんですか?」
玲子の言葉を受けて圭衣が名刺をあさりはじめた。
「ん、とね、YK製作所の中島さん」
「あ、中島さん」
「志木さん挨拶してたの?」
田代が訊ねる。
「そうですね、というか、あの、事件のあと警察署で見かけました」
「え、ああ。そういえばあの事件ってどうなったんだっけ?」
「まだ解決してないんじゃないですか?」
「でも、そんな、思いっきり部品作ってそうな人よりもしきぃに専門家として質問しにきたんだね、警察」
「そういわれれば確かにそうですね」
「しきぃ、結構疑われてたのかもね」
「やっぱりそうですかね」
「自覚あるんだ」
「警察がわざわざ私に質問しにきたにしては、収穫なかっただろうな、とは」
「逆に何かあったかもって?」
「ええ、でも事件のことなんてほとんどわからないですし、もう、覚えても、あ」
一同が玲子に視線を向けた。
「あ、いや大したことないんですけど、警察に言ってなかったことがあって」
「それ、一大事じゃない?」
「え、でも本当に大したことじゃなくて、私以外にもたくさん同じ状態になった方も居たので、他の人から聞いてるかも」
「どういう内容なの?」
「ええ、カードキーのことなんですけど、ホテルの部屋ってオートロックじゃないですか。それで、火災報知器の誤作動のあと、一階に呼びつけられて、鍵を持ち出し忘れて」
「閉め出されちゃったんだ」
「そうなんです」
「うわ、志木さん本当に不運」
「それで、オーナーさんが対応してくれたんですけど、鍵が変わってる作りだったんです」
「どういう?」
「なんか、マスターキーみたいなのが一つあるんですが、もちろん、それで開くんですけど、一度それを使うと、扉の方の設定がリセットされるらしくて、元の部屋のキーが使えなくなるんです」
「あ、アパートの鍵とかで聞いたことあるかも」
「それで、一回そうしてしまうと、業者事案らしくて、もうその日は鍵閉められないので部屋にいる間はチェーン掛けといてくれって」
「うわ、なんかなんともいえない。事件に関係あってもおかしく無さそう」
「でも結構そういう方いて、みんな、オーナーさんの対応待ちして通路にいましたよ」
「でも、警察がそれを知らなかったら、また問題になっちゃいそう」

 志木は家に帰ってから、若干のためらいを覚えながらも北牧に電話を掛けた。
「北牧です」
「こんにちは、以前、事件で話を聞かれた志木です」
「ああ、これは、志木さん、お久しぶりです。いかがされましたか?」
「実はご存知かとは思いますが、あのホテルの鍵のつくりで、当日の夜トラブルがあったことを思い出しまして」
「もしかして、志木さんも閉め出されたくちですか?」
「え、あ、はい。では、やはりご存知でしたか?」
「ええ。ですが、ぜひ志木さんの視点からでのご意見も伺いたいです」
 志木は北牧に促されるまま、思い出せる限り正確に事件の日に部屋へ戻るまでの経緯を伝えた。やはり北牧もプロなのか、質問に少しずつ答えるように話を進めていくだけで、より鮮明にそのときのことを思い出しながら伝えることができた。
「ありがとうございます。大変参考になります」
「それならばよかったです。失礼致します」
「あ、少し待ってください」
 北牧の慌てた制止に、志木は切り掛けた電話を続ける。
「なんでしょう?」
「あのホテルで事件の半年前にも人が亡くなっていたことはご存知ですか?」
「え、いえ、知らないです」
「そうですか、何か関連がないかも調べているのですが、承知しました」
「はい、私はその事件の時にはじめてあのホテルを利用したので」
「そうですか」
 北牧が多少落胆した声で反応した。あのホテルで以前にも、それも一年と経たない内に、と思うと、なんだかいわく付きのホテルのように思えてしまう。そちらも殺人なのだろうか。
「そちらの方は転落死だったようです」
「はあ、そうなんですか」
「はい、あとご存知かもしれませんが、今回の事件で亡くなられた方は刺殺されていました」
 転落死というと自殺になるのだろうか。志木はホテルの部屋から覗いたスペースを思い出した。
「ああ、それは新聞で見たかもしれません」
「加えて、志木さんが出席されていた講演会に出席されていたようですよ」

 会社の内側では年代物の暖房が奮闘しているが、外気の際限のない冷え込みに敗戦が濃厚だ。志木は社内の面々に北牧へカードキーの仕様と、事件当夜のトラブルについて説明したことを伝えた。加えて、北牧から聞いた事件の半年前の転落死、そして、今回の被害者が、講演会の参加者だったことも話した。
「講演会でってことは亡くなった人とも会ってたの?」
「わからないです。名前は事件のあと目にしましたけど覚えはなかったですし、名刺も持ってなかったです」
志木は名刺ファイルをめくって見せた。
「でも、顔を合わせていたくらいはありそう」
森田が語尾をしぼませながら話す。
「そこに関しては、そもそも参加者の人数がそれなりにあったんだから、仕方ないんじゃない」
神林が席をたちながら話した。神林は今日、商談があり、このまま退社時間過ぎまで帰れないように思えた。
「もうでますか?」
田代が神林の様子に声をかけた。
「いや、内容は薄いんだけど、移動がね」
「遠いですもんね」
森田が語尾を伸ばして言う。
「混みそうですね」
白木が言う。
「そうなんですよ。道がね、良くない。あんまり使いたい道じゃないけど、それが一番マシなんです」
「ヒヨってます?」
田代がニヤニヤしている。
「ヒヨっても、行かないとお金もらえないんで」
「いってらっしゃあい」
森田が独特のイントネーションで言う。
「いってまいります」
神林は全員へ向けてそう言うと、部屋を出ていった。
「うお、冷気きた」
田代が膝を素早く動かし、寒さをごまかす。
「暖房効き、悪くね?」
「古いのもだけど、フィルター掃除してないのも理由だな」
白木が天井の暖房に視線を向ける。
「そういうもんなんですか?」
「自分ちのエアコン掃除してないだろ」
森田の発言に田代が被せる。
「届かないですもん」
「そんなのどうとでもなるだろ」
「事件の前に亡くなってた人って関係あるの?」
「いや、調査中としか」
白木から突然の振りに志木がなんとか答える。
「ホテルってさ、どこから飛び降りるわけ?」
「確かにそうですよねえ。窓開かないですし」
「屋上なんて客が上れないし」
「そもそも亡くなったのって宿泊客なの?」
「いや、全然聞いてないです」
「調べればでてきそうじゃないですか」
「早く調べろよ」
「やってますよ、あ、でました。お客さんでいいみたいです」
「へえ」
「もし部屋からだったら、多分隣のビルとの間に落ちた感じになると思います」
「あんまり人目につかないとこだね」
「誰がその人に気づいたんだろう」
「書いてありますよ。ホテルのスタッフが、清掃中に見つけたみたいです」
「ま、そうか。周辺掃除するか」
「窓はとてもじゃないですけど、体を通せそうには見えませんでしたけど」
「そこも書いてある。宿泊部屋の窓を壊して飛び降りたみたい」
「壊せるの?窓」
「なんか道具持ち込んでたんじゃない?」
「自分の家から飛び降りた方がよかったんじゃない」
「飛び降りるのがそもそも良くないですよ」

「本日はよろしくお願い致します」
「はい、お越しありがとうございます」
志木は、名刺交換をする。単独での商談も慣れてきた実感はあるが、戦績はあまり芳しくない。今日こそ、話を取り付けるべく、朝から気合いを入れている。
 商談の内容は、部材加工において、印刷方式を導入してもらえるかどうかのコンペだ。幸い競合先とは日程をずらしてもらっているため、安心して臨める。
「今回の内容ですが、事前にお送りいただいておりました図面を基に試作品をお持ち致しました。材料、及び加工品の耐久性は、こちらの一覧にまとめてあります」
「ありがとうございます。仕上がり、綺麗ですね」
 今回の企画の責任者が試作品を観察して、チームメンバーへまわした。責任者は資料をめくったり、戻したりしながら読み込んでいる。
「うん、確かに、必要基準はそれぞれ満たしていますね」
「はい、そこは制作部のものとも多方面から意見を出し合い、かなり希少な状況での負荷実験も行いました」
「一応、改めて、御社の利用でのメリットを伺えますか?」
「はい、弊社では立体プリントのため、他の切削加工などに比較して部材ロスも少なく、経費の削減が見込めます。昨今の対外的アピールとしてもエコ思考は好まれるかと思います。反面、製作時間が多く必要となりますが、プログラムを流すだけで、自動稼働に任せて製作できるため、時間を問わずフル稼働させれば、従来の職人加工にも大きな遜色は出ず、人作業による質のムラなども軽減できます」
「そうですね、業界の実情としては、生産数の安定を目指すにあたって、人一人に掛かるリスクは減らしたいですし、職人なしではまわらないというのは先時代的とも思っています」
「弊社では御社の受注ロットに合わせて稼働台数を調整するだけで、安定した生産が可能です」
「なるほど、ただ、そうですね、一応他社さんの取り組み内容をお伝えしておくと、複数の工務店さんとその企業を介することで繋がることが提案されています。受注数対応はもちろん、一つの工務店が稼働できなくなっても保険が効くような形です。加えて今回の部材は電熱線による縦、横の二度の切削作業で済む内容です。自動化は容易で、高度な技術も必要ではないです」
「では御社様では、どういった点で比較されるお考えでしょうか?」
「質の安定さと、効率性になります」
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